聖少女戦隊レイカーズ 王権を継ぎし者   作:レスト・ノーブル

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レイカーズ 新装版9〜16

第9話 束の間の平穏

 

 戦いの翌日。

 驚くほど、世界は何事もなかったかのように回っていた。

 校舎の廊下にはいつも通りの喧騒。

 教室には笑い声と、くだらない会話。

 ――昨日、神社で異形と戦っていたなんて、誰も知らない。

「……本当に、何もなかったみたいだね」

 洸の隣で、玲子が小さく呟いた。

「そうね。平和、ってこういう感じ」

 弥生は静かに頷き、教科書を整えている。

 千晶は椅子に斜めに座り、欠伸を噛み殺していた。

 三人が同じ場所にいるのに、昨日までとは少し違う。

 言葉にしなくても分かる――

 彼女たちは「同じもの」を見てしまった。

「……でさ」

 千晶が口を開く。

「昨日のアレ、正直言うと――」

「言わなくていい」

 玲子が即座に遮る。

「完璧じゃなかった、でしょ?」

「まあな」

 千晶は肩をすくめた。

 それでも、三人の間に変な沈黙はない。

 むしろ、少しだけ距離が縮まったように見えた。

 一方で。

「……」

 少し離れた場所から、その様子を見ている二人がいた。

 由架は、サッカー部のマネージャー用バッグを胸に抱えたまま、視線を落としている。

(……まただ)

 話についていけない。

 輪の中に入れない。

 昨日、何があったのか。

 誰が、どんな顔で、何を守ったのか。

 由架は知らない。

(洸先輩も……)

 遠くから見る背中は、確かにそこにいるのに。

 どこか遠い。

「……」

 由架は、唇を噛んだ。

 同じ頃。

 柔道場では、夏音が畳に座り込んでいた。

「……ちっ」

 投げ技の練習中。

 相手を組み伏せたはずなのに、胸の奥がざわつく。

(強いはずなのに)

 全国レベル。

 誰にも負けない自信がある。

 それなのに。

(昨日は……守られてただけ)

 戦っているのは、玲子たち。

 自分は何もできなかった。

「……洸」

 名前を口にして、はっとする。

(守られる側で、いいの?)

 答えは出ない。

 放課後。

 洸は、校舎裏のベンチに腰を下ろしていた。

 そこへ、由架が小走りでやってくる。

「洸先輩!」

「ああ、由架ちゃん」

 笑顔を作るが、由架の表情は少し硬い。

「……最近、忙しそうですね」

「まあ……いろいろ、な」

「……そう、ですよね」

 由架は、それ以上踏み込まなかった。

 次に現れたのは、夏音だった。

「洸」

「夏音」

 二人は並んで座る。

 しばらく沈黙。

「……あたしさ」

 夏音が言う。

「最近、変な感じする」

「変?」

「守られてるのに、落ち着かない」

 洸は答えなかった。

 答えられなかった。

 目の前には、戦えない二人。

 その背後には、戦う三人。

(……まだだ)

 まだ、言えない。

 まだ、選ばせられない。

 洸は、空を見上げる。

 束の間の平穏。

 だが、その静けさの下で。

 二つの意志が、確かに芽吹き始めていた。

 

 

第10話 支える者の重さ

 

