武装錬金:Q.E   作:まぐろの勇気

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第5話 -獣たちの饗宴- 3

「俺っ、が……?」

 

 思いも寄らぬ方向から矛先を向けられたじろぐケイに、外された肩の痛みも構わず追撃を掛ける。

 

「お前は…美雪が選んだ相手だ。だから、それなら……なのに、人喰いの化け物を倒す組織に所属する、正義の味方だと?」

 

 聡志の言葉に支離滅裂さが増えていく。考えてしゃべっている訳では無く、感情の赴くままに吐き出している。本人も話の着地点など考えていないだろう。

 

「お前が正義の味方、なら…つまりお前は! 100万人の見知らぬ他人と美雪1人のどちらを助けるかを天秤に掛けて、()()という選択肢が生まれたんだ!!」

「……はぁっ!?」

 

 たまらずペトラが口を出す。話がややこしくならないように黙っていようかと思っていたが、あまり我慢強い方ではない。

 

「そんな事、アンタに突っつかれる謂われは無いわよ! 第一美雪さんは守られないといけない程弱くないし、もしそうならアンタがやればいいじゃない!」

やれるならやっているッ!! 」

 

 息をするのも忘れるほどの咆哮は、聡志の喉を傷めて咳と共に吐き出される。戦闘では一歩も引かなかったペトラも、その鬼気迫る雰囲気に後ずさってしまう。

 

「ボクは……弟だ。弟とは姉の脅威にタチムカウ生き物なんだ」

「脅威…美雪の、脅威……?」

 

 頭に入ってこない。聡志の独白の内容は頭をすり抜けて、そこに込められた感情だけが伝わってくる。後ずさりこそしないが、ケイの頬を汗が伝う。

 

「お前だッ! 美雪を連れていきこそすれ、十全に守る事も出来ない! そんなヤツに勝つ為には、ボクも力を手に入れなきゃいけないだろう!!」

「……まさか…俺、なのか…? 俺が、きみを……」

 

 ようやくケイは理解できた。いや理解は出来なかったが、聡志の気持ちはわかった。

 聡志はケイを追いかけて道を踏み外しかけている。

 しかし俯くヒマもなく、状況は目まぐるしく動いていく。

 

「──ぁがっ…!」

 

 後ろにいたハズのペトラが助走を付けて走り出し、聡志の顔面に思い切り右ストレートをかましたのだ。聡志はホムンクルス化していない証として鼻血を流して倒れた。

 

「…別にアンタにどんな信念があっても構わないけどね。私が絶対に許せないのは、自分の無力さを武器にして他人にぶつけるヤツよ。それが私の好きな人たちに対してだったら、尚更ね」

 

 立ち上がれない聡志を前にもう一発入れてやろうかと拳を振りかざすペトラだったが、その手をケイの手が優しく抑えた。

 

「すまない、もういい……ありがとう」

「……んっ」

 

 すべての人を救える訳では無い。ましてや救われたくないと思っている者は、決して。

 ケイはもう俯かない。かつて交わした、妹との約束があるから。前を見据え歩き出す。

 

「急ごう。『大いなる獣(ト・メガ・セリオン)』の本体はもう麓まで行っているかもしれない」

 

 頭を切り替える。聡志の件は解決はしていないが、緊急性は低いと判断して後回しにする。冷たいようだが、ホムンクルスの集団がいまこの瞬間にも人里に辿り着くかもしれないという事態を考えればしょうがない。

 

「…あっ、でも核鉄だけでも回収しといた方がいいわよね? 予備があればなにかと便利だし──何、アレ……?」

 

 広い空間の丁度中心辺りで振り返ったペトラは眼を疑った。上からくる……アレは。

 

 

 -6-

 

 聡志との決着がつく少し前、ケイたちはここに誰もいないと思ったようだが実は同じ空間の上方に存在していた。ここは以前久坂が隠密活動に使っていた場所でもあり、薄暗く見つかりにくかった。

 

「うぅん…これは手厳しい。あの少年では錬金の戦士には敵いませんでしたか」

 

 1人だけ高みの見物をしていたのは、『大いなる獣(ト・メガ・セリオン)』の3人の獣人型ホムンクルスの1人、腰の曲がった老人だった。その顔は表情こそ温和だが、大きな傷が何重にも付けられていて歴史の重みを感じさせる。

 

「あたしの貸してあげた核鉄を使っても駄目でしたか。新しい玩具(おもちゃ)は死に損ないが使うよりも未来を切り拓く若者にこそ与えたいんだけどねぇ」

 

