「あは……あははは……」
ぬ~べ~、ゆきめ、灰耶がいくら気を送り込んでも、玉藻の体からは抜けていってしまう。
人化の術を完成させるために玉藻は広を襲い、ぬ~べ~に負けてから人間の愛を学び出した。
玉藻の人化の術は不完全なままだったのだ。
不完全な人化の術の副作用で、玉藻は廃妖怪になってしまった。
玉藻は自分が廃妖怪になるとわかっていても、広の髑髏を取らなかった。その事実を噛みしめ、ぬ~べ~は玉藻を心配してやってきた若狐、石蕗丸にある提案をする。
「妖狐の神、九尾の狐になら、救えるんじゃないのか」
九尾のは最強の妖狐。地獄の鬼をもしのぐ妖力を持つ。
ゆきめも石蕗丸も止めたが、ぬ~べ~は聞かない。
「俺は玉藻に何度も殺されかけ、何度も助けられた。……絆ができた」
そういうぬ~べ~を、今度は誰も止めなかった。
「まってろみんな」
ぬ~べ~は廃妖怪になった玉藻を抱え、那須野にある殺生石に隠された洞穴の中へ入っていく。
灰耶はそれを見守った。頼み事をしているのだ。大人数で入ったところでどうにもならない。
「……こうして思うと、ワシは玉藻のことが結構好きだったのかもしれん」
いざという時のために体をいきり立たせる灰耶が、ぽつりと言葉を漏らした。
「おれが石蕗丸にドクロを取られそうなときも、体を投げ出して助けてくれたよな。なんていうか、真面目な妖怪だよな」
「あの狐さんには、絶鬼のときも助けてもらったわね」
広が返事をし、ゆきめが優しく灰耶の手を掴み、擦る。
「……!」
ゆきめに手を擦ってもらっている最中に、灰耶の体が大きく反り返った。
汗が緑の皮の上で滴る。
「……いま、幻の術が使われた。おそらく九尾の狐の」
「ええっ、鵺野先生と戦いになったの?」
「そういう感じでもないが……尋常じゃないくらい高度な術じゃ。本物の魔王マーラと同じくらいの……」
灰耶はチャリオットを動かし、洞穴の方を向く。
「……様子を見に行ってくる。幻惑には耐性があるんじゃ」
「ダメよ灰耶くん!!」
ゆきめの静止も聞かず、灰耶は洞穴に飛び込んでいった。
灰耶の目の前で、ぬ~べ~は憎しみに身を任せ妖怪たちを殺していた。
妖怪たちの死体の下には、ぬ~べ~クラスのみんな、ゆきめ、そして灰耶の死体がある。
全ては幻だ。九尾の狐はぬ~べ~の利己主義、嫉妬、憎しみを引き出し、皮肉った。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
怒りで左手の鬼を暴れさせ、荒い呼吸を繰り返すぬ~べ~。
それをジッと見つめる灰耶に、声が掛かった。
「あの男を助けに行かないのだな」
「! ……ワシらはものを頼む側ですから。ぬ~べ~が命の危機にさらされない限りは」
金剛の毛並みを持つ大妖怪、九尾の狐は、その言葉を聞いて目を細める。
「お前はあの男ほど醜くないのだな。恩師が幻に苦しんでいても、心がちっとも動いていない」
「……ぬ~べ~が死んでも、泣けないワシに価値があるんでしょうか。醜さに価値はないんでしょうか」
九尾の狐は少し黙り、灰耶に問いかける。
「では、お前は無様を晒したあの男に価値があると」
「はい。大事なものを全部失って叫ぶ男はエッチです」
九尾の狐は目を丸くして、「天魔め……」とげんなりした顔をする。
「まあいい、とにかくあの男は下等だ。殺す」
九尾の狐の尻尾が一つ逆巻き、炎の渦を作り上げる。
灰耶は体をぬ~べ~と炎の前に割り込ませた。
「ぬ~べ~が命の危機にさらされたんで助けさせてもらいますよ……!!」
しかし、それより早くぬ~べ~を庇った人影がいた。
廃人状態の玉藻だ。
「私のライバル……殺させはしない……」
うわ言のようにぬ~べ~のことを呟く玉藻を見て、九尾の狐は汗をかく。
「まさか。もうひとつ心がある……。おもしろい、人間よ、もう一度チャンスをやろう」
事態を把握できない灰耶の前で、『試練の壺』が始まった。
『試練の壺』は玉藻の中にある人間の心を試すためのものだった。
九尾の狐は玉藻が人間が他者を思いやるときに発する力を手にいれていることを理解し、九本の尾の一つを玉藻に与えた。
与えられた尻尾の力で復活した玉藻は、ぬ~べ~の手を力強く握る。
「あなたはすばらしいライバルだ」
「お前もな。玉藻」
灰耶は二人の友情を眺め、何もできなかったなとぼんやり思った。
それでも何か声をかけようと、口を開く。
「あー、ぬ~べ~?」
ワシはお主が死んでも泣けなかったけど。
お主はワシが死んだら泣いてくれるんだな。
そこまで言葉を考えたところで、灰耶は口を閉ざした。
そんなことは、絶鬼と戦った時にすでに証明されている。
「ん? 灰耶、どうした?」
「えへへへへへへへへへ」
「!?」
ぬ~べ~はぎょっとした顔をした。
九尾の狐もぞっとした顔をした。
九尾の狐は多分本物マーラと面識があるというオリジナル設定