またしても何も知らない狩人さん〜異能バトルよりパンチラが危ない〜 作:概ね右翼
白い。白すぎる。
床も壁も天井も白。
いや、このくだり二回目だね? 私の視界には、前回と似たような光景が広がる。なのに、なぜか息苦しさは倍増している。
私は今、わりと真面目に人生の分岐点に立っている気がする。
場所は「施設」。
名前はまだ教えてもらっていない。
教えてもらっていない時点で、もう怪しい。怪しすぎる。
「体調に問題がなければ、簡単な検査を行いますね」
白衣の女性は、にこやかだった。
にこやかすぎる。
その笑顔、マニュアルに「不安を与えないために微笑み続けろ」って書いてない?
「検査、ですか……」
声に出した私は落ち着いている。
少なくとも、そう聞こえるはずだ。
(検査!? なに!? どこまで!? 血!? 注射!? 臓器抜かれたりしない!?)
心の中の私は、もう三周くらい取り乱している。
「血圧と心拍数、それから簡単な問診です」
「……それだけ?」
(それだけって言い方がもう怪しい! “それから”が一番怖いんですけど!?)
でも、私は頷いた。
頷くしかなかった。
だってここで「嫌です」とか言ったら、
“協力的ではない市民”として何かしらマークされそうじゃない?
(やだやだやだ、もう帰りたい。家に帰って布団に潜りたい)
検査着に着替え、冷たいシーツの上に横になる。
心拍計の電子音が、耳元で不気味にピ、ピ、ピと響く。
思わず手を握りしめる。冷たい床が骨まで伝わる。息を吸うと、金属的な消毒液の匂いが鼻を刺す。
ピ、ピ、ピ。
(うるさい! 私が緊張してるのバレバレじゃん!)
「少し心拍が速いですね」
「……そうですか」
(当たり前だよ! 知らない施設! 知らない大人! 検査! むしろ遅い方がおかしいでしょ!)
深呼吸を促されて、言われるままに息を吸って吐く。
(大丈夫、大丈夫……私は普通の女子高生。たぶん。少なくとも今日の朝までは普通だった)
ここは安全。
武器は見えない。
怒鳴られもしていない。
乱暴にもされていない。
でも。
(でもさ、でもさ、普通の施設って、こんなに“何も説明しない”っけ?)
「あの……」
私は勇気を振り絞った。
「ここって、本当に……大丈夫な場所なんですよね?」
白衣の女性は、一瞬だけ言葉を止めた。
ほんの一瞬。
でも、私は見逃さなかった。
「ええ。あなたを守るための施設です」
(それが一番信用できない言い方なんだけど!?)
そのとき。
カタリ。
小さな音。
(……え?)
気のせい?
いや、ベッドが、ほんの少し揺れた気がする。
「今の……」
「大丈夫ですよ」
(今の“即答”も怖いんだけど!?)
次の瞬間。
ガタッ。
今度は、はっきり揺れた。
照明が揺れ、天井から低い音が響く。
「じ、地震ですか?」
(地震だよね!? そうだよね!? 地震って言って!?)
「……念のため、少し待ちましょう」
声が硬い。
明らかに、さっきまでと違う。
(え、待つの!? 避難とかじゃなくて!?)
ドン。
床の下から、鈍い衝撃。
(えっ、なに!? 下!? 下ってなに!?)
検査機器が警告音を鳴らし始める。
数値が跳ね上がる。
(あっ、心拍数! 今それどころじゃないから!)
「すみません、横になったままでいてください」
(無理無理無理! 無理だって!)
また揺れる。
今度は、はっきりと「施設全体」が揺れた。
金属が軋む音。
どこかで何かが落ちた音。
(これ絶対、ただの地震じゃない!!)
身体が震える。
頭が追いつかない。
怖い。
理由はわからないけど、怖い。
そのとき。
廊下から、慌ただしい足音。
扉が開く。
入ってきたのは、鷹見さんと矢井ちゃんだった。
知ってる人が助けに来てくれた。
それだけで、少しだけ息が楽になる。
「あ、雨宮さん、体は大丈夫ですか?」
矢井ちゃんが短く問いかける。
「だ、大丈夫です……たぶん」
(ほんとに? たぶんって何?)
