雨が激しく降り注いでいる日だった。
体育館の裏にある小さな花壇を、律子先生は眺めていた。
(ふふ、最近はみんな水やりをサボっていないからか、元気よく咲いているわね)
精一杯体を伸ばす紫陽花。それを見て心を和ませ、午後からの仕事への気力を高めていた時のことだった。
戸締りをしていたはずの体育館の中から声が聞こえてきた。
「灰耶くん、ありがとう……」
「別に謝ることではない。そっちこそ、ワシなんかと二人っきりってのはぞっとしないじゃろ?」
「そんなこと思わないわ。大事な友達よ」
声が聞こえることを疑問に思いながら、律子先生は体育館の鍵を開け、中を覗く。
「こら、授業中以外で体育館に入っちゃダメで……きゃあああぁっ!!」
体育館の中にいたのは、顔がドロドロに溶けた女子生徒と、緑の体を固く太く伸ばす槍のような妖怪。
怖がりな律子先生は、思わず悲鳴をあげてしまった。
(だ、誰か……誰か助けて! ぬ、鵺野先生を呼ばないと……)
尻もちをついたまま、体育館の出口へと戻ろうとする律子先生に、焦ったように女子生徒と妖怪は近いてくる。
さらなる悲鳴をあげそうになった律子先生に、妖怪が声をかけた。
「わっワシらこれでも人間です!! ぬ〜べ〜クラスの生徒です!!」
「………え?」
「……つまり、体が弱くて、陽神の術で学校に通ってるのがあゆみちゃんで」
のっぺらぼうの少女、あゆみは頷く。
「【喰奴】っていう能力で悪魔になってしまったのが灰耶くんなの?」
妖怪、灰耶も頭部を下げて頷く動作をする。
「雨が降ってあゆみの体が溶けそうになっちまったから、ワシが鍵を開けて中で避難してたんじゃ」
灰耶に説明されて、律子先生は自分を恥じる。
危うく生徒を妖怪扱いしてしまうところだった。
妖怪そのものである灰耶は正直今でも怖いが、心を傷つけまいと自然に灰耶に話かける。
「灰耶くんは、その、鵺野先生の家で暮らしてるって話だったけど……鵺野先生と暮らすのって、大丈夫なの? あの人に生活力とかあるのかしら」
「ワシは正直飯も寝床も服もいらんぞ。ぬ〜べ〜は用意してくれるが」
灰耶の言葉に、あゆみが疑問を示す。
「そうかな? 私も今は生身の体じゃないから、ご飯もベットもいらないけど……それでも給食は嬉しいし、お布団はあったかいよ」
「まあそれはそうなんじゃが……最近は秀一と飯を食う時間が定期的にある。豊かな生活じゃ」
ケロッとして答える灰耶に、律子先生は思わず聞くまいとしていたことを聞いてしまった。
「……両親と会えないのは、寂しくないの?」
「別に。言語中枢まで悪魔に乗っ取られて下ネタが止まらなくなったやつを自分の子供だと思えんだろ父母も……」
目を見開いた律子先生に、灰耶は思わず「やべっ」と自分の失敗を悟る。
「いや、今の体になって得た出会いとかもあるからな? 雪女のゆきめとか。座敷わらしとか……ぬ〜べ〜の隣は退屈せんよ」
「……鵺野先生の隣が、あなたの居場所なのね」
律子先生の言葉は正解だ。
灰耶の面倒を見るのは、霊能力を持った存在でなければいけない。
悪魔化は今もゆっくりと進行しているのだ。
もしもに備えて、灰耶は強者の近くにいないといけない。
雨が激しく降り注いでいる日だった。
日光はまだ差さない。