【完結】ぬ〜べ〜ご立派様   作:烏何故なくの

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16話 今までの全部をぶつける日(#203 童守町最大の決戦!)

 

「いずなは?!」

 

 ぬ~べ~は病室に飛び込む。

 ベッドの上には、瀕死の重傷を負ったいずなが眠っていた。

 

「なんとか気を送り込んで傷はふさいだが、危ない状況だ」

 

 いずなを治療した玉藻は、油断ならない事態であることを告げる。

 

「ちくしょう! なぜいずなを! 鬼の狙いは俺のはずだ」

 

 ぬ~べ~は怒りと不安を、手を強く握りごまかした。

 病室にはゆきめ、童守寺の和尚、速魚、5-3の生徒、そして灰耶と比丘尼が集まっている。

 

 いま現在、童守町には鬼が現れていた。

 それも、ぬ~べ~の500倍の力を持った鬼が。

 おそらく、ぬ~べ~の手に封じられた鬼と関係があるのだろう。

 

 鬼はぬ〜べ〜と関係ないいずなを半殺しにし、その現場を目撃した子供まで殺そうとした。

 童守町にいる全ての霊的存在が、鬼の脅威を認識している。

 

「立ち向かうしかないだろう。私、鵺野先生、雪女、魔王の少年は戦闘力が高い。……その尼はなんだ?」

「ワシの秘密兵器。本人から戦わせてほしいと要望があっての」

「足手まといにはならないよ。不死身だからね」

 

 玉藻の疑問に灰耶が答え、比丘尼は真剣な顔で補足する。

 

「すまんみんな……。……!!」

 

 ぬ~べ~が頭を下げた瞬間、病室にいる霊能を持った者に、全身の毛穴に針を突っ込まれたような怖気が走った。

 

 カーテンをゆきめが開ける。

 病院の玄関前に、線の細い美少年が立っていた。

 利発そうな瞳が病室の中のぬ~べ~をまっすぐ見つめている。

 

 階段を駆け下り、ぬ~べ~たちは少年と相対する。

 

「きさまが鬼か……」

「そう。焦熱地獄からやってきた、絶鬼という」

 

 絶鬼は語る。

 ぬ~べ~の手に封じられた鬼は、自分の兄なのだと。

 

「ずいぶん個性的なメンバーだ。さあ、やりあおう。死人がたくさん出て面白くなるよ」

 

 絶鬼はおもちゃを見つめた猫のような顔で、本性を現した。

 角が生え、筋肉が盛り上がっていく。

 

戦い(コンサート)をはじめ……」

「顕現しろ、【コクマの塔】」

 

 絶鬼がセリフを言い終わらないうちに、周囲の空間に亀裂が入り、石作りの迷宮へと世界が書き変わった。

 

「これなら周囲の被害を気にせんで戦えるじゃろ!」

 

 灰耶は一番前へと進み出て、口の前に魔力を集中させた。

 

「消し飛べ、【特大炎魔法(トリスアギオン)】!!」

「尼の思念で技を昇華させるだと……? こんな隠し玉を」

 

 最初から全力で、灰耶は自分の持ちうる最強の破壊力を持つ技を放つ。

 特訓の最中でも見たことのない灰耶の秘中の秘に、玉藻は驚きを隠せない。

 

「やれやれ、せっかちな観客だ」

 

 絶鬼へと向かう、野球ボール程にまで圧縮された地獄の業火。

 それに慌てることなく、絶鬼は手のひらから妖力波を撃ち出した。

 

 火の玉と光球がぶつかり合い、途方もない衝撃が迷宮内に吹き荒れる。

 拮抗した時間は数秒。

 妖力波を突き破って、蝋燭の火ほどに弱まった火球が、絶鬼の服の胸にシミを作った。

 

「ふーん、伊達に魔王の力を使っているわけではないようだね。ちょっとは楽しめそうだ」

 

 笑いながら、絶鬼は灰耶に飛びかかった。

 右手をイバラのように変形させ、灰耶の体に叩きつける。

 

