ぬ~べ~が心臓発作で死んだ。
そのあとなんか生き返った。
「あやつのびっくり人間っぷりも深まっておるな……」
灰耶はぬ~べ~が死んだために、売り払った家財を買い戻すために童守町を離れていた。
(判断が速すぎるのは自分の悪癖、いやしかし流石にあれだけ完璧に死んでいたら……)
自問自答を繰り返しながら、集めた家財を台車に乗せ、手にケーキを持って灰耶はぬ~べ~のアパートに戻ってきた。
イチゴのショートケーキはお詫びの証だ。
「ワシ、ぬ~べ~が死んだのに泣けんかったからな……。これでご機嫌取りになるとええが」
ぬ~べ~の部屋の前でチャイムを鳴らす。
どてどてという足音とともにドアが開き、角を生やしたツインテールの少女が出てきた。
かすかな妖気、それも鬼の妖気を感じ取り、灰耶は思わず体を固くする。
「……何? これ」
「あッ、あ~~ッッ」
少女は灰耶が手に持っていたケーキを取り上げ、ひとくちで食べてしまった。
灰耶がショックの声を漏らすと、奥からぬ~べ~が顔を出した。
「あ、灰耶! 紹介するぞ、一緒に暮らすことになった俺の生徒の眠鬼だ。最初は宿直室であずかろうかと思ってたんだが、お前とならいい関係を築けるだろうと思ってな」
「え、鬼と暮らすのかァ~?」
ぬ~べ~の言葉を聞いても、灰耶は怪訝な表情を隠さない。
「生徒って、鬼を学校に行かせたら大変なことになるじゃろ」
「確かに男子生徒をパンツにし出したりしたが、根はいい子なんだ」
「は?」
ぬ~べ~が言うには、鬼のパンツは霊能者の体から作りだしたもので、人間をパンツにする術があるのだとか。
眠鬼が人間界にきた理由も、ぬ~べ~をパンツにするためだった。
「け、けったいな術もあったもんじゃの……。……こんな感じか? 【
灰耶が呟いた瞬間、灰耶の指から光が放たれた。
光は眠鬼に当たると、眠鬼の体が糸のようにほどけ、パンツに組み変わっていく。
「え、は、ば、バカな……鬼である私が……よくもこんな屈辱を……!」
ひらりと地面に落ちたパンツから、怨嗟の声が聞こえてくる。
ぬ~べ~と灰耶は思わず顔を見合わせた。
「ま、不味いぞ、パンツにされたものは穿かれないとだんだん心までパンツになっていく……!!」
「なんじゃそのクソ妖術! 意識ある人間を穿くのを目的にしとるじゃないか……しかたない、マレーナ形態のワシなら股が存在するから、ワシが責任とって穿くか」
マーラの体が変形して、女神の肉体が現れる。
それを見て眠鬼が必死にのたうちまわり出した。
「鬼の私を穿くなんて、そんなの許さないから! そんなことされるくらいなら死んだほうがマシよ!」
「意識までパンツにされるよかまあええんじゃないか?」
「うるさーい! 戻れ! 戻れ! 戻れ!」
眠鬼はまな板の上の魚めいてパンツの姿で飛び跳ねる。
飛び跳ねるたびに足が生え、腕が生え、頭が生える。
2分ほど飛び跳ね続けた眠鬼は、どうにか人の姿にまで戻れた。
肩で息をしながら、眠鬼は灰耶を睨みつける。
「灰耶、だったな……覚えたぞ、お前の名前!」
「まあ確かに今回のことは全面的にワシが悪いが、暴力は待ってくれんか?」
「聞く耳もたん!! ミンキーパーンツ!!」
両足を高くあげ、ヒップドロップを繰り出した眠鬼。
それが灰耶に直撃する寸前、灰耶の手前の空間がひび割れて単眼の巨象が顔を出した。
ギリメカラの【物理反射】が、眠鬼の姿をくの字に曲げさせる。
眠鬼は自分が放ったヒップドロップを自分の顔面に食らい、でんぐり返しの恰好で転げまわった。
「い、いつの間にギリメカラを調伏したんだ?」
「ついさっきじゃ。こんなにすぐに役に立つとはおもわんかったけどな。うひょひょ」
魔王の顔で転げまわる眠鬼をみて高笑いを続ける灰耶に、ぬ~べ~は諭すように言った。
「ほら、ケーキなら買ってやるから。機嫌を直してくれよ」
「機嫌をとるなら眠鬼のほうじゃろ?」
「いや、灰耶も相当怒ってるじゃないか」
「……」
ぬ~べ~に言われて、灰耶は自分が怒っていることを始めて自覚した。
また一つ、灰耶は自分のカケラを見つける。
「眠鬼とはどうだ? とは言っても10回くらいはケンカしてたが……」
眠鬼が眠った深夜、月の明かりが照らす窓の下で灰耶はぬ~べ~に声をかけられる。
「ん~、それなりに懐かれてはおるんじゃないかな。殴り合いがコミュニケーションの代わりの家庭で生まれてきたって感じじゃな。うまくやってはいけると思うぞ」
灰耶は「ただ」と前置きし、ぬ~べ~に笑いかける。
「殺意が足りんのが物足りんなぁ。絶鬼とは似ても似つかん。
ぬ~べ~は唾を呑みながら、経文で灰耶をぶった。
「だ~れがお盛んボーイだ! いちおうお前は俺の生徒なんだから、ぬ~べ~と呼びなさい」
「……? そう、じゃよね? なんでワシ、そんなこと言ったんだろ」
首をひねる灰耶を見ながら、ぬ~べ~は自分の冷や汗を悟られないように月の光から離れた。
灰耶はギリメカラを一人で調伏できるほど強くなったのだ。
いつか来ると思っていた日は、すぐそこまで迫っているのかもしれない。
そこまで考えながら、ぬ~べ~はあくまで明るい声で灰耶を叱った。