(どこだ、【大賢者】。貴様は、どこにいる?)
────そこには、床を自身の操る熱で融解させ、地下へと降りていく異形がいた。
背中から歪な2本の腕を生やし、人間とは思えない体躯を有する。その肌は燃える炎のように赤い。
その者の、人としての名前はフュエル・ラズバーン。
またの名を魔術師系統紅蓮術師派生超級職【
そして、人を捨てた者としての名前を【イグニス・イデア】という。
彼はティアンでありながらティアンであることを捨て、自身のこれからの生……寿命と引き換えに膨大な魔力を有する
その目的は、偏に強さ。
より正確には火属性魔法の最強を証明するため、過去に自身を完膚なきまでに負かした【大賢者】を倒す。
それが、それだけが、彼の目的だった。
そのためにここまで自身を鍛えた。
そのために身体を改造し魔力を得た。
そのために寿命を擲った。
【イグニス】は止まらない。
止まるという発想が彼にはない。
もとより改造される前から強くなるために他者の命を食い物とすることに抵抗のない【イグニス】は、目的を遂げたあとに自分の命が尽きようともどうでも良いだろう。
最強の証明、それさえ成されれば─────
(貴様が出てこないのならば、出てくるまで燃やし尽くすまで)
だから【イグニス】の行く手を遮るモノは全て灰燼にする。
【大賢者】が出てくるまでそれを続けようと、【イグニス】は床を融解させながら下へと突き進み、
『ようやく追いついた』
『───』
横合いから、声が聞こえてきた。
そう認識し気付いたときには、既に【イグニス】は行動に移していた。
横合いにいる何者かへ向け【イグニス】の膨大な、それこそ数値にして一億にまで迫る魔力のほんの僅か……それでもなお数十万を軽く超すだけの魔力を込められた《クリムゾン・スフィア》を撃ち放つ。
かつて敗北した【大賢者】に今度こそ勝つために鍛え上げた技術は、至近距離にいた何者かに確かに命中し、
『……?』
横を見れば、そこには奇妙なものがいた。
それは亀の着ぐるみだった。
それは、膨大な魔力を誇る【イグニス・イデア】の魔法を食らっておきながら、傷一つない。
火傷も、溶けた跡も、ダメージすら与えられている様子がない。それどころかむしろ───
ドチャリと地面に落ちる何かの音。
それが
それを成したのが目の前の亀であることも、いつの間にか手に持っていた剣を振り抜いている姿勢を見れば、容易く理解できた。
『《プロミネンス・オーラ》!』
【イグニス】は自分の身を守るために、自身の周囲に超高熱の領域を形成、鎧を作る。
【イグニス】に近づき武器を振るおうものなら、あらゆる物は熔解し、むしろ攻撃してきた相手に溶けた金属を癒着させ傷つける。
そして超高熱の領域は武器を持たず近付こうとする者を平等に焼き尽くす。
攻防一体の鎧。それが《プロミネンス・オーラ》であり……
『今から質問する』
『なっ』
超高熱の鎧は、再び振られた剣によって斬り裂かれ、形成されていた超高熱は
《プロミネンス・オーラ》の発動が、停止した。
(魔法が解け……いやっ、斬られたのかっ!?)
『仲間の能力と、王城に来た目的を言え』
(魔力ではない。SP……いや、スキルか? 斬ることで魔法を無効化するスキル……あるいは特典武具によるもの。《プロミネンス・オーラ》で溶けなかったのは魔法を無効化しているから、)
『考え事してる暇があるのか?』
キン、と。
背中に生えていたもう片方の腕が斬り飛ばされた。
『もう一度言うぞ。仲間の能力と、王城に来た目的。こっちも時間が、』
『《
【イグニス】は自身から情報を引き出そうとしていた亀の話など聞かず、自身の全周囲に向けて【炎王】の奥義、《恒星》の六十四発同時発動を、文字通り雨の如く光のレーザーのように放ち、振り注がせた。
しかし亀……オールドポンドは、既にそれも読んでいた。
周囲に撒き散らされるはずだった灼熱の雨は、形成後発射前にオールドポンドの剣によって
『《レッド・コロナ》!』
しかし。
先に【イグニス】の速さを優先して構築された即興の魔法によって、自身諸共巻き込む半ば自爆染みた炎の爆発に二人は飲み込まれた。
後に残るのは爆発によって瓦礫と化している周辺の物質と、
『……自爆前提で、よくもまあやるよ』
(AGIが足りなかったな。さっさと【KE】を着ておくべきだったか)
次からは気をつけよう。そう思いながらオールドポンドは床に空いた穴を覗き込む。
【イグニス】が爆発に吹き飛ばされると同時に背中に超高熱の炎を纏い、溶かしながら落下したのだ。
逃げられはしたがオールドポンドは焦ってはいなかった。
(すぐには動けない。爆発のダメージに、あと
