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いつもの如く、連絡したわけでもないのに大学で出会った美雪に、ホムンクルスの事は伏せてそれとなく聡志について聞いてみた。
「聡志は3日くらい急に帰ってこない事もよくあるから。お父さんもお母さんもとくに心配してないよ」
ケイが知らなかっただけで、家族に色々と心配を掛けてはいるようだった。ホムンクルスと出くわしたのが金曜日で、日曜日の今日にはまだ問題が大きくなっていなかった。しかし明日になればさすがに家族も学校も大ごとになる。それまでに解決しなければならない。
「これってやっぱり…ホムンクルスどもの本拠地に行ったって事よね」
不安そうにペトラが呟く。場所を聞き出したときに聡志に聞かれていたのなら、迂闊さは後悔してもしきれない。
「美雪がおぼろげな記憶で、あの山で不思議な事があった気がした…と伝えていたらしい。どのみち聡志くんは調べるつもりだったんだろう」
「悔やんで下向いててもしょうがない、って事ね…。上等! やってやるわ…!」
聡志だけではない。行方がわからなくなったのは、ケイの先輩でもある久坂もだ。
例の山を敵の本拠地だとした根拠は、敵からの情報だけではない。
戦団にいる『
「久坂が武装錬金を起動した場所…それがやつらの本拠地に違いないわ!」
聡志も心配ではあるが、久坂は連絡が途絶えてからすでに2日経っている。一刻の猶予も許されない状況の可能性がある。
「目的は、戦士・久坂の救出、民間人の保護、ならびにホムンクルスの集団の殲滅よ!」
ペトラが決意表明としてべリュシュトラールを握り天に掲げる。普段なら危ないからと心配するケイだが、今日ばかりは同じ気持ちだ。
「あぁ…任務、開始だッ!」
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ケイとペトラは、オタマジャクシのホムンクルスと戦った場所まで来ていた。ここまでは順調…というか何の妨害も無かったが、これから本格的な山登りを始めなければならない。険しい行軍には慣れているのか、2人は息を荒くすることも無かった。
「こっからは立ち入り禁止の区域…いつ襲われてもおかしくないからね」
「あぁ。後ろを頼む」
戦士として先輩で、銃で先制攻撃もできる自分が前を歩くと豪語するペトラだが、その意見はまったく通らずに、この話で論争する気は無いと態度で示したケイが前をズンズンと歩いていく。
(すでに虫や鳥の鳴き声は聞こえない…気を張り過ぎて損はないハズだ)
「ちょっと!」
後ろにいるペトラの声がすぐ近くから聞こえる。ケイの肩越しにペトラの腕が前に出る。
見ると伸びていた木の枝を退けている。このまままっすぐ歩いていればケイの顔に直撃していただろう。敵の気配に集中していた為、目の前の障害物への対処がおざなりになっていた。
「…すまない。助かった」
「気持ちはわかるけど、いくらなんでも張り詰め過ぎ。貸しひとつだかんね♪」
人の手の入っていない山道だ。自然は分け隔てなく牙を剥く。害をなすのはホムンクルスだけではないのだ。
「な〜にしてもらおっかな〜♪ …ギャッ!」
「危ない!」
調子に乗ったペトラがスキップをすると、道だと思っていた足元が落ち葉が重なっていただけの空洞だった。落ちかけたところを、ケイがすかさず抱き寄せて助けていた。
「これで、貸しはチャラでいいか?」
「…まっ、勘弁してあげるわ」
程よく気が抜けた2人は、山道を抜けたと思ったら少し広い場所に出た。丁度良く太めの木が、地震か落雷を受けたのか横倒しになっていた。腰を下ろして休憩出来そうだ。
「あ〜、水飲も水! ってか日本、暑くない!? 赤道通ってたっけ!?」
「7月だからなー。これから更に暑くなるぞ。羊羹食うか?」
「更に!? これ30度いってんじゃないの〜…」
「羊羹」
「食べる!」
「うっ…く……」
突然、第三者の声に反応して2人は立ち上がる。かなり近いところから聞こえた。ホムンクルスは本性を晒さなければ普通の人間と変わらない。微かな声からでは判断が付かない。
