「灰耶……!! すまんが5万使わせてくれ……!! 車が欲しい……!!! モテたい……!!」
「そりゃ別に構わんけど……」
突然土下座を始めるぬ〜べ〜に、灰耶は困惑した顔を向ける。
「えっ?! いいのか……? 普段俺の食費を計算して、無駄な出費はさせてくれないのに」
「そりゃ日々の除霊とかで金使ってるのにパチンコ行こうとするじゃんお主……。ワシはな、お主が地獄先生を続けられるならばなんだってええんじゃ。飯を作るのはその一環」
できたのチャーハンを皿に盛り付けながら、灰耶はぬ〜べ〜にビシっと触手を突きつける。
「モテたい、大いに結構!! 存分に乗ってくるんじゃ!! ……5万で買える車ってあるのか?」
「それに関しては問題ない。霊が憑いた呪いの外車が売ってあるんだ。俺にぴったりだ。ははは!」
「美味い話もあったもんじゃ! うひょひょ!」
「ぬ〜べ〜、お主、免許持ってんのか?!」
町中をブレーキが効いてないかのように暴れ回る外車を、灰耶はチャリオットを最高速度で走らせて追いかけていた。
外車に乗っているのはぬ〜べ〜。後部座席には広と郷子もいる。
車が事故を起こしそうになると、霊気が溢れて車の方向が強制的に修正される。
「霊が取り憑いたのがピッタリって……霊が運転を手助けしてくれるからか?!?」
灰耶が真実に気づいたタイミングで、車から女の霊が天へと昇っていった。霊が成仏したのだ。
それに伴い、車は暴走を加速させる。
「なんてことをしてくれたんだ……。俺は本当に運転がヘタなんだよ………」
口角をひくつかせ、郷子へ絶望のセリフを吐くぬ〜べ〜。
郷子が勘違いから、幽霊を成仏させてしまったらしい。
「わーっ! ぶつかる——っ!」
広が悲鳴を上げる。
車がガードレールを突き破ろうとした瞬間、灰耶は覚悟を決めた。
「顕現しろ、【コクマの塔】……!!」
空間がガラスのように割れ、車の進路に灰耶の作り出した【コクマの塔】が口を開けた。
灰耶は素早く【コクマの塔】の内装を作り変え、曲がりくねった岩の迷宮を一直線の道にしてしまう。
車は直線の左右の壁に激突しながら、30mほど走ってようやく止まった。
「は、灰耶……助かったぜ………ぬ〜べ〜は一生車を持つなよ……」
「バカ、アホ、サイテー!!」
広と郷子の恨み節を聞きながら、ぬ〜べ〜は「5万……」と言いながら車のハンドルを抱いている。
この日から、5万の外車は灰耶の【コクマの塔】に預けられ、灰耶の許可なしには取り出せないようになった。
(#101)
「これは……ヒエロニムス=マシン!!」
図書館で勉強していた晶は、偶然ヒエロニムス=マシンの設計図を見つけてしまった。
ヒエロニムス=マシンは精神波増幅装置であり、相手の写真や物さえあれば相手を操れてしまう、ある国では軍事兵器にもなった装置だ。
晶、広、克也、まことはヒエロニムス=マシンで他人を操ることに成功してしまう。
教室に入ってきたぬ~べ~さえ、マシンからは逃れられなかった。
「ふっふっふ……今日は抜き打ちテスト……だと思ったけど外で遊ぼう!!」
(すげえ、ぬ〜べ〜だって操れる!)
(しかもアンプの部分を紙の回路図にしたのに動くぞ……!)
