またしても何も知らない狩人さん〜異能バトルよりパンチラが危ない〜   作:概ね右翼

14 / 16
お気に入り数がついに100を超えまして、私感無量でございます。
その他にも評価や感想を下さる人がいて大変嬉しく思っている次第です。マジで。

まさか、未成年巨女レズスケベ狩人が主人公の作品を、ここまで見ていただけるとは……需要は何処にあるのかわからないものですね。

以下裏設定

鷹見沙織の武装

拳銃
一般的な量産型拳銃を使用。
弾丸も通常規格で、主に対人戦闘向けの標準装備。

ライフル(対影化者用特殊弾使用)
銃本体は量産型だが、弾丸は極めて特殊。

〈対影化者用特殊弾の特徴〉
異能力者の骨を素材とした弾丸。
異能の性質を保持したまま弾頭に組み込まれている。

影化者には、異能による干渉以外ほとんど効果がない。
当然ながら、通常の銃弾では傷一つ与えられない。

ゆえに鷹見沙織には、影化者討伐の際、特影よりこの特殊弾が支給される。

だが、費用対効果が悪く、ほぼ鷹見沙織専用弾丸となっている。
人道的に問題あり。


第十二話 再会が嬉しいのは別れ方による

 異常は、その日に始まったものではなかった。

 

 数日前から、影化者の出現頻度は明らかに常軌を逸していた。本来なら散発的であるはずのものが、まるで間断なく押し寄せる波のように現れる。一件処理すれば、また一件。終わったと思えば次が来る。規模はいずれも小さい。だが、それが却って不気味だった。致命的ではない脅威を絶えず差し向けられているようで、そこには消耗を目的とした何者かの意思すら感じられた。

 

 鷹見沙織は、それを偶然と断じ切れずにいた。

 

 証拠はない。ただ、直感だけが沈黙しなかった。

 

 危機の兆候を読み続ける異能は、便利であると同時に脳を削る。微細な害意も、偶発的な危険も、彼女には情報として流れ込む。それらを選  別し、優先し、捨てる。その繰り返しだけで、人は疲弊する。そこへ連日の戦闘である。疲労は、確実に積もっていた。肉体よりも深く、思考の奥に。

 

 その日もまた、嫌な予感だけが消えなかった。

 

 学園の中庭を歩きながら、鷹見はどこか世界の継ぎ目がずれているような感覚を抱いていた。

 

「先輩、最近ずっと様子がおかしいですよ」

 

 雨宮星空(ソラ)が覗き込む。

 

「な、何か感じてるんですか」

 

 矢井千尋の声も硬い。

 

 答えようとして、鷹見は口を閉じた。

 

 言葉になるものではない。

 

 不穏。

 

 ただ、それだけだった。

 

 その時、視界の端に影が差した。

 

 ──いた。

 

 直感が警告するより早く、影化者が現れていた。

 

 その異常だけで十分だった。

 

 考えるより先に引き金を引く。

 

 バン!! 

 

 銃声。影化者の頭部が吹き飛ぶ。

 

 黒い飛沫が石畳に散る。

 

 ──一瞬、静止した。

 

 誰も状況を理解できていない。

 

 登校していた生徒たちは足を止め、教師すら言葉を失っていた。

 

 何が撃たれたのか。

 

 なぜ校内で銃声がしたのか。

 

 それが「影化者」だと認識するまで、ほんのわずかな空白があった。

 

「……え?」

 

 誰かの間の抜けた声。

 

 その次の瞬間。

 

「きゃあああああああ!!」

 

 悲鳴が弾けた。

 

 それを皮切りに、一斉に騒然となる。

 

「影化者だ!!」

 

「逃げろ!」

 

「校舎へ入れ!!」

 

 教師が叫ぶ。

 

 生徒が押し合い、駆け出し、転ぶ。

 

 泣き声。

 

 怒号。

 

 助けを求める声。

 

 校内の日常が、一瞬で崩壊していく。

 

 だが、終わらない。

 

 右。

 

 左。

 

 後方。

 

 前方。

 

 次々と現れる。

 

 まるで空間そのものから滲み出るように、影化者が学園内を埋めていく。

 

「な、何これ……!」

 

 雨宮の声が震える。

 

「どうして学園の中に……!」

 

 矢井も理解に追いついていない。

 

 警報は鳴らない。結界は沈黙したまま。侵入通知もない。なのに敵だけがいる。

 