「……切り株の、後ろ…誰か倒れてる…『武装錬金』…!」
ペトラがべリュシュトラールを声の主に向ける。夏の伸びた草が倒れている人物を覆い隠している。
「どうする…? とりあえず脚とか撃ってみよっか…?」
「待て…。……っ! 先輩!」
ケイが飛び出した。草を強引に掻き分けて起こすと、間違いなくその人物は久坂だった。
身体中ボロボロで所々から血を流しているが、欠損した部位があるわけでもなく、浅く呼吸もしている。命の危険は無さそうだ。もちろん、早目に治療をすればという事だが。
「生き…てるのね。良かった…」
安堵したペトラがべリュシュトラールをしまって駆け寄ってくる。普段久坂について暴言を吐いている姿が目立つが、素直に喜んで胸をなで下ろしている。
「うん…。ひとまず下山しよう。聡志くんの事も気掛かりだが、とにかくいま優先すべきは先輩だ」
「
久坂を軽々と抱き起こすと、元来た道へと踵を返そうとする。
しかしそのときだった。
……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
地面が大きく揺れだした。まるで山全体が、ケイたちを身体にまとわりついた虫だと思い振り払おうとしているようだ。
「なんっ、で…こんなタイミン、グで……!」
「これは……『下』に、何かいる!」
そうケイが口にした瞬間、轟音が一瞬止んだと思いきや、更に大きな音を上げた。
立っていた地面が吹き飛び、そのままケイたちは闇の中へと落ちていった。
-3-
落ちていく間はスローモーションに感じた。正確に何秒程経ったかわからないが、相当に深い場所なのは間違いない。久坂を抱えたままのケイの背中に張り付いたペトラが息を呑んでいる。
「……あんたのヴィブラ ブレーサー、落下の衝撃も消せるのね…助かった……」
両腕で久坂を抱えていた為に懐の核鉄を取り出せなかったケイに代わり、ペトラが自身の核鉄を持たせてヴィブラ ブレーサーを起動させた。なんとかギリギリ腕を合わせて特性を発動させるのに成功したが、かなり危うい場面だった。
「今度は借りができちゃったわね」
「もう返せないほど借りてるよ。それより……」
辺りを見渡す。見えないという程ではないが、薄暗いところだ。人の手が入っているようには見えないが道がまっすぐに伸びている。まるで「こちらへどうぞ」と案内されているようだ。
「なんかムカつく…全部手のひらの上って感じ」
「いや……」
道の先からは微かな光が差しているが、それ以上の未知への恐ろしさをもっている。ペトラが一歩を踏み出せないでいると、久坂を抱えたままのケイが先に歩き出した。
「後悔させてやろう」
「……ふん。良いわね、ソレ」
1人じゃないという事がこんなにも心強いという事を、ペトラは初めて知った。
光に近付いてゆくと、やがて開けた場所に出た。
2人を出迎えたのは、怒号にも似た声だった。あまりの数に空間がうねっているように錯覚する。
「オォーー!!」
100を超える数のホムンクルスだ。中にはこちらを見て舌なめずりしたり、下卑た笑みを浮かべるモノもいる。
気圧されてなるものかと気合いを入れたペトラは涼しい表情を張り付ける。しかし流れ落ちる汗は止められなかった。前を見ると、ケイの表情は淡々としたものだった。
(ホンット…こいつの度胸はどうなってんのよ)
ペトラが再度頼もしさを覚えていると、急にホムンクルスたちが動きを止める。そして左右へ分かれ、正面への道を空ける。さながらレッドカーペットのようだ。
「行くぞ」
ずんずんと前に進むケイにペトラはついていく。黙ったホムンクルスを横目で覗き込むと、全員が全員マネキンのような無表情になっている。
しばらく歩いていくと、ようやく舞台が見えてきた。ケイたちは知る由も無いが、つい先日ここで久坂が凄惨な目にあった。
「やれやれ…最近になって急に来訪者が増えたな。ようこそ。錬金戦団の諸君」
舞台上の男が堂々とした態度で出迎える。この組織のリーダー、リカンだ。
くいくい、と手招きをする。
「話をしようじゃないか。知性のある人間なら、ね」
