またしても何も知らない狩人さん〜異能バトルよりパンチラが危ない〜 作:概ね右翼
本日は、実にいい日だ。
空には日が上り、まだ太陽に慣れきっていない貴方にとって、ちょうどよく雲がかかっている。強すぎない光が、ぼやけた世界をやさしく照らしていた。
ここは、かつて街だった場所だ。
崩れた建物が骨のように突き出し、ひび割れた道路には雑草すら生えていない。看板は風に擦れて文字が消え、信号機は斜めに傾いたまま動く気配もない。窓ガラスはほとんどが砕け、内部は暗い空洞となって口を開けている。
人が暮らしていた痕跡だけが残り、生活の気配は完全に消えていた。
辺りには砂埃が立ち上り、視界は十メートルほど先までしか見えない。吹き抜ける風が、瓦礫の隙間を擦り、乾いた音を鳴らしている。四方一丁に人の気配はなく、建物もまばらで、静寂が広がっていた。
だが、不思議なことに、獣の気配すらない。
生き物そのものが、この場所を避けているようだった。
本来なら、落ち着くはずの静けさ。
しかし今日は、どうにも騒がしい。
「かぁりうどさぁぁぁあん!! 助けてくださぁぃ!」
貴方のすぐ後ろで、雨宮の声が反響している。正確には後ろというより──背中に張りついていた。
「死にます! 死んじゃいます! 私まだ学生なんですけど! 青春これからなんですけど!!」
雨宮は貴方のコートを握りしめ、ほとんどぶら下がるような姿勢で泣き叫んでいる。足は地面に着いているのに、まるで浮いているような不安定さだ。
貴方は振り返らない。歩調も変えない。
前方、砂の向こう。
崩れたビルの影の間で、わずかに揺れる影がある。
「ちょ、ちょっと待ってください! 普通もっと説明とかあるじゃないですか!? 初任務ですよね!? これ!」
雨宮は、半ば叫びながら続ける。
「超常現象捜査部って、こう……なんかもっと! こう! チームプレーとか! 安全マニュアルとか!!」
貴方は歩く。ただ、歩く。
「ねえ!! 聞いてます!? 狩人さんの可愛いお尻触っちゃいますよ!!」
その瞬間、砂埃の奥の影が動いた。
人の形をしている。だが、人ではない。
体の輪郭は曖昧で、ところどころが崩れている。まるで濡れた絵の具が垂れ落ちるように。
影化者。
「狩人! そっちに行った!!」
砂埃の向こうから、鷹見沙織の声が飛ぶ。
それは逃げるように、一直線に貴方へ向かってきた。
「ちょっと!? え!? ちょちょちょちょ!? こっちにくりゅ!?」
貴方は一歩だけ前へ出る。
杖を強く握る。
次の瞬間、貴方の杖は影化者の頭部を貫いた。
貴方に急接近していた影化者は、黒に見合わないほどの真っ赤な血を吹き出す。そしてゆっくりと崩れ、形を失い、黒い粒となって風に散った。
今回の“中身”は、人とは形容し難い感じだ。骨格の残滓すら曖昧で、形という概念そのものが不安定だった。
貴方は杖を振り、付着した黒い粒を払い落とす。風に溶け、跡形もなく消えた。
静寂が戻る。
「はぁ……はぁ……」
背中に張りついていた雨宮が、貴方の尻あたりまで崩れ落ちた。力が抜けたらしい。
「……た、助かった……」
「雨宮、任務中だぞ」
廃ビルの向こうから、ライフルを持った鷹見沙織が姿を現す。息は乱れているが、目は鋭いままだ。
「しかし、初任務で丁級*1は大変だろう……心身に異常があればすぐに——」
「やはり狩人さんは私の見立て通り、安産型…………」
「うん、大丈夫そうだな」
少し遅れて、矢井千尋も合流する。
「はぁ……はぁ……鷹見先輩……こちらは終わりました……」
「矢井、大丈夫か」
「は、はひぃ……」
「よく戊級*2を一人で討伐できたな。よくやった……」
「へへへ……」
「お! もう終わったのか。部員の成長は涙ぐましいな」
声が、背後から落ちた。
振り返るまでもない。
黒鉄だ。包帯の残る体で、しかし平然とした様子で立っている。
「黒鉄先輩、どこ行ってたんですか……何ですか、その……」
「いや何、お前らに差し入れでもと思ってな。ホラ、これ鷹見の分」
黒鉄は菓子や飲料などを溢れそうなほど抱えいたてた。
「雨宮も初任務オツカレ、狩人にもやんよ。本日のMVPの矢井には残りのやつ全部な」
「あ、ありがとうございます」
雨宮はスナック菓子を受け取る。貴方は炭酸飲料を渡された。
「え、えぇ……わぁ…………」