 発生源は不明。

 

 説明がつかない。

 

 鷹見は撃ち、避け、処理を続ける。

 

 だが直感が追いつかない。

 

 敵の出現速度が、予兆を上回っている。

 

 初めて、限界という言葉が脳裏を掠めた。

 

 これはおかしい。

 

 否──違う。

 

 これは自然発生ではない。

 

 影化者は群れない。統率もしない。こんな大量出現はあり得ない。

 

 ならば答えは一つ。

 

 襲撃。

 

 意図的な、設計された襲撃。

 

 この氾濫は目的ではなく囮だ。

 

 本命がいる。

 

 その結論に達した瞬間、直感が悲鳴のように脳へ流れ込む。

 

 —————————————————————

 

 襲撃数時間前 (もぬけ):境界戰本部

 

 赤髪の女──カイが、おにぎりを片手に淡々と告げた。

 

「影化者はもう規定量、打ち込んじゅう。特影の探知は麻痺、中枢もほとんど死んだも同然ながや」

 

 その言葉に、椅子の上で膝を抱えていたキョウが、くすくすと笑う。

 

「いやー、思いの外簡単にいきそうだね。てか、特影って案外チョロい?」

 

「油断するもんやない」

 

 カイは即座に返した。

 

 だがキョウは肩をすくめる。

 

「えーカイちゃん。でもさ、探知システムの大半は異能頼り、ヒューマンエラー対策も杜撰。そんなんでよくアタシらに逆らったよねえ」

 

 部屋の隅、寝台から声が飛ぶ。

 

「それは仕方ないよ、キョウ氏」

 

 身綺麗な格好をした男——死なずが訂正する。

 

 前髪を掻き上げながら、妙に丁寧な口調で続ける。

 

「特定異能影化対策防衛機関──名前の通り、特影は影化者への対処を主目的としている。それに加えて反特定異能影化対策防衛機関団体は十年前にほぼ壊滅している。対人戦を想定していないのは、まあ当然だ」

 

 沈黙。

 

 キョウが真顔で言った。

 

「うるさい喋んな。いちいち特影のこと正式名称で呼ぶのマジキモい」

 

 死なずが俯く。

 

「しょぼん」

 

 カイがため息をつく。

 

「つまり特影自体、影化者と人間、両方を相手取ることを想定しちょらんっちゅうことや」

 

「“我々”の存在は想定外」

 

 ぞわり、と空気が冷える。

 

 底翳(そこひ)

 

 いつの間にそこにいたのか分からない。

 全身を覆う包帯の隙間から、黒い液が滲む。人の形をしているだけで、生物としての輪郭が曖昧だった。声の出どころすら分からない。

 

「想定外は、防衛を腐らせる」

 

 キョウが、腕を組んで頷く。

 

「んー、なるほどー」

 

 死なずが小さく呟く。

 

「ガチしょぼん」

 

 死なずの言葉は誰も気にしない。それより優先する声が小さく響く。

 

「……そんなことより」

 瓦礫の上に、小さくまとまっている。

 それまで黙っていた少女が、唐突に口を開いた。

 

 トキ。

 

 無表情。

 

 それだけで全員が聴く体制に回る。

 

「鷹見はどう攻略するの?」

 

 単純な確認。

 

 死なずが姿勢を起こす。

 

「襲撃するにしても、鷹見沙織がいる限り、寝込みを襲ってもこちらが負ける。直感はそういう類いを通さない」

 

「そのため、影化者を一週間にわたって定期的に襲撃させちょった」

 

 カイが引き継ぐ。

 

「脳を削るためや」

 

 キョウがにやりと笑う。

 

「沙織ちゃんの脳はもう限界ってわけ。七徹明けの社畜みたいに疲労困憊。かわいそー」

 

 トキはわずかに首を傾げた。

 

「……でも心配」

 

「直感が鈍っても、自分の危険は反応するでしょ」

 

 キョウが口元を吊り上げる。

 

「そこは問題ナッシング」

 

 カイが低く続ける。

 

「矢井千尋と新入部員、その二人にも同時に襲撃をかける。沙織はそういう女やき。己と後輩二人を天秤にかけたら、まず間違いなく後輩を取る。自分への警告は後回しになる」

 

「その一瞬で、カイが触る」

 

 キョウが指を鳴らす。

 

「そゆこと」

 

 —————————————————————

 

(襲撃──!)

