またしても何も知らない狩人さん〜異能バトルよりパンチラが危ない〜   作:概ね右翼

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影化者くんのイメージ
特技はあらゆる液体のpHを操れるよ!この子にかかれば血液は強酸に早変わり!

他の影化者くんたちにも、それぞれ特技があるの。登場が楽しみだね!


第十話 特影学園は共学

 本日は、実にいい日だ。

 空には日が上り、まだ太陽に慣れきっていない貴方にとって、ちょうどよく雲がかかっている。強すぎない光が、ぼやけた世界をやさしく照らしていた。

 

 ここは、かつて街だった場所だ。

 

 崩れた建物が骨のように突き出し、ひび割れた道路には雑草すら生えていない。看板は風に擦れて文字が消え、信号機は斜めに傾いたまま動く気配もない。窓ガラスはほとんどが砕け、内部は暗い空洞となって口を開けている。

 

 人が暮らしていた痕跡だけが残り、生活の気配は完全に消えていた。

 

 辺りには砂埃が立ち上り、視界は十メートルほど先までしか見えない。吹き抜ける風が、瓦礫の隙間を擦り、乾いた音を鳴らしている。四方一丁に人の気配はなく、建物もまばらで、静寂が広がっていた。

 だが、不思議なことに、獣の気配すらない。

 生き物そのものが、この場所を避けているようだった。

 

 本来なら、落ち着くはずの静けさ。

 しかし今日は、どうにも騒がしい。

 

「かぁりうどさぁぁぁあん!! 助けてくださぁぃ!」

 

 貴方のすぐ後ろで、雨宮の声が反響している。正確には後ろというより──背中に張りついていた。

 

「死にます! 死んじゃいます! 私まだ学生なんですけど! 青春これからなんですけど!!」

 

 雨宮は貴方のコートを握りしめ、ほとんどぶら下がるような姿勢で泣き叫んでいる。足は地面に着いているのに、まるで浮いているような不安定さだ。

 

 貴方は振り返らない。歩調も変えない。

 

 前方、砂の向こう。

 崩れたビルの影の間で、わずかに揺れる影がある。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!  普通もっと説明とかあるじゃないですか!? 初任務ですよね!? これ!」

 

 雨宮は、半ば叫びながら続ける。

 

「超常現象捜査部って、こう……なんかもっと! こう! チームプレーとか! 安全マニュアルとか!!」

 

 貴方は歩く。ただ、歩く。

 

「ねえ!! 聞いてます!? 狩人さんの可愛いお尻触っちゃいますよ!!」

 

 その瞬間、砂埃の奥の影が動いた。

 

 人の形をしている。だが、人ではない。

 体の輪郭は曖昧で、ところどころが崩れている。まるで濡れた絵の具が垂れ落ちるように。

 

 影化者。

 

「狩人! そっちに行った!!」

 砂埃の向こうから、鷹見沙織の声が飛ぶ。

 

 それは逃げるように、一直線に貴方へ向かってきた。

 

「ちょっと!? え!? ちょちょちょちょ!? こっちにくりゅ!?」

 

 貴方は一歩だけ前へ出る。

 杖を強く握る。

 

 次の瞬間、貴方の杖は影化者の頭部を貫いた。

 

 貴方に急接近していた影化者は、黒に見合わないほどの真っ赤な血を吹き出す。そしてゆっくりと崩れ、形を失い、黒い粒となって風に散った。

 

 今回の“中身”は、人とは形容し難い感じだ。骨格の残滓すら曖昧で、形という概念そのものが不安定だった。

 

 貴方は杖を振り、付着した黒い粒を払い落とす。風に溶け、跡形もなく消えた。

 

 静寂が戻る。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 背中に張りついていた雨宮が、貴方の尻あたりまで崩れ落ちた。力が抜けたらしい。

 

「……た、助かった……」

 

「雨宮、任務中だぞ」

 

 廃ビルの向こうから、ライフルを持った鷹見沙織が姿を現す。息は乱れているが、目は鋭いままだ。

 

「しかし、初任務で丁級*1は大変だろう……心身に異常があればすぐに——」

 

