武装錬金:Q.E   作:まぐろの勇気

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第5話 -獣たちの饗宴- 1

 -1-

 

 久坂を救出した翌日、ケイはペトラが滞在しているホテルへとやってきた。理由はもちろん今後の対策……と、生活チェックだ!

 ルームサービスを頼んだとしても、数日いれば生活感があらわになる。下着の1枚でも床に落ちていれば説教するつもりだ。

 

「いらっしゃ〜い♪」

 

 出迎えたペトラは余裕の笑みを浮かべている。「どうぞご査収下さい」とでも言いたげだ。訝しみながら部屋に踏み入ると、早速リラックスする香りに包まれた。下品に振り撒く訳でもなく、かすかに感じられる丁度良さ、更に長時間嗅いでいても嫌にならない自然なもの。

 床には衣類はもちろん、埃ひとつ見当たらない。重点的にやっているのはホテルスタッフだろうが、ペトラも気を付けてなければこうはならないだろう。

 

「ずっと軍隊生活だからね。散らかってるのって耐えられないっていうか〜」

「いや……これは素直に驚いた。偉いじゃないか! ……ところで、それは?」

 

 ケイが部屋に入ってからずっと、ペトラはクローゼットに身体を預けた姿勢のままだ。その指摘に、「何の事?」とわかりやすくとぼけた顔をする。

 

「どきなさい」

「……ハ〜イ」

 

 ペトラがクローゼットから離れる。よく見なければ気付かないが、クローゼットが少し膨れている。近付いて開けると、

 ガラガラガラガラ。

 雪崩が起きた。内容は衣類はもちろん、バッグや小物、飲食店のテイクアウト用の袋など……。

 2人の間に沈黙が訪れる。先に口を開いたのはペトラだった。

 

「……Wow(わぁお). びっくり! (舌ぺろ☆(かわいい))」

 

 今後の対策会議は遅れた。

 

 

 -2-

 

 今後の行動についてケイが提案したのは、戦団からの増援が到着するまで奴ら……『大いなる獣(ト・メガ・セリオン)』を山に封じ込める事だった。

 

「戦団は事の重大さを理解してないのか? 200近い数のホムンクルスと人型が確認されたんだぞ」

 

 ペトラに愚痴や不満をぶつけてもしょうがない事なのはわかっているが、これで人的被害が出てしまえば後の祭りだ。後悔は……どうせするなら、やれる事をやってからしたい。

 

「いま戦団はデカい作戦を目前にしてヨーロッパ支部に集結してるからね。人里から離れてればミサイルだろうがナパームだろうが撃ち込んで終わりだったでしょうけど」

 

 それはそうだ。錬金の戦士は強くなるほど、それこそ『戦士長』クラスまでいくと尋常じゃない人間兵器とでも言うべき強さになる。その為戦闘の被害も甚大なものになるだろう。そんな人物を連れてこられても困る。敵は倒せたが街も消し飛んだ、では駄目だ。

 

「言葉を返すようだけどさ。アジア支部……日本の戦士たちには救援要請できないワケ? 自国の問題でしょう?」

 

 ペトラの疑問は当然のものだ。他所の力を当てにするよりまず自分たちが立ち上がらなければならないなんてのは至極真っ当な事だ。痛い所を突かれたが答えは決まっていた。

 

「アジア支部に打診は……最後の手段だ」

 

 ケイが掻い摘んで説明する。

 日本には誰よりも強い戦士が存在する。以前のヴィクター事変の立役者で信頼に足る人物が。しかしそれ故に、頼ってしまう。ケイと同い年の青年に頼り切りになってしまう。それを恥として、他の戦士たちは極力彼を巻き来まない事を暗黙の了解としていた。

 

「あ~、例の。噂はいろいろ聞いた事あるわね」

「誰かを護る為に命を張れる真のヒーローだ」

「噂では彼の隣りには常に女性の戦士がいて、おへそがとってもエロスらしいわ」

「うん……うん?」

 

 ツッコミをしようとしたがその音は搔き消された。

ドォォォォォォンッ!! 

 

「「!!」」

 

 地震と勘違いしそうになったが違う。音は高いところから聞こえ、その余波で大地が震動していた。2人とも同時に立ち上がりペトラが窓を開け、ケイはテレビのリモコンを押した。

 

 〔……番組の途中ですが臨時ニュースをお伝えします。ただいま〇〇県、銀南峰(ぎんなんぽう)を発生源にした原因不明の爆発が確認されました。現在警察は原因解明の為に……〕

 

 若いニュースキャスターの淀みの無い声を受け、続けて窓から外を見る。ここからでもわかる。ここしばらく登山をしているあの山だ。それが突然奇妙な動きを見せた。つまり──

 

「ホムンクルス共が動いた!」

 

