-9-
「なんっ……だ? なにが…! 起こっ…た…!?」
ヴィオスの理解が追い付かない。錬金の戦士を追い詰めて、可哀想だが敗れた少年はぺちゃんこにして、ゆっくりと核鉄だけは回収する…そんな簡単な作業のハズだった…だというのに。
「どうして…! 目の前に空が広がってるんだ……!?」
すでに日は沈み、夜が目前に迫っている。まだ同胞たちは人里に辿り着いていないようで、周囲は静かなものだ。
べリュシュトラールの最大威力を至近距離で受けたヴィオスの身体は遥か上空へと打ち上げられ、その胴体を章印ごと空洞にした。すでに手足の先から崩れている為下に着く頃には跡形もなく消え去っているだろう。
「あぁっ…これで終わりか。結局あたしは何も
その時、一陣の風がヴィオスの後ろから過ぎ去っていく。その風は空へ、空へと向かう。まるで意思を持つように。
「…みんな、ここにいたのかぁ……そうかぁ」
最期になって気付く事ができた。空を飛びたかったわけではない。空へと、
「はぁっ……は、ぁっ……ぁー、しんど……」
「大丈夫かっ!?」
両手を投げ出し脱力して倒れ込むペトラ。さすがにすぐには立ち上がれずその場で気遣うケイ。
上を見るとそこにはぽっかりと穴が空き、夜空とセットで月が光る。今夜は満月だった。
「大丈夫…じゃ、ないわよ。テストで3点も笑顔満点も無いわ」
ゆっくりと手を動かそうとするも、ペトラはツラそうに顔を歪める。べリュシュトラールの隠し玉は、強力なだけあって難点も明確であった。
「反動を殺し切れないから両肩とも脱臼してるし、体力も根こそぎもってかれてる。そんで…闘争心もエネルギーに無理やり変換してるから、3日は核鉄を起動出来ないわね……」
急場は凌げたが、この先が繋げない。だからこそ、ケイにすべてを託した。もうこの戦い、ペトラは参戦する事が出来ない。
「充分だ…休んでてくれ。ありがとう」
やっとの思いで立ち上がると、その場に聡志がいない事に気付く。自分たちが無事なのにと疑問に思ったがすぐに見つける。ベリュシュトラールで開いた穴、そのすぐ近くに聡志はいた。ここからただの跳躍で登ったのなら、なるほど確かに兎の力を有しているというのも頷ける。
聡志は一瞬だけこちらを振り返ると、そのまま何も言わずに穴から出ていってしまった。
「……いいの? ほっといて」
「大丈夫なハズだ。今度こそ…あの子を信じたい」
ホムンクルスには食人衝動がある。しかしリカンたちのあの数が潜伏していたというのにこの町の人口の失踪率はそう高くない。奴等には何か衝動を抑える術があるのだろう。聡志にもそれが適用されている事を祈るしかない。
「私は大丈夫。だからあんたは奴等を追って」
「あぁ。約束したからな」
敵はまだ主力を残しており、こちらに万全なのはケイ1人という混迷極まる状況…だが不思議と脚はぐんぐんと前に出ている。こんなときだが、託されて使命を全うする事がケイに戦士としての自覚に火をつけた。
勝てる。この戦いはきっと勝つ事ができる。
──だから、次の瞬間すべてが叶わぬものに変わったという事実を、受け入れられなかった。
──ゥゥ──
──ウゥゥ──
──ヒュウゥゥ──
「……ぁっ…」
……ッオォォォン
ペトラは眼を疑った。視界に収めたハズの現実を脳が処理し切れない。上手くいってたハズだ。なのに、どうして……どうして。
「……ぁがっ……ぅぅぅぅ、……ぐぼッ! ……」
よろめくケイ。その場に尻もちをつくとその衝撃で吐血する。目の焦点が合っておらず、口は開き続けていてそのうち泡が漏れ出てくる。どう見ても重症、いや致命傷かもしれない。
攻撃の正体は入り口から飛び込んできた謎の光だ。それが風を切って、高速でまっすぐに過ぎ去った。その過程でケイの片腕を奪っていった。
「ケイ、ケイ! …くっ、ぅ……!」
「どうして…!? こんなの…こんなの、無理ゲーじゃない……! 全部無駄だったっていうの!?」
「そんな事は無いぞ。君たちは頑張った」
ペトラの慟哭が広がる場に別の音が混じった。温度を失った、ガラス細工のように無機質な響きで感情の起伏を排した声だが、その内容は聞く者を安心させようとするものだった。
「………えっ?」
「すまない、遅くなった」
いつの間にか、入り口には3人分の姿があった。
まだ、負けていない。
―つづく