 マーラの巨体が揺さぶられ、背中に乗っていた比丘尼が弾き飛ばされる。

 

「比丘尼ッ」

「よそ見してていいのかな?」

 

 絶鬼の妖力波に対抗できる【特大炎魔法(トリスアギオン)】が使えなくなり、思わず灰耶は飛んでいく比丘尼へ触手を伸ばす。

 その隙を逃さず、絶鬼は拳を灰耶に叩き込んだ。

 

 はたもんばの斬撃すら防いだ【物理耐性】がまるで意味をなさない。

 意識を失いかけた灰耶を、火輪尾の術が飲み込んだ。

 玉藻の炎が【炎吸収】の力を持つ灰耶を癒やしていく。

 

「しっかりしろ! お前が前衛をこなせなければ全員が死ぬ」

「そうは言うが、数発モロに喰らえば意識を保ってられん。幻視の術でやつを撹乱できんか?」

「無理だ……。よほど上手く使わなければ、見破られてしまう」

 

 闘志を燃やしながら、敵を見据えて短く議論を交わし合う玉藻と灰耶。

 それを見て、絶鬼は玉藻を指差す。

 

「攻撃と回復を同時にこなせるのか。じゃあきみから消えてもらおうかな」

 

 自身へ攻撃を行う灰耶を無視し、絶鬼は玉藻の元へと走りだす。

 

「ゆきめ!」

「わかったわ!」

 

 灰耶は素早くマレーナの形態へ変わり、ゆきめは冷気をチャージする。

 

「「【大冷界】!!」」

 

 二人の冷気が合わさり、迷宮の天井に氷山がいくつも現れ、降り注いだ。

 絶鬼は舌打ちし、妖力波で氷山を溶かしながら灰耶を観察する。

 

「複数の違う性質の形態を使い分けられるのか。じゃあひょっとして……いまのきみにはさっきほどの耐久力はないんじゃない?」

 

 絶鬼は手を刃にかえ、灰耶に向かって伸ばした。

 マーラの固い皮膚とは違い、マレーナの肌は簡単に切り裂かれる。

 

「灰耶くん!?」

「灰耶!!」

 

 ゆきめが氷塊を絶鬼にぶつけ、ぬ~べ~が経文をムチのように扱い灰耶を回収しようとするが、それより絶鬼が灰耶に接近するほうが速かった。

 

「はは、判断ミスだね。きみのリズムは美しくない。さぁ……断末魔を聞かせてもらおう」

 

 絶鬼の拳が振り下ろされる。

 

「ぎゃあああぁああぁっ………!!」

 

 絶叫とともに、灰耶の腹部に穴が空いた。

 

 同時に、絶鬼の耳がちぎれとんで宙を舞う。

 

「ぐっ!?」

 

 痛みに困惑する絶鬼の前で、左手を振り上げた灰耶はニタリと笑った。

 

「【羅刹モード】。こいつを至近距離でぶつけるためにさっきの攻撃はわざと喰らった」

 

 女神の体の、左手だけが魔王の爪。

 アンバランスな左手には、絶鬼の血が滴っている。

 

「ワシから目を離すなよ。どんな防御も貫くワシの左手は、お主の喉元を食い破れるぞ」

「ふふ……それを明かすには少し速かったんじゃない? きみの必死の不意打ちの成果は僕の左耳だけだ」

 

 灰耶と絶鬼は至近距離で肉弾戦を始めた。

 様々な武器に変形し灰耶の首を刎ねようとする鬼の手を、灰耶は致命傷になる攻撃だけ防ぎ、捨て身で絶鬼に迫る。

 灰耶の傷を治すために、ゆきめは冷気を灰耶に吹きかけた。

 

「鵺野先生、少年のフォローを! 【羅刹モード】は全てを破壊する攻撃力はあるが防御力が著しく下がる!」

「! わかった」

 

 ぬ〜べ〜も鬼の手を解放し、絶鬼に殴りかかった。

 

