「現状の報告を」
都市の悲鳴のような警報にたたき起こされたカリアンは生徒会室にて、部下から報告を聞いていた。
「はい、都市が地盤の弱いところを踏み抜いたせいで、足の3割が谷に取られた状態です。自力での脱出は可能ですが、その…………、取り付かれていますので……」
予想は出来ていた。アラームの音で分かってはいたが、カリアンにとって一番聞きたくない類の報告だ。
ツェルニは長い間汚染獣に遭遇していない。学園都市の電子精霊は一般都市以上に細心の注意を払って移動しているのだから。一般都市でも数年に1度遭遇するかどうかの汚染獣にそうそう出会うことはない。実際ツェルニが最後に汚染獣に出会ったのは10年も前の話だ。
しかし、だからこそ出会ってしまえば本当に危険なのである。ここにいる武芸者は皆未熟者、汚染獣との戦闘経験どころか汚染獣を生で見たことがある者が何人いるかすら怪しい。
──幸い、神がかり的な幸運で切り札が転がり込んできたが、さて……
「小隊員を全員招集しろ。彼らには先頭に立ってもらわねば……」
「はい」
──切り札はあるのだ。最悪の展開になる事はまず、ない。ならば今回の災悪を少しでもプラスへと導かねばならん。それが、私の仕事だ。
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「こんな夜中に起こして、何の用なのですか?兄さん」
先ほどまで全小隊が集結していた部屋に、今は私の兄さんの2人のみ。
用件など、分かりきっていること。
わざわざ聞くのは嫌だと言う意思表示にすぎない。が、それでも聞かずには居られなかった。
まるで、子供の我侭ですね、と自嘲する。でも、それでも念威の才能を通してでしか自分を見てくれない家族が嫌で……
ああ、やっぱり自分は子供なんだ、と再度思う。
「フェリ。嫌だと言うのは分かっている。しかし、今は子供の我侭を聞いていられるほど余裕のある状況ではないんだ。ツェルニは現在滅びの危機に瀕しているんだ。本当は、こんな事を妹に押し付けるのは兄として本当に忍びないし生徒会長としても申し訳ないのだが……」
余裕がないとか言いながらも、無駄話が随分と多いです。それだけ兄さんも悪いと思っているのでしょうか?今まではただ私に念威を使わせるための方便だと切り捨ててきましたが、精神的にゆとりが出来たせいか、今では随分と感じ方が変わってきた気がします。
今思えば、私が今まで取ってきた方法は随分と馬鹿馬鹿しいものですね。
兄が私を諦めるまで待つなどと……、本当に無駄のきわみです。
尤も、これは、今だからこそ思えることなのでしょうけれど……、つまりはこれが成長すると言うことなのでしょうね。
だから、前の私ならここで意地を張って、駄々を捏ねていたのかもしれませんが、今の私はもうそんな子供ではないのですよ。
だから兄さん、そんなに済まなそうな顔をしないでください。
──私はもう、新しい道を見つけましたから。
「1億円です。」
「はいっ!?」
「特別に1億円で働いてあげますよ。安いでしょう?兄さん」
「……はい」
こうして、フェリはダメ人間の道の入り口にたったのだった。
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生徒会塔の頂上、ツェルニで一番高い場所。都市を象徴する機が揺らめく場所で、レイフォンは座り込んでいた。
その目には何時ものような疲れは無く、その身から発せられる雰囲気は熟練の武芸者のそれである。
「準備がいいですね。」
そこにレイフォンではない者の声が響く。感情をそぎ落としたかのように無機質で、それでいて透き通るような美声にレイフォンは相手の当たりをつける。積極的に行動していることは少々予想外ではあったが、今では寧ろ都合がいい。
大方いつかのアドバイスが功を奏したのだろう、と自己完結する。
「慣れてるからな」
