願いの物語シリーズ【或る役者の妄言】   作:とーふ@毎日なんか書いてる

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第9話『これは僕が死に際に見ている夢だろうか。』

深い眠りの中に居た僕は誰かに揺さぶられ、目を覚ました。

 

「あー。ようやく起きたー」

 

「ねぼすけさんだねぇ。ジョージは」

 

僕の周りで楽しそうに笑う少女たちに、僕は驚き目を見開きながら周囲を見た。

 

近くには足首くらいの深さしかない小川と、鬱蒼とした森が広がっている。

 

僕が寄りかかっていた木にはセミが止まっていて、夏の暑さを教える様にその声を鳴り響かせていた。

 

「ここは?」

 

「まだ寝ぼけてるの? 今日は川に遊びに来たんでしょー」

 

「ふふ。昨日は熱かったからね。しょうがないよ」

 

「ぷー。朝陽はジョージに甘すぎ! 男の子なんだから、しっかりしなきゃ! そんなんだから学校の友達に虐められるんだよ!」

 

「ジョージにはジョージの良さがあるよ。無理に強くならなくても良いんじゃない?」

 

「朝陽!」

 

「はいはい。分かってますよ。じゃあ、そろそろ行こうか。里菜もプンプンみたいだしさ」

 

僕は目の前に差し伸べられた手を掴みながら、困惑する頭を何とか整理しようとする。

 

記憶は途中で途切れているが、確か増水し危険な川に取り残されたさなちゃんを助ける為に、僕は川に入ってそしてさなちゃんを助けた後に、濁流にのまれて流されたはずだ。

 

もし仮に助かったとしても、こんな森の中に居る理由にはならない。

 

「それでね。昨日お婆ちゃんがさ」

 

それに……。

 

僕は思考を動かし続けながら前を歩く二人を見た。

 

楽しそうに、笑いながら歩く二人は確かに記憶の中にある朝陽と里菜だ。

 

そして、僕は自分の手を見ながらその小ささに、そして視界の低さに僕自身も子供になっているのだろうと察した。

 

おかしな事もあるものだ。

 

これは僕が死に際に見ている夢だろうか。

 

確か、走馬灯というのだったか。

 

かつて僕が過ごしていた日々をこうして目にしているのかもしれない。

 

しかし、それにしては僕が思った通りに体が動くのも妙だと思う。

 

「……! ジョージ!!」

 

「わっ、な、なんだい!?」

 

「もう! ボーっと歩いてると危ないよ! いっつもそうやって転ぶんだから!」

 

「ふふ。里菜はジョージが大好きだね」

 

「ち、違うからね!! 私の一番は朝陽だから! ジョージなんてただのオマケなんだから」

 

僕は、必死に顔を赤くしながら口走る里菜に、子供の様な可愛らしい笑顔を浮かべる陽菜の姿を見た。

 

だからだろうか。

 

本来の歴史では絶対に言わなかったであろう言葉を彼女に向ける。

 

「僕は里菜の事が好きだよ」

 

「ふぇ!?」

 

「あらー」

 

「なっ、何言ってんのよ! 私なんて……朝陽より、女の子らしくないし。それに可愛くない。わ、分かってんのよ! 本当はジョージだって、朝陽の方が可愛いと思ってるんでしょ! だから」

 

「僕は、里菜の事が好きなんだ。今は朝陽の話をしていない。無論、朝陽は魅力的な女の子だと思うけどね」

 

「あ、う」

 

「別に今すぐ返事が欲しいなんて思ってないよ。ただ、伝えておきたかっただけなんだ。君の事を、愛しているから」

 

「……っ」

 

里菜はもうすっかり顔を赤くして、俯いてしまった。

 

そんな里菜に僕は手を伸ばして、その手に触れた。

 

その瞬間に、場面が切り替わる。

 

そこは僕と里菜と朝陽が通っていた中学校だった。

 

その校舎裏だ。

 

僕が掴んだと思っていた里菜の手は、気が付けば少し不格好な包装をされた小さな箱になっていた。

 

これは何だろうとそれを手元に引き寄せながら、首を傾げると、すぐ近くから里菜の声が聞こえる。

 

「こ、後悔とかしないでよ! これからの時代は女が女らしくなんていうのは時代遅れなんだから。だから、別に料理が美味しくなくたって、困らないの! むしろ私はバリバリ働いて稼ぐから。アンタよりもずっと有名になって、稼いで、私が養ってやるわよ!」

 

あぁ。思い出した。

 

これは確か中学二年の時のバレンタインデーだ。

 