矢井千尋は、疲れ切った体には酷な量を抱えさせられていた。
「黒鉄先輩。これ、どこから持って来たのですか?」
「え? そりゃもちろん。そこら辺から」
貴方は渡された飲料を見た。
期限切れの炭酸飲料
腐敗によるガスで膨張している。
投げつけることで破裂し、大きな音を発する。
かつて市井で広く飲まれていた、甘い泡の飲料。
しかし保存状態が悪く、飲用には注意が必要とされる。
酒とは異なり、
時は必ずしも価値を与えない。
失われた時間は、
貴方のそれと同じく、何も、残さない。
貴方はそれを静かにポケットにしまった。
「え、狩人さん、それ飲む気ですか? マジですかい?」
「黒鉄先輩……これ消費期限、切れてます……狩人も飲まなように」
「お、そうか。だがうまいぞ」
「黒鉄先輩も病み上がりで拾い食いしないでください!」
「あはは……相変わらずですね……」
貴方はその光景を眺める。
実に良い。
可愛らしい少女が四人。遠征。共同作業。会話。
これはもはや、どう考えても──
デートである。
貴方は満足げに頷いた。
次の瞬間、遠くで何かが蠢いた。
砂埃の向こう、何か巨大なものが動いた。
鷹見の表情が一瞬で変わる。
「……来る」
黒鉄が、前に出た。
「矢井と雨宮は下がっとれ。部長直々に相手してやる」
「黒鉄先輩は安静にしていて下さい……と、言いたいところですが……私だけでは難しそうです」
その声には、明確な緊張が滲んでいた。
砂の向こうの影が、はっきりと輪郭を持ち始める。
人の形をしている。
しかし、明らかに規格が違う。
背丈は十メートルを優に超えるほど。
腕は異様に長く、地面を擦りながら進んでいる。
身体の一部が崩れ、黒い泥のように滴り落ちては、再び形を作り直す。
周囲の空気が歪む。
音が遅れる。
足音だけが、やけに大きく響いた。
「……丙級*3です」
鷹見沙織が、低く呟く。
「この距離で存在感を出してくるとはな。面倒な相手だ」
矢井千尋の顔から血の気が引いた。
「え……丙級って……え……聞いてないです……」
「大丈夫だ。落ち着け。まだ対処可能だ。こんな事なら対物ライフルを持ってくるべきだった…」
鷹見沙織はライフルを構える。だが、引き金にかけた指はわずかに強張っている。
「狩人、無理はするな。これは——」
やはりデートは、格好をつけるべきである。
貴方がハーレムを築くには、その分、魅力的である必要があるのだ。
ここで鷹見沙織と黒鉄より先に狩れば、きっと彼女たちはメロメロになるに違いない。
実に合理的な判断である。
貴方は一歩、前へ出た。
砂が舞う。
背後で雨宮が悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっと!? 狩人さん!? 待って!? 今の空気、完全にヤバいやつですよね!? 戻りません!?」
黒鉄の口元が、わずかに歪む。
「やっぱテメェも好きか。デカブツ」
鷹見沙織の瞳が細くなる。
「……なるほど。そう来るか」
砂埃の中、巨大な影化者が頭を持ち上げる。
歪んだ顔のようなものが、こちらを向いた。
黒い裂け目が、笑った。
———丙級———
この後、黒鉄と狩人がハメて2秒ぐらいで狩った。
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「え〜、であるからして。第二物理現象は時間や空間といった、人類が直接観測できなかった領域に属する。皆が知っての通り、第二物理現象は第一物理現象を上書きできる。異能によって超常的な現象が成立するのも、この“階層優位性の原理”のおかげだ」
「せんせーい。第三物理現象はないんですかー?」
「ああ、いい質問だ。先生好みの質問だな」
教壇の前で腕を組み、白石はわざとらしく頷いた。
「一応、第三物理現象は存在するとされている」
「一応、って何ですか?」
「ああ、一応だ。四次元や五次元といった高次の領域は、理論上存在すると考えられている。だが、人類には観測できない。結局は憶測止まりというわけだ」
教室が少しだけ静かになる。
「もし仮に、この宇宙に神が存在するとすれば……第三物理現象以降の存在だろうな」
俺の名前は
俺たちはここ、中央都市で生まれた。表向きは、国が異能力者を保護するための都市。しかし裏では、人体実験だの、兵器運用だの、根も葉もない噂が絶えない。