「やはり狩人さんは私の見立て通り、安産型…………」

 

「うん、大丈夫そうだな」

 

 少し遅れて、矢井千尋も合流する。

 

「はぁ……はぁ……鷹見先輩……こちらは終わりました……」

 

「矢井、大丈夫か」

 

「は、はひぃ……」

 

「よく戊級*2を一人で討伐できたな。よくやった……」

 

「へへへ……」

 

「お! もう終わったのか。部員の成長は涙ぐましいな」

 

 声が、背後から落ちた。

 

 振り返るまでもない。

 

 黒鉄だ。包帯の残る体で、しかし平然とした様子で立っている。

 

「黒鉄先輩、どこ行ってたんですか……何ですか、その……」

 

「いや何、お前らに差し入れでもと思ってな。ホラ、これ鷹見の分」

 

 黒鉄は菓子や飲料などを溢れそうなほど抱えいたてた。

 

「雨宮も初任務オツカレ、狩人にもやんよ。本日のMVPの矢井には残りのやつ全部な」

 

「あ、ありがとうございます」

 雨宮はスナック菓子を受け取る。貴方は炭酸飲料を渡された。

 

「え、えぇ……わぁ…………」

 矢井千尋は、疲れ切った体には酷な量を抱えさせられていた。

 

「黒鉄先輩。これ、どこから持って来たのですか?」

 

「え? そりゃもちろん。そこら辺から」

 

 貴方は渡された飲料を見た。

 

 期限切れの炭酸飲料

 

 腐敗によるガスで膨張している。

 投げつけることで破裂し、大きな音を発する。

 

 かつて市井で広く飲まれていた、甘い泡の飲料。

 しかし保存状態が悪く、飲用には注意が必要とされる。

 

 酒とは異なり、

 時は必ずしも価値を与えない。

 失われた時間は、

 貴方のそれと同じく、何も、残さない。

 

 貴方はそれを静かにポケットにしまった。

「え、狩人さん、それ飲む気ですか? マジですかい?」

 

「黒鉄先輩……これ消費期限、切れてます……狩人も飲まなように」

 

「お、そうか。だがうまいぞ」

 

「黒鉄先輩も病み上がりで拾い食いしないでください!」

 

「あはは……相変わらずですね……」

 

 貴方はその光景を眺める。

 

 実に良い。

 

 可愛らしい少女が四人。遠征。共同作業。会話。

 これはもはや、どう考えても──

 

 デートである。

 

 貴方は満足げに頷いた。

 

 次の瞬間、遠くで何かが蠢いた。

 砂埃の向こう、何か巨大なものが動いた。

 

 鷹見の表情が一瞬で変わる。

 

「……来る」

 

 黒鉄が、前に出た。

 

「矢井と雨宮は下がっとれ。部長直々に相手してやる」

 

「黒鉄先輩は安静にしていて下さい……と、言いたいところですが……私だけでは難しそうです」

 

 その声には、明確な緊張が滲んでいた。

 

 砂の向こうの影が、はっきりと輪郭を持ち始める。

 

 人の形をしている。

 しかし、明らかに規格が違う。

 

 背丈は十メートルを優に超えるほど。

 腕は異様に長く、地面を擦りながら進んでいる。

 身体の一部が崩れ、黒い泥のように滴り落ちては、再び形を作り直す。

 

 周囲の空気が歪む。

 音が遅れる。

 足音だけが、やけに大きく響いた。

 

「……丙級*3です」

 

 鷹見沙織が、低く呟く。

 

「この距離で存在感を出してくるとはな。面倒な相手だ」

 

 矢井千尋の顔から血の気が引いた。

 

「え……丙級って……え……聞いてないです……」

 

「大丈夫だ。落ち着け。まだ対処可能だ。こんな事なら対物ライフルを持ってくるべきだった…

 

 鷹見沙織はライフルを構える。だが、引き金にかけた指はわずかに強張っている。

 

「狩人、無理はするな。これは——」

 

 やはりデートは、格好をつけるべきである。

 

 貴方がハーレムを築くには、その分、魅力的である必要があるのだ。

 ここで鷹見沙織と黒鉄より先に狩れば、きっと彼女たちはメロメロになるに違いない。

 

