最初にその中学生を見たときは、なんか…メンド~な任務だなぁ、って思ったのを覚えてる。陰気くさいし、覇気が無い。隣りで甘いものとか食べても、味がわかんなくなりそう。
「……
第一声を聞いて確信した。この子は死地に身を置いてる。身体よりも先に心を、死神に先払いしてる。こういう子は、間違いなく早死にする。戦団にはホムンクルスに恨みを持って戦士として入団する者も多いが、そのうちの半数は
「俺に…ホムンクルスを、ぶち壊すやり方を…教えてください……!」
この子もその類いだ。目が、未来を見据えていない。
昔の戦団の
「やつらを……めぐみの…妹の、カタキが取れるなら……俺は、何だってします!」
あぁ、言っちゃったよ。やっぱり、そういう子か。
メンド~だと思っても…目隠ししたまま崖に向かって歩いてる子を見て、肩を掴まないようなヤツにはなりたくなかった。
「センパーイ。あの子、ぼくが指導担当してもイイですか?」
顔合わせだけで別れた後、彼を紹介してくれた戦団の先輩にそう持ち掛けてみると、先輩は目を丸くした。彼に師事して2年近くになるが、初めて見る表情だった。
「そりゃ構わんが…二言目には『メンド~』が出てくるお前が、自分から誰かの為に動くなんて……オレは、感動したッ!」
体育会系の先輩は比喩でもなく号泣した。食事の為に入店したファミレスの中じゃなければ、背骨が折れそうな程に強く抱きしめられていたかもしれない。マジで良かった。
「でも…あんまり気負うなよ。オレたちに出来る事は、身を護る術を教えて、出来うる限り死亡率を下げる事くらいだ」
この優し過ぎる先輩は、後輩に積極的に戦わせはしなかった。自分で背負い込むタイプ……「あんまり気負うな」なんて、どの口が言ってんだか。
「ましてや、あの子の目に光を戻そうなんて思うな。抱えた闇は、自分でしか乗り越えられないからだ」
あらら、バレてる。意外と洞察力もあるんだ先輩。でも、こっちも吐いた唾は吞めないんですよ。
「だぁ~いじょぶですよ。ぼくはあの子と…下ネタで爆笑出来るくらい仲良くなってやりますから!」
「そりゃ高望みし過ぎだ」
その日から、ケイはぼくの後輩になって、ぼくはケイの先輩になった。距離感を縮める方法としてまずは……親しみやすさを出す為に、チャイナファッションを揃えた。さらにフレンドリーといえば関西弁!
訓練初日から、ケイは一日中怪訝な表情をしていた。
そんな訳でぼくこと
-1-
「…ぅ、んぅ……っ」
ケイの意識が覚醒する。しばらく朦朧としていたが、次第にハッキリとしてくると現在の状況を思い出す。頭は動かなければと急かしているが、如何せん身体の方が言う事を聞いてくれない。真冬に布団の中に両手両足をすっぽりと収めているのに、目覚まし時計がけたたましく鳴り続けているような状態だ。
「…あっ! 先生! ケイが意識を取り戻しました!」
ケイのすぐ傍から少女の声が聞こえる。聞き覚えのあるこの声は、昔から馴染みのある人物のものではなく、ここ数日ずっと聞いている声だ。当然、口の悪いガンスリンガー、ペトラだ。
「ふむ。もう少し眠っていればいいものを。タイミングの悪い子だな」
少し離れたところから別の声が聞こえた。この声にはケイは聞き覚えがない。温度を失った、ガラス細工のように無機質な響きで感情の起伏を排した声だが、聞く者に不安を与えるものでもない。機械の自動音声などではなく、間違いなく人のものだ。
(俺は……ここは…?)