レイフォンは今グレンダンから持ってきた汚染物質遮断スーツを着、腰には剣帯、手には酒瓶と、まさに戦に赴く前の最後の宴と言った姿だ。準備と言う言葉に、死ににいく準備も含まれているかもしれない。
もちろん、レイフォンはこの程度の雑魚に殺られるつもりはない、油断もしない。これは只の習慣だ。
傭兵として過ごした間に身に付いた習慣。レイフォンは死なずとも、同じ戦場に出る者皆が皆無事でいる可能性は極小だ。何時死ぬとも分からぬのならば、何時死しても未練が残らないぬように傭兵は宴を開く。仲間を送り出す宴であり、自らを送り出す宴だ。
レイフォンにとって、天剣をやめ、傭兵を始めてから、未だ一度も死を感じるほどの敵に出会ったことはないが、傭兵をやってるうちに体に染み付いたものだ。1人しかいない今でも、酒を飲まずにはいられない。
「兄は指示で忙しいそうですので、伝言です。武芸科の学生に経験を積ませるため、危なくなるまでは手を出さないで欲しいそうです。死者が出ないようにフォローもお願いしますとも言っていました。」
「金は?」
武芸者ならば死ぬのは自己責任だ。が、しかし学園生の彼らにまでそれを求めるのは少々酷だとも思う。めんどくさいことこの上無いが、その分金が貰えるならば、それでもいいと。言外に告げる。
「1億と言っていましたが、渋る場合、最高で4億までなら出せるそうです」
「まだ渋ってないんだがな。4億か、キリが悪いがまあいいだろ」
カリアンとしては、フェリに交渉して欲しかったのだろうが、本人にその気は無いらしい。カリアンが財政で悩むのが目に浮かぶレイフォンだが、貰える物をわざわざ手放す筈もない。
「キリが悪いのは、私が1億貰ったからです」
「合わせて5か……。あいつも大変だな」
その苦労の元凶の張本人が言うことでもないが、と心で付け足す。
レイフォンはカリアンを少々哀れんでいた。なぜなら、これから起こるだろう事を考えればカリアンの苦労は増えても、減ることは生徒会長である限りあり得ない事なのだから……
そんなことをしみじみ考えながら、ふと思いついてレイフォンはまた口を開く。
「そうそう、一応あり得ないことだと思うがカリアンに伝言だ。
幼性体を全滅させたりした場合、地下にある母体が周囲の汚染獣を呼び寄せるから気をつけろ、と」
確かツェルニの汚染獣についての情報は極端に乏しく、母体の存在すら知らなかったはずだと思い出してカリアンに伝える。どちらにしろ幼性体の殲滅も、母体を殺すのもレイフォンにしかできないと思うが、一応万が一のためにと伝言を頼む。
何らかの理由でツェルニにそれを知らない凄腕の武芸者がいるという可能性は、一応0ではないのだから。
まあ、99%あり得ないがな、と心の中で呟く。
「…………伝えました。
私は他に何をすればいいのでしょうか?あなたのサポートをする様にと兄さんに言われましたので、指示をお願いします」
「おっ、豪く積極的だな。変わりすぎてびびるが、いい傾向だとは思うぞ。ま、それはそれとして母体の位置と進入ルートを割り出してくれ」
本当に驚くほどに念威に対して積極的だ。1億カリアンからぼったくった事と言い、何時かの時とはまるで別人だな、とレイフォンは思う。尤も、悪いことじゃないから、別にいいか、とすぐに思考を放棄した。
「はい、少し待っていてください。1億円分ぐらいは働かないといけませんしね」
そう、冗談を言った後、走査に没頭したためか、端子からフェリの声が聞こえなくなった。
こうしてツェルニの財政は真綿で首を絞められていくかの様に、じわじわと少しずつ余裕を奪われていくのである。
本当はこの話でレイフォン無双するつもりだったんですが、始まってすらいないと言う……
もしかしたら、いるかもしれない似非レイフォンの活躍を待ってくださってた方、
本当に申し訳ありませんでした。
次話できっとがんばってくれると思いますので、次も読んでください。