……いや、本当に根も葉もないのかは、誰にも分からない。
俺たちは生まれてから一度もこの都市を出たことがない。
俺のように、何の異能が使えるのかすら分からない者ですらだ。
この特影学園は、異能力者にとっては楽園なのかもしれない。
だが俺にとっては、息が詰まりそうな場所だった。
それでも。
この教室、この席から見える景色は、案外嫌いじゃない。
無駄に高層階にある教室からは、海がよく見えた。
特別、外に出たいと思うわけではない。だが、あの海の向こうには、どんな世界が広がっているのだろう。
もし、俺の異能が——
「乾。おい、乾」
「……」
「乾!」
「は、ハイ!」
教室の笑い声が弾けた。
「文部科学省が許すなら、お前を廊下に立たせてやりたいところだが……モンペばかりのPTAに感謝するんだな」
「はい……すみません……」
「プププ……怒られてやんの」
横から小声が飛んでくる。
こいつは俺の幼馴染、
「うるせぇ。お前も教科書立てて寝てただろ」
「世の中は結果が大事でしょ。内申に響いたのは君だけ。私は無傷」
「安心しろ、朝倉。お前の内申もしっかり響かせておいた」
「え!? 白石先生、それはあんまりです!」
「ぷっ……お前も怒られてるじゃないか」
キーンコーンカーンコーン
教室にチャイムが響いた。
「お。ちょうどいい。授業はここまでだ。号令は勝手にやっとけ」
そう言い残し、白石先生は教科書もそのままに教室を出ていった。相変わらず適当な人だ。
だが、チャイムと同時に終わる授業は正直ありがたい。無駄がない。合理的だ。内容も分かりやすく、意外と面倒見もいい。だから生徒からの人気も高いのだろう。
「ふぅ。ハルト、昼休みだけど弁当どうする?」
「うーん……俺、購買でなんか買ってくるわ」
「お。じゃあ私もついていってやろう」
「えー嫌だね。ミコ、絶対たかってくるじゃねぇか」
「えー、ハルトのケチ」
巫子が口を尖らせる。そんなやり取りをしているうちに、気がつけば教室はがらんとしていた。
「……あれ?」
さっきまでのざわめきが嘘のように、人がいない。
「なぁ、綾川さん。みんなどこ行ったか知らない?」
後ろの席にいた綾川が、ゆっくりとこちらを振り向く。
「あら、乾さん。ご存じありませんの?」
「知らないって、何が?」
綾川は目を少しだけ見開いた。
「も、もしかして……“超常現象捜査部”が帰ってきたの!?」
巫子が身を乗り出す。
「ミコは知ってるのか?」
「知ってるも何も……」
巫子は少しだけ声を落とした。
「この都市で一番ヤバい人たちじゃん」
綾川が小さく頷く。
「乾さんが知らない方がおかしいのですよ。皆さん、捜査部を一目見ようと出ていきましたわ」
窓の外から、ざわざわとした人の気配が流れ込んでくる。
「ねぇ。私たちも見に行きましょ」
巫子が袖を引く。
「……超常現象捜査部、か」
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俺とミコ、綾川さんの三人で、“超常現象捜査部”を見に来ていた。
特影学園の中でも一番広い広場は、今や人で埋め尽くされている。見渡す限り、生徒、生徒、生徒。
「ひえー……なんだこの人数!」
思わず声が出た。押し潰されそうなほどだ。
「それだけすごい部活ということです」
綾川さんは、いつも通り落ち着いた声で言う。
「ふーん。で、その超常現象捜査部って、何がすごいの?」
「そうですね。特異な点はいろいろありますが……一番は、この中央都市の外に出られることです」
「……え?」
外。
その言葉だけで、胸の奥がざわついた。
この都市の外。
生まれてから一度も踏み出したことのない場所。
「ほら。見えてきましたわよ」
人の波が割れる。
「「あれが……超常現象捜査部……」」
五人の人影が、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
ざわめきが一瞬で静まる。
まるで、何か別の存在が通るかのように。
「あの一番前で松葉杖をついている、周囲を威圧している人が部長……黒鉄誠よ。異能は磁力」
「え? 磁力?」
「ただの磁石だと思わない方がいいわよ」
綾川さんの声が、少し低くなる。
「彼女の本質は出力。この中央都市どころか、世界でも一、二を争うと言われている。磁場を自在に操り、金属は結晶構造ごと曲げる。都市全体が彼女の武器と言ってもいいわ」
