第1話 悪夢と邂逅
――燃えていた。
赤黒い空。崩れ落ちる白い塔。
大地を走る亀裂の向こうで、無数の光が砕け散っていく。
洸は夢の中で、見知らぬ星の終わりを見ていた。
空を覆う巨大な影。城とも艦ともつかない異形の構造体が、静かに、しかし確実に世界を押し潰していく。悲鳴は聞こえない。ただ、音のない絶望だけが、胸の奥に沈んでいく。
白い結晶が、強い光を放った。
誰かがそれを掴み、無理やり引き裂く。
ひとつだった光が、五つに分かれ、闇の中へと放たれていく。
――逃がせ。
声がした。
懇願とも命令ともつかない、切迫した声。
その直後、視界が焼け落ち――
「……っ!」
洸は、勢いよく上半身を起こした。
夜だった。
自室の天井。聞き慣れた時計の秒針の音。カーテンの隙間から差し込む、街灯の淡い光。
胸の奥が、妙にざわついている。
夢だと分かっているのに、焼けた空の色と、砕け散る光の感触が、まだ残っていた。
「……なんだよ、あれ」
呟いてから、洸はベッドを抜け出し、窓に近づいた。
夜空を見上げた、その瞬間だった。
星の配置に、ありえない“違和感”があった。
ひとつだけ、動いている。
流れ星にしては遅すぎる。
ドローンにしては高すぎる。
白い光をまとったそれは、音もなく空を滑るように移動し、やがて街外れの方向へと向かっていった。
「……UFO、ってやつか?」
自分で言って、馬鹿らしいと思った。
だが、目は離せなかった。
気づけば洸は、上着を羽織り、家を飛び出していた。
夜風を切りながら走る。
光は一定の距離を保つように、前方を導くように進んでいく。
辿り着いた先は――氷川神社だった。
境内は静まり返り、昼間の賑わいが嘘のようだ。
鳥居の向こう、拝殿の上空で、白い光がゆっくりと降下してくる。
それは“船”と呼ぶには、あまりにも簡素だった。
金属とも光ともつかない輪郭。存在感だけが、異様に濃い。
そして、光の中から“声”が響いた。
「……来たか」
低く、落ち着いた声。
不思議と恐怖はなかった。
「私の名は、アラン・ブラード」
光が収束し、人の形をとる。
洸より少し年上に見えるその姿は、どこか自分に似ている気がした。
「ブラード星の王子だ」
淡々と告げられた言葉に、現実味はない。
だが、あの夢と、この存在が、一本の線で繋がった気がした。
「……さっきの夢。あれは、あんたの星か?」
問いに、アランは短く頷いた。
「ブラード星は、ガドラムに滅ぼされた」
それだけ。
詳しい説明はない。だが、その一言には、取り返しのつかない重さがあった。
沈黙の中、風が境内の木々を揺らす。
「時間がない」
アランは、洸をまっすぐに見据えた。
「地球も、狙われている。だから――五人の巫女を探せ」
「……探さなきゃ、どうなる」
自然と、そう口にしていた。
アランは、視線を夜空へ向ける。
「私の星と、同じ運命を辿るだけだ」
逃げ道のない答えだった。
選択肢は、示されているようで、最初からひとつしかない。
洸は、知らず拳を握り締めていた。
悪夢は、終わっていない。
それが、はっきりと分かった。
――ここからが、始まりなのだと。
第2話 まだ始まらない日常
朝の校門は、いつもより少しだけ騒がしかった。
「おはよ、洸」
聞き慣れた声に振り向くと、橘夏音が柔道着の入ったバッグを肩にかけて立っていた。
いつも通りの調子でこちらを見る。
「朝練か?」 「うん。全国前だしね」
軽く言うが、全国クラスの実力者だ。
洸にとっては幼馴染で、隣の家で、気がつけば一緒にいるのが当たり前の存在だった。
「無理すんなよ」 「それ、あたしに言う?」
笑いながら背中を叩かれ、洸は肩をすくめる。
――まだ、何も始まっていない。
昨夜の出来事が、まるで嘘だったかのように。
教室に入ると、すでに学園祭の空気が充満していた。
机は端に寄せられ、装飾用の段ボールや紙袋が積まれている。
「おはよ、洸くん」
クラスの中心で指示を出していた神楽坂玲子が、こちらに気づいて手を振った。
明るく、自然と人が集まる存在。クラスの誰もが認める中心人物だ。
「ステージ準備、今日が山場だからね。後で手伝って?」
「ああ、分かった」
そう答えながらも、どこか距離を感じてしまう。