 昨日の今日でもう動き出したのか。ケイは考える。むしろ、だからこそ動いたのか。隠そうとしないこの騒動はやつらなりの『宣戦布告』なのかもしれない。

 戦団からの援軍はまだ来ない。見え見えの挑発でもある。しかし無視する事はできない。このままでは警察が山に入っていってしまう。

 

「クソ……! 行くぞッ!」

 

 戦いはこうして、なりふり構わず始まってしまった。

 

 

 -3-

 

「……ンっ。ゴホ、ゴホン……。えっ、もう始まってんのコレ? し、失礼しました。銀南峰の爆発事件の続報をお届けします」

 

 山の麓にはすでに相当な人数が集まっていた。警察に警察犬、地元の山歩きに慣れてる協力者、記者にキャスターと撮影スタッフ、あとは野次馬だ。「KEEP OUT」と書かれたテープが辺りに張り巡らされている。

 

「前回以降新たな爆発は確認できませんが、地元の住人に話を伺ったところごくたまに銃声のような音を聞いた人もいると。警察は反社会的組織が関わっている可能性を考慮して……ん? な、なんだコレ!?」

 

 生放送中の画面があっという間にモヤで包まれていく。周囲も気付き始め、キャスターの物騒な発言と結び付けて悪い方向に想像が広がり、軽いパニック状態に陥っていく。混乱は伝播していきモヤから遠いところにいる人々まで逃げ出し始めた。

 

「……ただの煙幕なんだけど、想像以上の効果でちょっと罪悪感かも」

「気にするな。いまはそれより急ぐぞ」

 

 慌てふためく人々を横目に、原因を作った2つの人影がすり抜けて山を駆け登って行く。もちろんこのモヤはペトラの武装錬金ベリュシュトラールの特性によって作られた煙幕弾だ。視界を塞ぐだけで特別な効果は無い。が、却ってその不気味さが人々の足を遠ざけている。

 向かうべき目的地は昨日獣人型ホムンクルスと戦ったあの場所だ。罠を仕掛けて待ち受けているかもしれないが、飛び込まないワケにもいかない。

 

「ねぇ、そういえば……美雪さん、どうだった?」

 

 おずおずとペトラが訪ねた。美雪の……というより聡志の事だろう。今日は問題の月曜日だ。ケイは今朝すぐに美雪に連絡を取ったがさすがに動揺していた。確証も無かった為に何も言えず、警察に捜査依頼を出すようだった。美雪の声色はそこまで暗くなかったが、ケイに心配を掛けまいと明るく振る舞っていたのがありありとわかった。

 

「ったく……あんな良いヒト、心配掛けてんじゃないわよ……!」

「……聡志くん……」

 

 何度も登山を繰り返した為だいぶ慣れてきている。日常から特訓に身を入れている戦士ならば、ほとんど労せずに登れるだろう。そしてある程度まで進むと、聡志の事に気を揉んでいたケイも、強大な敵を前にして緊張していたペトラも気を引き締めた。やつら──『大いなる獣(ト・メガ・セリオン)』の拠点の入り口に着いた……!

 

「…ね! これが終わったらスイーツでも食べにいかない? この世の甘味集めましたみたいなトコで」

「そういうの死亡フラグっていうんじゃなかったか?」

 

 ペトラが小さく笑みをこぼしてケイの方を見る。引き締めた気が散りそうで心配したが、差し出された拳を見て行為を理解した。

 

「生還フラグってのもあるのよ。勝って、バカみたいなカロリー摂取するわよ!」

 

 拳を突き合わせて、そのままの勢いで拠点へと飛び込んだ。

 

 

 -4-

 

(きみは…なんというか、アレだね…面白くないね)

 

 いつもの研究室。他にスタッフはいない。見捨てたのか、見捨てられたのかはもうわからない。

 1人、また1人といなくなっていく度に、私の心の殻は花弁を剥ぐように無防備になっていく。どうにかしようと模索していると彼は私の事を枝を()めて花を散らすようだと言った。

 

(もっと視野を広げて色んな事をやってごらん。月夜の散歩とかさ。必ず良い事があるよ)

 

 彼の顔はふてぶてしく真ん丸になるときもあれば、誰にも悟られないほど消え入りそうに薄くなる事もあった。まるで…そう、月みたいな男だった。

 

 

「………カン…! ……リカンッ!」

 

 ハッとなって我に返る。ホムンクルスには本来睡眠など必要ないハズなのに、立ったまま意識がトンでいたようだ。気を引き締めねば。

 

「すまない…どれ程の時間、気を失っていた?」

 

 眼を擦り、横に座っている少女に問いかける。少女は気怠そうに、身体はこちらに向けずに首だけを傾けた。

 