 夜の住宅街に、金属を引き裂くような音が響いた。

 街灯の明かりが、歪んだ影をいくつも地面に落とす。

「……また、強くなってる」

 スターレイカー――玲子が、スターセイバーを構え直す。

 先日の敵とは明らかに違う。動きが速く、攻撃に迷いがない。

「雑魚のくせに、生意気だな」

 クンフーレイカー――千晶が一歩前に出る。烈火篭手に赤い光が灯り、拳を打ち鳴らした。

「無理はなさらないでください」

 ソウルレイカー――弥生が、三人の後方で構える。神護腕釧が淡く光り、結界を張る。

 三人の動きは、確かに形になりつつあった。

 前に出る玲子と千晶、守りと補助を担う弥生。

 ――だが。

「……数が多い」

 洸は、戦場の外縁で歯を食いしばっていた。

 三人の動き、敵の配置、退路。頭の中で必死に組み立てる。

「千晶、右! 玲子ちゃん、上から来る!」

 叫びは届いた。

 だが、完全ではない。

 千晶が弾き返した敵の一体が、弥生の死角に滑り込む。

「弥生ちゃん!」

 咄嗟に駆け出した洸の前で、ソウルレイカーの結界が大きく揺れた。

「……っ」

 弥生の息が詰まる。

 限界が近い。

「洸くん!」

 玲子の声が焦りを帯びる。

 三人では、押し切れない。

 その瞬間、洸の内側で、あの声が響いた。

『……このままでは、マズイぞ』

 アランの声は、いつになく低かった。

『その力は、無理に引き出している。体に負担が出ている』

「……わかってる」

 洸は唇を噛みしめる。

 それでも、ここで倒れるわけにはいかない。

 守ると決めた。

 支えると決めた。

 ――だから。

「……来い」

 言葉にした瞬間、世界が途切れた。

 視界が白に染まり、音が遠ざかる。

 意識が、底へ引きずり込まれていく。

 次の瞬間、夜空を裂くような光が落ちた。

「なっ……!」

 敵が怯む。

 少女たちの視界の中に、黒い影が立っていた。

 ブラードナイト。

 無言で前に出る。

 一歩踏み出すたび、地面が軋んだ。

 敵の攻撃が一斉に向かう。

 だが、影は止まらない。

 振るわれた一撃で、二体が吹き飛んだ。

 次の瞬間には、残りも地面に伏していた。

 戦いは、あっけないほど早く終わった。

 光が、静かに霧散する。

「……洸くん?」

 玲子が駆け寄る。

 その足元に、洸は倒れていた。

「洸さん!」

 弥生が膝をつき、呼吸を確かめる。

「……生きてる」

 千晶が短く言う。

 だが、その表情は険しかった。

 洸は、ゆっくりと目を開けた。

「……終わった、のか」

 全身が重い。

 指先が、うまく動かない。

『……無茶をしたな』

 頭の奥で、アランの声がした。

『まだだ。今、お前が消えるには早い』

 その言葉に、洸は小さく笑った。

「……そっちも、だろ」

 返事はなかった。

 ただ、胸の奥に、嫌な重さだけが残る。

 三人は勝った。

 だが、それは余裕のある勝利ではない。

 そして洸は知ってしまった。

 このやり方は、長くは続かないと。

 ――それでも、今はまだ。

 支える者でいるしかなかった。

 

 

第11話 跳ねる意志

 

 その日は、特別なことのない放課後のはずだった。

 森山由架は、いつも通りサッカー部の備品を抱えて校舎裏を歩いていた。

 部活の終わり。洸先輩はまだグラウンドで片づけをしている。少し先に行って、倉庫の鍵を開けておこう——それだけのつもりだった。

 ——空気が、揺れた。

「……え?」

 足を止めた瞬間、耳の奥で、ぎ、と嫌な音が鳴った気がした。

 風とは違う。目の前の空間が、布みたいに歪む。

 最近、何度も耳にしていた話が頭をよぎる。

 玲子先輩。千晶先輩。弥生さん。

 ——“あちら側”の話。

 逃げたほうがいい。

 そう思った瞬間には、もう遅かった。

 歪みが裂け、無機質な仮面をつけた女たちが姿を現す。

 ガドリン。数は三、いや四体。

「……や、やば……」

 体がすくむ。足が動かない。

 助けを呼ぼうとして、声が出なかった。

 ——でも。

 由架は、ぎゅっと唇を噛んだ。

(また……?)

