武装錬金:Q.E   作:まぐろの勇気

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第1話 -孤独な戦士- 1

 小学2年生か3年生……いや、めぐみの手を引いて歩いていたから3年生の頃だった。通学路の端に一羽の鳥の死骸が落ちていた。種類はわからなかったが、ハトやカラスではない。あまり見かけないタイプだった。

 道行く他の子たちは「かわいそう」とか「きもちわるい」などと無遠慮に口にしていた。俺も特段何も思わず、強いて言うなれば今晩のおかずがからあげじゃないといいな、といった具合だ。

 でもめぐみは違った。俺の手から離れて一目散に駆け寄り、お母さんに買ってもらったばかりのスカートが汚れるのも気にせずにひざをついた。鳥の死骸を優しく両手ですくい上げると、また一目散に走って向かいの公園に駆け込んだ。急な事で呆然としていた俺も、慌てて後を追った。

 追い付くとめぐみは素手で土を掘っていた。こっちに気が付くと首だけ振り返り「にぃにも手伝って」と言った。「来るのが遅い」というニュアンスも含んでいた気がする。

 仕方なく手伝い、鳥の死骸を埋めて、その辺に落ちていたアイスのハズレ棒を刺して手を合わせた。その間ずっと無言だったのがなにか気まずくててきとうに声を掛ける。

 

「鳥、好きなのか?」

「べつに。なんで?」

 

 俺こと敢宮(かんのみや) ケイの妹めぐみは、みんなから愛される子どもだった。

 それから数年、俺が15歳……めぐみが13歳のときだった。行方不明になっていためぐみの遺体が発見されたのは。

 

 

 -1-

 

「…………ッは!」

 

 携帯のメールの着信音で目が覚める。着メロも着うたも設定していないので、デフォルトの無機質な機械音が鳴っている。

 といっても朝ではない。すでに11時を回っている。世間はとっくに通常運転で稼働している。もっとも大学生の朝なんてこんなものだろうと思うが。普通の大学生なら……。

 メールの確認をすると、この春に付き合ったばかりの1つ年下の恋人、美雪(みゆき)からだった。

 

『件名:おはよう☀

 ──────────────

 起きた?今日4限休講らしいよ。

 お昼一緒に食べよ♡     』

 

 見た目は文学少女といった感じなのに、なぜメールだとこうなるのか。「わかった」と簡単な返信だけしてから顔を洗いに洗面台に向かう。

 

(……ひさしぶりに見たな……。めぐみの夢……)

 

 棚から取り出したバナナを頬張りながら最低限の身だしなみを整えると、かばんを持ってさっさと玄関を開ける。とくに慌てる様子もなく、これが日常風景だった。

 敢宮 ケイ、19歳。大学2年生。日常など取り戻したくなかった。

 

 

 ──錬金術の粋を集めて精製された超上の合金”核鉄(かくがね)”。人の闘争本能によって作動するそれは持つ者が秘めたる力を形に変え、唯一無二の武器を創造する。それが“武装錬金(ぶそうれんきん)”である──

 

 

 世を混乱の渦に陥れた錬金術の大戦『ヴィクター事変』から2年の月日が経っていた。

 錬金術の研究課程の産物、ホムンクルス。人に潜み、人に化け、人を喰らう怪物。それらを殲滅し人々を守護るのが、”核鉄”を持つ錬金の戦士たち。

 そして核鉄の持つ力、それこそ──

 

「武装、錬金……」

 

 平日の住宅地で昼前の時間という事もあり閑散としていた路を、大学行きのバスの出る停留所に向かっていた。

 足取りは軽くはなかった。それは課題をやっていない事や、冷蔵庫の奥にいつから放置されていたかわからないヨーグルトが異形化していた事、などでは無い。

 

(最近、思い出していなかった……2年前のあのときから……)

 

 考えを巡らせながら歩いていると、ゆっくりとバスが横切った。自分が乗るべきバス!逃せば間違いなく美雪との昼食には間に合わない。慌てて走り出すと、停留所に2人の人影が見えた。しかも片方はこちらに向かって手を振っている。

 

「走れ~若人よ~。きびきびせぇ~」

「……先輩?」

 

 手を振っているのは久坂(くさか) 刃壱(じんいち)という、ケイも所属している組織『錬金戦団(れんきんせんだん)』の先輩に当たる人物だ。

 久坂はチャイナ服を着崩したような格好に丸い色眼鏡、加えて陽気な関西弁という、とてもではないが平日の住宅街には似つかわしくない風貌をしている。ケイはもう慣れたが、一緒に繁華街などを歩いていると巡回中の警察に声を掛けられる事が一度や二度では無かった。