鷹見さんは、私を見る。
じっと。
まるで何かを“測る”みたいに。
いつもなら、
護送の時なら──
(「大丈夫」って、言ってくれた人だ)
でも、鷹見さんは言わない。
一瞬、視線を伏せてから、周囲を見る。
その仕草だけで、胸がざわついた。
(……あれ?)
揺れよりも、音よりも、
その沈黙の方が、ずっと怖い。
「……地震、ではありません」
やっと出た声は、断定だった。
なのに、その後が続かない。
(え、待って)
(大丈夫って……言わないの?)
矢井ちゃんが言葉を継ぐ。
「い、今は状況を確認中なので……」
そこで、施設がまた大きく軋んだ。
鷹見さんが私を見る。
今度は、はっきりと。
「雨宮さん。
ここからは、私たちのそばを離れないで」
(……やっぱり)
(本気で、ヤバいんだ)
そう確信した瞬間、
また、施設が大きく揺れた。
──────ー
貴方の重心が、ずれる。
先ほど、黒鉄の大技である。“鉄華“を喰らった影響だ。
貴方の腹部からは、血と鉄で出来た彼岸花のような物体が生えていた。
目に映る光景は現実なのか幻なのか。手を伸ばすと、冷たい鉄の感触が指先に伝わる。
貴方は思わず前に倒れながらに思う。悔しい。ただその感情が渦巻く。
「ハァ……ハァ……」
黒鉄も息が途切れ途切れだ。だが、その顔には喜びが隠しきれない。
「楽しかったぜ……エック──」
黒鉄が言い終わる前に、
貴方の右アッパーが、彼女の顎に叩き込まれた。
鈍い衝撃音とともに、黒鉄が後ろに大きく後退する。
貴方の心の中は、悔しさでいっぱいだった。
銃のみならず、先の技までもが不発に終わった。
さっきは秘技《スカートめくり》を使おうと、右手を突き上げたのだ。
だが、さすがは最強の異能力者。
まさか顎で受け止められるとは思わなかった。
「ハァ……ハァ……?
死んどけよ……人として……」
黒鉄は、理解できないものを見るような目で、貴方を睨む。
貴方は、自身の腹部から生えた“花”を、力任せに引き抜いた。
血管に沿って根を張っていたのか、
大量の肉と、内臓のようなものが一緒に引きずり出される。
「……どうなってんだ……X……」
別に、いつものことだ。
身体から何かが生えてくること自体、貴方にとっては日常である。
貴方は右太ももに、輸血液を突き刺した。
それだけで、貴方は“生きる意志”を取り戻す。
傷が塞がったわけではない。
だが、治った気がした。
プラシーボは、時として万能だ。
準備万端。
能動的にいては、いつだって見れるものも見れない。
だから、貴方は反撃に出ることにした。
────
黒鉄は、殴られながら笑っていた。
笑っているつもりだった。
黒鉄が人生で初めて経験する感情。
その感情に縛られては、敗北すると本能で理解していたのだ。
だからこそ、黒鉄は笑う。
今まで黒鉄は相手を嘲笑しながら勝利してきた。
今更、
黒鉄はどんな顔をすればいいかが分からないのだ。
自身の最大の出力と最高の精密性を誇る間合い。
圧倒的有利どころか勝負にすらならないはずの間合い。
そのはずが、黒鉄は苦境に立たされている。
鉄が、Xの身体から何度も生えた。
助骨を貫き、肩を裂き、腹を抉った。
それでも。
Xは、止まらない。
殴りかかろうとする右腕に鉄を生やしても、そのまま殴り抜ける。
発砲しようとする左腕に鉄塊をぶつけても、無くなった前腕の断面で殴ってくる。
別に、黒鉄は近距離戦が苦手なわけではない。
その証拠に、先ほどからXの攻撃を何度も何度も鉄の盾で正確に防いでいる。
だが、Xは盾があってもお構いなしに殴り、貫き、蹴り飛ばす。
