「彼はブッチャー。本名ではない、が自分の事をあまり喋りたがらない性分であるから、そう呼ばせてもらっている」
ノエルの説明に「いいのか、それで…?」と思ったケイとペトラだが、むしろどこに対して疑問をぶつければいいかわからず、スルーしてしまった。
少し待って質問が無いと判断したのか、ノエルは話を次のステップへと進める事に決めた。
「あれをここに。頼むぞ」
「………(コクリ)」
ブッチャーに指示だけで詳細を口にしないノエルだが、普段からそうなのか慣れた様子で従う。しゃべりこそしないが、意思疎通は普通にできるようだ。
そしてブッチャーがすぐに持ってきたモノを見て、ケイは再び絶句した。
「本当はこれも済ませてから目覚めた方が良かったのであるが、我慢したまえ。痛みは無いのだから」
それは見慣れたモノ。ケイはもちろん、ペトラもここ数日何度も活躍を目の当たりにしたモノだった。
それは、ケイの右腕だ。
「なんっ……!?」
あまりの出来事に息が詰まるケイをよそに、ノエルは淡々と説明を始める。
「ブッチャーの【
自分の肉体が意識を失っている間に、とんでもない事をされていたという嗚咽感が込み上げてくる。実際に吐瀉物が逆流している訳でもないのに、喉が熱くなる。水が欲しいのに、今飲んだら確実に吐き出すのがわかる。
「これも言ったぞ。
そんな事を言われても、到底受け入れられる事ではない。ノエルの武装錬金の麻酔効果により痛みを感じない筈だというのに、無い右腕がズキズキと痛む、気がする。
文句を付けたいが、乾いていく口からは息だけで何も出てこない。そんなケイの姿を見て、隣りにいるペトラは自身の無力さを感じ、涙が込み上げてくる。
「……敢宮少年。君にはすまないと思っている」
ブッチャーがノエルの周りに次々と道具を置いて広げていく。普段の生活からは馴染みが薄くドラマなどでしか目にしないが、手術に使う道具なのはわかった。それらに囲まれてノエルは、表情こそやはり変わらないが、声色が変わったようにケイは感じた。
「吾輩たちは戦団員であっても、戦士ではない。カンプフェルト嬢が核鉄を起動できない以上、もはや今回の
ノエルの言葉にはおためごかしが無く、事実だけをただ淡々と伝えているだけだった。しかし、言葉の裏の真摯さがわかる。
自分たちは戦士ではないと卑下したが、それはノエルたちの戦場がここではないというだけだ。医者とその助手として腕を振る場所が、彼等を必要とする場所がいくらでもあるのだろう。
「吾輩は吾輩の仕事をする。したがって君は……高めておくのだ。核鉄の、武装錬金の源……大切なものを守る為の、『闘争本能』を」
言いたい事は終わりだとばかりに、ノエルは手術道具を手に取る。
(今、俺に出来る事……)
ケイは考えを巡らす。しかしいくら考えても、導き出される答えは1つだけだ。”闘う”。その為には……。
ケイは目をつぶった。全身の抵抗を止め、弛緩する。海に漂うように身を委ねた。
「ふっ…ありがとう。では、吾輩も応えよう」
メスを手に持ち、目を閉じて息を吐くノエル。吸って、吐く。1回、2回と続ける。
「…えっ! っていうか…ここで手術するの!?」
口を挟めなかったペトラがようやくツッコんだ。周りは岩場に囲まれて、風が吹き葉が舞う自然空間だ。誰だって気になる。
「まっ、センセーが応えるっつったんや。信じてや。…それに、センセーには
久坂がすかさずフォローするが、言ってて自分も緊張したのか、汗を拭きとる。
「…できれば手術は清潔な空間が望ましいが、戦場の前線や、仮設テント内などの場合もある。その度に待ってはいられないからな」
口を開くが、いまだ目は閉じたままのノエル。腕だけ上がりケイの傷口に近付けるが、まだ触れはしない。
「昔、アメリカを旅していた頃に出会った人物から伝授してもらった。場所も状況も選ばず、後頭部に銃口を押し付けられながらでも寸分の狂いもなく手術出来るようになる、技術。それが、この──」
ノエルが目を開く。瞬間、空気が変わった。何か超常的な変化が起きたワケではないのに、ペトラも久坂もこの圧に呑まれた。ゆっくりとノエルの手が動き、手術が始まった。
「こ、これは……!?」
「センセーの、武装錬金とは別の戦い方。極めた技術。集中力を瞬間的に、最大まで高める必殺技」
「『
-3-
「また大岩ッスよぉ~~。絶っ対! こんなトコにこんなの無かったぁ~~!」
リカンとユーソキアを先頭にして、ホムンクルスの集団が列を成している。その正面にはまるで門番の様に道を塞いでいる大岩が鎮座している。
「ふむ……致し方ない。迂回するぞ」
「えぇぇえぇ~~!」
大岩と言ってもたかだか数m。人の身では掘削機や、専門の道具が無ければとても進めないだろうが、超常の力を持つホムンクルスの集団ならば何の障害にもならない。しかし、組織の代表であるリカンからそのような命令は下されなかった。
「何度も言っているだろう。これは
下山を始めてから数時間経過するもまだ中腹で足踏みしているのは、リカンのこの完璧主義…というより妙なこだわりのせいだ。これが無ければとっくにホムンクルスたちによる人間の蹂躙は始まっていただろう。
(ホントぉに「これがなきゃ…」、なんスよねぇ~)
つまらなそうな視線を投げかけるが、気付いているのかいないのか黙殺された。
ユーソキアはわかっていた。誰よりも長く、近くでリカンの事を見ていたから。
