旅行を続ける<MDQB>は、ヘルマイネを出て別の都市へと向かっていた。
ヘルマイネでは何やら大騒ぎがあったらしいが、丁度良くログアウトしていた四人の耳には後から入るのみで『大変そう』ということしか思うことはなかった。その騒動に【撃墜王】が関わっていたことなど、勿論知る由もない。
そうして楽しい旅行をしようと砂漠を進んだ<MDQB>の四人は……
「あっ、久しぶり〜!」
「は? キレそう」
「どうどう」
入ったカフェで開幕見たくない顔を見たQのキレ顔から始まることとなった。
「アタシは今もお仕事中なんだけど、時間はあるから一緒にお茶でもどう?」
「はっ」
「わぁ鼻で笑われた。ユーちゃん慰めてー」
「嫌です。というかそんなに落ち込んでないでしょ」
「バレた?」
いやー、と笑うAR・I・CAを嫌そうな目で見ているQは平常運転……ではないが、ともかくAR・I・CAへの態度は一貫して『嫌い』だった。
出たそうに仲間の三人を見たQだったが、既に席についているのを見て仕方なく彼女も席についた。
なおその席はAR・I・CAたちのすぐ近くで奴はニッコリとこちらを見て微笑んでいる。Qは鳥肌が立った。
視線を逸らそうにも位置的に身体を捻らないと外れないのでQの視線は隣の青年に固定することにした。
「……仲間?」
「え、ああ、いえ、一応師弟です」
「……同情する」
「腕は良いですから……教わったことも沢山あるし。
気を紛らわす目的もあって話しかけた青年……ユーゴーとAR・I・CAは師弟関係であることを知る。
Qの精神分析的には『最初はロールプレイしてたけど決定的なことがあって半ば素の口調になってるな』とユーゴーのことを判断していた。
次はユーゴーから隣の白い少女の方に目線を向け、
「Q、アイスが来たので食べましょう」
しかしそこで先に注文していたブックが声をかけ、アイスが4人分来たので食べることに。
「……もらう」
「でもこの気温だとすぐに溶けちゃいますね」
「
「え、それは……」
「問題ないと思います! 誰に迷惑もかけませんし!」
「でも百々目が食べられないんじゃ……」
「……あーんする」
「私もそれでいいよ。じゃあ、行くよ」
4人で話し合い、すぐに話を決めた4人……いや、魔天シャワー、■■、Q・デモンストランドムは、スプーンを構えた。
そして残る一人である百々目は……布を片手に持ち、もう片方の手に針を構えた。
「よく見ておきなよユーちゃん。今から面白いものが見れるよ?」
「師匠?」
それを見ていたAR・I・CAはユーゴーに話しかけ、何をしているのだろうと4人を見ていたユーゴーは一瞬だが、AR・I・CAに視線を向け、すぐに4人に視線を戻し─────
「いやぁアイスって良いですね! 冷たくて甘くて、私、アイスは初めて食べました!」
「……え、そうなの? あと、口に突っ込む力が強い。顔くらい動かせるから」
「あれ、そうですか? すみませんでした!」
「……しばらくいる」
「そうですね、外は暑いですし……すみません、アイスを四つ下さい」
器の中にあったアイスを空にし、談合している4人の姿があった。
そう、目を離したのはほんの一瞬。
その一瞬でアイスが消えた。少なくともユーゴーにはそう見えた。
「あの、師匠」
「あれね、超音速機動でアイスを食べたんだよ。だからアイスが消えたように見えた」
「超音速機動……なるほど、そういう、……あれ?」
AR・I・CAの言葉に納得しかけたユーゴーは、すぐに首を傾げた。
「……
「うん、4人とも。見た感じ条件があるみたいだけどね」
再びユーゴーの視線はアイスを注文した4人に向かった。
全員が、超音速機動を可能としている。
ありえない……などとは言わないし、むしろありえるだろうとは思う。
思うが……彼女たちがカフェに来る前にAR・I・CAから聞いたことを思い返したユーゴーは、
即ち、この4人もまた、自分たちと同じものを求めてきた存在なのではないか─────
「申し訳ありませんお客様、相席をお願いしてもよろしいでしょうか」
「あ、全然良いですよ」
「どうぞ」
「”あいしゅ“〜♪」
「……」
そう思っているうちに、ユーゴーたちの隣の席にいた4人のもとに相席で2人が来ていた。
