またしても何も知らない狩人さん〜異能バトルよりパンチラが危ない〜 作:概ね右翼
【黒鉄視点】特影学園保健室
「なぁ白石〜」
「…………………………なんだ」
「腹が減ったんだが」
「食事なら目の前にあるだろ」
「お前本当に医者か?」
「研究職だ」
「ならオレの現状把握しているよなァ?」
「…………」
「どう食えってんだよ!!」
相も変わらず愛想の無ェヤツだな。
現状のオレは両腕に固定具とギブス。全身が包帯まみれで自分ながら実に痛々しい。普通はこんなか弱ェ姿したオレを丁重に扱うべきだろ。
白石の野郎は──いや、女だから「野郎」はおかしいか?
……まぁいい。白石は白石だ。
そいつは保健室の隅で、平然と分厚い本を読んでいやがる。何だよ「三体」って……三体なのに二巻なのか……二体と一体どこいった?
「はぁ……そもそも私は別にお前の面倒を見る立場じゃ無いんだが……」
「ならナースなり何なり呼べばいいだろ」
「ここが病院ならな……」
ベッド、カーテン、消毒液の匂い。どう見ても病室だろうが。
「違う。ここは“学園の保健室”だ」
「細けェこと気にすんなって」
白石は本から目を離さず、ため息だけを寄越す。
「お前の我儘で、何故か私は学園の保健室で治療する羽目になっている。その時点で十分おかしいと思わないのか」
「思わねェな」
「即答か……」
ページをめくる音がやけにうるさい。
「普通なら、完治するまで大人しくしていろと言いたいところだ」
「言ってるじゃねェか」
「“言いたい”だけだ。お前のことだ、どうせ聞かんだろ」
その通り。よく分かってんじゃねェか。
「だってよォ」
オレは天井を見ながら言った。
「学校に来ねェと、Xに会えねェだろ」
「…………今は狩人だ」
一瞬、ページをめくる手が止まった。
「それにだ」
「雨宮も入部するなら、部長直々に歓迎してやろうと思ってな」
「お前はそんな理由で学園に来たのか」
「当然だろ」
白石は本を閉じ、ようやくこちらを見る。
「……本当に、理解に苦しむ」
「褒め言葉として受け取っとく」
「褒めていない」
白石は立ち上がり、ベットのそばに近寄ってきた。オレは目の前に出された食事に視線を落とした。
「……でだ」
「何だ」
「マジでこれ、どう食えばいいんだ?」
「……」
白石は顎に手を当てながら「お前なら口でいけると思ってたんだが」とかふざけたこと言い出しやがった。
「犬かオレは」
白石がまたため息を吐いて箸を持ち上げた。
「仕方ない」
「お?」
「今回だけだぞ」
「マジか」
「しかし……条件付きだ」
何故こうもコイツは無償奉仕を嫌うのか。
「大人しく食べろ。無駄口を叩くな。そして──」
白石はオレをじっと見下ろした。
「次に無茶をしたら、今度こそ病院送りにする」
「……善処はする」
「約束しろ」
「…………努力はする」
白石は小さく舌打ちして、何も言わずに箸を進めた。
——————
雨宮・狩人 学園生活二日目
雨宮は貴方に紹介したい人物がいるそうだ。
いやはや実に素晴らしい。かの古都では対人関係といったものが実に希薄で、貴方の対人能力(戦闘)は高くとも対人能力(交流)は年相応どころか、幼児以下と評されても致し方ない。
それゆえ、この申し出は実に好機である。
廊下を歩く。
昼下がりの学園は静かだ。窓から射し込む光が長い影を床に落とし、白い壁をやわらかく照らしている。最新式と謳われる校舎も、日常の光景に溶け込めばただの建築物にすぎない。
「ここです」
雨宮が立ち止まり、控えめに扉を叩く。
貴方は存外、わくわくしている。未知との邂逅。戦場ではなく、平時の接触。
扉が開く。
個室の空気はわずかに淀んでいた。
窓は閉じられ、机と椅子が整然と並ぶ。資料の匂い、インクの匂い。人の生活の匂い。
中には二人の少女。
視線が貴方に向けられる。
警戒。
怯え。
それでも、逃げずに立つ姿勢。
実に健全だ。