里菜は朝陽とチョコレート交換がしたいと慣れないチョコ作りを僕と一緒に頑張って、そして当日にお礼だとくれたのだった。

 

懐かしいなと思いながら僕は丁寧に包装を開け、箱から中のチョコを一つ手に取り、口に入れる。

 

「こ、ここで食べるの!?」

 

「うん」

 

「……どう?」

 

「少し、甘すぎるかな」

 

「あ……そう」

 

かつてと同じ様に僕の口はそう品評していた。

 

でも、このままじゃ里菜が傷ついて泣いてしまう事を僕は知っている。

 

「でも、とても美味しいよ」

 

「……あ」

 

「甘いものは疲れが取れるって聞くからね。里菜は朝陽や僕の為により甘くしてくれたんだろう?」

 

里菜は視線をさ迷わせながら、真っ赤な顔で俯いた。

 

しかし、いつもの勝気な雰囲気でスカートを握り締めながら叫ぶ。

 

「そ、そんなの! 朝陽の方が美味しかったんだから意味なんか無いよ! 私なんて、どれだけやっても、無駄……だから」

 

強くスカートを握り締めた里菜の両手にはいくつもの絆創膏が貼られていた。

 

本当に彼女は料理が苦手なのだ。

 

だというのに、彼女は必死に頑張っていた。

 

「無駄な事なんて、何も無いさ。朝陽と里菜は違う。僕は里菜の頑張り屋な所が何よりも好きなんだよ」

 

かつては胸の内に秘めておくだけだった思いを口にする。

 

それは確かに里菜の心に届いた様な感触だった。

 

僕は喜びを感じながら里菜を引き寄せて抱きしめようとして……また世界が切り替わった。

 

 

 

そこは、かつて僕が新人役者だった頃に住んでいた家だ。

 

里菜や朝陽に相応しい人間になろうと、狭い島国から、僕の両親の祖国である海を超えた大国へ行き、そこで一人暮らしをしていたのだ。

 

そして、ここで僕は人生を変える様な大事件とぶつかる事になる。

 

それは、ちょうど今の様な雨の降る晩、尋ね人が来た事で始まるのだ。

 

そう。今この瞬間にチャイムが鳴った様に。

 

「はい。どちら様?」

 

「……わたし」

 

「里菜!? どうしたんだ。こんな濡れて!!」

 

「ちょっと、ね」

 

玄関先でまるで泣いている様に全身を濡らしながら立っていた里菜を僕は無理矢理部屋の中に引っ張りこむと、シャワー室へと案内した。

 

そして、タオルと僕の物にはなるが、着替えを手渡した。

 

僕はそれから落ち着かない気持ちでリビングにあるソファーに座りながら里菜が出てくるのを待っていた。

 

しかし、そこで現れた里菜はまるで衣服を着ておらず、またタオルすらも身に着けてはいない様子だった。

 

「里菜!!? なんて格好をしているんだ! 着替えは渡しただろう!」

 

「……」

 

「男物が気に入らないのなら、すぐに買ってくるから、せめてタオルくらいは身に付けてくれ!」

 

「……ねぇ」

 

里菜は僕の言葉に何も答えず、涙を流しながら僕に一歩、また一歩と近づいてきた。

 

僕はソファーから立ち上がろうとした姿のまま止まってしまう。

 

「なんで、二人とも、勝手な事ばっかりするの?」

 

「……里菜?」

 

「みんなで、ずっとみんなで居られるように、頑張ってたのに、私、頑張ってたのに! なんで勝手な事ばっかりするのよぉ!」

 

あの時と同じ様に、里菜は泣き叫ぶ。

 

まるで子供の様に。

 

僕はあの時と同じように里菜を傷つけないように優しく抱きしめた。

 

しかし、やはりと言うか里菜は私の服を掴んで狂気を滲ませた笑顔で迫るのだ。

 

「ねぇ、ジョージ。朝陽を抱いて」

 

「え?」

 

「あの汚い男の子供を、朝陽のお腹から引きずり出してよ!! それでまた一緒に居られる! みんなで、一緒に! だから、早く! ジョージ!!」

 

「落ち着け! 里菜!」

 

狂乱する里菜に、結局僕は何も気の利いた事など言えず、あの時と同じ様に里菜を抱いてしまうのだった。

 

あの時は彼女が初めてで、僕も彼女と同じで嬉しかった覚えがあるが、今となってはそんな喜びなど遠い世界の事だ。

 

この後、二人で溺れていった果てにあるものを僕は知っているから、素直に喜ぶ事は出来ない。

 

しかし、また陽菜に会えるかもしれないという事だけは確かな喜びとして僕の中にあるのだった。

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