洸にとって玲子は、同じクラスでも“別の世界”の人間だった。
「お、真面目だなぁ」
後ろから、気だるげな声がかかる。
倉田千晶が、椅子に逆向きに座り、腕を組んでこちらを見ていた。
不良と呼ばれてはいるが、妙に線を越えない女だ。
「学祭とか興味なさそうだな」 「まあな。でも壊すより、作る方が嫌いじゃねぇ」
口元を歪めて笑うその表情に、どこか鬱屈したものが滲む。
洸は、それ以上踏み込まなかった。
昼休み。
校庭ではテント設営、体育館ではリハーサル。学園全体が一つの目的に向かって動いている。
「洸先輩っ!」
弾んだ声とともに、森山由架が駆け寄ってきた。
サッカー部マネージャーで、ツインテールがトレードマークの一年生だ。
「これ、運ぶの手伝ってもらってもいいですか?」 「もちろん」
段ボールを抱えながら、由架は嬉しそうに話し続ける。
「学園祭って、なんかワクワクしますよね。由架、こういうの好きです」 「分かる。非日常っぽいよな」
その言葉に、洸は一瞬だけ昨夜の光景を思い出したが、すぐに頭を振った。
放課後。
神社の前を通りかかると、白い巫女装束が目に入った。
「……弥生ちゃん?」
氷川弥生が、境内を掃いていた。
幼い頃からの顔見知りだが、どこか距離のある存在だ。
「洸さん。学園祭の準備ですか?」
丁寧な口調。大和撫子という言葉がよく似合う。
「うん。そっちは?」 「いつも通りですよ。何事もなく迎えられるように」
その言葉が、なぜか胸に引っかかった。
何事もなく――
本当に、そうだろうか。
夕暮れの校舎。
装飾が少しずつ完成し、学園祭の輪郭が見えてくる。
洸は窓から校庭を見下ろしながら、静かに息を吐いた。
誰も知らない。
誰も、まだ始まっていない。
この日常が、いつまで続くのか。
それを知っているのは――洸だけだった。
学園祭は、もうすぐだ。
第3話 学園祭・舞台の上の覚醒
秋晴れの空の下、校舎全体がざわめいていた。
学園祭――それは非日常を装った、日常の延長線だ。
模擬店の呼び声、焼きそばの匂い、どこかで鳴る軽音部の音合わせ。
大道寺洸は、人波を縫うように歩きながら、少し落ち着かない気分でステージの方向を見ていた。
「……もうすぐだな」
呟いた先、特設ステージの裏では、神楽坂玲子が出番を待っているはずだった。
クラスの中心人物。
人気者で、明るくて、手の届かない存在。
洸にとっての玲子は、ただのクラスメイトだ。
それ以上でも、それ以下でもない――はずだった。
だが今日、彼女は舞台に立つ。
スポットライトを浴び、拍手を一身に受ける存在として。
胸の奥が、少しだけざわついた。
*
やがて司会の声が響き、ステージが明るく照らされる。
玲子が姿を現した瞬間、歓声が跳ね上がった。
「神楽坂さーん!」 「待ってました!」
玲子はいつもの笑顔で手を振り、軽く一礼する。
その姿は、まるで最初から“舞台に立つために生まれてきた”かのようだった。
洸は客席の端で、その光景を見つめていた。
(……すげえな)
素直な感想だった。
憧れとも違う、ただ事実としての眩しさ。
だが――
違和感は、唐突に訪れた。
空気が、冷える。
音が、一瞬で途切れる。
舞台照明が明滅し、スピーカーからノイズが走った。
「……え?」
誰かの声が上がるより早く、ステージ中央の空間が歪んだ。
黒い影が、染み出すように現れる。
無機質な仮面。
統一された戦闘服。
感情のない、視線。
「な、なにあれ……?」
観客席がざわめく。
逃げようとする者、スマホを向ける者、状況を理解できない者。
だがステージ上の玲子には、逃げ場がなかった。
背後は幕。
左右には機材。
前方には、異形の存在。
影――ガドリンが、一歩踏み出す。
その瞬間。
「きゃ……!」
足元の床が軋み、照明が落ちる。
悲鳴が重なり、混乱が爆発した。
「玲子ちゃん!」
洸は叫び、駆け出そうとして――止まった。
彼女の足元で、光が生まれたからだ。
淡い、星のような輝き。
玲子の胸元に、見覚えのない結晶が浮かび上がる。
「……なに、これ……?」
震える声。
恐怖は確かにあった。だが、それだけじゃない。
逃げたくない。
ここで倒れたくない。
舞台に立つ者としての意地。
誰かを守りたいという、衝動。
