またしても何も知らない狩人さん〜異能バトルよりパンチラが危ない〜 作:概ね右翼
「久しぶりだなァ、雨宮」
「ヒェ」
小さな悲鳴が漏れたが、私は悪くない。むしろ、学園に響き渡るほどの悲鳴を、ここまで抑えた私を褒めてほしい。
矢井ちゃんに案内されて来た超常現象捜査部の部室は、思っていたよりもずっと質素だった。長机にパイプ椅子がいくつか並び、壁には申し訳程度の掲示物、隅には書類の束とファイル箱。普通の文化部と言われれば、まあ普通の文化部だ。
……だけど。
黒鉄先輩が座っている椅子だけは、パイプ椅子じゃない。なんかこう、妙に豪華そうな革製の椅子だ。
何あれ。
なんで一人だけ社長みたいな椅子?
他の部員、可哀想じゃない?
いや、この人、謎の施設に謎の大穴を開けてたからな……。
そう考えると妥当どころか足りなく感じてくる。
ちょっと崇めたほうがいいかな?
黒鉄様万歳!!
……いや、撤回。触らぬ神に祟りなし。私は平穏に生きたい。少なくとも、今日という日を無事に帰宅したい。
そんな黒鉄様が、包帯の隙間からこちらを座りながら器用に見下して、話しかけてくる。
「おいおいおい、失礼な新入部員だな……せっかくオレ直々に歓迎してやってんのによ」
正直、私あなたのことトラウマなんですよ。
狩人さんの間に割って入って睨まれた時なんて、めちゃくちゃ怖かったですからね。ほんの少しだけチビったし。
……バレてないよね?
「だ、大丈夫だよ雨宮さん」
隣から、矢井ちゃんがそっとフォローを入れてくれる。
この安心感。やっぱ矢井ちゃんは天使だ。
「黒鉄先輩は、いい人だから………………たぶん」
「おい矢井、たぶんとはなんだ。オレは部長だぞ」
あなたが部長なのか……
「黒鉄先輩、あまり雨宮を怖がらせないでください」
ちょっと困った感じの声が背後から聞こえた。
振り返ると、そこに立っていたのは、見慣れたポニーテール──鷹見先輩だ。
「なんだ鷹見。来てたのか」
「今来たとこです」
鷹見先輩は部室の中へ入り、パイプ椅子に座る。私たちも座るように促された。
とりあえず、黒鉄先輩の隣は怖いから、矢井ちゃんの隣に座る。
「ま、新入部員も来たことだし、自己紹介でもするか」
黒鉄先輩は椅子に深く腰掛けたまま言う。
「し、新入部員?」
思わず聞き返すと、黒鉄先輩がきょとんとした顔で、「そうだが?」と、言う。
「ゑゑ!? いや待て待て待て!?
ちょ、ちょっと待って下さい! 私まだ入部するって決めてませんよ!?」
「細けェこと気にすんなって」
「いや細かくないです! 高校生活に関わる重大事項です!
とゆうかここの部活が何をするのかすら、全く知らないんですけど!!」
「そういやァ言ってなかったな。超常現象捜査部。たいそうな名前がついているが、別に大した事はない。ただ、異常が出たら出動、なけりゃダベる。それだけだ」
「異常……?」
いや、その異常が怖いんじゃないですか。
「異常と言っても異能力者関係や影化者*1の対処といったのが常だが、基本は学園の問題を対処している」
鷹見先輩が、説明不足の黒鉄先輩に代わって補足してくれる。
この部活、あんな化け物と戦うのがデフォかよ。……え、普通に怖い。
「あ、ですが出動がなければ、部室で書類整理とか報告書をまとめたりするだけですよ」
矢井ちゃん……出動があったら危険って事じゃないか。
「まあ」
鷹見先輩が間に入るように口を開いた。
「正式な入部は、もちろん本人の意思次第だ」
……お?
「ただ、今は“仮所属“みたいなもの
残念ながら、これはすでに決まったことだ」
仮所属……いや、完全に私の逃げ道ないやん。とゆうかすでに決まっとるんかい。
「危険な現場に新人は出さない。現場の対応は、先輩や私。雨宮は矢井と一緒に記録や同行のみになる」
鷹見先輩はきっぱりと言った。
それは少し安心……いや、安心なのか? “同行のみ”って言ったよね? 記録係が現場に同行する時点で、もうそれ危険なのでは?