 守られるだけ。

 何もできず、後ろで見ているだけ。

 思い出すのは、あの日の光景。

 玲子が、ステージの上で戦った姿。

 千晶が、怒りを力に変えた瞬間。

 弥生が、祈りと戦いの狭間で剣を振るった背中。

 ——自分は、そこにいなかった。

「……いや」

 震える手を、由架は握りしめる。

「逃げ……ない……!」

 ガドリンが一体、こちらへ向かってくる。

 逃げ道は塞がれていた。

 そのとき——。

 胸の奥が、跳ねた。

 ——“行け”。

 誰かの声じゃない。

 自分の中から湧き上がる衝動。

 次の瞬間、世界が反転した。

 光が弾け、由架の視界を白で塗りつぶす。

 足元から、軽やかな感覚がせり上がってくる。

「——バニーレイカー・クリスタルコンバージョン!」

 言葉が、自然に口をついて出た。

 光が収束したとき、そこに立っていたのは——

 軽量のバニースーツに身を包んだ戦士だった。

 耳のように伸びた装備が、ぴくりと動く。

 視界に、情報が流れ込んできた。

《敵反応、四。距離、近接》

「……すご……」

 思わず声が漏れる。

 怖さが、完全に消えたわけじゃない。

 でも、足は——軽い。

 由架は跳んだ。

 地面を蹴る感覚が、いつもとまるで違う。

 一瞬で距離を詰め、空中で身を翻す。

「えいっ!」

 腰部から光線が走る。

 ヒップレーザーが、ガドリンを牽制する。

 致命打じゃない。

 でも、相手の動きが鈍る。

《注意、右側》

 バニーイヤーが反応する。

 反射的に跳躍し、攻撃をかわす。

(……あ、これ)

 気づいた。

 これは——一人で倒す力じゃない。

「……みんな、早く……!」

 その願いに応えるように、別の光が走る。

「由架ちゃん!」

 玲子の声。

 続いて千晶、弥生の気配。

 由架は、笑った。

「……遅いですよー!」

 次の瞬間、戦場が一気に動き出す。

 由架の放った閃光——ラビットフラッシュが炸裂し、

 敵の動きが、明らかに鈍った。

「今です!」

 その声に合わせ、三人の攻撃が決まる。

 戦いは、短かった。

 ガドリンが消滅したあと、由架はその場に立ち尽くした。

 スーツの感触。軽やかな呼吸。

 ——できた。

 戦えた。

 少し遅れて駆けつけた洸が、由架を見て目を見開く。

「……由架ちゃん……?」

 由架は、少し照れたように笑った。

「えへへ……。

 由架も……仲間、です」

 その言葉を聞いた瞬間、

 アランの声が、洸の意識の奥で低く響く。

《……新たな巫女、目覚めたな》

 跳ねる意志が、確かにここにあった。

 ——四人目のレイカーが、誕生した瞬間だった。

 

 

第12話 最年少の覚悟

 

 戦闘が始まった瞬間、由架は「違い」をはっきりと実感していた。

 ——四人いる。

 それだけで、景色が変わる。

「前方二、後方一! 挟まれる!」

 バニーイヤーが捉えた反応を、由架は即座に声にする。

 玲子が迷いなく指示を飛ばし、千晶が地面を蹴った。

「オレが前出る!」 「無理しないで、千晶!」

 弥生が結界を展開し、敵の動きを一瞬止める。

 連携は、まだ完璧じゃない。

 でも——確実に、形になり始めていた。

 由架は跳ぶ。

 高く、速く。

 視界が広がり、戦場全体が手のひらに収まる。

「左、今いけます!」

 ヒップレーザーが走り、敵の注意を逸らす。

 その隙に、玲子の一撃が決まった。

「——っし!」

 自分が直接倒したわけじゃない。

 でも、それでいい。

(……これが、由架の戦い方)