舌足らずな十歳ほどの少女と、保護者らしき三十代の男性。
少女は<マスター>で男性はティアンのようだが、<マスター>とティアンのペアは珍しいことではない。ユーゴーにはそう見えた。
そして、そんな二人をじっと見つめる2つの視線。
Qと、AR・I・CA。
AR・I・CAに至っては義眼の虹彩が目まぐるしく動いていた。
隣で何らかの不調に陥ったのか、キューコ……ユーゴーの<エンブリオ>であり、メイデンである彼女、コキュートスが紋章の中に戻り、少女と……そして相席していた4人が反応した。
「メイデンですか。珍しいですね」
「他のを見たのは地味に初めてかも」
「言われてみればそうですね!」
「……そう言えばアポストルも見かけない」
「あぽすとりゅ?」
「メイデンの対……えっと、男のメイデン、みたいなのですよ」
「へー! あのね、エミリーがみたことあるのはね!」
「うんうん」
そのままエミリーの話になったのを、そのままブックが引き受けた。隣にいる男性はハラハラとしたように汗を流していて、シャワーが「ハンカチいりますか?」と尋ねたところを遠慮していた。
「……アイス来た」
「“あいしゅ”!」
「エミリー、それは他の人のものだ」
「あっ、うぅ、はやく“あいしゅ”たべたい!」
4人+2人の席にアイスが届いたが、先に注文していた4人のもので、エミリーはしょんぼりとした様子でアイスをじっと見つめていた。
それを見ていたブックは、差し出すようにアイスの器をエミリーの側に寄せた。エミリーの視線はアイスに釘付けになったあと、渡してきたフックに向けられた。
「私のを食べますか?」
「いいのっ!?」
「はい、どうぞ」
「ありがとおねーしゃん! いただきまーしゅ!
ブックが渡したはずアイスは、酷く既視感のある速度で食べ切られた。
一瞬でなくなったアイスに、ユーゴーは目を点とさせた。
「へぇ、超音速機動?」
「うん! “あいしゅ”がとけるの、やだもん!」
「気持ちはわかります! アイスって美味しいですもんね! 私も今日初めて食べました!」
「えー! しょうなの??」
「……エ、エミリー。アイスは食べ終わったことだし、お礼を言ったら店を出るとしようか」
「わかったー!」
「あぁ、ちょっと待って」
仲良く会話していたエミリーは男性に連れられ立ち上がったところで、百々目が声をかけて二人を止め、その手に持っていたものをエミリーに渡した。
それは、蝶だった。
非常に精巧に作られた、赤く煌めく蝶。恐らくそうと知らなければそういう蝶なのだと誤認してしまいそうなほどに、その造形は美しかった。
エミリーも渡された蝶を両手で包み込むように持ち、目を煌めかせていた。
「さっき作ったんだけど、どうせだしあげる」
「いいの!? ありがと、おねーしゃんたち! またね!」
嬉しそうに、それはもう嬉しそうにして、エミリーは男性に連れられ、店を出た。
そしてすぐにユーゴーがAR・I・CAに言われるまま出ていったエミリーたちを追いかけ、そのあとすぐにAR・I・CAも店を出た。
……去り際に「また会おうね」と言ったAR・I・CAに向けて、Qは「二度とその面見せるな」と中指を立てて追い出したということもあったが、蛇足である。
☆☆☆☆☆☆☆
だが、ことはそんな和やかには終わらなかった。
「……ごめんなさい、もう一度言ってもらえますか?」
「さっき会ったエミリーが
「……なんでそうなった」
喧騒……いや、悲鳴と怒号が響く場所から少し離れて。
<MDQB>は集まってシャワーから伝えられた情報を整理していた。
即ちエミリーによる虐殺が発生している、と。
「あの子、【殺人姫】って超級職みたいですね。多分普段からこうやって殺して回ってたんじゃないですか?」
「だからっ、それがなんでなのかって……!」
「ブック、落ち着いて。シャワーに怒っても何も変わらないよ」
「……っ。ごめんなさい、百々目」
「いい。仲間だし、友達でしょ」
気を荒げかけたブックを落ち着かせた百々目は、一人思案するQに目線を向けた。
「どう思う?」
「……ざっくり言うと、二重人格じみてる。細かく言うならスイッチ」
「つまり?」
「……ちゃんと、正常に、考えて行動してる。でも精神的に切り替えてる。こういう手合いは崩すのは至難」