光が、弾けた。
「――スターレイカー・クリスタルコンバージョン」
玲子の声が、はっきりと響いた。
星屑が舞い、光が彼女を包み込む。
一瞬の閃光ののち、そこに立っていたのは――
ステージ衣装を思わせる、華やかな戦闘スーツ。
光をまとうような外観。
そして、手に握られた細身の光刃。
「……は?」
洸は、言葉を失った。
ガドリンが動く。
だが、玲子の方が速かった。
一歩踏み込み、光の剣――スターセイバーが横薙ぎに走る。
空気を裂く光刃が、敵を一瞬で吹き飛ばした。
「う、そだろ……」
拳を突き出せば、ナックル部分から光線が放たれ、もう一体を貫く。
迷いはない。恐怖はある。
それでも、彼女は立っていた。
最後の一体が迫る。
玲子は剣を構え、深く息を吸った。
「これで……終わり!」
スターセイバーの一閃。
サイキックエネルギーの渦が巻き起こり、敵を飲み込む。
――スターサイクロン。
爆発的な光の奔流が収まり、舞台に静寂が戻った。
そこに立っていたのは、ひとりの少女。
神楽坂玲子。
そして――スターレイカー。
洸は、ただ立ち尽くしていた。
(……戦う、力)
それは、夢でも幻でもない。
現実で、目の前で起きた出来事。
世界は、もう元には戻らない。
そのことだけは、はっきりと分かっていた。
第4話 光の余韻
学園祭が終わった翌週。
校舎は、何事もなかったかのような顔をして、いつもの日常に戻っていた。
机の並びも、黒板の文字も、昼休みの喧騒も。
だが――確実に、何かが変わっていた。
神楽坂玲子を見る、周囲の視線だ。
「……なあ、あれって本物だったのかな」 「演出じゃなかったよね?」 「警察とか来てたし……」
声を潜めた会話が、廊下や教室のあちこちで交わされている。
玲子はそれに気づいていないわけではないはずだが、表情はいつもと変わらない。
笑顔。
明るい声。
クラスの中心にいる、神楽坂玲子。
ただひとつ違うのは――洸の目に、以前よりも少しだけ“遠く”見えることだった。
(……もう、同じ場所にはいない)
理由は分かっている。
舞台の上で、光をまとって戦った彼女を見てしまったからだ。
洸は、戦えない。
剣も、光も、力もない。
あの日以来、その事実が胸の奥に沈んで離れなかった。
*
「洸先輩」
昼休み、購買から戻る途中で声をかけられる。
振り返ると、森山由架がいた。
いつもより少し距離を取って、けれど目だけはまっすぐこちらを見ている。
「学園祭、お疲れさまでした」 「ああ、由架ちゃんもな」
それだけの会話。
だが、由架の視線は自然と、教室の中――玲子のいる方向へ向かっていた。
「……すごかったですね」
ぽつりとこぼれる声。
「神楽坂先輩。あんなふうに……」
言葉の続きはなかった。
だが、その目は、強く輝いていた。
怖さよりも、羨望。
遠くの光を見上げるような、純粋な憧れ。
「由架ちゃん?」
「あ、いえっ」
慌てて視線を戻し、首を振る。
「なんでもないです!」
そう言って走り去る背中を、洸はしばらく見送っていた。
(……あの目)
自分が持てなかったものを、由架は持っている気がした。
何かに、手を伸ばそうとする意志。
*
放課後。
校門を出たところで、橘夏音が隣に並ぶ。
「ねえ、洸」
「ん?」
「最近、なんか変じゃない?」
唐突な指摘だった。
「ぼーっとしてるし、返事遅いし」
幼馴染だからこその遠慮のなさ。
そして、誤魔化しが効かない距離感。
「別に、変じゃねえよ」
「嘘」
即答だった。
「あんた、学園祭終わってからずっと上の空」
洸は答えに詰まる。
言えるわけがなかった。
“戦う力”を見たこと。
自分が、完全に取り残されたと感じたこと。
夏音はしばらく洸の横顔を見つめ、やがて小さく息を吐いた。
「……まあ、言いたくないならいいけど」
そう言いながらも、その表情には納得していない色が残る。
「でもさ」
歩きながら、夏音は拳を軽く握る。
「洸がいなくなるの、あたしは嫌だから」
「……は?」
「何でもない!」
顔を赤くして前を向く。
その背中は、いつもより少しだけ強張っていた。
(夏音……)
彼女もまた、何かを感じ取っている。
言葉にできない違和感を。
*
夕暮れの校舎。
窓に映るオレンジ色の光が、静かに揺れている。