 そう思えた瞬間だった。

 戦場の少し離れた場所で、洸は四人を見ていた。

 フォローに回る必要は、ほとんどない。

 動きはまだ荒いが、それぞれが役割を理解し始めている。

 ——だが。

 視線が、自然と一人の少女を探してしまう。

 夏音。

 戦場の外。

 逃げ遅れた一般人を誘導し、必死に守っている。

「こっち! 走れる人は急いで!」

 声は震えていない。

 でも、拳は強く握りしめられている。

 ——戦えない。

 それが、はっきりと浮き彫りになっていた。

 戦闘は長引かなかった。

 由架の索敵と攪乱、弥生の防御、千晶の突破力、玲子の統率。

 ガドリンは、撤退するように消えていく。

「……ふぅ」

 変身が解け、由架は軽く息をついた。

「すごかったよ、由架ちゃん」  弥生が微笑む。

「え、えへへ……」

 褒められるのは、やっぱり嬉しい。

 でも——視線は、自然と夏音のほうへ向いてしまう。

 夏音は、助けた人たちに頭を下げていた。

 その背中は、いつもと変わらない。

 なのに。

(……由架、ちゃんと役に立てたのに)

 胸の奥が、少しだけざわつく。

 戦える自分。

 戦えない夏音先輩。

 その差が、はっきりと存在している。

 洸が、夏音の隣に立つ。

「……怖かったか?」

 夏音は、少し間を置いてから答えた。

「……怖かったよ」

 でも、と続ける。

「それでも……逃げるだけって、変だよね」

 洸は、何も言えなかった。

 夏音は、戦いを知らない。

 でも、守られることに、違和感を覚え始めている。

 ——それが、何よりも危うい。

 その夜。

 由架は、ベッドの上でごろりと転がった。

「……最年少の覚悟、かぁ」

 誰に言われたわけでもない。

 でも、今日の戦いで、はっきりした。

 由架は戦える。

 だからこそ——見えてしまった。

 戦えない人の、置いていかれる背中。

「……夏音先輩……」

 跳ねるだけじゃ、足りない。

 場を和ませるだけでも、足りない。

 ——ちゃんと、支えなきゃ。

 同じ頃、洸は夜空を見上げていた。

《……人数が増えたな》

 アランの声が、静かに響く。

「……ああ」

《だが、揃ってはいない》

 洸は、黙って拳を握る。

 四人は戦える。

 そして——一人だけ、戦えない。

 その対比が、確実に次の波を呼び寄せている。

 最年少の覚悟と、未覚醒の焦燥。

 交わることのない二つの想いが、

 次の物語を、静かに準備していた。

 

 

第13話 幼馴染という距離

 