「おっと、危ない。兄さんを封印した男もいるんだったよ」

 

 絶鬼はぬ〜べ〜の拳から素早く距離を取った。

 その反応を見てぬ〜べ〜は察する。

 

(そうか……絶鬼は俺に鬼を封じる力があると思っているのだ。絶鬼は俺を警戒せざるを得ない。そこに、灰耶の左手があれば……)

 

 見えた勝機を手繰り寄せるために、ぬ〜べ〜は左手を構えて灰耶の前に出た。

 

「俺が前に出る。後ろから隙を見て攻撃してくれ」

「……ククッ」

「ど、どうした?」

 

 指示を出したのに笑いが返ってきたことにぬ〜べ〜が困惑していると、灰耶は笑いながら続ける。

 

「いや、左手の構え方が全く同じで……。うひょひょ、【羅刹モード】を発明した時も思ったけどワシぬ〜べ〜のこと好きすぎじゃろ!」

 

 一通り笑ってスッキリした後、灰耶は体に殺意を装填して叫んだ。

 

「一緒に()こうぜ、地獄先生!!」

「おう!!」

 

 左手を構え、灰耶とぬ~べ~は絶鬼に踊りかかった。

 ぬ~べ~はあえて大振りな攻撃をし、絶鬼に攻撃を回避させ隙を作らせる。

 

「こんなのはどうかしら!」

 

 ゆきめは迷宮内の温度を下げ、霧を作り出した。

 ぬ~べ~と灰耶は霧の中で位置を交互に入れ替え、絶鬼に攻撃を確実に当てていく。

 

「いいぞ、雪女……! 私もそろそろ準備が終わる!」

「武器のイメージ、武器のイメージ……!!」

 

 絶鬼から離れた位置で、玉藻は比丘尼を抱いていた。

 灰耶が見せた、比丘尼から念の力を借り受ける方法を己の身で試しているのだ。

 

 比丘尼の灰耶を想う気持ち、そして不死身の肉体の生命力。

 それが玉藻の習得している妖狐の禁じ手を、発動させる条件を満たした。

 

「鵺野先生!! 大技を撃ちます、その場から離れてください!!」

「! わかった!!」

 

 霧の外に飛びのくぬ~べ~だったが、異変に気付く。

 灰耶が霧の中から出てこないのだ。

 

「く……! すまん、捕まった!!」

「霧を展開したあたりから狙いは読めていたよ」

 

 イバラ状に変形した鬼の手で、絶鬼は灰耶をからめとっていた。

 

「人間は誰かを守るために力を出すんだろう? それとも、妖狐のきみにはそんな理屈は通用しないかな」

 

 このままでは灰耶に技が当たってしまう。

 玉藻は唇を噛み、ため込んだ念を放出するのを止めた。

 

「ははは! 半分くらい人間の匂いがするな、きみ」

 

 笑いながら、ゆっくり灰耶を掴む力を強めていく絶鬼。

 灰耶を潰れたトマトのようにぐずぐずにしようとした時、灰耶の右手が動く。

 

 人差し指と中指を唇につけ、「ちゅっ♥」と投げキッスを絶鬼に飛ばした。

 絶鬼は硬直する。

 

(な、なんだ今のは……? この状況で僕に親愛の情、あるいは恋心を明かしてなんになる? 意味不明すぎる。それにしても唇がぷるっぷるだないやまて僕は何を考えて———)

 

「俺の生徒に手を出すな——っ!!」

「ぶべーっ」

 

 絶鬼が思考を続けている最中に、ぬ~べ~は今日一番の腰が入った拳を絶鬼にクリーンヒットさせた。

 イバラ状の腕に捕らわれていた灰耶を引っ張り、胸に抱き、ぬ~べ~は絶鬼の背後にまわりこんだ。玉藻の大技から、絶鬼を盾にできるように。

 

「やれっ玉藻!!」

「死なないでくださいよ鵺野先生。……くらえ、【滅気怒雷恩(メギドラオン)】!!!」

 