爆発を斬った直後に両足を斬った直後に逃げられてしまったが、【イグニス】に次はない。
オールドポンドは【イグニス】の落ちた穴へと飛び込んで落下。下にいる【イグニス】にトドメを刺そうと剣を振り上げ、
『……ちっ。一番面倒なことをしやがった』
舌打ちをし、視る。
オールドポンドの視界の先。
そこにはまるで、太陽のように光り輝き高熱を発する人型が、今にも周囲に向けて爆発しそうなほどに力を溜め込んでいる姿があった。
☆☆☆☆☆☆☆
【イグニス】は……フュエルは考える。
なぜこんなことに、と。
しかしそれは後悔による思考ではない。
自分は【大賢者】を倒しに来た。
だというのに【大賢者】と戦う前に自身は地を這い、四肢を失いつつある。
これでは【大賢者】を倒し、最強を証明することが出来なくなってしまう。
そして、この傷はどのような原理なのか治る気配がない。もう既にコンディションは最悪を維持していた。
まるで話に聞く【アルター】のようだと思ったが、すぐにその不必要な考えは棄却した。
考える。どうすればここから生存できるか。
否。【大賢者】と出会うまで生き延びて相対することができるか。
近くに誰かがいることは認識していたが、今はそのようなことに思考を割く余裕はなく、とにかく考えた。
【大賢者】。最強。亀。炎。魔法。魔力。証明─────
(……証明?)
思考の中、一つの疑問が浮かんだ。
それを追求したフュエルは……口角を上げた。
今では喋ることも億劫で、自分の命は失われつつある。
間もなく死に至ると理解している。
─────それでも構わないのだと、フュエルは気がついた。
(何を勘違いしていたのだ、私は)
立ち上がることはできない─────その必要はない。
両足がない─────もうそんなものはいらない。
手が失われている─────なくていい。
失われつつある命─────もはや不要。
最強を証明するのに必要なピースは、既にあったのだ。
彼の目的は、火属性魔法の最強であることを証明すること。
【大賢者】の打倒は過程でしかない。それに気付いた。
結果さえ残れば、自分の命すらも必要なかったのだ。
今、フュエルは解放する。
自分を……自分の中にある、膨大な魔力を。
全て、熱量へと変える。
─────王都全てを、自身の炎で消し飛ばすために。
(証明しよう。最強はここにあったのだと!)
フュエルに躊躇いはない。
【大賢者】に勝つために命を削り、人を捨ててまで魔力を得た。
最強を証明するためならば自分の命すら簡単に擲つ。
例えその結果、王都の人間が全て死に絶えることになろうと構いはしない。
そんな事を考える人間だったなら、そもそも王都に襲撃などしていない。
故にフュエルが他を顧みることは、決してない。
だから気付かない。
フュエルに向かって走る、一人の少年に。
その姿は、一歩踏み出すごとに変化していた。
元々は少年のように低かった背丈が、身幅が、変貌していく。
フュエルに到達した時には、その姿は人と
その速さは、既にジョブを持たない身であるはずの限界を超えている。
偽りの姿、偽りの力で隠す意味は、今の彼にはなかった。
超音速機動による疾走と共に構えられた拳。
それが、フュエルの頭部へとぶつかり……無防備な頭を血肉へと変え、その血肉はフュエル自身の放った熱量によりすぐさま蒸発して消え去った。
これでフュエルの魔法は止まる。
─────
『なっ……!?』
熱量の拡散が、止まらない。
咄嗟に彼……【
間近にいたツァンロンは膨大な熱量に《竜王気》で防いでもなおその身体を焼かれているが、彼の超速再生の効果を持つスキルで焼かれた肉体は即座に再生するため、問題にはなっていない。
彼にとって問題だったのは、仕留めているはずなのに周囲への熱量が全く止まらないこと。
死体となった身体を起点に、むしろ増大を続けていた。
このままでは、遠からず《竜王気》では抑えきれなくなり……やがて、王都全体は爆発に包まれるだろう。
それでも、膨大なHPを誇る【龍帝】であれば、防御に集中すれば爆心地にいようと生存は可能だ。
だがそれをすれば、後ろにいるツァンロンの想い人は助からない。
(ごめん、
ツァンロンは心の中で、自身の双子の妹に謝罪する。
彼はもう、妹の元に戻ることを諦めていた。
自分のHPをMPに変換し、《竜王気》の出力を最大にまで高める。
そうする他に道がない。
彼は想い人を、エリザベートを見捨てられない。
例えここで命を使い果たすことになっても、絶対にエリザベートを……彼女の居場所を守る。
そう決意し……背後に気配を感じ取る。
気付いたときには、その少女に後ろから抱きつかれていた。