 夏音は、最近よく考える。

 洸の背中を、いつから追う側になったのかを。

 柔道場の畳。

 朝練の汗。

 投げて、投げられて、笑っていた日々。

 その全部が、少しずつ遠くなっていた。

「洸さ」

「ん?」

「無理、してない?」

 何気ない問いだった。

 でも洸は、一瞬だけ視線を逸らした。

「……平気だよ」

 その“平気”が、嘘だとわかるくらいには——

 夏音は、昔から洸を知っていた。

 その日の帰り道。

 路地裏から、鈍い衝撃音が響いた。

「……っ!」

 反射的に、夏音は走り出していた。

 そこにいたのは、ガドリン。

 そして——地面に倒れた洸。

「……洸!?」

「来るな……!」

 敵の腕が、持ち上がる。

 距離は近い。

 逃げ場はない。

 夏音の身体が、前に出た。

「——やめろ!」

 踏み込んだ瞬間、感覚が変わる。

 足が、沈む。

 地面を掴む感触が、異常なほど強い。

「……?」

 次の瞬間、世界が白く反転した。

 光に包まれながら、夏音は理解する。

 ——これは、逃げるための力じゃない。

 受け止めるための力だ。

「ジュウドーレイカー・クリスタルコンバージョン」

 低く、確かな声。

 光が晴れた時、そこに立っていたのは——

 重装甲の戦士だった。

 白と黒を基調にした、厚みのあるレイカースーツ。

 肩、胴、脚部に集中した装甲は、他の誰よりも重い。

「……なに、これ……」

 ガドリンの攻撃が振り下ろされる。

 夏音は、避けなかった。

 受けた。

 衝撃が、装甲で分散される。

 脚部の アイゼン・ゲッター が低く唸り、質量を増す。

「——っ!」

 一歩、踏み込む。

 地面が砕ける。

 肘部の シュベルト・シュラーク が瞬間的に加速し、

 間合いが、一気に詰まった。

「捕まえた」

 組み付いた瞬間、敵が理解する。

 ——これは、押し返せない。

 夏音は、重心を落とす。

 柔道で何千回も繰り返した動作。

「——崩天背負投げ!」

 空中で、重力が反転する。

 アイゼン・ゲッターの質量制御が最大化され、

 ガドリンの身体が“落ちる”のではなく——叩き落とされる。

 轟音。

 地面が、沈んだ。

 敵は動かない。

 そこへ、玲子たちが駆けつける。

「……夏音?」

 玲子の声に、夏音は振り返る。

 変身が解け、膝をつく。

「……幼馴染だからさ」

 息を整えながら、笑う。

「守るの、あたしの役目でしょ」

 洸は、言葉を失っていた。

 その背中は——

 今までで一番、頼もしかった。

 その夜。

《……五人目が、目覚めたな》

 アランの声は、静かだった。

《彼女の力は、前へ進む刃ではない

 ——戦線を支える“壁”だ》

 洸は、拳を握る。

 幼馴染という距離。

 並んで立つ覚悟。

 五人の巫女は、揃った。

 だが——

 本当の戦いは、ここからだった。

 

 

第14話 五人で立つ

 