広と克也は興奮し、ぬ〜べ〜にさらに命令を与え続ける。
「タラリラリ〜ン! 私はアホ!」
「くくく……」
「やめろ! こんな目的で作ったんじゃないぞ!」
ぬ〜べ〜に滑稽なことをさせ、思わず笑う広。
晶はヒエロニムス=マシンを取り返そうとするが、それより先に教室の後ろから伸びてきた緑の触手がマシンを奪い取る。
掃除用具入れの上で眠っていた灰耶だ。
「ふむ……念を増幅させる装置か。また妙なもんを作って」
「げ! 灰耶……!」
見下ろしてくる灰耶に、広はしまったと声を漏らす。
基本ぬ〜べ〜側の存在の灰耶だ。危ないおもちゃは没収されてしまう。
しかし灰耶はしばらくマシンを眺めると、一つの提案をした。
「これ、ワシに貸してくれんか?」
「え? な、何に使うの?」
思ってもなかった言葉に、晶が目を瞬かせる。
灰耶はイタズラっ子のような声で続けた。
「悪魔召喚とかやってみたくての。お主らも、おもちゃは派手に振り回してみたいじゃろ?」
学校が終わり、放課後になった。
町外れのスクラップ工場に、灰耶たちは訪れていた。
「結局ぬ~べ~にはチクるのかよ……」
「危ないことをやるんじゃから大人の前でやるべきじゃろ」
たっぷり怒られた広の言葉に、灰耶は悪びれない。
広たち、そしてぬ~べ~の前で、地面に魔法陣を描き、ヒエロニムス=マシンに象の絵を乗せる。
「【ギリメカラ】という悪魔がおる。こいつは魔王マーラの乗り物で、邪眼を持つ巨大な象らしい。こいつを召喚して、ぬ〜べ〜の外車に取り憑いて貰えば、安全に車に乗れるんじゃないかの。最近貧乏神を食ったからか、力が有り余ってるんじゃ。召喚自体は簡単にできると思う」
以前、ぬ〜べ〜は貧乏神に取り憑かれたことがある。
ぬ〜べ〜は神の眷属だからと荒っぽい事はしなかったが、住んでいたアパートを燃やされた灰耶は怒り貧乏神の足を食いちぎってしまった。
最終的に貧乏神はぬ〜べ〜の人徳を嫌がり退散したが、貧乏神の力は灰耶の中で蠢いていた。
「そこまでして車に乗らなくてもいいんじゃない……? 鵺野先生は車なんかなくったって魅力的よ」
「いや、これはぬ〜べ〜が男を上げるのに必要な儀式なんじゃ……!」
召喚に不備があったときに助けてもらうために呼ばれたゆきめは、この儀式の意味を疑問に思っていた。
灰耶はゆきめに近づいて、車の良さを力説する。
「そもそもぬ〜べ〜の最終目標はモテることなんじゃから、このまま男を上げさせれば、自信がついてそのうち身近な異性にアプローチするんじゃないかの」
「!! ……わかったわ、車の良さは理解できないけど……頑張ってみる!」
灰耶の邪悪な囁きに、ゆきめは雷に撃たれたような顔だ。
真剣な顔で外車を見つめ出したゆきめの隣で、灰耶はヒエロニスム=マシンに触手を当てた。
「さて……いくぞい! Om Mani Padme Hum! きたれい、ギリメカラ!!」
魔法陣の中から黒雲が溢れ、落雷のような激しい音が鳴る。
黒雲は外車に伝播し、辺りの気温が下がっていく。
妖気を纏った外車のボンネットの中心で、単眼が開いた。
「ふむ……? 邪鬼ギリメカラを呼ぶのは、だれぢゃ?」
単眼はギョロギョロと周囲を見回すと、灰耶を見つけて目を見開かせる。
「おお、マーラ様ではないか? この依代を見るに儂に跨るおつもりか? ……それはちょーっと、勘弁願いたいのう」
「お主ワシの乗騎じゃないのか!? ま、まあいいんじゃ。お主には、あそこにいる人間の乗り物になって欲しくてのぅ」
灰耶がぬ~べ~の方を指でさすと、ギリメカラは訝し気な目で灰耶を見る。
「マーラ様が人助けを……? ふむぅ? 使役されてるわけでもなさそうぢゃ」