思わず息を呑む。
「この前の地下施設が吹き飛んだ“都市インフラ半壊事件”……犯人は彼女だという噂もある。そして唯一、学生の身で国家異能力者の資格を持つことを許されているの」
「そんな人が……あんな怪我してるって……」
外の危険が、現実味を帯びる。
「転んだらしいわ」
「え!?」
思わず叫んだ。
「本人がそう言っているだけ。真偽は不明よ」
冗談なのか本気なのか分からない。
「そして、常に黒鉄を諌めているのが、鷹見沙織」
俺の視線がそちらへ移る。
「……あの人、銃持ってるけど……いいのか?」
「だから言ったでしょう。それだけ特別なの」
学生が銃を持つ。
普通じゃない。ありえない。
「異能は超直感。相手の位置、次の行動、弱点……すべて分かると言われているわ」
「マジかよ……」
「彼女の狙撃は、未来を読んで撃ってくるようなもの。逃げても当たる。隠れても意味がない。跳弾でも貫通でも、必ず届く。なのに、こちらの攻撃は当たらない。下手な未来視より断然強力ね」
背筋が冷える。
「最後に、鷹見の後ろに隠れているのが矢井千尋。一年生だけど、既に頭角を現しているわ」
「新人?」
「今回の遠征で、戊級を単独討伐したそうよ」
「え!? 戊級って特影の部隊が出るレベルだろ!?」
「ええ。異能は刃物生成。ただし、本質はそこではない」
綾川さんの目が、興味深そうに細められる。
「刃物を“運動エネルギー付き”で生成できるの。例えば、彼女に殴りかかれば、その勢いと同じ速度の刃が自動で生成され、攻撃を相殺する。つまり、攻撃した側だけが傷つく」
「……最悪じゃん」
「防御が自動なのだから、なおさらね」
「あ、あの人は?」
ミコがぽつりと呟いた。
彼女が指さした先を、俺も目で追う。
そこには──あまりにも異質な存在がいた。
身長は二メートル近い。体格は明らかに人の域を越えているのに、体のラインから女性だと分かる。
……いや、分かってしまう。
スタイル、いいな。
などと場違いなことを考えてしまった自分に、少し引いた。
右手には鉄製の杖。
左手には長銃。
革製の装備は無駄がなく、装飾もない。
そして何より──。
直視し続けたら、寿命が削られそうなほど濃密な“死”の気配。
なのに。
ミコが指を向けるまで、まったく意識に引っかからなかった。
そこにいるのに、いない。
視界に映っていたはずなのに、認識が遅れる。
本能が、存在を拒否していた。
正直、部長の黒鉄誠よりも俺はあれを恐れている。
「か、狩人……」
綾川さんの声がわずかに震える。
「え、狩人?」
「何も情報がない謎の人物よ。異能も、経歴も、出身も……すべて不明。一部では召喚獣扱いされているけれど」
彼女は小さく息を吐いた。
「どう考えても、存在を隠蔽するための嘘ね」
「……召喚獣って」
「国家機密級の扱いってことよ」
そのとき。
狩人の足が止まった。
ざわめきが波のように広がる。
何気ない動作のはずなのに、周囲の空気が凍る。
ゆっくりと、顔がこちらへ向く。
──目が合った。
その瞬間。
心臓が強く脈打った。
鼓動が耳の奥で暴れる。
呼吸が浅くなる。
逃げろ。
本能が叫ぶ。
なのに。
目を逸らせない。
まるで、深い海の底を覗き込んでしまったような感覚。
落ちれば戻れないと分かっているのに、視線だけが吸い寄せられる。
「……ハルト?」
ミコの声が遠い。
「お前、顔色……」
次の瞬間。
狩人は、何事もなかったかのように視線を外した。
空気が戻る。
俺は大きく息を吸い込んだ。
「……なんだよ、今の」
喉が乾く。
「……分からない。でも」
ミコが、珍しく真剣な顔で言う。
「ハルト。あれに関わるのは、やめた方がいい」
俺は、答えなかった。
ただ、さっきの視線を思い出す。
あれは──。
まるで、観測されたみたいだった。
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(あの男、女の子二人も侍らせてる。羨ましい。)
「何なんですかこの人混み!」
「知らん!とりあえず威嚇しとけ!毎度毎度鬱陶しい!」
「黒鉄先輩、ただでさえ、変な部活扱いなんですから、せめて威嚇はやめてください」
「ひえぇ…し、視線を感じますぅ…」
忘れられし雨宮。