本領を発揮したマラキオに、外野のホムンクルスたちが歓声を上げる。それに対し応えるように腕を向ける。まるで
「……その腕」
「あん? ようやく怖がってくれたかい?」
ケイの様子が変わった。両手を下げ、何かを思い出しながら質問する。
「先輩の身体で一番重症だったのが、胴体に何度も打ち込まれた打撃痕だ。……お前か」
ペトラの横で寝かされている久坂を指した。ケイの声色は冷静さを保とうとしているが、そこにはマグマのように煮え滾った暴力性がいまかいまかと膨れ上がっていた。
そんな状態に気付いているのかいないのか、マラキオは吹き出して答える。
「あぁ。リカンの旦那がいらないってんで、オレがもらった。……効率的な人のいたぶり方、知ってるかい?」
「なに……?」
露骨に顔をしかめるケイを尻目に、マラキオは笑いをこらえるがこらえきれないでいる。
「人は意外と長所が駄目になっても次に移れる。そういう本能っつうか習性なんだろうな。だが長所が残ってる内は別だ。決して元通りでは無いってのに、
声量が大きくなるのと同時に、マラキオの触手が跳ね上がる。興奮しているのかピーンとまっすぐに伸びている。
「あのにいちゃんは顔がイケてたし、ナイフの達人だったろう? だからそこを残した! 代わりに胴体に何発も何発もディ~プなのをかましてやった!内臓ぐちゃぐちゃになってるだろうから、もう一生おかゆしか食えねぇかもなぁ! ぎゃっはっ!」
これはマラキオの作戦だ。わざと挑発してケイの冷静さを欠こうとしている。このまま戦っても負ける気はしていないが、より効果的に勝ちの目を探っていた。
そしてそれは、実に効果的だった。
「わかった。もう、いい…」
「ケイ……」
下を俯きながらも、両手を合わせてヴィブラ ブレーサーの護りを展開するケイに、ペトラは掛ける言葉が見つからなかった。自分は久坂とはあまり長い付き合いではなく、印象もとくに良いとは言えない。しかしケイの久坂に対する信頼は確固足るものなのが見てわかっていた。
(どうするかは後で考えればいい…いまはこの場を切り抜ける事に集中して……!)
開始の際にゴングは鳴らしたが、ラウンドの時間制限は無いので当然この間も中断はされていない。ケイはそのままの姿勢でゆっくりと足を踏み出した。
「はっはぁー! 今度はフットワーク使わねぇのか!? 下ばっか見てカネでも探してんのかぁっ!?」
6本の触手が襲い掛かる。元々ある2本の腕は打たずに顔の前に置いたままだ。触手はあくまでフリッカージャブとして使い、ケイがどう動こうとも対処できる形だ。
「あちゃあ〜、タコ殴りッスねぇ〜。ん? タコに、タコ殴り…? ぶっは! 面白さがメガトン級ッスねぇ〜〜!」
1人で涙を流して笑っているユーソキアを無視して、ペトラはじっと見ている。
「これは……」
「……おい。…おいおいおい! おっ…なん、だ…! コイツ……!?」
6本のフリッカージャブが息つく暇もなく繰り出され続けヴィブラ ブレーサーの上から叩き込まれるが、特性によりその衝撃は消され、ケイは牛歩でマラキオに近付いている。
「止ま、れ…! 止まれよクソ野郎ォォ──ッ!!」
「この触手…体重が乗ってないから全然軽いぞ」
攻撃を繰り出しているのはマラキオだが、舞台の端に追い詰められている。元々の腕も参加するが状況は変わらなかった。
回り込もうとするが、ケイが少し姿勢を変えるだけで護りの壁が動き、移動を妨害する。フェイントを掛けるもケイの反射神経で対応される。すでに、抜け出せなくなっていた。いつの間にかホムンクルスたちの声援も無くなり、場は極めて静かに、マラキオの叫び声だけがこだましていた。
「ぉ゙、おぉぉぉぉ゙! 『武装錬金』ッ!」
抵抗の術が無くなり、懐から核鉄を突き出すマラキオ。すでに顔は汗だくだ。
核鉄は2人の間に展開して産声を上げる。
「【
すさまじい勢いで黒い煙幕が噴き出す。2人を包んで周りから見えなくなっていくが、ペトラは最初に頭に浮かんだ感想をつい口に出してしまう。
「た……タコスミ、吐いた」
「だよねぇ~~キアもそう思ったッス!」
などといった外野の声には耳を傾けず、マラキオは今度こそ勝利を確信する。もはやその表情は引きつっていた。