 夜の街に、五つの気配が揃っていた。

 玲子。

 千晶。

 弥生。

 由架。

 そして、夏音。

 五人が並ぶ光景を、洸は少し離れた場所から見ていた。

「……全員、いるな」

 玲子が前に出る。

 その声には、もう迷いがなかった。

「行くよ。今回は五人だ」

「オレが切り込む。合わせろよ」

 千晶が拳を鳴らす。

「由架、索敵を」

「はいっ! 任せてください!」

 バニーイヤーが展開し、周囲の反応を拾い上げる。

「前方……強い反応、ひとつ。

 今までのと、違います」

 弥生が静かに息を吸った。

「……精神獣ですね」

 次の瞬間、空気が裂けた。

 現れたのは、人と虫が歪に融合した異形。

 装甲の奥に、確かな意志が見える。

「……強そうじゃん」

 千晶が笑う。

 玲子が叫んだ。

「変身!」

「スターレイカー・クリスタルコンバージョン!」

「クンフーレイカー・クリスタルコンバージョン!」

「ソウルレイカー・クリスタルコンバージョン!」

「バニーレイカー・クリスタルコンバージョン!」

「ジュウドーレイカー・クリスタルコンバージョン!」

 五つの光が、夜を切り裂く。

 戦闘は、即座に始まった。

 千晶が先陣を切る。

 烈火篭手が火花を散らし、敵の注意を引きつける。

「らぁっ!」

 連撃。

 だが、敵は耐える。

「硬っ……!」

「夏音!」

「わかってる!」

 重装甲の夏音が前に出る。

 敵の一撃を、正面から受け止める。

 衝撃が地面を揺らすが、夏音は踏みとどまった。

「今!」

 玲子のスターセイバーが光を描く。

 ナックルシュートが牽制を重ねる。

 弥生は後方で結界を張り、竜王宝珠が淡く輝く。

「精神の乱れを抑えます……!」

 由架が跳ぶ。

「左、開いてます!」

 バニーヒールの跳躍で視界を攪乱し、

 ヒップレーザーが援護に走る。

 一瞬、連携が噛み合った。

 だが——

「……っ!」

 精神獣が吼え、全身から衝撃波を放つ。

 弾き飛ばされる千晶。

 膝をつく玲子。

「ち……っ」

 夏音が前に出る。

「下がって!」

 組み付き、投げを狙う。

 だが敵は、完全には崩れない。

 洸は歯を食いしばる。

「……来い」

 意識が、遠のく。

 光に包まれ、ブラードナイトが立った。

 剣は振るわない。

 立つだけで、戦場の流れが変わる。

「今だ!」

 五人が、もう一度動く。

 玲子のスターサイクロン。

 千晶の龍牙爆裂拳。

 弥生の浄化の刃。

 由架のラビットフラッシュ。

 最後に——

「崩天背負投げ!」

 夏音が敵を叩き落とす。

 精神獣は、沈黙した。

 勝利。

 だが、誰も笑わなかった。

 変身が解け、全員がその場に座り込む。

「……キツいね」

 玲子が苦笑する。

「五人揃っても、これか」

 千晶が肩で息をする。

 洸は立ったまま、ふらついた。

《……無理をしている》

 アランの声が、低く響く。

《揃っただけでは、足りない

 力を“合わせる”段階に入った》

 洸は、夜空を見上げる。

 五人で立った。

 確かに、前には進んだ。

 だが——

 本当の戦いは、まだ先にある。

 

 

第15話 選ばれる融合

 

 空気が、重かった。

 夜の街に立ちこめるそれは、煙や霧ではない。圧力――敵意そのものだ。

 ガドラムの増援は、明らかにこれまでとは質が違っていた。

 数だけではない。一体一体の動き、間合い、攻撃の精度。

 五人が揃ってなお、押し返せない。

「くっ……!」

 玲子のスターセイバーが光を弾き、千晶の烈火が敵を焼く。

 弥生の結界が衝撃を受け止め、由架が跳ね、攪乱し、道を作る。

 夏音は前線で、重装の体を盾に仲間を守っていた。

 それでも――足りない。

 洸は一歩引いた位置で全体を見ていた。

 見て、指示を出し、判断し、無理をしているのは――自分だと、わかっていた。

 視界が、揺れる。

 息が、浅い。

 力を引き出すたび、体の奥が軋む感覚があった。

「洸先輩……?」

 由架の声が遠い。

 そのときだった。

――このままでは、まずい。

 低く、静かな声が、意識の奥で響いた。

「アラン……」

――警告する。

――現状のままでは、全滅の可能性が高い。

 戦場の音が、遠ざかる。

 洸の意識は、一瞬で引き込まれていた。

 そこは、白でも黒でもない空間。

 記憶と精神が重なる場所。

――王権による手段がある。

――完全融合だ。

「……それを使えば、勝てるのか」

――勝率は上がる。

――だが、それは“戻れない選択”だ。

 アランの声に、いつもの余裕はなかった。

――力を得ることではない。

――それは、背負う覚悟を選ぶということだ。

「支配でも、命令でもない……か」

――そうだ。

――王権とは、誰かの上に立つ資格ではない。

――選び続ける責任のシステムだ。

 洸は歯を食いしばった。

「……それを、今言うのかよ」

――今しかない。

 意識が現実へと戻る。

 爆発音、衝撃、仲間たちの声。

「洸! 下がれ!」

 夏音が叫ぶ。

 玲子が振り返る。

 千晶が、弥生が、由架が――皆、洸を見ていた。

「……俺は」

 一人で決めようとした。

 それが一番早いと思った。

 誰も巻き込まずに済むと、思った。

「やめろよ」

 千晶が言った。

「そういう顔してるとき、ろくなこと考えてねえだろ」

「洸くん……」

 玲子の声は震えていたが、視線は真っ直ぐだった。

「一人で決めないで。……それ、チームの問題でしょ」

 弥生が一歩、前に出る。

「わたくしたちは、守られるためにここにいるのではありません」

 由架が、ぎゅっと拳を握る。

「由架、まだ何もできないかもしれないけど……でも!」

 夏音は、何も言わなかった。

 ただ、洸を見ていた。

 幼馴染として。

 隣に立つ者として。

 洸は、息を吸った。

「……選択肢がある」

 皆が息を呑む。

「俺が、前に出る方法だ。

 ただし――戻れない」

「それでも?」

 玲子が問う。

 洸は、うなずいた。

「力が欲しいわけじゃない」

 視線を上げる。

「責任を、引き受ける」

 その言葉に、アランの声が重なる。

――それでも進むか?