「ほんの1,2分の間だけッスよ。立ったまま、腕も組んだままだから判断難しかったッス」

「私にも繊細な心というものがあったんだな。新たな発見だ。……月夜、だからか……」

 

 現在時間は夕方でまだ日が沈みきってもいないが、薄く空に浮かんだ月はそれはそれは丸い形をしている。リカンが目を細めて耽っていると、少女ユーソキアが沈黙を嫌うように訊ねる。肩を無遠慮にバシバシと叩きながら。

 

「お目覚めついでに質問いぃッスか? なぁんで()()()を受け入れたんス?」

 

 この組織、『大いなる獣(ト・メガ・セリオン)』をリカンが作ってもっとも付き合いが長いのがユーソキアだ。しかし2人は同志ではあるが友人ではない。相手の事を理解しているとは言い難い。誰に言われた訳でもなくペトラに近付いたように、知的好奇心の強いユーソキアは気になった事をグイグイと聞いてくる。

 

「……別に、受け入れた訳では無い。チャンスは与えたが、結果どうなるかはどちらでも良かったからな」

「ふ〜〜ん……キアには、あの子の事が気に入ったように見えたッスけどね!」

 

 リカンは目をさらに細めただけで、何も答えはしなかった。

 

 

 結論から言うと、昨日あれほどの闘いと熱狂の渦を巻き起こしていた場には誰も残っていなかった。まるで最初からそんな集団は存在しなかったのだと錯覚する程だが、無数の踏み荒らされた地面がそれを拒絶する。

 いや、正確には誰もいない訳ではない。昨日はリカンが立っていたステージ上に人影があった。ただし1体ではなく、1人。

 

「……まさか…本当に……」

 

 予感はあった。ケイは心構えをしていた。決してこないでほしいと願いながら、しかし確信に近い直感はあった。目の前の現実を直視出来ず、顔を俯けて戻せずにいる。

 動けずにいるケイに代わり、ペトラが前に乗り出す。ケイ程ではないが動揺している感情を極力表に出さないよう努力しながら。

 

「…それが、あんたの選択ってワケ? クソッタレ」

 

 闘争の意思と共に手の中に拳銃が実体化する。生まれたときから戦団にいた経験で非常事態にも冷静に、いや冷徹になれるのは果たして長所なのか短所なのか自分でもわからない。銃口を人影に向け、引き金に指を掛ける。脅しの意味も込めてわざとらしく音を立てた。

 

「なんだろうと、私はホムンクルスを撃滅する。それだけよ…」

「冷たいな。せっかくのクラスメイトの門出だ。盛大に祝ってくれよ」

 

 人影が両手を掲げ存在を声高にアピールする。何故か腰も一緒になって横に振っていて、高揚しているのがわかる。

 ついに発せられた声に強制的に現実を認めさせられ、ケイは認めざるを得なくなった。美雪にどう説明すればいいのか。

 

「説明を、してくれ……どうして、そんな事になっているんだ!? 聡志(さとし)くんッ!!」

 

 人影の姿をハッキリと捉える。紛れもない。その姿はこんな人喰いの化け物たちの巣窟には相応しくないごく一般的な高校生の男子で、そしてケイにとっては恋人の美雪の弟でもある。聡志だった。

 捕まって監禁されていた、好奇心からやってきていままで隠れ潜んでいた、などの希望的観測は聡志の不敵な面構えと、頭から生えた2本のツノのようなものによって打ち砕かれた。

 

「ボクをその名で呼ぶな人間! 代表(ロゴス)がくれたボクの新しい名前は”アルマ”…兎の獣人型ホムンクルス、アルマだ!脳に刻みつけろ!!」

 

 どこか陶酔としていた表情がケイの声に反応して鬼の形相へと変わる。ギリギリと歯を鳴らし、苛立たしさを露わにする。ペトラはあまり知らないが普段の聡志は神経質なところがあり、滅多に見られない光景だった。

 

「生まれ変わったんだよ、ボクは! お前等とは違うんだ! もう!」

「……そう」

 

 スッと一瞬目を伏せるペトラ。時間にして2秒も掛かっていない程で開けると、そこには戦士としての覚悟を決めた眼があった。

 

「その通りのようね。生まれ変わって、ひとでなしになったのね」

「待っ……!」

 

 ケイの制止も聞かず弾丸が放たれる。真っ直ぐと心臓目掛けて飛んで行った死の軌道は、途中合金によって阻まれてしまった。

 

「……! ソレはっ!」

「ご存知、核鉄だ! ボクを受け入れてくれた代表(ロゴス)が貸してくれたんだ! そして──!」

 

 あまりの急展開に頭と感情が付いていけてないケイが戸惑うが、聡志は一向に手を緩める気はないらしい。

 

「『武装錬金』ッ!! ……これが、ボクの新しい命だ」

 

 

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