だが、貴方は彼女らに見覚えがあった。どこで出会ったのかは思い出せない。記憶の奥に引っかかる、砂粒のような違和。とりあえず部屋の奥へ進む。靴音が小さく響く。少女たちの肩がわずかに強張る。
近づく。
まじまじと視線を向ける。
「っ……」
片方が息を呑む。
「ヒッ」
もう一人は小さく悲鳴をあげた。
貴方は遠眼鏡を取り出す*1。
レンズ越しに拡大された顔。瞳孔の震え、頬の強張り、呼吸の浅さ。細部まで観察するが、やはり思い出せない。
「……狩人さん、紹介しますので一旦離れてください」
背後の雨宮の声は実に能天気だ。
貴方は一歩引く。
「おほん! では、紹介しますね。こちらは鷹見沙織先輩と矢井千尋ちゃんです!」
ポニーテールの少女がぎこちなく会釈する。
「よ、よろしくたのむ」
眼鏡の少女は声が裏返った。
「ご、ごごご無沙汰しています!」
名前を聞いても思い当たる節はない。
しかし貴方も礼を返す。狩人の礼。形式的で、無駄のない所作。
「えーと、こちらのお二人と狩人さんは、あの施設以来ですね!」
その瞬間。
ガン*2「っ!」
鈍い音。
杖が壁に打ち込まれる。
乾いた石膏がひび割れ、白い粉塵が舞う。
ああ、なるほど。
ついに貴方は思い出した。
そうだそうだ。
こちらの世界へ赴いた際、最初に敵対した二人。
ポニーテールの少女──鷹見沙織。
敵対者であれば話は早いと思い、顔面を目掛けて杖を突き刺した。
しかし回避された。
路地裏での戦闘でもそうだ。まるで未来を読んでいるかのような狙撃。そういう能力だろうか。
厄介だが、身体能力以上の回避は不可能。
いくら初撃を避けられようと、彼女は今、腰を抜かしている。
尻餅をつき、小刻みに震えている。
次を外す道理はない。
壁から杖を引き抜く。
石片が床に落ちる。乾いた音。
空気が裂ける。
踏み込む。
「やめてください!」
貴方の視界に雨宮が飛び込んできた。
彼女は両腕を広げ、貴方と鷹見の間に立ちはだかったのだ。
生死のかかった静止。笑える。
ほんの数センチ。
杖の先端が彼女の制服に触れる寸前で止まる。
部屋は静まり返る。
誰も呼吸をしていない。
「狩人さん安心してください! お二人は狩人さんを攻撃しません!」
なるほど。
確かに、貴方と敵対した者の中には、友達だと言ってくるハゲ頭のクモがいた気がする。報復の際に唐突に友情を宣言してきた、あの奇妙な節足生物。理屈は最後まで理解できなかったが、結果として敵ではなくなった。
今回も、その部類だろう。
出鼻を挫かれはした。しかし、よくよく考えれば──これは吉兆なのではないか。
視線を巡らせる。
目の前には少女が二人。
そして貴方を体を張って静止したのも少女。
部屋は密室。
窓から差し込む午後の光が、三人の輪郭を淡く縁取っている。
壁に穿たれた穴から零れ落ちた石膏の粉が、まだ空気中に漂い、きらきらと光を反射していた。先ほどまでの殺意の余韻が、白い粒子となって宙に残っている。
これは。
あるのではないか。
貴方の、ハーレムの可能性。
少女に囲まれ、少女に止められ、少女に見つめられる。
夜では得られなかった布陣。
そう考えれば、悪い気はしてこない。
むしろ、非常に前向きな状況である。
というわけで、貴方は矛(杖)を収めた。
杖の石突きが床に静かに触れる。
戦意は解除。
敵対条件は未成立。
驚かせてしまった鷹見沙織に、貴方は謝罪した。
「あ、ああ……」
鷹見沙織は未だ状況を処理しきれていない様子で、口を半開きにしている。
呆然としたその表情も、よく見れば整った顔立ちだ。怯えが抜けきらぬ瞳が、光を受けて揺れている。
可愛らしい。
「か、狩人さん、ありがとうございます! ……やっぱり私達は心が繋がってるんですね!」
雨宮が安堵と謎理論を同時に放つ。
その頬はほのかに紅潮し、先ほどまでの緊張を無理やり笑顔に変換している。声が少し裏返っているのもご愛嬌だ。
「ひぃー……し、死ぬかと思いました……星空さんは何言ってるんですか?」
