「当然、こういう事だ」
リカンに続いて他の3人も懐から取り出した物を掲げる。その手にある物こそ武力の具現化。
「…核鉄……」
「そんな! どうしてこんな奴らが!?」
核鉄は無限に産み出せる製造兵器などではない。『ヴィクター事変』の後にかなりの数が回収されたハズだ。こんな場所にやたらとあるものでは無い。
「まさに、100年前のヴィクターの爪痕だよ。怯え、恐怖した一部の者たちが戦団を逃げ出した…餞別代わりの、核鉄を持ち出してね。それが闇に紛れ、流れているのだよ。……さぁ、もういいだろう」
リカンの声色が変わる。いままでのどこか陽気な面はなりを潜め、捕食者の面が前に出てきた。ケイたちは総毛立つのを肌で感じる。水が欲しいワケでもないのに喉が渇く。以前、山で戦ったホムンクルスなどとは違う、本物の恐怖だ。
「………ッ!」
「十二分に対話は成された。君たちを、今! ここで贄とし! …
やるしかない…!
ペトラがベリュシュトラールを展開する。戦士としてはベテランと言ってもいい経験を持つが、味方が1人だけで、そして人喰いの集団に囲まれている事などはついぞ無かった。緊張の手汗で握る拳銃が滑る。
ケイも戦う準備をしたいが、両手が久坂で埋まってしまっている。どこか安全なところに…と探すが、そんな場所は無い。
目の前の恐怖の大王が上げた手に、力を込める。周りの人喰いが、まだかまだかと飛び掛かる脚に重心を置く。
「さぁ…サラバだ。束の間の友人たちよ──!」
「Stooooooop!」
-4-
瞬間、辺りの怒号を超える程の雄叫びが上げられた。
まさかアメリカンコミックよろしく、待ってましたとばかりに仲間が駆け付けてくれたのかと思い声の方角へ振り向くが、そういう訳ではなかった。
何故ならば雄叫びの主は壇上にいる1人、アフロヘアーの男だった。
「……同志マラキオ。何の真似だ?」
アフロヘアーの男…マラキオが首を振りながら前に出てくる。身体と声だけでなく、デカい振る舞いには軽薄さが滲んでいた。
「Hey Hey Hey ! リカンの旦那、そりゃあないゼ!」
パーソナルスペースが狭いタイプなのか、マラキオは無遠慮にリカンの肩に手を乗せる。振り払いこそしないが、リカンは不愉快そうに目を細めた。
「あんたには"スーコー"な目的があるから邪魔者は効率的に排除したいんだろうが、オレは違う。オレは好き放題遊べるっつーから同志になったんだゼ?」
ケイたちを放置して論争が始まる。周りのホムンクルスはどうすればいいのかと混乱しているようだ。だが、その隙を突いて脱出できるほど甘くはないだろう。結局ケイたちも動く事はできない。
「……ならば、どうする? 何が望みだ?」
仲間内での争いを避けようとしてか、リカンは妥協点を探ろうとしている。
そんな苦労を知ってか知らずか、マラキオは次々と口にする。
「
この男にどれ程の権限があるのかはわからないが、無視して強行すれば不和を生むのは火を見るより明らかだった。
観念したのか、リカンは数秒の沈黙の後溜め息をついた。
「……いいだろう。君たちも、それでいいか?」
「はなからこっちに選択肢は無い。好きにしろ」
わざわざこちらに了承を求めてきたのは、フェア精神でも持っているのか。この状況ではまるで意味の無いモノだ。
「OK! 時と場所はいま、ここ! ラウンドは無制限! どっちかが死ぬまでだ!」
望みが通った事に気を良くして、マラキオは距離を取る為に大股で歩き出す。フライング気味に襲い掛かろうと身を乗り出していたホムンクルスたちを、視線も合わせずに蹴り飛ばしていく。
周りを気にしながら、ペトラがケイの背中にくっついてきた。
「ひとまずは…危機を脱したのかしら。やり合うなら私が出るわ。見るからに単純バカっぽいし」
「俺がやる」
「いや距離を取れば負ける気しないし、私が」
「俺がやる」