 狐火とも違う、純粋に破壊に特化したエネルギーの塊、人類には再現不可能な天罰の炎。

 それは空気を裂きながら絶鬼に着弾、爆発。【コクマの塔】を揺さぶった。

 

「ぐぅううううっ……な、何故だ、何故僕はあの女神の姿をじっと見つめてしまうんだ……」

 

 【滅気怒雷恩(メギドラオン)】の直撃をうけ、全身が血まみれだが、絶鬼は変わらず生きていた。

 体の表面を丸焦げにされたことより、灰耶に見惚れてしまったことにショックを受けている。

 

「これは何かの間違いだ!!」

 

 絶鬼は叫び、灰耶に飛びかかるも、灰耶がセクシーなポーズでうなじを見せるととたんに顔を赤くして動きを止めてしまう。

 

「戦いの最中に何を考えてんだ!!」

「見境なし!! ケダモノ!!」

 

「ちっちが、誤解……ぐああああ」

 

 ぬ~べ~とゆきめは脳内の辞書を引きながら、知っている限りの語彙で急に発情し出した絶鬼を罵った。

 絶鬼の様子を見て、灰耶は喜悦の笑みを浮かべる。

 

 糸美と出会った経験から、灰耶は魅了の術は触手などから魔力を流し込むよりも、魔力そのものを糸状にして相手にくっつけ持続的に流し込む方が効率的だと理解している。

 【羅刹モード】の左手で切り裂いた絶鬼の17の傷口に、透明な魔力の糸を取り付け、出力300%の【魅了魔法(マリンカリン)】を流しこみ続けていた。

 

(美樹から教わった72のセクシーポーズ……ワシの手札が尽きる前に、絶鬼を殺す!!)

 

 灰耶はさらなるセクシーポーズを繰り出すが、絶鬼は反応しない。

 目をつむり、イバラ状に変わった腕を振り回して周囲を薙ぎ払いだした。

 

「そんながむしゃらな動きで俺の攻撃が防げるか!」

 

 ぬ~べ~は飛び掛かるが、拳を振るう場所に的確に鬼の手が円形に変わった盾が作られる。

 絶鬼は目をつむったまま完璧にぬ~べ~の拳を防いでみせた。

 

「きみのリズムはもう覚えた。……ふふ、高度な魅了の術をかけて、僕のペースを奪おうとするのはいい作戦だったね。でも、ちょっと煽りが過剰だったかな? あの拙いセリフが、僕の心を冷静にさせた」

 

 メトロノームのように、一糸乱れぬ動きで戦いをコントロールする絶鬼。

 圧倒的な戦闘センスにぬ〜べ〜は思わず唇を噛む。

 

「くっ……なんて冷静なヤツだ。ちなみにさっきの反応は素だ」

 

 ぴきっ。

 ぬ~べ~のセリフを聞いて、絶鬼の瞳が痙攣する。

 

「恐ろしく戦闘の勘がある……これが、鬼……。ちなみにさっきの反応は素よ」

 

 ぴきぴきっ。

 ゆきめのセリフを聞いて、絶鬼の拳に力が入る。

 

「きみたちぃぃ!! 低俗な方法がお好みなら今すぐ地獄を見せてやるぞ!!」

 

 メトロノームがぶっ壊れた。

 絶鬼は巨大な妖力球を手のひらの腕に作り上げる。

 

「僕がこの妖力球をコントロールせず自爆させたらどうなるかなぁ~!! 誰一人逃げられない規模の爆発だよ! それどころかこの結界も壊れて外の病院の人間にも被害が出るだろう!! 勝ち方にこだわらなければきみたちごとき……」

「ワシから」

 

 絶鬼が勝ちを確信した瞬間だった。

 背後に回り込んだ灰耶が、底冷えするような殺意を発した。

 

「目を逸らすなと……」

 

 懐に入れた紙製のヒエロニムス=マシンを起動する。

 灰耶は灰耶自身に、『強くなれ』と命令をした。灰耶の心は、本物の第六天魔王とつながり、その影響を受けている。

 強さを求めるなら、己の内だ。

 