「とはいえだ」
黒鉄先輩が何か思いついたように言った。
「お前には召喚獣──狩人がいる。問題ねェだろ」
「いや、別に狩人さんは私の召喚獣じゃありませんよ!?」
反射で突っ込む。
「ただの同居人です!」
「公式には召喚獣だ」
「公式が勝手に言っているだけじゃないですか!?」
嫌な予感が、確信に変わる。
黒鉄先輩が口角を上げる。
「お前が入部すりゃ、狩人も自動で入部だ」
「オプション扱い!? ちょっと待って下さい!
というか、狩人さん今この場にいませんよね!?!」
「後で説明すればいい」
黒鉄先輩はあっさりと言った。
「いやダメでしょ!?」
「説明と説得は、雨宮。お前に任せる」
全く……狩人さんがいないのに勝手に決めたら駄目でしょうに。
それに、私は狩人さんとこの学校で薔薇色の青春(何色?)を送るつもりだと言うのに。
……ん? 待てよ……
ここで、私の脳内にある計算式が瞬時に組み上がる。
(私が入部すれば、狩人さんも入部する。
つまり、私と狩人さんが学園で一緒にいる時間も増える……。
もしかしたら、もしかしたら、あんなことやこんなことも……)
「グヘっ グヘヘ」
「おい鷹見、なんか雨宮が気持ち悪い笑い方してるんだが」
「私に言われても困りますよ……」
「ヨシ。私! 超常現象捜査部に入部します!!」
私も異常に困っている人を助けたいという正義感が溢れてきた。決してやましい気持ちからの入部では無い。
「おお。絶対、欲望に塗れた入部なんだろうが……改めて歓迎してやるよ」
決して私は欲望ではなく正義感に駆られて入部を決意した。
────ー
「おー、やっとるかい?」
気だるげな声。白衣。ダウナーな雰囲気。
私は見覚えがあった。──白石さんだ。病院で、転校の話を淡々と告げてきた、あのしっかりした大人の女性。
黒鉄先輩は、私が「先生っぽい人が来た!」と身構えるより早く、いつもの調子で声をかけた。
「ん? どうした白石、なんでお前まで学校にいるんだよ?」
……タメ口!?
いや、え? 先生に!? ていうか白石さん、絶対年上だし、絶対偉い人側だし、絶対こういう場で怒るタイプの大人なのに!
ツッコミたい。
「先輩、口きき方……」って言いたい。
でも──黒鉄先輩だしなぁ。
あの時の、あの破壊。
理屈も常識も置き去りにして“全部終わらせた”みたいな、あの光景を思い出すと、口が勝手に閉じる。
白石さんは黒鉄先輩の態度に怒りもしない。呆れもしない。むしろ疲れたように一度だけ息を吐いた。完全に慣れている。
「あー……黒鉄、お前途中で会議抜け出したもんな。知らないのか」
「会議? あー……」
白石さんは淡々と続ける。
「率直に言うなら、左遷された」
「左遷? どこに」
「ここだ」
「は?」
黒鉄先輩の「は?」が、あまりにも素で、あまりにも失礼で、私は思わず矢井ちゃんを見る。矢井ちゃんは困ったように笑っていた。……この部の平常運転らしい。
白石さんは白衣のポケットに手を突っ込んだまま、事務的に告げた。
「今日から超常現象捜査部の顧問となった、白石だ。私のことは白石先生と呼ぶように」
顧問!?
先生!?
病院の先生じゃなくて!? 学校の!?
