「玉藻~。遊ぼうぞ~」
童守病院に、灰耶は足繁く通っていた。
玉藻に稽古をつけてもらうためである。
絶鬼との一件で、玉藻は灰耶に稽古を迫られても断るようになってしまったが、灰耶は諦めていなかった。
もっと強い妖怪が現れた時のため、鍛錬を欠かしてはいけない。
それに自分が高みへと昇る感覚は何ものにも代えがたい。
相手に迷惑なのは承知で、灰耶は玉藻に絡んでいた。
窓を開け、玉藻の部屋を覗く。
裸にマフラー、スーツを羽織った玉藻が、1人で爆笑していた。
灰耶は窓を閉めた。
「どうしたんだ、魔王の少年」
「ぐぇー見つかった……。どうかしとるのはお主の方じゃろ」
「そうか? それより聞いてくれ。最高のギャグを思いついたのだ」
玉藻はケーキを冷蔵庫から取り出して、コホンと咳払いをする。
「ティラミスを、チラ見す」
「3点」
「ぶえーッ」
玉藻のギャグを聞いた灰耶は、玉藻を殴り飛ばした。
どうせ偽物か何かだろうと思ったのだ。
地面に転がった玉藻を見て、その様子を観察する。
灰耶は玉藻の胸の辺りから、妖気を感じ取った。
触手を伸ばし、妖気の出どころを掴みとる。
「これは……理袋か?」
ぬ~べ~から聞いた知識と照らし合わせ、灰耶は心臓のような妖怪が、憑りついた相手に感情を無理に与えて心を破壊する理袋だと気づいた。
玉藻は殴られた頬を押さえ、ゆっくりと立ち上がる。
「理袋を返すんだ、魔王の少年。それさえあれば、私は愛を知ることができる……!」
「なんじゃ、自分の意思で取りつかせたのか。思ったより冴えないことをしとるなぁ」
汗をかきながら手を伸ばす玉藻に、つまらなそうに灰耶は言う。
「お主のギャグが3点なのは、ギャグを言ったお主が自分のネタを面白いと思ってないのが伝わってきたからじゃ。お主には本物のお笑いっちゅーもんを見せてやろう」
「ケラケラケラ」
「だーっはっはっはっは!!」
玉藻が連れてこられたのは、童守小の生徒を笑わせるケラケラ女の所だった。
児童が円になってケラケラ女を囲んでいるのを、遠くから玉藻は見つめていた。
「……だめだ。くだらないものとしか認識できない……。やはり私には人間の感情など……」
「お主にケラケラ女の笑いは理解できんかもしれんが、ケラケラ女の観客に対する愛ならどうじゃ?」
玉藻は一瞬ハッとした顔をするが、すぐに眉間にしわが寄る。
「あれは……愛ではないだろう。愛というより自分の信念のために他者を笑わせているのだ」
玉藻の言葉を聞いた灰耶は、嬉しそうに少し口角を上げた。
「やはりお主はそういう感性をしっかり持っておるじゃないか。理袋を使えば、今のお主は消えてしまうのではないかのぅ」
「……ふん、私には時間がないんだ……」
本当に苦しそうにそれだけ言って、玉藻は病院に帰っていく。
それを灰耶は、じっと見ていた。
「なんじゃ辛気臭い。……もっと病院に顔を出すかの……」
(#223)
「あ、君が灰耶くんかな……?」
「お主のことは聞いとるよ。夢魔の夢々じゃったな」
放課後、童守小の屋上で、灰耶はぬ~べ~が5年3組に預かった夢魔の子供と会話していた。
夢魔は思春期のドキドキが性別を決定させる種族。夢々は広にドキドキしたので、性別が女で固定されたらしい。
灰耶はマーラの容姿が男の嫌な所の濃縮だとわかっているので夢々の前には顔を出さなかったので、又聞きだ。
いまもマレーナの形態で夢々に接している。
「ぼく、女に性別が決まったから帰ることになったんだけど……その前に、男にも女にもなれるっていう灰耶くんのことを聞いておきたくて」
「ん、かまわんよ」
「その……男にも女にも成れるなら、どっちを好きになるか、混乱したりしないの?」
「しない。ワシは男の側面で男を愛せるし、女の側面で女を愛せる。……広のことも当然、愛しておるぞ」
広の名前を出すと、夢々は顔を赤らめさせる。
「えっ、ど、どんな所が……??」
女になったばかりの夢々は、嫉妬の感情も育ってないらしい。ドキドキした様子で、灰耶に広の魅力を尋ねてくる。
「まずは健啖家じゃろ? 字が汚い。体幹が素晴らしい。寝癖がついていて……」
灰耶の言葉を聞いた夢々は、一瞬ポカンとした顔をした後、微妙な顔をして、おずおずと口を開く。
「んーと、えーと……なんていうか、それって肉欲じゃない?」
「何?! 適度に相手に配慮した肉欲を人は愛と呼ぶのではないのか?!」
ロボットアニメのようなディスカッションだった。
「玉藻玉藻玉藻〜ッ! ワシの性欲って愛じゃないのか!!?」
「帰れ」
夢々と別れた灰耶は、玉藻のいる童守病院に突撃していた。
玉藻は嫌そうな顔で応対する。
「お前は私を何だと思っているのだ」
「人間の愛情ソムリエ」
「殺す」
「死ぬのはお主」
振るわれた首さすまたを氷の壁で防ぎながら、灰耶は玉藻に話しかける。
「実際どうよ。ワシからぬ〜べ〜のような愛を感じたことあるじゃろ?」
「ないぞ。お前基本他人に興味がないだろう」
「えっ」
灰耶が動揺すると同時に氷の壁の強度が下がる。
玉藻は氷の壁を砕きながら灰耶に迫った。
「待て待て! 興味がなくても愛は抱けるじゃろ?!」
「それはまさに性欲だろう」
「ぬ〜べ〜だってどんな生徒だって愛して興味なくても守るじゃん」
「鵺野先生は生徒だからというだけではなく、生徒を理解し、理解されようと努力しているだろう」
「……そうかも」
(コイツ……今まで『生徒だから』という理由のみでしか鵺野先生に愛されていないと思っていたのか?)
元気をなくして項垂れる灰耶を、とりあえず玉藻は殴っておいた。
額から血を流し、灰耶は落ち込んだようにため息を漏らす。
「何じゃ、人間の愛大好きなお主がワシに構ってくれるんじゃからワシは愛に溢れてる、妖狐から見ても価値のある人間だと思ってたんじゃが……自己認識は大事じゃな。ま、これもワシのピースの一つか」
肩を落として帰っていく灰耶。
それを見ながら、玉藻は思案する。
「ふむ、魔王の少年は酷く利己的だが……価値がないと思ったことはない……な」
今女神の形態になっているのも、なにか他者を気遣ってのことだろう。
そこまで考えて、玉藻は灰耶のことがそこまで嫌いじゃないことに気がついた。