「言っておろうがぁ……!!」

 

 今までとレベルの違う強敵、くぐらせられた死線。

 それがいままでとは一線を画す集中を灰耶にもたらし、ヒエロニムスに桁違いの念波を送ることに成功した。

 【会心の眼力】で睨みながら、【チャージ】した拳を開放しようとする灰耶に、絶鬼は初めて己の敗北を想像した。

 

 絶鬼は肘の先を刃に変形、伸ばし、最小の動作で灰耶の命を奪おうとする。

 伸びた刃は、誰にも邪魔されることなく灰耶の首を切り裂いた。

 地面に転がった灰耶の首が、霧のように掻き消える。

 

「しまっ、幻視の術————!!」

「【地獄突き】ぃいいいぃッッ!!!」

 

 幻の灰耶の後ろから、本物の灰耶の拳が絶鬼に叩き込まれた。

 体の急所に叩き込まれる、極大の破壊力を秘めた四連撃。

 絶鬼は血を吐き、迷宮の地面に転がった。

 鬼が床に背中をつけたという事実にぬ~べ~の顔が明るくなる。

 

「や、やったのか……?」

 

「……正直、まさかここまで人間が僕に立ち向かえるとはおもわなかったよ。お互いを想い、協力することでここまで力を出せるのか」

 

 絶鬼はよろよろと立ちあがり、ぱちぱちと拍手をする。

 

「体力を6割ほど削られてしまった。こんなのは初めてだよ」

「く……まだ6割か」

 

 玉藻は悔し気に絶鬼の言葉を飲み込む。【滅気怒雷恩(メギドラオン)】を放った消耗で、玉藻はロクに動けないのだ。

 

「あと4割なら現実的な範囲じゃろ? 第2ラウンド、ワシはいけるぞ……」

「すごいな、そんなボロボロの体でまだ吠えるのかい?」

 

 絶鬼は笑うと、灰耶の右足を妖力波で吹き飛ばした。

 灰耶は倒れ、地面に手をつく。

 

「待ってて灰耶くん、今治してあげるから!」

 

 そう言ってゆきめは【氷結吸収】の力を持つマレーナの肉体に、冷気を注いでいく。

 消し飛んだ足が治っていくが、治りきる前に灰耶が胃液を吐いた。

 

「げぼ、オロろろッ……!!」

「ははは! 食べ物を消化するのにもエネルギーが必要なものさ。そのボロボロの体でどれだけ冷気を吸収できる? 昔、餌をあげすぎて死んでしまった地獄金魚を思い出すよ」

 

 絶鬼は笑いながら、妖力を体に漲らせる。

 

「助け合いがきみたちの美徳だろう? その死にぞこないを助けながらどれだけぼくと戦えるのかなぁ?」

「ハッ、ようやく必殺技の準備ができた所じゃ。4割の体力しか残ってないことを絶望しろ」

「あははは! キミの減らず口も聞き慣れてきたよ! 決めた、キミだけは手足をもいでオルゴール代わりに使ってあげる」

 

 灰耶の怯えのない言葉に、絶鬼はむしろボルテージを上げた。

 灰耶を守るように立ったぬ〜べ〜に、灰耶は耳打ちする。

 

「必殺技の準備ができたってのは本当じゃ。霊力を使い果たす勢いでワシを守ってくれ」

「何!? 本当か!!」

 

 肩で息をしながら、ぬ〜べ〜は思わず叫ぶ。

 絶鬼相手の攻防では一手でも気を抜けなかった。ぬ〜べ〜の霊力も底をつこうとしている。

 

「ほら、逃げるよ!」

 

 玉藻のそばにいた比丘尼が、右足が再生し切らない灰耶の肩を支えた。

 ゆきめは氷の壁を作り、灰耶を隠す。

 

「Om Mani Padme Hum……」

 