 洸は、短く答えた。

「……来い」

 世界が、光に包まれる。

 意識が遠のく――が、消えない。

 何かが、確かに繋がった感覚だけが残った。

 完全ではない。

 だが、明らかに――何かが変わった。

 洸は、戦場に立っていた。

 まだ、戦える。

 それだけで、十分だった。

 

第16話 継承

 

 夜明け前の空は、まだ暗かった。

 だが、戦場の空気は確かに変わっていた。

 洸は前に立っていた。

 昨日までと同じ場所、同じ敵。

 それなのに――体の感覚が、まるで違う。

「来るぞ!」

 玲子の声が飛ぶ。

 敵影が動き、攻撃が集中する。

 洸は避けない。

 受け止める――が、無理に押し返さない。

 身体は重い。

 反応は速いが、決して余裕はない。

 完全融合は、まだ“形になりきっていない”。

 それでも。

「……そこだ」

 洸の一言で、動きが揃う。

 玲子の光が切り裂き、

 千晶の拳が叩き込み、

 弥生の結界が軌道を整え、

 由架が跳ねて死角を潰し、

 夏音が前線を押し返す。

 誰か一人が強くなったわけじゃない。

 だが、戦況は――確実に覆っていた。

「……なんかさ」

 千晶が息を吐きながら言う。

「洸、前より“見えてる”感じしねえ?」

「うん」

 玲子も短くうなずく。

「指示じゃないのに、動ける」

 弥生は静かに目を細めた。

「……軸が定まった。そんな感覚です」

 由架は、跳躍の合間に笑う。

「由架、ついていけてます!」

 夏音は何も言わない。

 ただ、洸の背中を見ていた。

 敵は、退いた。

 完全な勝利ではない。

 取り逃がした敵もいる。

 それでも――守るべきものは、守り切った。

 戦場に、静けさが戻る。

 そのとき、洸は気づいた。

――アラン?

 返事がない。

 いつもなら、何かしらの声があった。

 警告、助言、短い一言。

 それが――遠い。

 まるで、深い水の底から呼びかけるような感覚。

 夜が明けきる前、洸は一人で神社にいた。

 静かな場所。

 誰もいない、いつもの場所。

「……聞こえてるか」

 しばらくして、微かな声が応えた。

――ああ。

 弱い。

 だが、確かにそこにある。

――王権は、もうお前の中にある。

 洸は、黙って聞いていた。

――私は、導きの役目を終えつつある。

「……消えるのか?」

――違う。

 短い否定。

――眠るわけでもない。

――次に、渡しただけだ。

 洸は、胸の奥に手を当てた。

 何かが抜け落ちた感覚はない。

 むしろ――重みが、静かに定着している。

「全部、俺が決めるってことか」

――選ぶのは、お前だ。

――私は、それを見てきただけだ。

 アランは、多くを語らない。

 最後まで、導く者として。

――巫女は揃った。

――道は、もう示した。

 声が、さらに遠ざかる。

「……ありがとな」

 返事はない。

 だが、洸はわかった。

 託されたのだ。

 力ではない。

 命令でもない。

 ――判断する責任を。

 洸は立ち上がり、空を見上げた。

 夜明けの色が、少しずつ広がっていく。

「――次に行くぞ」

 それは、誰に向けた言葉でもない。

 それでいて、全員に向けた言葉だった。

 一部、完。

 

 

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