洸は一人、校庭を見下ろしていた。
玲子の戦いは、終わったわけじゃない。
ただ、見えないところへ移っただけだ。
由架は憧れを抱き。
夏音は異変を察し。
自分は――支える側に、留まっている。
(……それでいい)
そう、思おうとした。
戦えないなら、戦える誰かのそばにいればいい。
それが自分の役割だと。
だが胸の奥で、小さな違和感が燻る。
光を見てしまった者は、もう元には戻れない。
この日常は、確かに続いている。
けれどその下で、静かに何かが芽吹き始めている。
次に光を放つのは――
まだ、誰にも分からない。
第5話 触発される魂
倉田千晶は、あの日の光景を忘れられずにいた。
学園祭の舞台。
悲鳴と混乱の中で――神楽坂玲子が光をまとい、立っていた姿。
(……なんだよ、あれ)
強さ。
覚悟。
そして、迷いのなさ。
自分にはなかったものだ。
千晶は不良だ。
ケンカもするし、暴れることもある。
でも、それはただの発散でしかなかった。
(オレは、何も守れてねえ)
胸の奥に溜まった苛立ちが、くすぶり続けている。
*
放課後。
千晶は人気のない路地を抜けていた。
嫌な気配を感じたのは、角を曲がった直後だ。
無機質な仮面。
統一された戦闘服。
ガドリンが三体。
「一般人、発見。排除対象」
「……チッ」
逃げ道はない。
それでも、足は止まったままだった。
(また、見てるだけかよ)
ガドリンが距離を詰める。
その背後――別の方向から、女子生徒が現れた。
「きゃ……!」
視界が一気に狭まる。
「来るな!!」
考える前に、体が動いた。
女子生徒を庇うように前に出る。
だが、人間の力では届かない。
ガドリンの腕が振り上げられ――
その瞬間。
胸の奥が、灼けるように熱くなった。
(……守れねえまま、終わるかよ)
怒り。
焦り。
そして、初めて自覚した――守りたいという感情。
足元に、赤い光が走る。
『選べ』
声が、直接頭に響く。
千晶は、迷わなかった。
「――クンフーレイカー・クリスタルコンバージョン!!」
光が弾ける。
チャイナドレスを基調とした戦闘スーツが、身体を包み込む。
両腕に装着された篭手が、低く唸りを上げた。
「……烈火、篭手」
拳を握ると、内部に熱が集まるのが分かる。
ガドリンが一斉に襲いかかる。
「来いよ」
踏み込み。
拳が唸る。
龍牙爆裂拳。
一撃、二撃、三撃。
高速連撃が仮面を砕き、装甲を粉砕する。
ガドリンが吹き飛ぶ。
残る二体が距離を取る。
「対象、危険度上昇――」
「うるせえ」
千晶は篭手を構えた。
内部にエネルギーが集束していく。
練気紅蓮砲。
紅蓮の炎が、一直線に放たれる。
爆ぜる光と熱。
ガドリンは跡形もなく消え去った。
*
静寂。
千晶は大きく息を吐いた。
拳から、まだ熱が伝わってくる。
「……はは」
怖さはある。
だが、それ以上に――手応えがあった。
(オレは、こういう戦い方なんだな)
遠くで、洸たちの気配が近づいてくる。
千晶は、空を見上げた。
玲子の光とは違う。
荒くて、剥き出しで、感情のままの力。
(でも、これでいい)
触発された魂は、確かに燃え始めていた。
第6話 ぶつかる価値観
敵の出現は、唐突だった。
放課後の商店街。
人通りが途切れかけた時間帯を狙うように、ガドリンが現れた。
「……来たわね」
神楽坂玲子は、周囲を一瞥する。
逃げ遅れた人はいない。舞台は整っている。
「チッ、数は少なそうだな」
倉田千晶が、拳を鳴らした。
二人は同時に変身する。
「スターレイカー・クリスタルコンバージョン!」
「クンフーレイカー・クリスタルコンバージョン!!」
光と炎。
対照的な二つの力が、並び立った。
*
戦闘は、始まった瞬間から噛み合っていなかった。
玲子は冷静に距離を取り、スターセイバーで牽制する。
光刃が弧を描き、ガドリンの動きを制限する。
「千晶、右から回り込んで!」
「は? 面倒くせえ!」
千晶は真正面から踏み込んだ。
烈火篭手に炎が宿り、拳が炸裂する。
「龍牙爆裂拳!!」
勢いはある。
だが――
「ちょ、待って!」
玲子の制圧ラインを無視した突撃は、敵の包囲を許した。
「くっ……!」
背後からの攻撃を、玲子は辛うじてかわす。
(この人……考えてない!)