 実に合理的な判断である。

 

 貴方は一歩、前へ出た。

 

 砂が舞う。

 

 背後で雨宮が悲鳴を上げた。

 

「ちょ、ちょっと!? 狩人さん!? 待って!? 今の空気、完全にヤバいやつですよね!? 戻りません!?」

 

 黒鉄の口元が、わずかに歪む。

 

「やっぱテメェも好きか。デカブツ」

 

 鷹見沙織の瞳が細くなる。

 

「……なるほど。そう来るか」

 

 砂埃の中、巨大な影化者が頭を持ち上げる。

 歪んだ顔のようなものが、こちらを向いた。

 

 黒い裂け目が、笑った。

 

 ———丙級———

 

 この後、黒鉄と狩人がハメて2秒ぐらいで狩った。

 

 ————————————————————————————————————————

 

「え〜、であるからして。第二物理現象は時間や空間といった、人類が直接観測できなかった領域に属する。皆が知っての通り、第二物理現象は第一物理現象を上書きできる。異能によって超常的な現象が成立するのも、この“階層優位性の原理”のおかげだ」

 

「せんせーい。第三物理現象はないんですかー?」

 

「ああ、いい質問だ。先生好みの質問だな」

 

 教壇の前で腕を組み、白石はわざとらしく頷いた。

 

「一応、第三物理現象は存在するとされている」

 

「一応、って何ですか?」

 

「ああ、一応だ。四次元や五次元といった高次の領域は、理論上存在すると考えられている。だが、人類には観測できない。結局は憶測止まりというわけだ」

 

 教室が少しだけ静かになる。

 

「もし仮に、この宇宙に神が存在するとすれば……第三物理現象以降の存在だろうな」

 

 俺の名前は乾晴翔(いぬい はると)

 

 俺たちはここ、中央都市で生まれた。表向きは、国が異能力者を保護するための都市。しかし裏では、人体実験だの、兵器運用だの、根も葉もない噂が絶えない。

 

 ……いや、本当に根も葉もないのかは、誰にも分からない。

 

 俺たちは生まれてから一度もこの都市を出たことがない。

 俺のように、何の異能が使えるのかすら分からない者ですらだ。

 

 この特影学園は、異能力者にとっては楽園なのかもしれない。

 だが俺にとっては、息が詰まりそうな場所だった。

 

 それでも。

 

 この教室、この席から見える景色は、案外嫌いじゃない。

 

 無駄に高層階にある教室からは、海がよく見えた。

 特別、外に出たいと思うわけではない。だが、あの海の向こうには、どんな世界が広がっているのだろう。

 

 もし、俺の異能が——

 

「乾。おい、乾」

 

「……」

 

「乾!」

 

「は、ハイ!」

 

 教室の笑い声が弾けた。

 

「文部科学省が許すなら、お前を廊下に立たせてやりたいところだが……モンペばかりのPTAに感謝するんだな」

 

「はい……すみません……」

 

「プププ……怒られてやんの」

 

 横から小声が飛んでくる。

 

 こいつは俺の幼馴染、朝倉巫子(あさくら みこ)。顔だけが取り柄の、可愛げのないやつだ。

 

「うるせぇ。お前も教科書立てて寝てただろ」

 

「世の中は結果が大事でしょ。内申に響いたのは君だけ。私は無傷」

 

「安心しろ、朝倉。お前の内申もしっかり響かせておいた」

 

「え!? 白石先生、それはあんまりです!」

 

「ぷっ……お前も怒られてるじゃないか」

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 教室にチャイムが響いた。

 

「お。ちょうどいい。授業はここまでだ。号令は勝手にやっとけ」

 

 そう言い残し、白石先生は教科書もそのままに教室を出ていった。相変わらず適当な人だ。

 

 だが、チャイムと同時に終わる授業は正直ありがたい。無駄がない。合理的だ。内容も分かりやすく、意外と面倒見もいい。だから生徒からの人気も高いのだろう。

 

「ふぅ。ハルト、昼休みだけど弁当どうする?」

 