「は、ははは! モロに浴びたな! オレ様のクランク スクリーンを! その特性は──」
瞬間──! マラキオの言葉が中断される。煙幕の中から出てきた左手によって顔の下半分、顎ごと掴まれているからだ。
「ぐぁ…がっ……!?」
「どうやら数秒なら気体も防げるらしいな。そして……もう黙れ」
跳んだ。ケイの振り切った右の拳がマラキオの顔面を穿ち、後方へと。
しかしそれだけでは終わらなかった。突き出した左手が跳んでいく身体を引き寄せる。その勢いを利用してまた穿つ。まるでプロレスのロープ際だ。
それを繰り返す。2度。3度。4度…。
もはや誰もが言葉を失っていた。
「先輩は…万全の状態だったらお前程度には負けない」
ケイが言葉を紡いでいる間も、拳は止まらない。
「お前、弱いよ」
タラレバを持ち込んでもどうにもならないのはわかっていたが、そう言うのが唯一の抵抗だった。そしてマラキオにとってはそれが一番辛辣だった。
-5-
「おかゆ、美っ味! メッチャ丁度ええやん!」
ベッドから上体を起こした久坂は、医者の用意した病院食に舌鼓を打った。
「ほう、分かるかね。これでも医者になる前は料理……」
「料理人目指してたん?」
「いや? 料理漫画をひたすら読んでた。美味〇んぼとか」
ここは街の病院。しかしただの病院ではなく、戦団の息の掛かった事情を知る者たちが働いている。何だこの医者。
「いやそれただの一般読者やぁ~~んっ!」
「先輩。もうしゃべれるんですね」
ケイとペトラが扉を開けて入ってくる。気を利かせて退出する医者に一礼してから、お見舞い用のりんごを脇に置いて近付く。表情には出さないが、久坂の回復をケイが相当喜んでいる事がペトラにはわかった。
「ツッコミが病室の外まで聞こえましたよ」
「いや~まだ絶対安静なんやけど、関西人の血が騒いでしもうて…」
「先輩、生まれ山口じゃないですか」
普段通りだ。一歩引いたところから見ていたペトラはそれ故に、昨日の事が思い出される。
マラキオとの一方的な試合の後が。
「ぐふっ…! …テ、テメ…ぇ……」
「……えっ? あ、あれ? …なんで? オレ…?」
ケイの拳を止めたのは、レフェリーの真似事をしていたホムンクルスの突然の攻撃だ。攻撃は正確に、マラキオの左胸の章印を貫いている。
断末魔とともに砂のように散っていくマラキオの姿。当のホムンクルスは何故か困惑しているが、そんな事は意に介さず彼らの
「もういいだろう。勝敗は決した。ゲームは君たちの勝ち。事前の取り決め通りその人間を連れて去るといい」
握り込んだ拳をゆっくりと開いたケイは、息を整えてようやく落ち着いた。頭に上った血が落ちていくのを感じる。
「…お前等の仲間だろ? 負けたから始末したのか。随分と冷酷なんだな」
「これ以上彼の尊厳を踏み荒らされたくなかったのでね…どっちがケモノなんだか」
リカンの眼には確かに憐憫の情があった。彼等なりの優しさだったのかもしれない。そんなものがホムンクルスにあるのか、ともペトラは思う。
「忘れるな……我等は『
久坂を背負い、地上に続く道を通って行く間も、リカンたちはこちらを見据え続けていた。その目が赤く、紅く輝きを放っていた…。
戦いは終わってなどいない。むしろ次は敵も油断せず本腰を入れてくるだろう。戦団の本部に応援の要請は入れているが、間に合うかどうか。
「ほら」
「へっ?」
スッとペトラの目の前に、ピックの刺さった8等分されたリンゴのひとつが差し出された。甘い匂いがかすかに鼻孔をくすぐる。
「ひとつずつだ。先輩を救出できた。聡くんはまだ見つかってないが…ひとつずつ、やっていこう」
ペトラの不安を見透かしてか、ケイの声音は優しい。こういうところで歳上だという事を思い出させる。
しかし戦士としては自分の方が先輩、気遣いなど無用! とでも言うように目の前のリンゴにかぶりつく。そしてその勢いは衰えずに残りのリンゴも平らげていく。
「あっ…ぼくの、リンゴ…」
「ナマイキ言ってんじゃないわよ! アイツら全員、私たちの輝きで灼き尽くしてやるわよ!」
不敵に笑うペトラに、釣られて口角を上げるケイ。
2人の間の目に見えない糸の強固さが見えた久坂は、
「なんや…クッソ頼もしいやん」
涙目になりながら言った。それはそれとしてリンゴは食べたかった。
ーつづく