一方、千晶も苛立っていた。
(なんでちまちまやってんだよ!)
守り、制圧、連携。
玲子の戦い方は正しい。だが、千晶には回りくどく感じる。
二人の距離は、物理的にも、意識の上でも、離れていった。
*
「――二人とも!」
戦場の外から、洸の声が飛ぶ。
「周囲、もう一般人はいない! 無理に合わせなくていい!」
二人の動きが、一瞬止まった。
「玲子ちゃん、前を抑えて!」 「千晶、突っ込むなら今だ!」
洸は戦わない。
だが、状況を見て、声を投げる。
玲子は息を整え、前に出た。
「……分かったわ」
スターセイバーを横薙ぎに振るう。
光の軌跡が、敵の進路を限定する。
「今よ!」
「最初からそう言え!」
千晶が笑い、踏み込んだ。
烈火篭手が唸る。
「練気――紅蓮砲!!」
紅蓮の炎が直線に放たれ、ガドリンをまとめて吹き飛ばす。
残った一体に、玲子がとどめを刺す。
「スターサイクロン!」
光の渦が敵を飲み込み、爆散した。
*
静寂。
二人は並んで立っていたが、距離は微妙に空いていた。
「……勝ったけどさ」
千晶が肩をすくめる。
「なんか、スッキリしねえな」
「ええ」
玲子も頷く。
「連携とは言えないわね。たまたま、うまくいっただけ」
洸は、二人を見ていた。
確かに勝った。
だが、危うさははっきり見えた。
(このままじゃ、いつか破綻する)
胸の奥に、わずかな重さが残る。
まだ軽い。だが、確実に――積み重なり始めていた。
「……次は、もっとちゃんとやろうぜ」
千晶が言った。
「ええ。中途半端は嫌いだもの」
二人の視線が、ほんの一瞬だけ交わる。
まだ一つにはなれない。
けれど、同じ場所には立ち始めている。
未完成の勝利。
チームは、まだ形になっていなかった。
第7話 氷川神社の異変
夕暮れの氷川神社は、静かだった。
鳥居の向こう、石段の上。
氷川弥生は、境内を掃き清めながら、わずかな違和感を覚えていた。
(……空気が、重い)
理由は分からない。
けれど、胸の奥がざわつく。
そのときだった。
境内の奥、拝殿の影から――無機質な影が現れた。
「……っ!」
仮面をつけた女たち。
感情のない動きで、周囲を見回している。
(ガドリン……?)
洸から聞いた話が、脳裏をよぎる。
「ここは……神様の御前です……!」
弥生は思わず声を上げた。
だが、ガドリンたちは反応しない。
拝殿、御神木、結界石――まるで“調査”するように、無言で歩き回る。
「おやめください……!」
一歩、前に出た瞬間。
ガドリンの一体が、弥生を突き飛ばした。
「きゃっ――!」
石畳に倒れ、息が詰まる。
逃げなければ。
そう思うのに、足が動かなかった。
(ここは……守らなければ……)
祈りの場。
逃げ場はない。
*
「どうして……」
震える声で、弥生は呟いた。
「わたくしは……戦うための人間ではありません……」
祈ること。
守ること。
それが、自分の役目だと思ってきた。
けれど――
ガドリンの刃が、拝殿に向けられる。
「……っ!」
(壊される……)
その瞬間、胸の奥が熱を帯びた。
(祈るだけでは……足りない?)