本名カニス・ガウォーク。『オオカミの獣人型ホムンクルス』…それがリカンの正体。リカンには"力"がある。それは戦闘力であり、ホムンクルスとしての能力も、だ。頭は固いがよく回る。そして何より"夢"がある。
(でも、だからこそ)
だからこそ、ソレに固執する。曲げる事が出来ない。
(まっ…キアはそういうトコがほっとけないんッスけどぉ~♡)
ユーソキアの目線は、恋人に向けるようでもあり、それでいてペットに向けるような温かいものだった。または出来の悪い弟に、だろうか。
-4-
時刻は夜の11時を回っている。賑わった繁華街なら、大学生が顔を赤くしながら仲間たちと練り歩き、サラリーマンが上司の愚痴をこぼしている事だろう。しかしこの町はそういったものからは離れたベッドタウンだ。既に多くの家庭からは明かりが消え、また明日頑張る為に英気を養っているところがほとんど。
「…はぁぁーっ……寒く、ないかな…?」
7月とはいえ、夜は冷える。両手を口の前に出して息を吐く。さすがに白い息は出なかったが、冷えた手が少しだけ温まる。1人でいるかもしれない弟の手は、冷えていないだろうかと想いを巡らす。
美雪と聡志は、特別仲の良い姉弟というワケではない。喧嘩をする事もあれば、勉強を教える事もある。聡志が小学生になる頃には一緒にお風呂に入る事も無くなった。誕生日には祝いの言葉を送る事はあっても、お金の掛かるプレゼントは無かった。そんな普通の姉弟だった。
だから、学校を卒業し、就職するなりして家を出る事になるまでは、一緒にいるのが当たり前だと思っていた。初めての彼女を紹介してくれなくても、両親の知らない友人のところへ外泊しようとも。この家に帰って来るのが当たり前だと、聡志も思っていると思っていた。
「ケイくんが…何とかしてくれようとしてるけど……多分、ダメだよね」
あの2人は水と油だ。ケイが詰めれば詰めるほど、聡志はよりはじくだろう。上手くいく結果がまったく見られない。
「聡志、強くならなくてもいい。だから…ひとりには、ならないでね……」
夜の空に向けて願いを込める。ぴゅうっと風が吹くと、身体が震えて小さいくしゃみが出た。それと同時に心配して出てきた父親に呼ばれ、美雪は家に帰って行った。
-5-
「いくぞ」
「あっ……」
暗闇の中、ケイは思い出していた。月が出ているとはいえ、山奥の洞窟の中で目を閉ざしているのだから、完全な暗闇だ。
そんなときに浮かんできたのは、美雪との出会いだった。
大学の新入生歓迎の飲みの席。それまでは訓練ばかりで友人付き合いなどほぼ皆無だったケイに、久坂が勧めた。ケイは乗り気では無かったが、一度だけならと出席した。
二次会の場所を探そうと、店の前でたむろしている間に上級生に絡まれていた美雪を、ケイは強引に腕を引っ張って連れ出した。
「あのぉ~、先輩? 手、痛いです」
「……悪い」
思ったよりも力がこもっていたのか、美雪の白い肌は少し赤くなっていた。
連れ出しただけで、正確には助けたわけではない。もともと他の新入生女子が絡まれていたところに、美雪が割って入って注目を集めていたのだ。
「お気持ちは嬉しいんですけどぉ~…別に、困ってた訳じゃないですよ? こう見えてわたし、結構強いですし? 本当にイヤだったら追い払えますよ。しっしっ! って」
「………」
事実、ケイが何もせずとも大きな問題は起こらなかっただろう。絡んできた男たちは酩酊状態のノリで、他の学生もいる手前強引な事はしなかったハズだ。
ケイ自身も正義の心で動いた訳では無い。鬱屈とした気持ちで参加していた場に波風を立てられた事に本気で嫌気が差し、二次会に行かず帰る口実にもなった為、動いたまでだ。
「ご迷惑お掛けしました。では──」
「…それでも」
「?」
元の店に戻ろうとした美雪が振り返る。
「強くても…護られて、いいんじゃないか?」
「──」
次の日、大学で出会った美雪は、昨日のお礼から始まり、天気の話を振り近所の猫の話に変わり、高校の時よりも課題が多い事を愚痴り、そして「好きです。付き合って下さい」と告白してきた。
「…えっ、……ん? …え……?」
「突然でびっくりしましたよね。でもご安心ください、そんな貴方にぴったりの
美雪が携帯電話の宣伝のように提示してきたのは、『3ヶ月のお試しお付き合い』だった。気に入らなければそのタイミングで破棄してさよなら。しかしそうでなければ、そのまま本格的にお付き合いするというものだった。変な女に捕まった。
「わたし、頑張るね♪」
もうそろそろ契約の3ヶ月だ。大学に行けば、どうせ美雪の方から見つけてくれる。こういうのはちゃんと会って返事をせねば。
-6-
「よしよし。まだ大丈夫そうやんな」
ホムンクルスたちの洞窟を出たところにある一際高い木から、久坂は山の麓を見下ろしていた。諜報員として活動していて、目には自信がある。
リカンたちが足止めされていたのは、久坂の仕業だ。【
(対峙してわかった。あの手のタイプは一度定めたルートを、なかなか変えられないタイプ…どんぴしゃりや!)
情報収集も任務に入っている久坂は、標的の性格、気質をも見抜く。どうすれば一番時間を稼げるかを分析し、ノエルたちと共に登山している途中に済ませていた。
「あんまり無茶しないで下さい先輩。退院明けなんですから」
洞窟から出てきた同僚を見て木から降りる久坂。猫の様に音も無く着地する。これも諜報員としての技能だ。
「いや、どの口がやねん。ぼくが退院明けなら、きみは手術明けやろ」
「十分整えられました。これ以上のんびりはできませんよ」