 詠唱と共に、灰耶の体を中心に緑の火が渦巻いていく。

 今までの冷気の力とは違う、矮小な人間を畏怖させる女神の権能を扱っているのだ。

 何かとんでもないことが起ころうとしているのだと、比丘尼は唾を呑む。

 

「な、何をするつもりなのさ」

「女神マレーナは儀礼では藁人形に象徴される。西スラヴではマレーナを象徴する藁人形をバラバラにして燃やす豊作祈願がある」

「……? もっと、わかりやすく頼むよ」

 

 難しい顔をしている比丘尼に、淡々と灰耶は告げる。

 

「ようはな、冬と死の権化であるワシが消えれば、春と生がやってくるのだ。……【再生儀礼魔法(リカームロス)】」

 

 無限界時空の死を灰耶はずっと覚えている。

 時空が人柱になった時の霊力の練り方、おこり、全てを覚えている。

 

 比丘尼の前で、灰耶の肉体はボロボロと崩れ落ちた。

 それと同時に、ぬ~べ~、ゆきめ、玉藻の体と霊力が限界以上に回復していく。

 

「勝てよ……地獄…せん、せ……」

 

 灰耶の体がただの雪の塊になっていく。

 それはいつかのゆきめのようで、ぬ〜べ〜の喉から「ヒュッ」と掠れた声が漏れる。

 

「なっ、待て……ふざけるな、灰耶!! おい、灰耶!!」

 

 答える者のいない、ぬ~べ~の慟哭が結界の中に響き渡った。

 

 

 

 怒りにより自分の右手に封印した鬼を完全にコントロールしたぬ~べ~と、激怒したゆきめが、絶鬼を蹂躙するのを、玉藻は冷めた目で見ていた。

 絶鬼の勝ち目は完全になくなった。あとは絶鬼がやってきた時に開けた鬼門にバラバラにされた絶鬼を投げ捨てて終わりだ。

 ぬ~べ~とゆきめは自分の体を傷つけるように拳を振るうが、拳にできた傷も灰耶が連れてきた【春】が、強制的に治してしまう。

 

「……おろかものが。鵺野先生の生徒になっておきながら、お前には愛というものが何もわかっちゃいない!!」

 

 灰耶の残骸をみてへたり込む比丘尼の横で、玉藻は吐き捨てるように言って壁を殴る。

 

 向ける相手のいない怒りを吐く玉藻に、返事があった。

 

「そんなことないじゃろ。ワシほど人を愛してるやつもそうはおらんぞ」

 

 思わずぎょっとした目をする比丘尼と玉藻の前で、灰耶の残骸がもぞもぞ動く。

 女神マレーナを5歳ほどにまで若返らせたような容姿をした童女が、灰耶の残骸の中から顔を出した。

 

「あ~死ぬかと思った。術が成功してよかったぞ」

「……いまの術式は、人柱の術ではないのか?」

 

 なんか普通に喋っている灰耶を前に、玉藻は疑問を投げかける。

 

「いや違うけど。比丘尼置いて死ぬわけにいかんから……。【再生儀礼魔法(リカームロス)】はゲームで例えると【自分のHPを1にして味方のMPとHP全回復、自分のHPが減っているほど回復効果持続】みたいな感じじゃ」

「事前にこの術の詳細を他者に共有しようとは思わなかったのか??」

「いやこの術ミスったら普通に死ぬから。そんな術を計算に入れた作戦、ぬ~べ~もゆきめも了承せんだろ」

 

 もちろんお主も。

 そう言って悪びれもしない灰耶を前に、玉藻の中で何かが切れた。

 

「……二度と、お前と訓練はしない」

「え~っ楽しかったじゃろこれからも続けようぞ」

「お前のような危機管理能力の薄い子供にこれ以上おもちゃを持たせられるか!!」

 

 足元に縋りつく灰耶を玉藻は無視する。

 

 ゆきめとぬ~べ~が灰耶に気付くのは20分後のことだった。

 絶鬼はその間、ずっと嬲られ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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