ペトラの言葉を食い気味に被せる。前を向いたままなのでケイの表情はわからないが、嵐の日の大木のような折れない頑なさを感じさせた。
「…まだ出会ってちょっとだけど、あんたの事だんだんと理解してきたわ。柔軟そうに見えて、そ〜と〜頑固よね…」
「俺がやる」
「ハイハイ、
観念したペトラがベリュシュトラールを核鉄へと戻し、懐にしまう。短い付き合いだがわかる。ああなってしまったケイには何を言っても通じない。というか聞き入れてくれない。
かくして、マラキオ曰く
リカンはマラキオの勝手に憤っているのか奥に引っ込んでしまった。
ペトラはというと、どこから持ち出されたのか木製の長椅子が置かれ、そこに座っている。
「ケツに手ぇ突っ込んで中からヴィブラ ブレーサー展開してバラバラにしてやんなさーい!」
活を飛ばすが、ケイには聞こえていないようだ。周りの轟音に掻き消されたのか、集中しているのか、ここからではわからなかった。
「ねぇ! お姉ちゃんさっ!」
もう一度活を飛ばそうと息を大きく吸うと、長椅子の横に来客があった。マラキオ同様壇上にいた3人のうちの1人、小柄な女だ。ビキニのような格好の上から白衣を羽織っている。
「お名前、なんてーの? キアはね! ユーソキア、っていうッス! 好きなものは肉といっぱい爆発する映画! 嫌いなものは〜…納豆ッスね! 知ってるッスか納豆の真実!? あのネバネバには生物の遺伝子を弄るチップがミクロンレベルで配合されているんスよ! それで政府に都合の良いように操られてるんス! えっ? プリンとモツ煮? あぁ〜、まぁ良いんじゃないッスかね。でっ! お姉ちゃんの名前は?」
「………は?」
間を置かずに一方的にしゃべられてしまった。まさにマシンガン。銃火器の扱いで負けてなるものかとアツくなるペトラ…などというワケもなく、まったく要領を得ないユーソキアという女に圧倒されてしまった。
ケイとマラキオの戦いもまもなく始まりそうだ。相手などしていられないと振り払う事にした。
「名前なんて知ってどうすんのよ。これから殺し合う関係でしょうが」
「えぇ~~でぇもぉ~でぇ~もぉ~~! なかよくなりたいッスよぉ~! 靴下にチョコレート詰め込んで短冊に吊るしたりしたいッス~~!」
すぐ横で騒がれて迷惑この上ない。ならばせめてと、情報だけでも集めようと思った。このまま黙っていても永久にしゃべり続けていそうだ。
「それなら…あんたたちのボスについて話しなさい。リカン、とかって呼ばれてたっけ?」
「大将の武装錬金の事はしゃべんないッスよ」
突然の冷徹な声色の変化に背筋が凍った。少し探るつもりが簡単に見抜かれていた。言ってからユーソキアは実に申し訳なさそうな顔をする。
「あぁ~、ごめんッス。キア、
相手の質問を予想して先回りしていた。皮肉でもなく、本当に困った様子をしている。責めるものでもないので、ペトラは助け舟を出すように別の質問をする。
「…じゃあ、あの男については? マラキオとかって呼ばれてた……」
すると水を得た魚のように瞬時に表情が明るくなった。気を使ったペトラの優しさにも勘付いているのかもしれない。
「マラキオッスね! 彼は強いッスよ~! 何故なら…」
「ファイ!」
ユーソキアの言葉を遮るようにホムンクルスの声が重なる。なぜか蝶ネクタイをして、ケイとマラキオの間に立たされて試合開始の合図をして、レフェリーの真似事をしている。
そして開始の掛け声とほぼ同時に、鈍い打撃音が響く。
「ヒュウ♪ どうだい、オレの拳の音色は? ディ~プだろ?」
ケイの身体に3発、マラキオの高速の打撃が打ち込まれた。半身になって籠手の部分で受けた為にダメージはほとんど無いが、反応できたのは勘によるものだ。
「…脱力からのインパクトの瞬間の踏み込み…お前、ボクサーか」
指摘を受けたマラキオはニィッと口の端を吊り上げた。そして得意気に両手を広げるパフォーマンスをする。
「御名答! 元ミドル級の