 突いていた杖をその場に丁寧に置き、のそりのそりと身を乗り出す。標的であるケイたちの姿を視認すると倒れ込むように落ちて行った。

 

「若者の失敗を補うのも老兵の役目だからね。安心おし。全部すり潰してあげるからね」

 

 老人の人間だった頃の名前は亀谷(かめや) 甲司(こうじ)。『大いなる獣(ト・メガ・セリオン)』唯一の日本人である。リカンから与えられたホムンクルスとしての名前は"ヴィオス"。

 落ちながらその姿が変わっていく。獣人型はそれぞれ動物の特性を発揮する。以前のマラキオがタコの触手を腕として操ったように。ヴィオスは亀の獣人型ホムンクルス。その特徴として胴体をすべて隠すほどの甲羅が生成される。

 

「部分変化ってヤツ、あたしは苦手なんでね。このまま身体全部いかせてもらいますよ」

 

 落ちてから数秒後、偶然見上げたペトラがヴィオスの姿に気付く。突如現れた新たな敵に驚いている……()()()()()

 ヴィオスの獣人型としての特性、それは実に単純(シンプル)。『巨大化』だ。

 ペトラが視認したときにはすでに、20m近いサイズになっていた。重さは1tを軽く超えている。それが自由落下してきた。

 次いで、一瞬遅く気付いたケイが武装錬金を起動する。その直後に轟音を鳴らして大地が砕けた。

 

 

 -7-

 

 両腕両脚を大の字に広げた状態で留まっているヴィオス。動けないのではなく動く必要が無いからだ。その身体は少しだけ地面から浮いていた。

 

「…だい……じょうぶかっ!? 2人とも!」

 

 大量の汗を流しながら確認するケイ。両腕を合わせて空に向けヴィブラ ブレーサーの結界を発動している。まるで祈りのポーズだ。

 防御は間に合ったが、直接的なダメージはなくとも砕けた地面に思いきり体勢を崩されたペトラが、頭を抑えながら立ち上がる。

 

「私は、大丈夫…! 出血ナシ、脳震盪ナシ、脚は…挫いた。激しい運動は難しい」

 

 軍属のクセなのか自身の状況を淀みなく報告するペトラ。脚を抑えてすぐに座ってしまう。

 そして助かったのはこの2人だけではなかった。

 

「……おい…。何故、ボクまで助けた……!」

 

 ケイのすぐ脇に聡志がいた。すんでのところでケイのヴィブラ ブレーサーのもう一つの『触れたモノを引き寄せる』という特性を使い、護る事が出来た。亀の巨体の胴体は浮かせているが、あのままだったら手足に潰されていただろう。

 

「………」

「どこまで…馬鹿にすれば気が済む! ボクが、泣いて謝るとでも思っているのかッ!?」

 

 怒鳴りつける聡志。しかしそこには敵として現れたときの感情は無かった。戸惑いと罪悪感。涙こそ流していないが、その心にはいままでと別の気持ちが生まれたようだった。

 かといって、状況は何も好転していない。

 

「……ペトラ」

「…何……?」

 

 聡志を無視してペトラに顔を向ける。ヴィブラ ブレーサーの結界で止めているとはいえ、無敵の力などではない。限界が近付いているのか、ケイの両腕は少しずつ下がってきてしまっている。

 

「聡志くんを……連れて行ってくれ」

「っ!! あんた、また──」

 

 自己犠牲…正義の味方が陥りやすい罠だが、遺された者からすれば決して正解などではない。妹の事から何も学ばなかったのかと怒りを露わにしかけるペトラだったが、ケイの顔を見て二の句が継げない。

 

「美雪の元に聡志くんを帰す…それだけは、絶対なんだ…! 頼む……!」

「………」

 

 ペトラは悟った。もはや言葉でケイを説得する事は不可能だという事を。1人のわがままな子どもを助ける為に、その身を犠牲にしようとしている。ドラマチックではあるかもしれないが、ペトラの好みでは無い。

 

「…すぅっ……はぁぁー……」

 

 ケイの言葉を聞いても、ペトラは聡志の手を引っ張って走り出したりはしなかった。むしろその逆だ。本当に普段から拳銃など握っているのか疑うほどに華奢な手は、ケイの胸倉を掴みかねない勢いで出された。いやこんな切迫した状況で無ければ確実に掴んでいただろう。

 深呼吸の一拍の後のペトラの眼は決意を固めていた。

 