「説得は、出来そうですか……?」
「……私はカウンセラーでもなければメンタリストでもない」
それは、暗に『できない』とQは告げていた。
唇を噛むブックを気遣うように背を撫でる百々目だが、彼女にも止める手段は思いつかない。
精々がデスペナルティにして止める、という強引な手段だ。
四人とも、既にわかっている。
エミリーを止めることは出来る。殺すことも出来る。
この4人でなら、ほぼ確実に。
だが説得はできない。心を変えることはできない。
止めたいという思いがあるが、一度止めただけでは完全な解決にはならない。
その悩みが、動きを止めていた。
─────一人を除いて。
「とりあえずゴーレムを1体向かわせました」
「「「……え?」」」
思わずハモった3人。
目線が集中した相手……魔天シャワーはニッコリと笑い、
「攻撃は防ぎますので、あとはあちらに任せましょう!」
そんな、他力本願を口にした。
それを口にしたのと、ほぼ同時刻。
「マイナス」
乾いた血のような色合いをした一対の両刃斧の<エンブリオ>で
相対するのはまるで花弁のような重装甲を纏った白い<マジンギア>。
【MGFX-002 ホワイト・ローズ】という名称のつけられた<超級>の製作した機体。
操縦するのはユーゴー・レセップス。そして<マジンギア>の装甲として纏っている<エンブリオ>のコキュートス。
『っ……!』
ユーゴーを、機体ごとエミリーが殴りつける。
【殺人姫】の奥義により、エミリーのステータスは全て四万近い。
ただ殴るだけでも機体を揺らし、それどころか神話級の装甲だろうと砕きかねない威力を発揮している。
ユーゴーには
《地獄門》による同族カウント凍結。
あまりに多くの
だがそれも、これが通じれば封じられる。
残り、十秒。超音速機動で動けるエミリー相手ではあまりに長い時間。
攻撃を受けていたユーゴーの前に、
『ゴーレム……?』
「──マイナス」
困惑した様子を見せたユーゴーと、即座に敵と判断したエミリーの前にいたのは、無骨な金属製のゴーレムだった。
大柄で、金属で、形がそこまで整っていない不格好な、そんなゴーレム。
そんなゴーレムがエミリーと相対するように立ち塞がり、
エミリーの攻撃を、エミリーよりも速く動き、
エミリーの動きが、一瞬鈍る。しかし攻撃を止めることはなく……その全てが、当たらない。
ゴーレムはただ避けるだけ。
【殺人姫】エミリーはあまりにも速すぎる動きに翻弄され……そしてユーゴーの待っていた時間が来た。
ここから先は言うまでもない。
ユーゴーの《地獄門》によりエミリーは凍結し……それを破壊し
これで不死身の【殺人姫】エミリー・キリングストンは封じられた。
少なくともこの場所で、エミリーによる被害が出ることはない─────
そう、
「まだ終わらないみたいですね! なんか出てきます!」
騒動は、まだ終わらない。
☆☆☆☆☆☆☆
「……また?」
「またですね! 今度は<UBM>みたいで……なるほど蛆ですか!」
「うわぁ」
「あ、蛆……近づきたくもないですね、それは。でも行かないと」
「あ、それはちょっと待ってください」
【殺人姫】の騒動が終わったと思えば、次は<UBM>の騒動。
エミリーの時とは違い、嫌々ながら動き出そうとしていた3人だが、他ならぬ状況を伝えていたシャワーがそれを止めた。
「傷一つでも負えば、傷が蛆になるみたいです! 多分広域殲滅できる人じゃないと倒せないですね!」
「……相性が悪い」
「どうする?」
「私達では無理……ということなんですよね、シャワー」
「はい!」
即座に断言したシャワーは、
「でも──私一人でならどうにでも出来ます」
そう言った。
■□
「さて、と」
壁を蹴って天井に上がったシャワーは、遠くに見える標的を捉えた。
とても大きな白い蛆……頭上に見える銘は【妖蛆転生 デ・ウェルミス】。
あまりに大量の白い蛆の集合体。無数の手足が生えていて、常人なら鳥肌が立つのは間違いない気持ち悪さがあった。
そして、視える者にはそれ以上の恐怖もわかってしまう。
あの白い蛆が元は人で、人の魂すらも侵し、蛆の魂へと変えて生き永らえさせているのだと。
それがシャワーには
近くには見覚えのある色合いをした金属の、下半身だけの巨大なゴーレムらしきものが【デ・ウェルミス】と争っているのが見えた。