 

 鷹見沙織の異能──直感。それは未来予測ではない。危機の兆候、殺意、偶発事故、敵意、因果の歪み。あらゆる「起こりうる害」が情報として直接脳に入力される。拒否はできない。切ることも閉じることもできない。

 

 本来、人間の脳が耐えられる処理量ではなかった。

 

 だが長年の負荷の果てに、鷹見の脳は一つの適応を得ている。限界を超える情報が押し寄せた時、脳は防衛反応として半覚醒──睡眠にも似た選別状態へ移行し、情報を優先順位で処理する。

 

 すべてを見ることを捨て、

 

 最も重要なものだけを見る。

 

 今、脳はその状態に入った。

 

 その瞬間、優先情報が送られる。

 

 0.7秒後、雨宮星空(ソラ)死亡。喉部貫通。

 0.8秒後、矢井千尋死亡。広範囲化学熱傷。

 要因──戊級影化者。

 

 考えるより先に身体が動いていた。

 

 バン!! 

 

 銃声。

 

 弾丸が影化者の頭部を吹き飛ばす。

 

「え、何々!?」

 

「せ、先輩……!」

 

 何が起きたかわからない雨宮と、瞬時に理解した矢井。その背後で、頭部を失った影化者が崩れ落ちる。

 

 だが、次の瞬間。

 

 直感は次の情報を送る──遅れて。

 

 0.1秒後、鷹見沙織分解。全身断片化。

 要因──カイ。

 

 自身への危機。

 

 左後方。

 

 死角。

 

 接触。

 

 その情報が脳に届いた時、

 

 もう、そこにいた。

 

 キョウの転移。

 

 死角に送り込まれていたカイ。

 

 指先が、鷹見の首筋に触れる。

 

「獲った」

 

 囁き。

 

 その一言で、鷹見は初めて理解する。

 

 ──自分が狙われていた。

 

 だが理解したことに意味はない。

 

 理解した時には、もう触れられている。

 

 直感は自己より他者を優先した。

 

 否。

 

 それは異能ではない。

 

 鷹見沙織という人間が、そう在り続けた結果だった。

 

 土壇場でさえ、直感は彼女と同じ答えを出した。

 

 後輩を先に救う。

 

 そのため、自分への警告は遅れた。

 

 敗因は判断ではない。

 

 反応でもない。

 

 ──最後まで、自分より後輩を優先したこと。

 

 その一点だった。

 

 鷹見沙織の体が崩れ落ちた。

 

 ——————————————

 

「え? …………せ、先輩…………?」

 

 矢井千尋の視界は、そこで止まった。

 

 何を見ているのか、すぐにはわからなかった。

 

 赤いものが広がっている。

 

 濡れた地面の上に、何かが散っている。

 

 制服の布切れに見えたものは、布ではなかった。

 

 肉だった。

 

 腕が落ちていた。

 

 そう認識した直後、それが“腕”ではなく、“腕だったもの”であることに気づく。

 

 指先が、かすかに震えた。

 

 見間違いであってほしいと思うより先に、その微かな痙攣が、否応なく現実を突きつけてくる。

 

 少し離れたところに脚がある。

 

 さらにその向こうに、裂けた胴。

 

 人の形が崩れている。

 

 どこまでが身体で、どこからがただの断片なのか、もう判然としない。

 

 皮膚の内側が露わになっていた。

 

 濡れた赤。

 

 鈍く沈んだ紫。

 

 白く滑る筋。

 

 薄い膜に包まれた、名前も知らない柔らかな器官。

 

 そんなものを、自分は見たことがない。

 

 見るべきものでもなかった。

 

 人の中が、こんなにも異様なものだとは知らなかった。

 

 生きているときには決して見えないものが、剥き出しになっている。

 

 それだけで、世界の前提がひとつ崩れたような気がした。

 

 断面から血が溢れ、石の継ぎ目を伝って細く流れていく。

 

 その途中で、何かが動いた。

 

 ぴくり、と。

 

 千尋は息を呑む。

 

 錯覚ではなかった。

 

 裂けた腹の奥。

 

 露出したどこかが、脈打つように、わずかに収縮した。

 

 どく。

 

 どく。

 

 鼓動。

 

 ありえないと思った。

 

 ありえてはいけないものが、そこにある。

 

 ばらばらになっているのに。

 

 まだ、生きている。

 

「……せ、先輩……?」

 

 声は、もう声になっていなかった。

 