頭のモヤは完全に晴れていたが、依然身体はピクリとも動かせない。ケイの身体は横たわったまま、強力な網で地面に縫い付けられたようだった。
まずは落ち着こうと記憶を辿る。人を襲うホムンクルスの集団組織『
手足は動かないが、なんとか首から上だけは動かせる事に気付くと、ケイは頭を右へ左へと動かし辺りを確認する。そして、
「……ッ!! そん、っな……!」
ケイが驚愕したのも無理はない。いや、心の弱い者なら再び気を失っていてもおかしくないものを目にしてしまったのだから。
自分の右腕が、肩口から先が無くなっている。
「あっ…あぁ、あ……あアァァ、ア──」
「落ち着き給え」
ケイに掛けられた声は、先程の知らない人物のものだ。横になっていたケイの角度から見えなかっただけで、どうやらすぐ近くにいたようだ。
銀色の髪にグレーの瞳…どう見ても日本人ではない。そして何よりケイを驚かせたのは、声色から感じられた冷静さは熟達した男性を思わせたが、その背格好は未成年…ケイよりも相当に若い。中学生くらいだろうか。しかし未成熟な見た目とは裏腹に、その表情は能面を被っているように達観していた。
「アっ……あ、あ…あな、た、は……?」
「すぐに平静さを取り戻したね。その精神力、良い戦士の証であるな…名乗らせてもらおうか。吾輩は」
「ノエル・クロウリー先生よ! 戦団でも1番の名医なんだから!」
ケイの真後ろにいたらしいペトラが顔を覗き込んでくる。その目元は赤く腫れていたが、今はもう明るい笑顔だった。
「見た目はガキんちょだけどね、実年齢は35歳のベテラン! もう助からないと匙を投げられてきた戦士たちを、数多く救ってきたす~っごい人なのよ!」
「34歳と、10ヶ月だ。カンプフェルト嬢、人の紹介を買って出るなら正確に行いなさい」
会話の内容よりも、早口で捲し立てるペトラの様子が気掛かりなケイ。この興奮が意味を成すのは…頭のモヤは晴れ、回転も戻ってきた。
「まさか…戦団からの応援が、来たのか!?」
「
まるでミュージシャンのゲリラライブに遭遇したファンのように、その場で両腕をぶんぶんと縦に振り自身の興奮度具合をアピールしている。絶望していた分、そのまま歌でも歌い出しそうな勢いだ。本当に歌ってしまったら、ペトラの場合は著作権が怖そうだが。
「そう、か……良かった。これで…一安心、だ……」
気が抜けて、ゆっくりと目を閉じるケイ。
…本音を言えば、自身が成し遂げたかった……というのは、さすがに傲慢かもしれない。ホムンクルスをすべて倒し、美雪のいるこの街を護り、聡志も救う……思えば、実際にはどれも達成出来ていない。すべてが中途半端なままだ。
しかし、それももう心配いらない。何故なら戦団の応援が間に合ったのだ。きっと間もなく、
「それがそうもいかない。応援は、吾輩たち
──は?
ケイは閉じかけていた目を大きく開いた。ペトラも振っていた腕を止めて、顔を蒼白にしてノエルに向けている。
待望していた応援は、たったの3人だけ。つまりそれは……いまだ事態は好転していないという事に他ならない。
「どいて…くれ…! 俺が、行かないとッ! ……クソ! 何で…動かないんだ! 身体ッ!!」
動かない身体でミノムシのように無理やりもがくケイ。応援の戦力が不十分だとすると、ホムンクルスたちは今もなお人里へと進行中という事だ。意識を失っていた時間が不鮮明な為、焦燥に駆られる。ならば身体の欠損なぞ言い訳にならない。早く追いかけねば。
「け、ケイ…! えっと……!」
そんなケイをペトラは心情では止めたいが、自身は戦う術を失い、ケイにすべてを託してしまった手前、強く言う事ができない。絶望は、依然続いていた。
「早く…! 早く、行かないと…みんなを…美雪を……ッ!」
「辛抱しぃやケイ! 今はおとなしく待つのが、お前の仕事やっ!」
少し離れたところから新たな声が加わる。その声は怒鳴り付けてはいるが、イタズラをした子供を叱る親のような想いが込められているのを感じた。
