あっは~ん。
うっふ~ん。
今現在の中島 法子の様子を語るならだいたいそんな感じだった。
北海道に生息する淫魔、パウチに取りつかれた法子は、峰不二子ばりにセクシーな恰好で小学校に登校していた。
瞬く間にクラスのアイドルとなり、男子全員を虜にした法子は、もはや敵なしといった様子。
くねくねと体を揺らしながら、図書室へ本を返しにいく法子。
廊下を曲がったところで、前から緑色のスライムが床を這いずってきた。
「!? お、お主は……のろちゃん、か?」
「そうよ。5年3組のスーパーアイドル、のろちゃんでーす」
そう宣言しながら、法子は灰耶を観察する。
クラスの男子たちとは違い、灰耶はこの恰好にも一切動じていない。
体を揺らしながら、法子は灰耶にもたれかかる。
「ど~お? 灰耶くん。生まれかわった私は……?」
「んー、前ののろちゃんも今ののろちゃんも素敵、でいいじゃん」
クラスの男子と違い、灰耶は今の法子を見ても首ったけにはならないらしい。
それが法子には不満だった。もう少しからかってやろう。
「あら~、大人っぽい。そんな大人な灰耶くんは、私とどんな遊びがしたい?」
「え゛っ。いや、それは……」
誘うように腰を動かすと、灰耶は困惑した声を漏らした。
灰耶の心を揺さぶれたのがわかって、法子は楽しそうに笑う。
「うふ。大人っぽいっていったのは訂正するわ。意外とチェリーボーイなのね」
「あ゛!!!?」
一瞬で沸点まで達した灰耶が、体を大きく膨らませた。
突然のご立派モードに、恐怖で法子の体が竦む。でっかいちんこって普通に怖い。
灰耶は触手を伸ばし、霊体化させた。
そのまま法子の体をまさぐり、パウチを掴みとる。
「こんの、色ボケ妖怪が……!! だれがチェリーじゃ!! そりゃ……童貞ではあるが!! あるけども!! あるが故に!! このまま食っちまうぞ!!」
いままで法子がみたこともない、灰耶のガチギレだった。
正気に戻った法子は自分の恰好の恥ずかしさすら、灰耶の怒声にびっくりして忘れていた。
「ふぅ…ふぅ……あ、のろちゃんはそこにおった方がええか? 女の先生でも呼んでくるからの」
「そ、そうね……」
パウチは捕まり、北海道に送り返されることとなった。
(#173)
5年3組の転校生、玃 ケンジはとにかく軟派なヤツだった。
ケンジは女をさらうため、人に化けて5年3組に入り込んだ。
しかし、一向にモテない。
猿顔で積極的に異性にアピールするケンジは、女子たちから怖がられ、煙たがられていた。
「ベイベーいっしょにトランプしなーい?」
どれだけ女子から塩対応されてもめげないケンジに、男子は同情的だ。
そんなケンジの元に、1人の女性が向かっていった。
180cmはあるだろう長身。
黒のワンピースに黒の髪。ハイライトのない暗い目は、美しさより先に不吉さを他者に感じさせる。
マレーナ形態の灰耶だった。
「楽しそうなことしとるなぁ。ワシとトランプしてくれるか?」
「も、もちろんだよベイベー! この日のためにプロのマジシャンに弟子入りしたんだ!!」
喜んで目をハートにするケンジだったが、灰耶は顎に手を当てて「まどろっこしいな」とつぶやく。
「とりあえず、ワシら付き合ってみるか?」
「!!?」
「彼女欲しいんじゃろ? ワシは今お主になんの興味もないから、付き合っているうちにワシを魅了してみろ」
そこまで言った所で、美樹が灰耶の首根っこを掴んで女子の輪にひきずりこんだ。
「あんた何考えてんのよ! あれと付き合うとか本気なの?! ……っていうかあんた男じゃなかったの??」
「……正直ドン引きされると思って言ってなかったんじゃけど。ほら、マーラって煩悩の象徴が本質として出るくらいじゃろ。まぁその……ワシ、ストライクゾーンめっちゃ広いんじゃよね」
いままで守備範囲外の人類見たことない、と付け加える灰耶に、美樹はちょっと距離を取った。
「ま、このままケンジのアプローチを無視し続けるのも辛いじゃろ。……ワシはチェリーボーイではないから、彼氏役だってできるんじゃぜ、のろちゃん」
「ど、どういう理屈……?」
ハイライトのない目で法子を見つめる灰耶。
180cmの背丈からすごまれると、小学生の法子にはふつうに怖かった。
「そういうわけで。その、5-3のケンジってやつと付き合うことになったんじゃが。……ゆきめはワシがだれかとキスしたりするの、嫌か? ほら、ワシの顔はゆきめじゃし」