最早、黒鉄は防御で精一杯だった。
(最悪の気分だ……)
黒鉄の脳裏に過ぎる“敗北”の二文字。
多くの者は、自身の敗北を予感すれば、防御に立つ。
敗北後のことを考えるために。
負けたあと立て直すために。言い訳できるように。
それが最も賢明な判断であると自身に言い聞かせながら。
しかし、
黒鉄は違った。
(やってやるよ……)
それは意地か、ヤケか
(チャンスは一度きり……)
否。黒鉄は至って冷静に、
勝利しか考えていないのである。
(クソッ……なんとか隙を……)
模索。模索し続ける。
Xによる。嵐のような攻撃の最中。
だが、非情にもそんな隙をXが晒すはずがない。
目の前に巨大な鉄の壁を出現させても、すでに後ろにいる。
ならばと、ドームのように自身の周りに壁を作れば、いつの間にか内側にいて、外に叩き出される。
足元に大量の棘を作ろうとも、
天井を落としても、
床を無くし、空中に逃れようとも、
Xは嘲笑うかのように、黒鉄を殴り飛ばす。
(まずい!!)
遂に、黒鉄の盾が間に合わない。Xの攻撃が黒鉄に直接、牙を剥こうとする。
(あ……やべぇ……)
黒鉄ですら、諦めそうになった瞬間。待ち望んだ時が来た。
ひらり
Xが急に視線を下げた。
(今だ!!)
待ちに待った“隙”
黒鉄は力を振り絞り、地面から柱を生やし、Xを空中に叩き上げる。
(落下速度は万物共通だ この瞬間に!!)
右腕を上に挙げた。
周囲一体の鉄くずが全て、右腕に集結する。
シルエットは、まるで巨大な砲のようになる
「人にコイツを撃つハメになるとはなぁ!
オメェの負けだ!! Xゥ!!!」
落下中のXに“照準“を合わせる。
黒鉄の最大出力が一点に集中される。
磁場が、渦巻く。
空気すら引き込まれ、光さえねじ曲がる。
「メタル!!!
・
──光。
音は、遅れてきた。
空気が裂かれ、
施設全体が、下から叩き上げられる。
地下の天井が全て吹き飛ぶ。
地盤が、直線上に消失する。
都市の空に、
一本の穴が穿たれた。
黒鉄の最終奥義。
レールガン。
文明開化──
これまでの文明を過去に押し流し、新たな力が全てを嘲笑う。
「祝福しろ。新たな文明の、到来だ!」
黒鉄の声が、瓦礫の上に響いた。
狩人について。
血の遺志によって形成された存在。
狩人の肉体は、生来のものではない。
それは無数の遺志が積層され、
媒介として束ねられることで、後天的に構築された仮初の器である。
本来の年齢は、十歳。
現在の身体的成長は、血の遺志による強化と再構成の結果に過ぎず、
成長という概念そのものが、彼女には正しく適用されない。
狩人において、死は即座に消滅を意味しない。
肉体が著しく損壊しても、生きる意志が残存している限り、
その活動は継続される。
だが、生きる意思が完全に失われたとき、
初めて狩人は、明確な「死」を迎える。
そのため、輸血液は重要な役割を果たす。
輸血液を用いることで、狩人は失われた生きる意思を、
再び呼び起こすことが可能となる。
もっとも、輸血液は肉体を修復するものではない。
それはあくまで、生きる意思を再起動させるための手段であり、
回復という感覚は、使用者自身がそう錯覚しているに過ぎない。
もし、狩人が完全に死亡した場合、
その存在は例外なく消滅する。
遺志によって構築された不安定な存在は、
死後、呆気なく霧散し、何ひとつ残らない。
しかし。
これまで、狩人が明確に死亡した記録は存在しない。
まるで――
何かが、狩人の死そのものを、
無かったことにしているかのように。