ケイは逸る意識を割かれた。この声をケイは知っている。よく知っている。ペトラよりも長い付き合いだ。それにこの口調は、特徴的なのに、イントネーションが微妙に外れた、このしゃべり方は──
「先輩……!」
「やっ。お互いボロボロやけど、かろうじてイケメンは維持しとるな。お互い、に♪」
そこに立っていたのは戦団の戦士であり、ケイの指導者でもあった男性、
先日、ちょうどこの場所でマラキオというホムンクルスにいたぶられ、病院にて治療中だった久坂。それが今、ケイの目前で五体満足で立ち、両手でピースをしている。
ただでさえ混乱していたケイの頭はもはやショート寸前であったが、それでも最初に湧いてきた気持ちは押し殺したくなかった。
「良かっ…た。治ったんですね…助かったんですね、先輩……」
ケイの瞳に、流れこそしなかったが涙が溜まる。その表情は先程までと違い穏やかであった。この場の張り詰めていた空気が霧散していく。気付かぬうちに息を止めていたペトラは「ぶはぁっ」と吐きだした。
助けられた方が助ける事もある、という事だ。
-2-
「では、そろそろ施術の続きをしてもいいかな?」
今までの陰鬱な空気の場にいても、顔色一つ変えていなかったノエルが口を開いた。年長者といえども、とくに纏め上げてくれる訳ではないようだ。
「ぼくの傷もセンセイが治してくれた。痛めた内臓はすぐには回復せぇへんけど、腕の方はもぉ〜ピカイチ! 信頼度、星5間違いなしやで!」
ケイの近くまでやってきた久坂が、大げさな身振り手振りでケイを安心させようとしている。
(でも…いくら怪我が治せても……)
ケイの右腕は失われてしまった。それはつまりケイの武装錬金、ヴィブラ ブレーサーの虎の子、『両手を合わせたときに発生する結界』が失われたと同義であった。
(こんな状態じゃあ、もう……って)
灯台下暗し。ケイの目線は、自身の右肩に釘付けになった。
「? どしたの?」
「刺さってる! ナニか……いや! 刺さってる!!」
突然目を見開いたケイを気にして、ペトラが声を掛ける。だが当人であるケイはそれどころではない。意識を失っている間に身体に心当たりの無い鋭利な刃物が刺さっていれば、誰だって困惑するだろう。……いや、心当たりがあってもだろうが。
ケイの右肩に刺さっていたものは、サイズは10cm程で、先が尖っていて反対側は紐を通せそうな穴が空いている。あまり現代で見る機会の無いこの刃物は……。
「騒がしい。紳士は取り乱さない。ショートケーキにフォークを入れたとき、上に乗った『苺』を倒さないようにする……それくらい、冷静でいたまえ」
ノエルがよくわからない説を語るが、まったくピンとこないケイは説明を求めて顔を向ける。
「吾輩の仕事道具である。【
応援に来た戦団員という事で予想はしていたが、やはり武装錬金の使い手だった。そしてその特性を持つ医者という事は、その力を麻酔代わりに使っているのだろう。困惑が勝っていてそこまで頭が回らなかったが、ケイは意識を取り戻してから痛みを感じていなかった。
「つまり…痛みを抑えてくれていたんですね。でも、それじゃ戦う事は」
「早合点だ。吾輩は『施術』を続けると言ったのであるぞ」
相も変わらず表情が変わらないノエルが片手を上げると、いつの間にかその傍に大きな影が立っている事に気付く。敵襲かと思わず身構えようとするケイを、ノエルはもう片方の手で収めた。
「それも早合点だ。
「助手、って……」
洞窟に入ってきた3つの影、(久坂とノエルと)最後の1人は大男であった。しかしその風貌は異様だ。2mを超える体格で、薄い青色の手術着を着ている。そして何より、手術用の帽子を目深に被り顔のすべてを覆って、目のところにだけ穴を空けている。ホラー映画に出てくる殺人鬼を思わせる姿は、小柄なノエルと並ぶとより一層不信感が拭えなくなる。
ノエルは大男の腰辺りをポンッと軽く叩く。