 喉の奥で潰れる。

 

 ついさっきまで隣にいた人間が、地面に散らばっている。

 

 それだけでも現実離れしているのに、その“中身”だけがなお生を主張している。

 

 その悍ましさに、思考が追いつかない。

 

 理解する前に、脳が拒絶する。

 

「千尋ちゃん! みちゃだめ!!」

 

 雨宮が叫んだ。

 

 自分の身体で隠すように前へ出る。

 

 けれど、遅かった。

 

 もう見てしまった。

 

 鉄の匂い。

 

 生暖かい湿気。

 

 血の滴る音。

 

 ばらばらになった先輩の、その内側がまだ動いているという事実。

 

 そのすべてが、焼きついて離れない。

 

 自分たちは襲われかけていた。

 

 それを、鷹見沙織が庇った。

 

 私を庇って。

 

 こんなふうになった。

 

 その認識だけが、静かに胸の底へ沈んでいく。

 

 冷たい鉛のように。

 

 そして、目の前には二人いる。

 

 この惨状を作った者たちが。

 

 ようやく、そこにだけ焦点が合った。

 

「千尋ちゃーん元気にしてる?」

 

「な、なんで?」

 

 そのうち一人が、無遠慮に話しかけてくる。実に軽く、まるで友達にでも話しかけるように。

 

「あなたの先輩バラバラにしちゃった、メンゴ!」

 

「あ、あなた……は……?」

 

 質問をすることしかできない。今の状況が、想像よりも深刻じゃないと、楽観視したいがために。

 

「あれー? アタシのこと忘れちゃったー?」

 

 なのに、目の前の女はケラケラと笑うばかり、その態度に、ナイフが包丁が短刀が、矢井の足元に積み上がる。

 

「わからないなら自己紹介してあげる。

 虚実鏡。お前の———矢井千尋の元親友だと言えば、分かる?」

 

 先ほどまでの態度の面影がなくなる。あまりに底冷えした態度。その声を聞き、矢井千尋は思い出す。

 

「キョウ……ちゃん?」

 

「ああそうだよ。お前の口からは二度とそう呼ばれたくないけどね」

 

 虚実鏡。元、超常現象捜査部の部員であり、矢井千尋の親友だった存在だ。

 

「話はそこまでにしちょけ」

 

 重苦しい空気を壊したのは、赤髪の女———カイだった。

 

「ごめんねーカイちゃん」

 

 キョウも先ほどの雰囲気は鳴りを顰め、軽薄な態度に戻っていた。その光景を矢井千尋は信じられずにいた。親友のキョウはこんなに明るい性格でもなかった。だけど、しっかり意味のあることを話す子だった。

 

「ハッ…………」

 

 小さく、まるで血を吐くかのような息が耳に届いた。

 

「安心せえ」

 

 赤髪の女——カイは短くそう言いながら、鷹見沙織の生首を拾い上げる。

 

「せ、先輩!!」「沙織先輩!」

 

 しかし、未だ鷹見の目は動いていた。ただ、苦しそうに息をするだけで、死んではいなかった。

 

「鷹見沙織は、まだ生きちゅう。だが———」

 

 カイは懐から出したナイフを鷹見の足に突き刺した。

 

「カハッ…………」

 

「肺と気道が繋がっちょらん以上、悲鳴すら出まい。生物は生きたまま解かれていく、痛覚もそんまんまに」

 

 鷹見沙織の顔が苦痛に歪む。カイの発言は脅しでもなんでもない。むしろ、親切な忠告であり、事実の開示であった。

 

 ———————————————

 

 やばいやばいやばいやばい

 

 さっきまでキャッキャウフフしながら登校していると思ったら、襲撃! 

 は? もっといいとこ襲撃しろよ、なんで学舎を襲撃すんねん? もっと重要なとこ襲えよ! 絶対まともな青春送れなかった嫌がらせだろ! 

 

 はぁ……

 

 波乱万丈すぎて一周回って冷静になるわ。こちとらすでに狩人さんに初恋して狩人さんが同性だった衝撃受けて同性愛者に目覚めて狩人さんが殺されそうになる瞬間をわずか1日で全部体験したわけですし。

 ……ごめんなさい嘘つきましただいぶパニクってます慣れる訳ないでしょう。流石に先輩バラバラ死体*1を目の前にして冷静でいられる訳ないでしょうバカヤロウ!! 