「うーん……俺、購買でなんか買ってくるわ」

 

「お。じゃあ私もついていってやろう」

 

「えー嫌だね。ミコ、絶対たかってくるじゃねぇか」

 

「えー、ハルトのケチ」

 

 巫子が口を尖らせる。そんなやり取りをしているうちに、気がつけば教室はがらんとしていた。

 

「……あれ?」

 

 さっきまでのざわめきが嘘のように、人がいない。

 

「なぁ、綾川さん。みんなどこ行ったか知らない?」

 

 後ろの席にいた綾川が、ゆっくりとこちらを振り向く。

 

「あら、乾さん。ご存じありませんの?」

 

「知らないって、何が?」

 

 綾川は目を少しだけ見開いた。

 

「も、もしかして……“超常現象捜査部”が帰ってきたの!?」

 

 巫子が身を乗り出す。

 

「ミコは知ってるのか?」

 

「知ってるも何も……」

 

 巫子は少しだけ声を落とした。

 

「この都市で一番ヤバい人たちじゃん」

 

 綾川が小さく頷く。

 

「乾さんが知らない方がおかしいのですよ。皆さん、捜査部を一目見ようと出ていきましたわ」

 

 窓の外から、ざわざわとした人の気配が流れ込んでくる。

 

「ねぇ。私たちも見に行きましょ」

 

 巫子が袖を引く。

 

「……超常現象捜査部、か」

 

 ————————————————————————————————————————

 

 俺とミコ、綾川さんの三人で、“超常現象捜査部”を見に来ていた。

 特影学園の中でも一番広い広場は、今や人で埋め尽くされている。見渡す限り、生徒、生徒、生徒。

 

「ひえー……なんだこの人数!」

 

 思わず声が出た。押し潰されそうなほどだ。

 

「それだけすごい部活ということです」

 

 綾川さんは、いつも通り落ち着いた声で言う。

 

「ふーん。で、その超常現象捜査部って、何がすごいの?」

 

「そうですね。特異な点はいろいろありますが……一番は、この中央都市の外に出られることです」

 

「……え?」

 

 外。

 

 その言葉だけで、胸の奥がざわついた。

 

 この都市の外。

 生まれてから一度も踏み出したことのない場所。

 

「ほら。見えてきましたわよ」

 

 人の波が割れる。

 

「「あれが……超常現象捜査部……」」

 

 五人の人影が、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。

 

 ざわめきが一瞬で静まる。

 まるで、何か別の存在が通るかのように。

 

「あの一番前で松葉杖をついている、周囲を威圧している人が部長……黒鉄誠よ。異能は磁力」

 

「え? 磁力?」

 

「ただの磁石だと思わない方がいいわよ」

 

 綾川さんの声が、少し低くなる。

 

「彼女の本質は出力。この中央都市どころか、世界でも一、二を争うと言われている。磁場を自在に操り、金属は結晶構造ごと曲げる。都市全体が彼女の武器と言ってもいいわ」

 

 思わず息を呑む。

 

「この前の地下施設が吹き飛んだ“都市インフラ半壊事件”……犯人は彼女だという噂もある。そして唯一、学生の身で国家異能力者の資格を持つことを許されているの」

 

「そんな人が……あんな怪我してるって……」

 

 外の危険が、現実味を帯びる。

 

「転んだらしいわ」

 

「え!?」

 

 思わず叫んだ。

 

「本人がそう言っているだけ。真偽は不明よ」

 

 冗談なのか本気なのか分からない。

 

「そして、常に黒鉄を諌めているのが、鷹見沙織」

 

 俺の視線がそちらへ移る。

 

「……あの人、銃持ってるけど……いいのか?」

 

「だから言ったでしょう。それだけ特別なの」

 

 学生が銃を持つ。

 普通じゃない。ありえない。

 

「異能は超直感。相手の位置、次の行動、弱点……すべて分かると言われているわ」

 

「マジかよ……」

 

「彼女の狙撃は、未来を読んで撃ってくるようなもの。逃げても当たる。隠れても意味がない。跳弾でも貫通でも、必ず届く。なのに、こちらの攻撃は当たらない。下手な未来視より断然強力ね」