今にも食って掛かろうとしているペトラの前に制止の手を出し、ケイは冷静に口を開く。
「敢宮ケイ。19歳。大学生だ」
「おぉ…おぉ! この地に長くいるが、自己紹介をしてくれたのは初めてだよ」
両手を開いて感動を身体で示すリカン。もしあったのならシャンパンでも開けさせそうな雰囲気だ。しかしすぐにハッとなり、手を自身の胸に当てて軽い会釈をする。
「私はリカン。我々『ト・メガ・セリオン』…『大いなる獣』の代表を務めさせてもらっている」
「『
敵の組織名が判明した。次いでそのリーダーも。ここにきてようやく敵の詳細がハッキリとした。だが、まだケイは動かない。
「お前たちは昔からこの地にいたのか?」
「ん…? あぁいや。私はヨーロッパの出身だよ。ここには100年と少し前にやってきた。そこから少しずつ同志を増やしていったワケだね」
「ならお前たちの目的はなんだ?」
ケイは自分でも的外れな質問をしているとわかったうえで投げかけた。
リカンは真剣な表情で少し考えてから答えた。それは理解を促すというより、自分たちの覚悟の発露に近かった。
「適者生存、という言葉を知っているかな?」
思いがけず質問を質問で返されて、ケイは言葉に詰まった。
「…環境に適応したものが生き残る進化論…か?」
「そうだ。更に言うなら、その際に強さは関係ない。隕石が落ちて世界に氷河期が訪れても、それを生き抜いたものが適者なのだ」
訳が分からなかった。そうだとして、それが彼らの目的とどう一致するのか。
「現在の世界の支配者は誰が何と言おうと人類だ。蚊が万を殺そうと、決して滅びはしないだろう。……だが、人類は100年前に過ちを犯した。私が何を言いたいか、わかるかな?」
まるで出来の悪い生徒に対して教鞭を振るうように答えを促す。
100年前の過ち…それは当時はひた隠しにされ、いまでは錬金戦団にまつわる者なら誰だろうと知っている事だ。それは、
「戦士ヴィクターへの実験……」
ペトラが代わりに答える。
それは2年前の『ヴィクター事変』の発端となったモノ。戦団が傷付いた戦士を治療し、そして別のナニカに変えてしまったモノ。
「人類同士の戦争ならいい。勝手に減ったり増えたりするがいいさ。だが! 本物の化け物を造り出し、それで滅んでしまえば!……笑い話にもならないっ!!」
リカンの言葉が熱を持ち、演説のようになる。気付くと、周りの動物型ホムンクルスたちが一定のリズムでその場で脚を踏み鳴らしている。
「私ならそんな愚行は犯さない!この美しい
ならば! 我々が成り代わろう! 真にふさわしき支配者へと!」
観客へと身体を向け右手を天に突き上げたリカンに呼応して、ホムンクルスたちの怒号が響き渡る。それに気圧されまいと、ペトラは一歩前に踏み出した。
「成り代わる!? 神様にでもなったつもり!? あんたたちが間違いを犯さないなんてどう証明するつもりよ!」
「別に我々は君たちにわかってもらいたいわけではない。これは
そこには溝があった。未来永劫埋まらないであろう溝が。互いが相手にわかってもらおうとしていない。
「……さっきから聞いていると、まるで自分たちは違うと言っているように聞こえるな。お前たちだって元は人間だろ?」
しばらく黙っていたケイが切り込むと、リカンは苦虫を嚙み潰したような顔を隠そうともしなかった。だが思い出したかのように表情を戻した。幾分か機嫌は直っている。
「あぁ、
そう言うと後ろにいた3人の人型が前に出てくる。アフロヘアーの男、小柄な女、腰の曲がった老人。個性豊かなメンバーだった。
リカンが突然着物をはだけて上半身を露出した。その左胸…心臓部分には人型ホムンクルスの章印があった。貫かれればどんな強靭なホムンクルスでも一撃で消滅してしまう共通の弱点。動物型と違い、人型はすべて左胸と決まっている。
「我々は動物の遺伝子を受け入れて、融合した存在……動物の爪や牙を持ち、人の知性と精神を併せ持つ、第3のホムンクルス! 言うなれば『獣人型ホムンクルス』!!」
「なっ……!」
最悪な想定をして顔を引きつらせたペトラに、答え合わせとばかりにリカンの手が大げさに動いた。