 

 敵。目的不明! 

 影化者。なんか学園中に発生! 

 狩人さん。行方不明! 

 私。ただの無能!! 

 終わっとる!! 

 

 できることといえば、千尋ちゃんにこのショッキング映像を見せないよう、自分の体で隠すことくらい。

 

 防御力ゼロの肉壁である。

 

 目の前の二人……私は確かに、沙織先輩の背中を見ながら歩いていた。先輩が私を助けた瞬間には、すでに“居た“! 恐らくゴスロリの異能! たぶん瞬間移動! 

 

 だけどゴスロリ犯罪者と千尋ちゃんは知人らしい…………親友ってマジ? 

 

「…………ない……許さない……」

 

 背後から実におどろおどろしい声が響く。やんべ、尿道括約筋が緩みそう……

 

「ち、ちひろ……ちゃん? ……いや、千尋さん?」

 

「キョウちゃん……信じてたのに…………お友達だと思ってたのに…………」

 

 怖い……千尋さん、怖いっす。いつもの激カワボイスと同じなはずなのに、冷や汗止まんねえ、下着透けそ……

 

「んー、千尋ちゃんはおバカなの? あんな事があって、元の関係のままな訳ないじゃーん。アタシもお前らを許せないよ」

 

 もしかしてもしかして、一番危ないの私では? 

 千尋さんの前にいるの一番危ないのでは? 

 千尋さんがゴスロリ犯罪者にナイフ飛ばそうとしたら、絶対私串刺しにされるじゃん…………は、早く逃げ———

 

「殺す」

 

「判断が遅いのは相変わらずね」

 

 私の顔の横を無数の刃物が通り過ぎてった。

 

 ——————

 

 投げ放たれたナイフが、キョウの喉元へ到達する———その前に。

 キョウは消えていた。否、すでに矢井の目の前に移動していた。

 手にはネイルハンマー。

 

 振り下ろされる。

 

 甲高い金属音。

 

 ギィン!! 

 

 矢井の異能が自動迎撃を起動。

 

 体表近くに生成された短刀が、ハンマーの軌道へ割り込み受け止めた。

 

 火花が散る。

 

「お前の異能でアタシに勝てる訳ないじゃーん」

 

「チ……!」

 

 初撃を防がれた割に、キョウは余裕の表情で笑っていた。矢井は答えない。ただ、獲物を睨む獣みたいな目で、キョウだけを見ている。

 

「あまり時間はかけるな。手早う済ませ」

 

 後方でカイが言う。

 

「ハイハイ、カイちゃんも気をつけてね」

 

「お前は鷹見先輩から離れろ!」

 

 矢井はナイフを射出。一直線にカイに飛ぶ。

 

 だが、カイはそれを片手で静止するように、ナイフを受け止めた。いや、正確には“刃物であったもの“をだ。

 ナイフの刃部分はすでに運動エネルギーを失い、カイの足元に落ちるのみに終わった。カイの手に収まるのは、刃を失った、峰の部分だけだ。

 

 分解。触れた瞬間から武器が死んでいる。

 

「な……」

 

 矢井が再射しようとした刹那。

 

「あ! 千尋ちゃんよそ見っしちゃダメだぞ!」

 

 キョウがハンマーを振り翳し、空中に浮いたナイフに叩きつけた。

 

 ガン!! 

 

 受けたのは空中に浮いたナイフ。しかし———

 

「ガッ……!」

 

 矢井の身体が揺れた。膝をつく、血がポタポタと地面に落ちた。

 まるで、矢井がハンマーで打たれたように。だが、打たれていない。ハンマーはナイフを叩いただけ。

 

「千尋ちゃん!!?」

 

 雨宮は目の前の光景を信じられなかった。ハンマーで打たれたはずのナイフは無傷。矢井だけがダメージを負っている。

(どういうこと!? ナイフがハンマーで叩かれたはずなのに、なんで千尋ちゃんが……ゴスロリ犯罪者の異能? ……もしかして能力は瞬間移動じゃなかったの……?)

