【断竜王 ドラグウォール】。
彼女は神話級……それすらも超えた<イレギュラー>の<UBM>だった。
その力は空間への干渉。
その力であらゆる存在から身を隠し、情報の流出を防ぎ、力を蓄え成長した。
しかしそれが結果的に成長の停滞も招いてしまい、かつての敗北に繋がった。
とはいえ、例え成長を続けたとしてもオールドポンドの決死の一撃を防げたのかは彼女にはわからない。恐らく成し遂げたオールドポンドにもわかりはしないだろう。
だから、今話すべきなのは過去のことではなく現在の話。
特典武具となり、それでもなおあれから彼女がどう変わったのか。
それに尽きる。
☆☆☆☆☆☆☆
「雑兵だな」
彼女は呟き、進む先に出くわした虫……正確には蜂の
死亡時に爆発が発生するが、彼女の周辺に貼られた空間の防壁を破ることは出来ない。
(オールドポンドのような強者が稀であることはわかっているが、な)
それでもただ向かってきて避けることもしない雑魚は彼女の好みではなかった。
これが相手の戦力を測るために行っているのならば話は変わってくるが……恐らくそのような意図もないのだろうと推測していた。
(これほど広範囲に散らばらせているのなら、制御に割くリソースは大きくなる。それに、先ほどから同じ方法でしか攻めてこないのだ。そもそもこちらを認識すらしていないだろう)
あの蟲の目的が陽動であるのなら、態々戦力を減らす必要もない。
制御し、認識しているのなら、相手にせず放っておけば良い。それだけで済むのだから、しない意味もない。
(さて、そろそろか)
噴水広場。
セーブポイントにもなっているそこには、大量の虫がいる。
彼女の感覚からそれは知覚できた。
虫を操る者があそこにいるのは間違いない。
しかし、時間制限もある。
(残り約一二〇〇秒。移動に時間を使い過ぎたが……まぁ、問題はなかろう)
殺すだけならば、さほど時間を必要とはしない。
それこそ【無疵王】や【破壊王】など、概念へ干渉可能なスキルが相手にあるのであれば話は別だが。
歩く先で人間の背中が見えた。
大量にいた虫ではない。それを討伐せんと動くティアン、あるいは<マスター>。
オールドポンドからは『必要なら協力しろ』と言われてはいたが─────
「
トン、と。
壁となっていた人間の軽く飛び越え、再び歩く。
「えっ、あ、待て! その先には奴らが……!」
一人の人間が声を出して止めにかかり、しかし彼女は振り向かない。
そして、前に出てきた彼女を襲おうと迫る【アピス・イデア】が一匹。
彼女へと接近し……しかし止まる。
まるで見えない壁に押し当たったように進まない。
彼女の形成している空間の壁は特別なスキルを持たない【アピス・イデア】の一匹など通すことはなく、
「時間も差し迫っているのでな。押し通るぞ」
そして、そのまま彼女は歩き出した。
空間ごと、【アピス・イデア】は押し出される。
それを見た他の【アピス・イデア】も気付き、襲い来るが……それでも止まらない。
大量の【アピス・イデア】が積み重なり、【アピス・イデア】同士による自重によって潰された【アピス・イデア】が自爆。
それが連鎖することでさらなる大爆発を引き起こし、彼女の一帯にいた【アピス・イデア】は全滅し……しかし、彼女は未だ無傷。
空間の壁は、あらゆる害を通さない。
これが【断竜王】。かつては神話級へと至り、<イレギュラー>へと至り、そして《神装》へと到達した
例え生前よりも弱体化しようと、たかが亜竜級よりも上程度の虫が敵う相手ではない。
「──そこだな」
そして、彼女は見つけた。
明らかに他とは違う、女王蜂を。
『あら?』
そして女王蜂……【レジーナ・アピス・イデア】も見つけた。
大量に群がられたはずなのに、負傷もなくこちらに歩いてくる女を。
【レジーナ】はそれを見て……自身に侍らせていた【アピス・イデア】、その中でも親衛隊と呼ぶ個体たちを向かわせた。
自身に向かってくる相手。自分に負傷を負わせることなど出来るはずもないが、近づかれるくらいならば排除する。その程度の考えだった。
街に散らばった【アピス・イデア】よりも高いステータスを誇る親衛隊が彼女へと近づき、しかし空間の壁に阻まれ……
そして、上から押し潰されたかのように地面のシミと化した。
「ひっ」
『あれは……』
それを見ていた一部の<マスター>がグロテスクな有様に悲鳴を上げ、同じく一部の<マスター>がそれを成した方法を考察する。
『……【断竜王 ドラグウォール】? <UBM>がなぜこんな所に……』
そして、正体を隠していない彼女の情報が【レジーナ】によって明かされる。
その言葉が聞こえた者たちは、一斉に彼女の……【断竜王】の正体を確かめ始めた。
「も、もしかして、レイさんの【ガルドランダ】と同じ……?」
「あっ、そっか! 召喚モンスター!」
本来、その名を持つのは<UBM>のみ。しかし、<UBM>を召喚するスキルがあればこのようなこともあり得る。
レイ・スターリングの保有する特典武具に【ガルドランダ】を召喚するものがあるように、あそこにいる彼女も同じ存在なのだと周辺にいた<マスター>は気付き始めた。
そして、その声が聞こえた【レジーナ】も、その存在の弱点を瞬時に察することができた。
『オホホホ! 特典武具による召喚! 負け犬が呼び出された所でワタシの美しさに傷をつけることなど、』
言葉の途中。
【断竜王】は【レジーナ】の話を聞くつもりなどなく。