逃げなければ、生き延びられるかもしれない。
けれど、そうすれば――この場所は失われる。
「……それでも」
弥生は、立ち上がった。
「それでも、わたくしは――」
胸元で、淡い光が弾ける。
白と紅を基調とした光が、巫女装束の形を成していく。
「ソウルレイカー・クリスタルコンバージョン」
静かな宣言。
霊力が、境内を満たした。
*
神聖さと威厳を備えた戦闘スーツ。
腕には、神護腕釧。
「……これが……戦う力……」
弥生は、戸惑いながらも前に出る。
ガドリンの攻撃が飛ぶ。
だが――
神護腕釧が光り、衝撃を受け止め、逸らした。
「っ……!」
完全に防ぎきれない。
けれど、確かに“守れている”。
腰に差した小太刀――妖刀・霞丸を抜く。
「……ごめんなさい」
一閃。
刃が触れたガドリンは、悲鳴も上げず、光となって消えた。
(斬る……けれど、これは……)
浄化。
そう理解した瞬間、胸の痛みがわずかに和らぐ。
別の一体が迫る。
弥生は胸元の竜王宝珠に手を当てた。
柔らかな光が広がり、結界のように空間を包む。
「……ここは、渡しません」
最後のガドリンが、光に飲み込まれ、消滅した。
*
境内に、再び静寂が戻る。
弥生は、その場に膝をついた。
「……祈りと……戦いは……」
両立しない。
そう思っていた。
けれど。
(守るために……立つことも……祈り……)
まだ答えは出ない。
それでも――逃げなかった。
そのとき、境内に駆け込む足音。
「弥生ちゃん!」
玲子と千晶、そして洸が姿を現した。
「大丈夫か!?」
洸の声に、弥生は小さく頷いた。
「……はい」
ソウルレイカーの姿のまま、ゆっくり立ち上がる。
新たな光が、確かにそこにあった。
祈りの巫女は、戦場に立った。
それは始まりであり、同時に――重い問いの始まりでもあった。
第8話 三人、並び立つ
氷川神社の境内に、再び歪みが走った。
空気が裂けるような感覚。
石畳の上に、仮面をつけた女たち――ガドリンが次々と姿を現す。
「……来たわね」
スターレイカー――玲子が、自然に一歩前へ出る。
「数、多くね」
クンフーレイカー――千晶が舌打ちし、拳を鳴らした。
その少し後ろ。
ソウルレイカー――弥生は、まだ一歩引いた位置に立っていた。
(……三人……)
洸は、少し離れた場所からその背中を見ていた。
ついこの前まで、互いに“普通の知り合い”だった三人。
今は――戦う力を持つ者同士。
だが、まだ“仲間”とは言い切れない。
「先に仕掛けるわ!」
玲子が駆ける。
光をまとい、スターセイバーを振るう。
華やかな剣閃が、ガドリンを薙ぎ払った。
「スターセイバー!」
続けざまに、ナックルシュート。
光線が、牽制するように敵陣へ飛ぶ。
「っ、派手すぎだろ!」
千晶が叫びながら飛び込む。
烈火篭手が赤く燃え、拳が唸る。
「龍牙爆裂拳!」
連撃。
だが、玲子の射線と重なり、動きが被った。
「ちょ、そこ――!」
「分かってる!」
声が重なる。
連携――とは言えない。
それぞれが、それぞれのやり方で戦っている。
その隙を突くように、ガドリンの一体が背後へ回り込む。
「……っ!」
弥生が息を呑んだ。
反射的に、神護腕釧を構える。
衝撃。
弾かれた攻撃が、地面を削る。
「大丈夫、弥生!」
玲子が振り向く。
「無理しなくていい! 守りに集中して!」
「……はい」
弥生は小さく頷いた。
竜王宝珠が淡く光り、三人を包むように結界が広がる。
(守る……)
それなら、できる。
「千晶! 正面突破は任せる!」
「了解!」
千晶が一気に前へ出る。
「練気紅蓮砲!」
紅蓮の炎が、敵の隊列を押し返す。
玲子が、その隙を逃さない。
「スターサイクロン!」
光の渦が、炎と重なり、ガドリンを飲み込んだ。
一瞬、息が合った。
「……今の!」
玲子が目を見開く。
「悪くないじゃん」
千晶が、ニヤリと笑う。
だが、すぐに息が乱れる。
完璧には程遠い。
(それでも……)
洸は、その光景を見つめていた。
指示を出さなくても。
声を張り上げなくても。
三人は――少しずつ、噛み合い始めている。
最後のガドリンが倒れ、歪みが消えた。
境内に、静寂が戻る。
「……終わった?」
千晶が肩で息をする。
「ええ……」
弥生が、そっと結界を解いた。
玲子は二人を見回し、少し照れたように笑う。
「……ね。三人で戦うの、初めてだったけど」
「最悪ではなかったな」
「はい……可能性は……感じました」
三人は、自然と並んで立っていた。
まだ未完成。
まだ不揃い。
けれど。
(……始まったな)
洸は、静かにそう思った。
三つの光が、初めて“並び立った”。
それは小さな一歩であり――確かな始まりだった。