 

「千尋ちゃん、頑張ったんだね。前よりもナイフがピカピカだよ。えらいえらい」

 

 膝をついた矢井を見下ろしながら、キョウは楽しそうに笑う。褒めているのに、声音には一切の温度がない。むしろ、相手の神経を逆撫でするためだけの調子だった。

 

 煽っている。

 

 そして、それがどんな結果を生むかを、キョウはよく知っている。

 

「キョウちゃん……! よくも……鷹見先輩を……!」

 

 矢井はふらつきながら立ち上がる。視線はキョウを射抜いているが、その奥──カイへ向けられた殺意の方が、より濁りなく深い。

 

「お前らの体をバラバラに刻み込んで、仲良く肉塊のミルフィーユにしてやるッ」

 

「いやーん怖いよ千尋ちゃん……」

 

 キョウが肩をすくめる。

 

「じゃあさ、アタシたちはお前の大好きな先輩とお友達で、ソーセージでも作ってあ・げ・る♡」

 

 ──その瞬間だった。

 

 空気が、裂けた。

 

 矢井の周囲に生まれた刃は、もはや“浮かんでいる”という段階を超えていた。

 

 溢れている。

 

 噴き出している。

 

 空間そのものが、刃物に侵食されていく。

 

 ナイフ。短刀。包丁。形状も長さも統一されていない無数の刃が、次の瞬間には互いに衝突し、弾き合い、その軌道を狂わせる。

 

 規則はある。

 

 だが、維持されない。

 

 制御されているのに、暴走している。

 

 刃と刃が擦れ合い、甲高い悲鳴のような金属音が廊下に充満する。

 

 ギギギギギ──!! 

 

 そして。

 

 最初に壊れたのは床だった。

 

 一瞬で切断される。

 

 コンクリートが紙のように裂け、削れ、粉塵を巻き上げながら崩落する。

 

 続いて壁。

 

 刃の嵐に削られ、抉られ、支えを失った部分から崩れ落ちる。

 

 窓ガラスは反応する間もなく粉砕され、破片すらもさらに細かく刻まれていく。

 

 天井。

 

 照明。

 

 配線。

 

 すべてが等しく、無差別に切り裂かれる。

 

 廊下という構造そのものが、維持できなくなっていく。

 

 それでも止まらない。

 

 生成は続く。

 

 増え続ける。

 

 刃はなおも増殖し、互いを削り合いながら、その破壊の密度だけを高めていく。

 

 もはや“埋め尽くす”のではない。

 

 “削り尽くす”。

 

 空間そのものを、形ごと失わせるための暴力。

 

 その中心に、矢井千尋が立っている。

 

 怒りに比例するように、生成の速度も、範囲も、精度も、明らかに上がる。

 

「千尋……ちゃん……」

(私、ここにいるんだけど……え? もしかしてこれ普通に死ぬ流れ? いや無理無理無理逃げよ逃げよ……ごめんなさい千尋ちゃん! 沙織先輩! 流石に無力無能雨宮ソラはここにいても人質にしかなれません!!)

 

 踵を返そうとした、その瞬間。

 

「おい、どこ行きゆうがや」

 

 声と同時に、首筋に“触れられた”。

 

「ヒィッ!」

 

(触れられた!! 赤髪女に触れられた!! 沙織先輩はあれでバラバラにされた!! 私も分解お揃い確定!? いや無理無理無理死ぬ死ぬ死ぬ!!)

 

 身体が硬直する。

 

 振り向けない。

 

 振り向いたら終わる気がする。

 

「い、いえ、私はただの一般生徒なので……」

 

 声が裏返る。

 

 震えが止まらない。

 

「アホ言うなや」

 

 即答だった。

 

「おまんは捜査部の新入りじゃき、そうながやろう? 

 黒鉄誠、鷹見沙織、矢井千尋。経歴がそこそこ長けりゃ、異能も戦法も割れちゅう。じゃが──」

 

 一拍。

 

 わずかに、指先に力がこもる。

 

「新入り。おまんだけは、なんの情報ものうった」

 

 首筋に触れている“それ”が、じわりと存在感を増す。

 

「捜査部で唯一、未知数。じゃき、一番警戒される」

 

(警戒しても何もなりませんよ!? なんでそんな分析してんのこの人!? 怖っ!!)

 

「わかるよな?」

 

「は、はい……とても……よく……わかります……」

(わからん!! どう見ても純粋無垢なピチピチJKやろがい!!)

 

 カイは無言で、雨宮を観察する。

 

 呼吸。視線。筋肉の緊張。逃走の兆し。

 

 そして──反応。

 

(距離を取ろうとした。近接型やない。触れても発動はせんタイプか……反応も鈍い。戦闘慣れしちょらん。じゃが──)

 

 ほんの僅かに、眉が寄る。

 

(“情報がない”ちゅう事実は変わらん。ここで切るか……?)