見えざる空間の刃で、【レジーナ】を真っ二つにした……はずだった。
「む?」
しかし、無傷。
その代わりと言わんばかりに、ダメージを与えたのと同時に何処かで爆発が響き渡った。
『っ、駄目だ! 今そいつに攻撃すれば、他の場所にいるこいつの仲間が身代わりになって爆発してしまう!』
『オホホ、その通り。如何に<UBM>であろうと、ワタシの美しさを損なうことはできないのよ!』
「……ふむ。原理は理解した」
「まあ、それならそれでやりようはある」
「え?」
【断竜王】から続いた言葉に、呆気にとられる声が漏れる。
彼女は周囲のことなどまるで気にせず、悠々と歩く。
止めようとする【アピス・イデア】をものともせずに、【レジーナ】へと近づく。
三歩。進んだ歩数で言えばその程度。
たった三歩で空いていた距離を瞬時に埋め、【レジーナ】に手が届く距離にまで到達した。
それが超音速機動による速さであると理解した【レジーナ】は、咄嗟に後ろに下がり自分の武器である神話級金属製の槍を取り出そうとした。
取り出そうとして……下がった距離すら埋められ、その首を掴まれた。
『がっ!?』
それはダメージではない。
それは攻撃ではない。
それは状態異常ではない。
なぜならそれは、ただ
「さて、貴様の身代わり。
『!』
その言葉に幾人かが気付く。
【レジーナ】はティアンから改造され強力となった存在。従える改人の戦力、保有しているスキルとの組み合わせ。<超級>とまでは行かずとも準<超級>に匹敵するのは間違いない。
だが【レジーナ】は最強でもなければ無敵でもない。
ただ超級職に就き、準<超級>程度に強いだけの、一度死ねば終わりのティアンでしかない。
見た目は異形であっても、その中身まで
その強さには限界がある。
わかりやすい限界がある。
身代わりには、距離の制限がある。
「こちらはわからないのでな。ひとまず
「「「『「え?」』」」」
何度目かの呆気にとられる声。
【断竜王】は周りの空気など気にかけることもなく、レジーナの首を掴んだまま振りかぶり、
─────空へと投げ飛ばした。
『くっ、が』
空へと飛ばされ、風を切る音。
【断竜王】の、生前よりは劣れど並の超級職を上回るSTR──なお【破壊王】は除く──により飛ばされた【レジーナ】は、自分をスキルの射程外となる高々度の上空で倒そうとしているのだと理解する。
だが、それでも届いていない。
スキルの範囲外にまで届いてなどいない。
すぐに運動エネルギーは底をつき、今度は落下を始めるだろう。
落ちてしまえば身代わりとなった【アピス・イデア】が大量に死んでしまい、【レジーナ】も危機に陥るだろうが、今はこの危機から逃れることが先決だった。
『……っ、残念だったわね! ワタシはまだ、』
「まだ、なんだ?」
『え?』
がしり、と。再び首を掴まれる。
【レジーナ】の首を掴んだのは、地上にいるはずの【断竜王】。
彼女が空に立ち、【レジーナ】を掴んでいた。
『あ、あなた、なんで……!』
「ふむ。その問いがここにいる理由ならば、跳んできただけだ。投げ飛ばせるのだから跳べるに決まっているだろう?」
なんということもない。
STRで飛ばせたのだから、同じくSTRで跳ぶことも出来る。
言われてみれば確かにそうだが、そこまで考えが及ぶ者はいない。
STR式で移動するなど、誰も実行しないからだ。
なお【破壊王】は除く。
「では、二回目だ」
『ま、待っ』
【レジーナ】の静止の声が届くことなく再び投げ飛ばされる。
ダメージを受けることのない【レジーナ】だったが、二回目の投擲ですぐに身体にダメージが入り始める。
身体が軋み、血が流れ出る。
スキルの有効射程から出てしまったことは、一目瞭然。
────それに気付かない彼女ではない。
「なんだ、そこが限界か」
瞬間、【レジーナ】は空中に留まった。
否、留まったのではない。
空間の壁に挟み込まれ、固定されたのだ。
これでもう【レジーナ】は逃げることも、抵抗することも不可能となった。
「出来る限り被害を出さないように、との要望であるからな。このまま潰れるがいい」
そして。
【レジーナ】は最後の断末魔をあげる暇もなく。
【断竜王】の空間の壁に押し潰され、血肉と化した。
☆☆☆☆☆☆☆
(こちらがやるべきことは済ませたが)
【断竜王】は上空で空間の壁に立ちながら、これからのことを考えていた。
(秒数は約三〇〇。想定よりも残ったか)
残された時間は約5分ほど。
僅かな時間だが、何か一つの行動を起こすには十分過ぎる猶予。
とはいえ陽動を務めていた襲撃者の一人は始末した以上、王都の混乱は次期におさまるだろう。
それまでは何をしているか。
戻るのか、あるいは雑兵の掃除か。
(戻るには時間が足りず、かといって掃除は気が進まないが……ん?)
見下ろしていた時、ふと気付く。
じっと見つめていた彼女は、口角を上げた。
(ふふ。そちらは面白いことになっているようだな、オールドポンド)
彼女の見つめる先。
オールドポンドを見て学んでいる時に身につけた透き通る視界。
王城の地下深くに生まれた
(◎n◎)<【断竜王】が竜の姿じゃないのは色々と理由はありますが、その内の一つは人に合わせたからです。ドレスはカバネ監修、見た目は人化した時のものを持ってきました。
(◎n◎)<ちなみに地竜種です。年齢で言えば【凍竜王】よりも若い。死んで特典武具になったけど。