話に聞いていた超級武具であろうことはシャワーにも理解でき、どちらにしろ時間稼ぎにはなっている。
だからシャワーは、時間をかけて
【告げる】
声が聞こえる。
【汝を呼ぶ】
聞こえるはずなのに、その意味がわからない。
【この世へ繋げよう】
わかるはずなのに、わからない。
【呼び起こすは飽食】
しかし、これだけはわかる。
【汝に贄を】
─────今から来るのは、この世の者ではない。
【来たれ】
【
「さあさあさあ! 出番ですよ! たーんとお食べくださいな!」
パン、と。
手を叩く。
それだけで済んだ。
『その条件は呑めない───呑む必要がない。ほら、
「……あれは」
2人の<超級>……【冥王】ベネトナシュと、【撃墜王】AR・I・CA。
互いに異なる場所にいる2人の見つめる先。
『?』
下半身だけの超級金属のガーゴイルと交戦を続けていた【デ・ウェルミス】は大きな影を視認し、頭上を見上げた。
目線の先にいたのは、
そうとしか言えないものだ。
歯と舌と口。
その三つ
その手は口であり、その足も口であり、その眼も口であり、その口も口である。
【デ・ウェルミス】と大きさで言えばほぼ同じ程の、しかしそれ以上の威圧感を放つ
『
それが最初に発した言葉は、聞き取れない言葉ではあったが不思議と意味は理解できた。
口魔は目の前にいる者
裂け目からぬるりと堕ちた口魔は─────近くにいた【グレイテスト・ボトム】ごと【デ・ウェルミス】に抱きつき、貪り喰い始めた。
超級金属の硬さなど、ものともせずに。
「なっ!?」
「……!」
その硬さをよく知るベネトナシュと、彼の<エンブリオ>であるペルセポネは絶句した。
かつて交戦した【グレイテスト・ワン】という<SUBM>は、誰よりも何よりも硬かった。
それがあんなにも、弱体化しているとはいえ簡単に貪り喰われていた。
『……話に聞く【喰王】みたいだなぁ』
ポツリと呟きが漏れたAR・I・CAだが、ベネトナシュはそれどころではないため即座に【グレイテスト・ボトム】を戻した。
瞬時に消えた下半身のガーゴイルのことなど気にせず、口魔は【デ・ウェルミス】に集中して食べ始めた。
そして貪り喰われている【デ・ウェルミス】は……何一つとして抵抗することもできていなかった。
(なぜ、
【デ・ウェルミス】の本領は不死性だ。
例え分体の蛆が殺されても、そこから新たな蛆が生まれる。
傷一つ、異常一つ、それだけあれば別の蛆として再転生して肉体を治せる。
そして範囲内にいる生命は傷一つでも負えば、そこから蛆へと変換される。
あまりにしぶとい<UBM>が【デ・ウェルミス】であり……その本領は、今は発揮できていない。
再転生を行うのに必要なリソースごと喰われているからだ。
上限ごと削り喰う。それがこの口魔にはできる。
傷を負わせようとしても、それをする前に触れられ食べられる。
貪られる。
暴食の限りを尽くされる。
逃げようにも逃げられない。
口から伸ばされた舌が、余すことなく平らげてしまっている。
蛆虫一つ残さない、飽食の魔。
(こ、こんな……私は、私達は、永遠の……生命を、)
『
そして、最後の一匹が食べられ。
【デ・ウェルミス】は、口魔の胃袋におさまった。
【<UBM>【妖蛆転生 デ・ウェルミス】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【【魔天シャワー】がMVPに選出されました】
【【魔天シャワー】にMVP特典【悪傷転蛆 デ・ウェルミス】を贈与します】
『
「ありがとうございました!
そう声をかけて口魔は開いたままだった裂け目に這い登り、姿を消すと裂け目も消え去った。
これにて騒動は本当に終幕。
【
(◎n◎)<魔天シャワーが師に貸してもらっている存在。
(◎n◎)<全身が口。対生物特化のカタみたいなもの。
(◎n◎)<生き物ならなんでも喰う。モンスター判定ならゴーレムも喰える。
(◎n◎)<生き物が発したエネルギーならそれも喰える。有している上限も貪り喰える。
魔天シャワー
(◎n◎)<呼び出した対価に現実での腕を差し出した。
(◎n◎)<腕の魂ごと喰われたけど、魂ごと治してもらった。