ギリメカラはゆっくりぬ〜べ〜に近づく。
灰耶は道を開けようと後ろに移動する。
灰耶が移動に意識を割いた瞬間、ギリメカラは外車のフロントガラスから大人の背丈ほどもある巨剣を出現させ、音もなく切りかかった。
「灰耶!」
ぬ~べ~の声のおかげで、灰耶は巨剣と自分の間に触手を滑りこませられた。
しかしダメージは大きく、苦悶の声が出る。
「く……! ワシが魔王マーラそのものではないから命令には従えんか……?!」
「オヌシがマーラ様か人間なのかはどうでもいいんぢゃ。カオスな儂らの不文律、自分より弱いものには従わん!」
お眼鏡にかなわなかったと告げながら、ギリメカラは腕に力を込める。
剣を振るい、灰耶をはじき飛ばした。
入れ替わるように、ぬ~べ~がギリメカラに迫る。
「喰らえ、鬼の手!」
ぬ~べ~の拳がギリメカラにあたる瞬間、ギリメカラの目が光る。
鬼の手が不可解な軌道を描き、ぬ~べ~自身の胸を貫いた。
「ぐ、ぁぁあっ……!?」
崩れ落ちるぬ~べ~の体。
それには目もくれず、ギリメカラは体を動かすと、怯えている子供たちに目をつけた。
「ここらで精気を補充するかの……」
いやらしくボンネットから長い鼻を伸ばすギリメカラを、ゆきめは睨みつける。
今にも攻撃をしかけそうなゆきめを、晶が静止した。
「ゆきめさん、あの象へ攻撃すると跳ね返されるみたいだ。氷の足場を作って逃げたほうがいいよ!」
「わかったわ!」
ゆきめはスクラップを凍結させて、氷の足場を形成していく。
ギリメカラは逃げる広たちを追いかけるが、タイヤで走る車の体では高所まで移動することはできない。
「なかなかパワーはあるが、小回りが利かん依り代じゃ!どれ、足を生やして……ぐぉっ!?」
停車し、手足を生やそうとしたギリメカラの上に重たいものが落下してきた。
ぬ~べ~に生命力を受け渡され、バッキバキになった灰耶である。
「うひょひょ! ワシの体を反射できなかったのを見るに、お主の【物理反射】は視界の範囲にあるものにしか効かんらしいな?」
「ぎくっ……!」
「もっといえばゆきめの冷気で体が一部凍っておる。妖術までは反射できんのだろう?」
「ぎくぎくっ………!!」
図星をつかれたギリメカラを四本の腕で押さえつけ、灰耶は魔力を装填する。
「盛大に送ってやる!! 【
「ぐぉおおおおあぁあああぁああぁあぁぁぁぁぁっ!!!?」
マウントポジションにいる灰耶から流し込まれた業火が、ギリメカラの体を嘗め回す。
性欲の火はいやらしくギリメカラの弱い部分……エンジンにまで周り、外車を粉々にふっとばした。
当然、間近にいた灰耶も爆炎に飲み込まれる。
「は、灰耶————っ!?」
「おう、どうした?」
克也はおもわず叫び、間髪いれずに帰ってきた平然とした声にずっこける。
「心配かけて悪かったの。ワシ、炎は吸収できるんじゃよね」
灰耶は【炎吸収】ができる。熱のエネルギーを飲み込んで、体力を回復させられるのだ。
基本はぬ~べ~のご飯を作っているときの油跳ねに発揮されるスキルである。
灰耶に生命力を受け渡し、体を休めていたぬ~べ~は全員が無事なことを確認しながら、静かに涙を流していた。
「……俺の、5万が……」
粉々にふっとんだ外車は、みごとにスクラップ置き場に馴染んでいた。
(それにしても、ギリメカラがああまで命令を聞かんとは)
スクラップ工場の帰り道、灰耶は一人で考える。
(ワシの本質としてマーラが現れたが、強さも全くマーラそのものとは言えん。ワシはマーラそのものではないんじゃよな。……ワシの中には、マーラという象徴一つで表しきれないワシもおるのか……?)
ごぽり、と灰耶の腹が鳴った。