私は驚きで固まったが、黒鉄先輩はなぜか吹き出した。
「ぷっ……ははっ。左遷ってマジかよ。お前、偉い連中に嫌われたなぁ」
「誰のせいだと思ってる」
白石先生は即答した。
即答すぎて、逆に仲の良さを感じてしまうくらいだ。
「えー? オレのせいかぁ?」
「お前以外に誰がいる」
「いやぁ、オレはちょっと派手にやっただけだろ」
「“ちょっと”で地下施設が消し飛ぶなら、この世の大半は更地だ」
淡々としてるのに会話が軽い。
絶対この二人仲良しじゃん……多分、毎回黒鉄先輩が問題を起こして、白石先生の胃を痛めてるやつやん。
黒鉄先輩は椅子にふんぞり返ったまま、白石先生を見上げる。
「で? 顧問ってことは、これからここでダベるのか?」
「ダベるために来たわけじゃない」
白石先生の声が、ほんの少しだけ低くなった。
「監督しに来たんだよ」
「監督? お前にできんの?」
「お前を監督するのは、私の仕事じゃなくて罰ゲームだ」
「言うねぇ」
黒鉄先輩が楽しそうに笑う。
白石先生も口元だけ、ほんの一瞬緩めた──ように見えた。見えただけかもしれない。でも、たぶん本当に少し笑った。
その直後、白石先生は私の方へ視線を向けた。
──雨宮星空。
呼ばれていないのに、名前を呼ばれたみたいに背筋が伸びる。
視線が刺さる。鋭いのに、感情が読めない。怖いのに、変に安心する。
白石先生は淡々と言う。
「学園生活で困ることがあれば、私のところに来い。……必要なら、すぐ呼べ」
「は、はい……!」
私は反射で返事をした。だけど、その言葉の端に、妙な違和感が残った。
“困ることがあれば”
“必要なら呼べ”
それは普通の先生が言う言葉にも聞こえる。
けれど白石先生の言い方は、どこか──生活指導というより、監視員のそれに近い。
黒鉄先輩が、からかうように肩を揺らす。
「おい白石、優しいじゃねぇか。左遷されて丸くなったか?」
「勘違いするな」
白石先生は即答し、視線だけを黒鉄先輩へ戻す。
「私は“仕事”でここにいる」
鷹見先輩が、さりげなく口を挟む。
「……上層部からの指示ですか」
「そうだ」
白石先生は短く頷いた。
その頷きは、肯定というより“命令の確認”に近かった。
「雨宮と──」
そこで一瞬だけ、白石先生の視線が部室の隅を滑る。
まるで“そこにいるはずの存在”を数えるみたいに。
「狩人の現状を、正確に把握して報告する必要がある」
狩人さん。
……監視? 報告? え? なにそれ?
黒鉄先輩は、そんな空気をぶち壊すみたいに笑った。
「なるほどなぁ。左遷ってのは表向きで、本当は監視役ってわけか。お前、相変わらず便利に使われてんな」
「うるさい」
白石先生はそう言ったが、否定はしなかった。
黒鉄先輩も、それ以上は突っ込まない。突っ込む必要がない、とでも言うみたいに。
私だけが取り残されている。
何も知らないまま、何かの中心に立たされている感覚。胸の奥が、ひどく落ち着かない。
「よし。自己紹介は終わったことだし、今後の話をしようか」
「…………あっ」
矢井ちゃんが小さく声を漏らす。
鷹見先輩も一瞬だけ目を逸らした。
「自己紹介、忘れてた」
白石先生はため息を挟んだ。
「……なんだお前ら。まだ自己紹介もしてないのか」
────ー
「最初は私からですね。あ、雨宮さん……改めて矢井です。矢井千尋《やい ちひろ》です。知ってると思いますが一年生です。異能は刃物を生成することで、最大刃渡りは30cmほどです……よ、よろしくお願いします」
「うん! 千尋ちゃんよろしくね!」
ハァー……やっぱり矢井ちゃん、もとい千尋ちゃんは癒しだなぁ。
……ん? 刃物生成? え……マジで?