「リカンとかいう奴等の親玉、獣人型の女、100体を超えるホムンクルスの群れ……残り全部、あんたに託して、良い?」

「……ぇっ?」

 

 完全に虚を突かれた。浴びせられるとすれば恨み言か啖呵かだと思っていた。

 一体何を考えているかはわからないが、そんな風に聞かれてしまったらケイの答えは1つしか無い。1つしか、ありえない。

 

「…もちろんだ…任せろ」

「……ありがと」

 

 返ってくる言葉はわかっていたが、実際に耳にすると気持ち良いものだとペトラは実感した。

 ならばもう、迷わない。

 

「それじゃ……後、頼んだからね」

 

 

 -8-

 

 亀谷 甲司、1925年生まれ。

 彼は時代の奔流の通り国の為に戦い、多くの友と同じ様に空へと旅立ち帰ってきた男の1人だった。その後家庭を持ち幸せと言っていい人生を歩んだが、心は見果てぬ空へと置いてきたままだった。

 そして40代の頃、とある特撮の映画に出会った。大迫力の怪獣映画で、その主演怪獣は空を自由に飛んでいた。亀谷はその怪獣に心を奪われてしまった。

 それからリカンによって獣人型ホムンクルスとして迎えられたが、長い人生からくる常識という鎖は亀谷を縛り、「亀が空を飛ぶなどありえない」という結果に終わった。この老人の心はどこにあるのか、もはや本人にもわからない。

 

 

 限界の近いケイはついに片膝をついてしまい、結界の範囲が狭まった。しかし目の前のどこまでも勝ち気な少女、ペトラは動じなかった。

 本来二挺拳銃のベリュシュトラールを片方消し、両手でしっかりと握って頭の前へ持ってきている。念を送っているようにも、神に祈っているようにも見える。

 

「…射程距離はいらない…命中精度も、捨てる…」

 

 口だけを動かして時折シリンダーを撫でている。

 

「…威力、必要なのは…それだけ…」

 

 ここで説明しておこう。ペトラの【回転式拳銃(リボルバー)の武装錬金】ベリュシュトラールの特性は『特殊弾の合成』だが、それだけではない。

 二挺分の弾丸…12発を効果に依って割り振る事が出来る。逃げるオタマジャクシの頭を撃ち抜く為に射程距離を延ばしたり、カメレオンの動きを止めるときに遠くの物を壊す目的で命中精度を上げたり、など。

 普段はこれらをバランスよく調整して使っている訳だが、意図的に崩した場合…まして、()()()()()()()()()()()()()()()()どうなるのか……。

 

「…射程距離配分、0…命中精度配分、0…破壊力配分、12…」

 

 手に持つベリュシュトラールがガタガタと震える。5日分の荷物をコンパクトな旅行鞄に無理やり詰め込んだような、明らかな許容オーバーだと理解しておきながらそれを選択する。

 

「…………ふぅっ」

 

 息を整え、ペトラはごろんとその場に仰向けに寝転んだ。ここが遮蔽物の少ないキャンプ場ならばその先には満天の星空が広がっていたかもしれないが、あいにくと目の前に映しているのはすべてを圧し潰そうとしている無慈悲な塊。

 ペトラは、ただひたすらに、冷静にベリュシュトラールを両手で構える。その標的は亀の獣人型ホムンクルス、ヴィオス…の胴体のどこかだ。確かにこれなら射程距離も命中精度も関係ない。引き金を引けば必ず命中する。

 だがこれではまだ駄目だ。

 

「…ケイ。お願い」

「…わかった」

「おい…おい待て! いかれてるのかお前等……!?」

 

 思わず声を荒げたのは聡志だ。姉の恋人に対抗する為に人を捨て去ろうとした少年が、この場では一番マトモな神経をしていた。

 

「ヴィブラ ブレーサーの結界は内側からの衝撃も消してしまう。だから」

「これを目の前にして解除するのか!?」

 ケイの言う通り、いま自分たちを護っている結界は盾でもあり檻でもあった。ここから抜け出す為には、檻を失くさねばならない。動揺を隠せない聡志に対して、覚悟を決めた戦士の2人はやはり冷静だった。

 

「……ケイ」

「なんだ…?」

「なん……なんでもない……」

「………」

「………」

「スイーツバイキング、行くぞ」

「……」

「勝ちフラグ、なんだろ?」

「…そうよ。どきなホムンクルス。輝くカロリーが! 私たちを待ってるんだッッ!!」

「いくぞっ!!」

 

 ケイの両手が、離れる。

 

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