『エリザベートっ!? どうしてまだここに……!』
「ツァンをおいてはいけぬのじゃ!」
ツァンロンに抱きついたのは、エリザベートだった。
彼が見ていた直前のエリザベートは、避難所に現れた存在から逃そうと護衛に連れられる姿で最後だった。だからここから逃げてくれたのだとばかり思ってしまった。
エリザベートには何も伝えてはいない。自身が【龍帝】であること、化け物であること、だがそれも姿を戻したことで理解されてしまった……そう思っていた。
それでも、彼女は自身を心配してくれ、ここまで戻ってきた。
思わず心が緩みかけ……気付いた。
自身の操る《竜王気》。それに掛かっていた力が和らいだことに。
いや、これは和らいだのではなく、負担が軽減されている。
《竜王気》の扱いが不思議と楽になっている。
それを理解すると、ツァンロンはエリザベートの方を見た。
『これ、は……エリザベート?』
「むぐぐ……は、はじめてのことでなれぬ……あたまがわれそうなのじゃ……」
『エリザベート!?』
ツァンロンが見下ろす先、顔を顰め何かに集中している様相をエリザベートは見せていた。
そして彼女から漂う力。
それが
(ジョブに就かずにSPを……そんなの、見たことがない)
そう考えるツァンロンの脳裏に、一つの姿が思い浮かぶ。
自身よりも前の【龍帝】。
─────歴代最強の【龍帝】。
【龍帝】という他のジョブには就けない存在でありながら、数々の術法を操ったとされる彼。
それを彷彿とさせるほどに近しい
「わらわが、ツァンをささえる。だから、ツァン。いっしょに、
『────』
そして、次の言葉に思考は空白で埋め尽くされた。
それでも《竜王気》の制御は行われ、エリザベートによる補助もあって今の余波程度ならば抑え込めるほどになっていた。
いずれ、膨大な熱量は完全に臨界へと達し、今とは比べものにならない熱量が襲い来るはずだ。
そうなれば、今エリザベートが補助を続けたとしても彼女の命は保たない。
だから彼女はここから逃がし……炎は、なんとしても止める。
自分も、彼女も、王都も、全て守りきって。
エリザベートの言葉から流れた涙。
それを拭い、彼女をここから離れさせようと口を開き、
トン、と。
彼の隣に降り立つ何者か。
『このまま維持。あとは、
「オール!」
エリザベートの言葉は、望んでいた者がやってきたという喜びがあった。
その姿は、金とも銀ともつかない光沢を宿した着ぐるみ。その様相は、何処か悪魔を思わせる。
一体何を。
そう思った次の瞬間、
『《■神装・一統凌断》』
見れたのは、僅か一瞬。
彼の……オールドポンドの持つ剣に
そして、全てが消え去った。
炎も、熱も、先ほどまであったはずの爆発寸前だったものが、何もかも。
『……』
思わず呆然とし言葉も出ないツァンロン。
その隣でオールドポンドが二人に近づき、エリザベートもツァンロンの胴に回していた腕を外し、ぐらりと揺れた。
『エリザベート』
「ありがとうなのじゃ、ツァン。わらわは……すこし、つかれ……くぅ」
咄嗟に支えたツァンロンにそう言い残して瞼を閉じたエリザベートを、ツァンロンは優しげな眼差しで見つめる。
命を賭けようとしたのだ、精神的疲労で眠ったとしても仕方のないことだった。
それに……
(きっと、怖かったはずだ)
恐怖がないわけがない。
命を失うことに慣れていたはずもない。
それでも、彼女は来てくれた。
一緒に、生きようとするために。
『そっちは大丈夫そうだデビ』
『……あなたは?』
『【剣神】オールドポンド。ま、詳しいことはエリザベートから聞くと良いガメ、じゃなかったデビ。それじゃあ、俺も急ぐところがあるからさらばデビー』
口調を慌てて訂正したオールドポンドは、すぐさま身体を翻すと何処かへ走っていった。
今の様子からでは、あの炎を一撃で消し去ってしまった猛者とは感じ難い。
だが、アレは現実だった。
ツァンロンだけでは、きっと防ぎきれなかった。
(敵じゃなくて、良かった)
二重の意味で、心の何処かでホッとしている自分がいる。
ツァンロンはそれを自覚していた。
☆☆☆☆☆☆☆
「危うく吹き飛ぶところだったけど……流石だね、オールくん」
<フュエル
(◎n◎)<なぜか死んで魂だけの状態でも魔法を維持・構築して使ってきました。
<エリザベート
(◎n◎)<オールから学んだ技術で手伝おうとした。不慣れなこともあって《超新星》されたら流石に死んでた。
<《■神装・一統凌断》
(◎n◎)<ついに使われた《神装》。
(◎n◎)<なお他にもいくつかある模様。
(◎n◎)<とりあえずその効果はざっくり言うと
『斬ったんだから消えろ』
です。