冷房がガンガンと効いたゆきめのマンションで、灰耶はゆきめにおそるおそる尋ねた。
「何言ってるの! 愛があるなら私は全然かまわないわ」
「いやでも……ワシがそういうのするの、なんか、キモくないか……?」
「あんなに私と鵺野先生を応援してくれたじゃない! 大丈夫よ。灰耶くんは立派な男の子なんだから」
ゆきめの言葉を咀嚼しながら、「立派ね……」と灰耶は苦い顔をした。
ケンジは幸せの絶頂にいた。
付き合った灰耶は、自分の全てに興味を持ってくれる。
それでいてケンジを見るとろけた顔といったら、初恋の相手と付き合っている乙女のそれだ。
「オーベイベー? ぼくのどんな所が好きなのかな?」
「え? エッチな所は100個くらい挙げられるけど」
昼休み、グラウンドでケンジと灰耶はバカップルめいた言葉を吐き合っていた。
嘘のない灰耶の視線が、ケンジの自尊心を際限なく高める。
灰耶は人間ではないが、かなり人間に近しい存在だ。
父に灰耶と付き合うことを否定されても、灰耶と添い遂げようとケンジは決めた。
「あ、ごめんなさい」
3年生の男子が、謝りながら転がったサッカーボールを回収しにくる。
隠形の術を使っていない灰耶は、ボールを掴んで3年生の子へ手渡した。
「はい、どうぞ」
ケンジは茫然とした。
灰耶はいつも自分に向けてくれる、恋する乙女の顔で3年生の子に笑いかけたからだ。
3年生の子は顔を赤くして、足早に去っていく。
ケンジは動揺しながら、灰耶に今の顔の真意を訪ねる。
「べ、ベイベー? 今の子とは知り合いかい?」
「いんや? さっき初めてあったが」
「なら……今の顔は? 今の『恋が叶って幸せ絶頂』って顔はなんなんだい?!」
灰耶はケンジの言葉に「くくく……」と笑みをこぼしながら顔を撫でる。
「このくらい性欲を出せば、愛になるか……はは、人を好きになるなんて簡単なもんじゃの~!!」
ケタケタと笑う灰耶を見て、ケンジは悟る。
灰耶という女は、誰にでも性愛を注げるのだ。
興味がないから相手を嫌わない。それとして好意のような性愛は本物。
有象無象と接するように、ケンジを愛していた。
「そんな……ぼ、ぼくは、ぼくは……」
おもわず崩れおちるケンジに、灰耶は微笑む。
「どうしたの?
背筋に氷柱を突っ込まれたように、ケンジの体が恐怖で冷え込む。
目の前にいるのは、灰耶ではない。
ぬ~べ~から喰奴の話は聞いている。
灰耶は、神や悪魔に体が侵食されていると。
「もれる」
呆気にとられたケンジの前で、変化が始まった。
ヘイローが灰耶の頭上で形をなし、黒く塗りつぶされていた瞳にハイライトが現れ始める。
(ぼ……ぼくが、ハニーと付き合ったから?)
灰耶が自分の偶像性に気付き、灰耶ごしに女神が自分の人間性に気付いた。
「もれるもれるもれる」
調律は乱れた。童守町に冬が訪れようとしている。
「もれるもれるもれるまざるとけるワシがとけるとけるもれもれもれ—————ぶべらっ」
はちきれそうな緊張は、灰耶の間抜けた声で途切れる。
女神の顕現を待つ灰耶の顔面に、サッカーボールがめり込んでいた。
ボールが飛んできた先には、足を大きく振り上げた広がいる。
灰耶はボールを投げ返し、
「こぅら! デート中じゃろが!!」
「す、すまん。だけどデートって感じじゃなかったじゃんか。ケンジは尻もちついてるし……なにしてたんだ?」
「……? な、にをしてたんじゃっけ? たしか何かが漏れそうで……」
「ま、まさか……また【
「ももももう漏らさんし! しかたないじゃろ、死の女神なんじゃから! 溜まるんじゃ」
自分に向けられるのとは違う、年相応の子供のような顔。
灰耶の中の女神が今まで暴れ出さなかったのは、灰耶が有象無象だとは思えない存在に囲まれていたからだとケンジは理解する。
(……なりたい。ハニーの、特別に)
誰彼構わずに愛を押し付け、ナンパしていたケンジは、初めて嫉妬の感情を抱いた。
5-3の生徒たちが、羨ましい。
「……ハニー!」
「なんじゃどうした」
「ぼくはハニーを受け止めるにはかなりの力不足だと痛感したよ。いつかまた君に相応しい男になって帰ってくる。その時まで、アデュー!」
灰耶に背を向け、人間化を解くケンジ。
妖怪形態のケンジのイケメンぶりに、周囲がざわつく。
突然の宣言に驚いた灰耶だったが、ケンジの真剣さは伝わっていた。
薄く笑みを浮かべ、手を振る。
「よーわからんが、じゃあアデュー。ワシあんまり我慢強くないから早めに会いにこいよ」
灰耶は怪人Aも守備範囲内