 

 背筋が冷える。

 

「最後に、鷹見の後ろに隠れているのが矢井千尋。一年生だけど、既に頭角を現しているわ」

 

「新人?」

 

「今回の遠征で、戊級を単独討伐したそうよ」

 

「え!? 戊級って特影の部隊が出るレベルだろ!?」

 

「ええ。異能は刃物生成。ただし、本質はそこではない」

 

 綾川さんの目が、興味深そうに細められる。

 

「刃物を“運動エネルギー付き”で生成できるの。例えば、彼女に殴りかかれば、その勢いと同じ速度の刃が自動で生成され、攻撃を相殺する。つまり、攻撃した側だけが傷つく」

 

「……最悪じゃん」

 

「防御が自動なのだから、なおさらね」

 

「あ、あの人は?」

 

 ミコがぽつりと呟いた。

 彼女が指さした先を、俺も目で追う。

 

 そこには──あまりにも異質な存在がいた。

 

 身長は二メートル近い。体格は明らかに人の域を越えているのに、体のラインから女性だと分かる。

 ……いや、分かってしまう。

 

 スタイル、いいな。

 などと場違いなことを考えてしまった自分に、少し引いた。

 

 右手には鉄製の杖。

 左手には長銃。

 

 革製の装備は無駄がなく、装飾もない。

 

 そして何より──。

 

 直視し続けたら、寿命が削られそうなほど濃密な“死”の気配。

 

 なのに。

 

 ミコが指を向けるまで、まったく意識に引っかからなかった。

 そこにいるのに、いない。

 視界に映っていたはずなのに、認識が遅れる。

 

 本能が、存在を拒否していた。

 

 正直、部長の黒鉄誠よりも俺はあれを恐れている。

 

「か、狩人……」

 

 綾川さんの声がわずかに震える。

 

「え、狩人?」

 

「何も情報がない謎の人物よ。異能も、経歴も、出身も……すべて不明。一部では召喚獣扱いされているけれど」

 

 彼女は小さく息を吐いた。

 

「どう考えても、存在を隠蔽するための嘘ね」

 

「……召喚獣って」

 

「国家機密級の扱いってことよ」

 

 そのとき。

 

 狩人の足が止まった。

 

 ざわめきが波のように広がる。

 

 何気ない動作のはずなのに、周囲の空気が凍る。

 

 ゆっくりと、顔がこちらへ向く。

 

 ──目が合った。

 

 その瞬間。

 

 心臓が強く脈打った。

 

 鼓動が耳の奥で暴れる。

 

 呼吸が浅くなる。

 

 逃げろ。

 

 本能が叫ぶ。

 

 なのに。

 

 目を逸らせない。

 

 まるで、深い海の底を覗き込んでしまったような感覚。

 落ちれば戻れないと分かっているのに、視線だけが吸い寄せられる。

 

「……ハルト?」

 

 ミコの声が遠い。

 

「お前、顔色……」

 

 次の瞬間。

 

 狩人は、何事もなかったかのように視線を外した。

 

 空気が戻る。

 

 俺は大きく息を吸い込んだ。

 

「……なんだよ、今の」

 

 喉が乾く。

 

「……分からない。でも」

 

 ミコが、珍しく真剣な顔で言う。

 

「ハルト。あれに関わるのは、やめた方がいい」

 

 俺は、答えなかった。

 

 ただ、さっきの視線を思い出す。

 

 あれは──。

 

 まるで、観測されたみたいだった。

 

 ————————————————————————————————————————

 

(あの男、女の子二人も侍らせてる。羨ましい。)

 

「何なんですかこの人混み!」

 

「知らん!とりあえず威嚇しとけ!毎度毎度鬱陶しい!」

 

「黒鉄先輩、ただでさえ、変な部活扱いなんですから、せめて威嚇はやめてください」

 

「ひえぇ…し、視線を感じますぅ…」

*1
上から四番目の危険度 異能を扱う 局地災害級

*2
上から五番目の危険度 高危険個体

*3
上から三番目の危険度 異能を複数扱う 都市防衛戦級




忘れられし雨宮。
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