 

 指先が、わずかに動く。

 

 それだけで、終わる距離。

 

(いや──)

 

 視線が一瞬、キョウと矢井の戦場へ流れる。

 

(今は余計な不確定要素は増やさん方がええ、発動条件が不明な以上、傷つけるのは悪手の可能性もある)

 

 結論。

 

「……動くなや」

 

 低く、押し殺した声。

 

「余計なことしたら、その場で分解する」

 

「は、はいぃ……!」

 

(助かった!? いや助かってない!! ただの保留!!)

 

 逃げられない。動けない。

 

 首筋に触れられたまま、雨宮の思考は空転している。血の気はとうに引き切っているはずなのに、心臓だけが妙に騒がしい。

 

 それでも──顔を上げた。

 

 廊下は崩壊の只中にあった。刃が擦れ合う音、砕ける壁、軋む鉄骨。世界そのものが削られているような音の重なり。その中で、あり得ないほど細い音が、確かに混じっている。

 

 カツ……カツ……

 

 硬いものが、床を叩く音。

 

 雨宮の意識が、その一点に吸い寄せられる。

 

 数日前から、何度も聞いた。

 繰り返し、繰り返し。頭の中で再生して、実際ストーキングによる録音までして。同室の白峰ミオに「お願いだからやめて」と本気で止められるくらいには。

 

 だから、わかる。

 

 どれほど世界が騒がしくても、この音だけは紛れない。

 

 カツ……カツ……

 

 近づいてくる。

 

 奇しくも、最初にそれを“理解した”のは──

 

 バラバラに分解された、鷹見沙織であった。

 

 床に散った肉片。切断された視界。断たれた神経。

 

 それでもなお、彼女の異能は沈黙しない。

 

 直感。

 

 それは止まらない。

 

 警報が、鳴り続けている。

 

 断続的に、容赦なく、思考の残滓に食い込むように。

 

 この警報は、これまでのどれとも違う。

 

 影化者でもない。人間でもない。

 

 分類できない何か。

 

 ただ一つ、確かなことだけを告げている。

 

 ──危険。

 

 それにもかかわらず。

 

 その信号の奥に、微かな齟齬がある。

 

 排除とも回避とも異なる、曖昧な揺らぎ。

 

 直感が、わずかに躊躇している。

 

 矛盾したまま、警報だけが増幅していく。

 

 結論には至らない。

 

 ただ、鳴り続ける。

 

 カツ……カツ……

 

「……何もんや」

 

 低い声が落ちる。

 

 その頃にはもう、雨宮の顔に差していたのは、恐怖とは別の色だった。

 

「か、狩人さあん!!」

 

 声が、弾ける。大粒の涙を堪えようともせずに。

 

 廊下の奥、崩れた壁の向こうから、ひとつの影が現れる。

 

 カツ……

 

 杖が床を打つ。

 

 カツ……

 

 もう一歩。

 

 粉塵をかき分けるでもなく、踏みしめるでもなく、ただ歩いてくる。

 

 急ぐ様子はない。周囲に対する関心もない。

 

 ただ、そこにいることだけが、既に場の均衡を侵していた。

 

 キョウの笑みが止まり、

 

 カイの指先がわずかに硬直し、

 

 矢井の刃が、一瞬だけ軌道を見失う。

 

 理由はない。

 

 だが、理解はできる。

 

 ──何かが、書き換わった。

 

 カツ……

 

 最後の一歩。

 

 全員の前に、静かに立つ。

 

 杖をつく、長身の人物。

 

 狩人。

*1
生きている




書いた後に気がつきました、キョウとカイで境界になることを。
本当は鏡のキョウと分解のカイだったのですが……驚き。

キャラ紹介

境界戰 団員一覧

統率者:トキ

衛生:医療:死なず(しなず)

遊撃:キョウ
・性別:女
・年齢:16歳
・異能:《鏡実像》
 鏡像を実像として扱う異能。
 自身の鏡像のあり方を操作することが可能。
前線での機動戦闘を担う遊撃担当。

制圧:カイ
・性別:女
・年齢:21歳
・異能:《分解》
 触れた対象を分解する異能。
 生物に対しても例外ではなく作用する。
敵戦力の無力化および制圧を担当。

外部協力者:底翳(ソコヒ)
境界戰に属さない協力者。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。