矢井千尋は壁際に寄りかかりながら、心底疲れた声を漏らす。
そして、床に座り込んだままの鷹見が、小さく息を整える。
「よく考えれば……最初に路地裏で君に攻撃したのは私だ」
声はまだ震えているが、目は逸らさない。怯えと、責任と、わずかな意地。
「まぁ……今回はお互い様ということにしよう」
そこで一度、視線を落とす。
「……すまないが狩人、立たせてくれないか……腰が抜けてしまってな……」
実に正直である。
貴方は杖を脇に立てかけ、片手を差しだす。
鷹見沙織がその手を取る。
人生で初めて、貴方は女の子と手を繋いだ。
その事実に貴方は心臓がバクバクである。やはり少女の手は良い。手袋越しであっても、確かに柔らかい。細い指が、ぎこちなく、しかし確かに貴方の手を掴んでいる。
「……ありがとう」
小さく、しかしはっきりと告げられる感謝。実に今更だが、このように感謝を述べられるのも存外良い気分だ。
「ふぅ、一時期はどうなるかと思いましたが、これで皆仲直りできたので、狩人さんも部員ですね!」
雨宮が両手を合わせて満足げに言う。
まるで一件落着とでも言いたげだ。
部室の空気は、先ほどまでの殺意が嘘のように緩んでいる。
実に波乱に満ちた、穏やかな始まりである。
——————
白石はカルテを閉じ、椅子を引いた。
「少し席を外す」
「おう、ついでに午後茶でも買ってきてくれ」
「黙れ病人」
「けち」
廊下に出ると、少し雑に扉を閉じた。夕刻前の校舎は静まり返っている。放課後前の中途半端な時間で、部活動の声もまだ上がらず、人影はない。古びた蛍光灯の白い光だけがやけに冷たく、足音が規則正しく響いた。
迷いのない足取りで廊下を進み、やがて使われていない旧資料室の前で立ち止まる。周囲を一瞥し、人の気配がないことを確認すると旧資料室の中に入り鍵を閉める。白石はポケットから小型端末を取り出した。短い操作ののち、通信を開始する。
数秒後、回線が繋がった。
「報告します」
その声は、温度を排した事務的な音だった。
『聞いている』
低く抑揚のない声が返る。白石は視線を落としたまま続けた。
「対象との接触を確認。初動は鷹見、矢井の両名にて対応。状況の悪化により、雨宮が介入。戦闘は発生しましたが長期化は回避。最終的に対象は戦闘行為を停止しました」
『理由は』
「不明。ただし、自発的な停止に近い。外的要因による制圧ではありません。現時点では敵対意思は低下しており、監視段階へ移行可能と判断します」
『了承した』
わずかな間を置き、白石は言葉を選ぶ。
「一点、補足を」
『言え』
「黒鉄を今回の接触に同行させなかった件についてです。現場判断ではなく、指示通りに行動しましたが、理由の確認を求めます」
短い沈黙が流れる。
『損耗許容範囲の問題だ。鷹見と矢井は代替可能だが、黒鉄は違う。お前もだ』
淡々とした声が続いた。
『今回の検証は未知の要素を含む。失敗すれば戦闘へ移行する可能性が高かった。重症の黒鉄を投入する合理性はない。お前は非戦闘員であり、同時に代替困難な研究職でもある。失うには価値が高い。被害を最小化する。それだけだ』
合理的で、正しい判断だった。白石自身でも同じ結論に至るだろう。
「……了解しました」
『他に』
「ありません」
『次の段階へ移行する。準備を進めろ』
通信はそこで切れた。静寂が戻る。白石はしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて端末をしまう。
「変えが効く、か……」
──チッ。
短い舌打ちだけが、旧資料室に残った。
表情を整え、歩き出す。足取りは先ほどと変わらない。保健室の前で一度だけ呼吸を整え、何事もなかったように扉を開けた。
「戻ったぞ」
「お、午後茶は?」
「売り切れだ」
「嘘つけ」
「病人は黙って寝てろ」
意外と戦闘シーンって需要あるのですね。アンケートして良かったです。