可愛いからいいか。
いや良くないか。
「次は私か。私の名前は
「はい! よろしくお願いします! 沙織先輩!」
「いきなり下の名前で呼ぶのか……まぁ良いが……」
やっぱり沙織先輩はしっかりしていてカッコいい。
異能も日常生活にあったら便利そうで羨ましい。これ惚れちゃう子いっぱいいるだろうなぁ。私には狩人さんがいるけど。
「最後はオレだな。オレの名前は
「はい、よろしくお願いします黒鉄先輩」
「おい、何故オレだけ苗字呼びなんだ」
最後に黒鉄先輩。黒鉄先輩は磁力を使うらしいけど……磁力でどうやったらあんな大穴開くんだろうか……
白石先生が軽く頷いた。
「よし。最低限皆のことは把握できたな。早速今から活動を始めたいところだが……」
そう白石先生が言い終わる前に、
キーンコーンカーンコーン。
校内にチャイムが鳴り響いた。
「門限だな。今日のところは解散。雨宮は初日で疲れたと思うから、十分に休息を取れよ」
「は、はい!」
……やっぱり白石先生は優しい。
しっかりした理想の大人って感じだ。
「なぁ雨宮、何故にオレだけ苗字呼びなんだ」
「黒鉄先輩。雨宮は疲れてるので、だる絡みはやめて下さい」
「お前らどいつもこいつも部長への敬意が欠けてるな……」
沙織先輩が呆れたように息を吐く。
そんな光景に千尋ちゃんは、困ったように小さく笑っていた。
その笑顔に、私はちょっと救われる。
「あ、あの! 雨宮さん。一緒に帰りませんか……」
「うん! 喜んで一緒に帰ろ、千尋ちゃん!」
私は勢いよく頷いた。
「私のことも、下の名前で呼んで欲しいな」
「えっ!? わ、わかりました……そ、星空さん……」
「ありがと千尋ちゃん!!」
最初はどうなるかと思っていたけど、
新しい学校生活も──案外、楽しそうだ。
────ー
同刻。
特影が持つ重要拠点のひとつ。所在地は記録上存在せず、その場所を知る者も一握りに限られている。
外観は“宮”に似ていた。だが神社でも寺でもない。祈りのための場所ではなく、何かを“鎮める”ための器のように、静かにそこに在った。
夜の帳が落ちる前の薄闇の中、長い回廊を進む足音が、石床に淡く響く。
スーツに身を包んだ年配の男が一人。皺の刻まれた顔は老いを隠せないが、背筋は真っ直ぐで、その存在だけで空気が張り詰める。肩書きは多い。だが、ここでは名を持たない。
男は、回廊の最奥で立ち止まった。
そこにいたのは、少女だった。
椅子に座っているわけでもない。祈っているわけでもない。ただ、そこに“居る”。
──“ミライ”。
そう呼ばれている。
男は深く頭を下げ、低い声で報告した。
「予定通り雨宮星空は学園に所属。問題なく超常現象捜査部に入部いたしました」
ミライは、何の反応も示さない。
驚きも、安堵も、喜びもない。
まるでその結果を、報告される前から知っていたかのように。
男は言葉を続けた。
「しかし、肝心の“狩人”に関しては行動が把握しきれておりません。学園内の監視網でも追跡が途切れる場面が複数確認されています」
沈黙。
空気が一段、冷えた。
それでもミライは表情を変えない。ただ、わずかに視線が落ちる。その動きだけが、彼女が“聞いている”ことを示していた。
男は喉を鳴らし、慎重に言葉を選ぶ。
「……捕獲時と同様、“自ら捕まることを選んだ”可能性も考えられます」
ミライは、ほんの少しだけ首を傾けた。
「……そう」
少女の声は小さい。けれど、不思議とよく通る。
男は、問いかける。
「“想定内”、でしょうか」
ミライはすぐには答えなかった。
宮の奥で、どこか遠い場所の水が落ちる音がした。ぽつり、と。時間だけが流れる。
やがて彼女は、ゆっくりと言った。
「……欠けている」
男の眉が僅かに動く。
「何が、でしょう」
ミライは視線を上げないまま、淡々と告げた。
「その先が」
それは、独り言にも聞こえたし、命令にも聞こえた。
男は息を飲み、背筋を固める。
「……観測不能、という意味ですか」
ミライは、返事をしなかった。
否定もしない。
ただ、沈黙が肯定より重くのしかかる。
──未来を知っているはずの少女が、“その先”を語れない。
それが何を意味するのか。
男には分からない。分からないはずなのに、なぜか理解してしまった。
これは、初めての事態だ。
ミライが、初めて“知らない”という事態。
男はゆっくりと頭を下げる。
「監視を強化します。白石にも追加の指示を」
その言葉に、ミライは小さく頷いた。
そして、ようやく顔を上げる。
薄闇の中で、彼女の瞳だけが、やけに澄んで見えた。
「……遅い」
男の喉が鳴る。
「……は」
ミライは、ほんの僅かに口元を動かした。
笑みではない。
だが、それは“面白い”という感情の形に、限りなく近かった。
「……予定が変わる」
ミライの声が、宮の静寂に沈む。
「私にとって、初めての不測」
男は動けなかった。
ここは、最も安全で、最も確実なはずの場所。
“外れない予測”が守る、特影の中枢。
なのに──
ミライは、初めて、先を見失っている。
そしてそれは。
この世界で最も安全なはずの“未来”が、崩れ始めていることを意味していた。