 

「どうしたんですかこんな朝早くから。また、飲み過ぎたから泊まらせて~、は勘弁して下さいね」

 

 足早に近付くと、久坂の陰に隠れていたもう一人の人物が目に入った。こちらは見覚えのない、外国人の少女だ。年の頃は15~17程で、綺麗な金髪に小柄だが華奢ではない体躯、服装もこれまた日常生活では見る事のない軍服らしきものだった。先程からまっすぐと背筋をピンと立てて微動だにしない、体幹の良さを実感する。しかしそれらを差し引いても、歩いているだけで注目を集めるであろうほどの美少女だ。

 などと思っていると、少女との間に久坂が顔を割り込ませてきた。

 

「まず、朝早くはないやろ。お天道様も完っ全にてっぺんまで登っとるで? そんで……とりあえず、バス、乗らへん? 運ちゃんがしびれを切らしそうやもん」

 

 さすがにぐうの音も出なかった。

 

 

 -2-

 

 乗客はほとんどいなかった。時間帯を考えれば大体こんなものだ。一番後ろの広い席に座ると、なぜか少女はひとつ前の二名掛けの席に座った。それに対して久坂も何も言わないので聞けずにいると、軽口から急に声のトーンが変わった。これは久坂のクセで真面目な話題に切り替わるときは毎度の事だった。

 

準戦士(じゅんせんし)・敢宮。ホムンクルスの捜索、撃滅を担当する戦士・カンプフェルトの補助をせよ。……と、いう事や。あー、緊張した」

「……ホムンクルス……ッ!」

 

 人を喰らう化け物がこの地域に現れた。その事実がケイの背筋に冷たいものを走らせた。訓練は積んできたが実戦経験の無い準戦士のケイには、これが恐怖によるものなのか武者震いなのかが判断できない。

 自分でも気付かぬうちに拳を強く握っていると、久坂が軽く背中を叩いた。

 

「怖い顔してんで~自分。……言ったやろ? 補助やで補助。準戦士」

 

 口調は関西弁に戻っていたが、声のトーンは再び変わった。

 準戦士。ホムンクルスの捜索や、戦士の手伝いをする役割。戦闘は禁じられていて核鉄も与えられてはいない。それがケイの役割だった。

 はぁ~、っと息を吐くと視線に気付いて顔を上げた。前の席にいた少女がこちらを凝視していた。

 

「えと……何か?」

「……すごい鍛えた身体してたから、準戦士とは思わなかった」

 

 ようやく声が聞けた。日本語も流暢だ。

 

「ペトラ・カンプフェルト。まだ16歳のドイツっ娘。日本は初めてやからスイーツ店でも連れてってあげりゃええんちゃう?」

 

 紹介もようやくもらえた。年齢を聞いても落ち着き払い方からはベテランの風格を感じる。

 

(16歳……生きてたら、めぐみよりも下か……)

 

 そうこうしているとバスが止まる。まだ大学の最寄りではないが、久坂は立ち上がった。

 

「んじゃ、そゆ事で。ペトやんのホテルは手配しといたから安心しや~。任務の詳細も伝えといたから、まぁ大丈夫やろ」

「先輩は任務に参加しないんですか?」

 

 背中を向けたまま、片手をひらひらとさせて答える。

 

「ぼくは忙しいねん。デートの予約が満杯やからな!」

 

 そう言うとバスの出口まで振り返らなかった。途中、「えっ! ICOCA使えんのん!? あ、じゃあ……現金で」などという声が聞こえたが、気にしない事にした。

 いつの間にか他の乗客も降りていて、車内には運転手以外にケイと少女……ペトラだけになっていた。

 年上という事もあり、自分から声を掛けるべきだろうと思い話しかける。まさかいきなり噛みつかれる事は無いだろう。

 

「あー……じゃあ早速任務の詳細を……それとも……本当にスイーツ店、行くか……?」

「あ─っ! イライラした!」

 

 急な怒声に、出どころがわからなくなる。もちろん、目の前の少女からだった。

 

「なにあの変な口調に軟派な態度!? そんでもってうさんくさいチャイナ服! 男のチャイナ服に需要なんて無いでしょ! どうせならキツネ系女子を連れてきなさいよ!」

 

 もはや姿勢も崩して席のソファに体重を預けている。これはもしかしなくとも……。

 

「……猫を被ってたのか?」

「だってドイツ人女子高生なんて希少でしょ? 夢見せたいじゃん!」

「…………そうか」

 