「……ってわけッス。性格はクズだけど、実力は本物ッスよ〜」
わざとらしいパフォーマンスをやる事がわかっていたのか、待ってからユーソキアは答える。ペトラのリアクションを期待して、気持ちウキウキしている。
「表の世界で知名度を? そんなヤツが…」
「時系列逆ッスよ~。最初の防衛戦で挑戦者を殺しちゃって、そのまま業界追放。その後ホムンクルスになったッス」
何でもない事のように説明するユーソキア。その表情には何も感情が乗ってなく、心底どうでもいいというものだった。
「キアたちはそういう集まりなんスよ。人間たちの社会が息苦しくなった爪弾き者たちの集い。でも願いがあるからしがみついて獣人となった」
「うるっせーゾ、ジャリ! ヒトを悲しい過去がある根暗みてぇに紹介してんじゃねぇ!」
ユーソキアの大きな声量は当然、戦っている2人にも聞こえていたようでマラキオがわめいた。
「オレはやりたいようにやっただけだ! それをクソ寒いヤツらが除名処分なんかにしやがった! だからオレはここで好き放題させてもらう!」
傍若無人にわめきながらマラキオの拳が空を切り裂く。試合開始の位置からほどんど動かず左手のジャブを繰り出す。フリッカージャブという腕をムチのようにしならせて打つ、リーチの長い攻撃だ。ケイは左肩を前に出して何とか防いでいる形になっている。
「錬金の戦士のサンドバッグたぁ希少だゼ! でもそろそろ反撃しねぇとスタミナ切れちまうゼぇ~?」
「……問題無い。そろそろ"視"えてきた」
そう言った途端、ケイが前に駆け出した。その姿にマラキオの拳が容赦無く叩き込まれるが…当たりはしなかった。地面を蹴ってジグザグに避けながら進む。
「…ッ! このフットワーク……てめぇ!
「高校のとき、部活で1年だけな」
フリッカージャブに目を慣らして適応して、ボクシング特有の足運びでぐんぐんと距離を詰めていく。ちなみにケイの最終成績は全国4位だ。
試合の流れが変わった事で敵味方問わず熱狂している。一番騒がしいのはペトラだが。
「いっけぇー! 死神の鎌をへし折れぇ──!!」
「うわあぁ! ……なんてなッ」
ケイの拳が届くところまで近付いたところで、急にマラキオの攻撃が変化した。一瞬で重心がスイッチし、右手によるストレートが繰り出される。
あまりにも早い変化に避けられず、ケイの顔面に命中して頭が跳ね上がった。
「これがオレ様の基本的戦術! フリッカーで近付けて、ストレートで仕留める!
吹き飛んだように見えたのは、ケイの身体が殴られた向きに回転していたからだった。その場で一回転してから右手の裏拳でマラキオの頬を打ち抜く。
「くっ…こ、この、野郎! 堂々と反則行為しやがって…! 公式の試合だったら一発アウトだぞ!」
よろめいて頬を抑えるマラキオ。浅い一撃だったのか、そこまでのダメージにはなっていないようだった。
「そっちのスタイルに合わせてやったんだろうが」
回転して威力を殺したとはいえ、鼻をやられたケイは鼻血を出していた。
「…ワオ。ヤバいッスね彼。イイ感じにイカレてるじゃないッスか」
「だから頼りになるのよ」
得意気な顔で鼻を鳴らすペトラ。しかしまだ楽観視はできない。マラキオはまだ力の大部分を隠していることがわかるからだ。
「へっ…いいゼいいゼ! アガってきた! オレ様の本領の一部、『動物型』とは違う『獣人型』の力を見せびらかしてやる!」
マラキオの雄叫びと共に、肩口が震える。肉体という原子が一度崩壊して、別の形へと再構築される。『人型』には持ち得ないモノだ。
「……ふぅ〜〜……。どうだ? ディ〜プだろ? 恐れてもいいんだゼ?」
身体の震えが止まった。再構築されたマラキオの肩口には、左右3本ずつの吸盤の付いた触手が生えていた。それぞれがうねうねと小さく動く。
「…2本の腕と合わせて合計8本……お前は」
「またまた御名答! オレ様は『タコ型獣人のホムンクルス』! こうなっちまったら…4倍強いゼ!」