 絞り出せた言葉はそれくらいだった。姿勢だけでなく、表情も百面相と言えるほどにコロコロと変わっている。

 

「日本のアニメ、だ~いすき♡ってかそれで日本語勉強したし。あっ、ねぇねぇ! 『ハレハレ融解』のダンスわかる!? 踊ってみよっか!?」

「知らない。バスの中ではやめてくれ……」

 

 賑やかな任務になりそうだというのは確信した。

 

 

 道路から少し離れた草むらが揺れた。しかし大きさは人間よりも少し大きい。小さめのクマほどだ。

 

「えひひひひ……そろそろかなぁ……たぁべちゃおっかな〜〜」

 

 邪悪な意思が、動き出す。

 

 

 -3-

 

 大学に着いてまずやった事は、ペトラに校内を案内する事だった。日本の学校に興味があるらしい。しかし美雪との約束を反故にするのも悪いので、少し付き合ってもらう事にした。

 

「だから、詳しくは話せないんだけど今日はこの娘と付き合うから一緒にはいられない」

「…………はぁ」

 

 美雪は待ち合わせ場所にすでに来ていた。最近流行のふわモコスタイルというヤツで、やたらと白くてモコモコしている。そこに小さな帽子をちょこんと被る、美雪のお気に入りの恰好だ。ケイと違い気合いの入ったファッションをしている。

 そんな現在付き合っているおめかしした恋人に、見知らぬ外国人少女を連れてこんな事を言い出した。頭おかしい。

 

Idiot(バカ)!  あっったまおかしいんじゃないのアンタッ!? ごごごごめんなさい! 決してやましい関係とかではなくてですね!」

 

 ケイの代わりにペトラが慌てふためいて何とかとりなそうとするが、美雪は細い目をそのままにしてクスリと笑った。

 

「大丈夫ですよぉ~。ケイくんがこういうタイプなのはわかってますからぁ~♪」

「っ!! ……イイ女性(ヒト)! アンタ、絶対この人を手離しちゃダメよ! もし泣かせたりなんかしたら許さないから!」

「初対面、だよな……?」

 

 仲良くなれそうで良かったと、とりあえずは思う事にした。

 その後美雪と別れて、散策を開始した。

 

「それで、任務の詳細は?」

「3日前にホムンクルスの反応をキャッチ。見敵必殺(サーチ・アンド・デストロイ)よ。単純(シンプル)でいいでしょ?」

 

 錬金戦団の本部には、索敵に特化した『検知器(センサー)の武装錬金』の使い手がいる。大まかな位置までだが、ホムンクルスを発見することに関しては間違いない。

 

「人に化けてるときは反応も無い。時間帯は常に日が落ちてから。だからいまのうちに潜伏先を絞っておきたいのよ。なんか心当たり無い?」

 

 人喰いの化け物だろうが利便性を取る。山の奥地などは無さそうだ。基本的にホムンクルスは若い肉体を好む傾向にある。しかしここらの地方は過疎化が進んでいて、中学校も高校も山を2つ越えた隣町にしか無い。ケイが幼少期を過ごした小学校も既に廃校になっている。

 

「……ひとつ、当てがある」

 

 大学を出て、しかし街の方には行かず山の麓へ向かう。鳥のさえずりや虫の鳴き声が大きくなっていった。ペトラはこういった自然にも興味があるのか、ひとつひとつ聞こえたものについて質問を投げかけてきた。

 そして1時間弱ほど経った頃、開けた場所に出た。

 

「……ここだ」

 

 そこにあったのは廃工場のような建物。かつて小学校が盛んだった頃、子どもたちに美味しい昼食を届ける為に設置された給食センターだった。小学校が廃校になるよりも前、子どもたちの数が減るにつれ寂れていった時代の名残だ。

 

「どうしてここ? 距離的にはわからなくもないけど、他にも候補はありそうだけど?」

「ホムンクルスたちは元人間だ。食人衝動を抑えられないのは犠牲になっていった人間の部分が戻ろうと足掻く『本能的な未練』なんじゃないかって、研究者の話を聞いた事がある。それなら人間の……とりわけ子どもの痕跡が残るこの場所が臭う。小学校そのものだと強すぎるしな。……ってとこだが、どうだろう?」

 

 ペトラは黙って聞いていたが、肯定よりも疑問の方が強く思ってしまった。

 

「……まるでホムンクルス側の意見ね。一応言っておくと褒めてるのよ? 私からは出ない意見だったから」

 

 それについてケイは何も答えなかった。

 

(ずっと考えているからな……絶対に逃がさないように……!)

 

 ──ヒュォ──

 

 先に気付いたのはペトラだった。

 

 

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