ペトラの目つきが鋭い、戦士のものへと変わる。自然な動きで手に”核鉄”を構えている。続けてケイも気付いた。
静かすぎる。いつの間にか周囲からは鳥のさえずりも虫の声も聞こえなくなっている。
「………ふぅぅ…」
心臓の鼓動が早くなるのを感じ、ゆっくりと息を吐く。
互いに背中合わせになり死角を補い合った。ここはすでに死地へと変わっている。
「………」
「………」
――ガサッ
「そこッ! 『武装――どぅわっ!」
「違う! 逆だ!」
音のした草むらに向いたペトラを、ケイは後ろから強く突き飛ばした。そこを小さな球体の物体が複数個飛んでいき、先にある木に突き刺さった。見ると太い幹の真ん中ほどまでめり込んでいる。生身の人体で受けていたら簡単に貫通していただろう。
「あぁもう何すんだよぉ~~! せっかく錬金の戦士の面白い穴ぼこ姿が見れると思ったのに! 邪魔すんなよなぁ~~!!」
声だけが聞こえてくる。無邪気な子どものような、しかしハッキリと悪意のこもった声だ。発声器官が人間のソレとは違うのに無理やり出している、ホムンクルス特有の声質。確定だった。
(位置は…あそこだ! 数は1。早くペトラを助け起こして……ッ…!)
そのときケイは自分の足元に転がっている物に気付いた。
"核鉄"だ。先程自分が突き飛ばしたせいで飛んでいったペトラの手からこぼれた物が、無造作に転がっていた。
(これがあれば…! 俺もホムンクルスを……!!)
しばしの数瞬、ケイは考え込んだ。握りこぶしだけでなく奥歯まで噛み締めて。
(……ダメだ! いまは、この瞬間の最善を考えろ……!)
時間にして3秒ほどで、ケイは核鉄を拾うと「受け取れッ!」と言ってペトラの方に投げる。よく見るとペトラは草むらに頭から突っ込んでいてお尻だけ出ている、なんとも情けない姿になっていた。しかしそのままの姿勢で腕を伸ばして核鉄を器用に受け取った。
「ふっ…ふふ、ふ……。カスホムンクルスの分際で、私をこんな目に合わせて……」
突き飛ばしたのはケイだが、口は挟まなかった。
勢いよく立ち上がると、頭に葉っぱを付けたまま核鉄を前に突き出す。その目はギラギラと燃えていた。
「っざけんじゃないわよ! 私の輝きに
手にした核鉄の形が言葉と共に変わっていく。これこそが超常の合金。これこそがホムンクルスを屠る唯一の武器。
(あぁ…やっぱり……すごいな)
ケイは立ちすくんでただ見る。トランペットを欲しがる子どものように。純粋な眼差しを向ける。
形を変えた核鉄はペトラの両の手にひとつずつ握られている。これこそ―――
【
「えぇ~!? 飛び道具なんて使うのォ~~! 錬金の戦士のクセにずっっこ~い!」
「数秒前に自分がした事も忘れるクソッタレホムンクルスが、私たちを語るなッ!」
手にしたリボルバーを水平に構え、二発ずつの計四発撃ち出す。しかしそれらの弾丸は軌道を完全に外れ、草むらに消えていった。
「あれあれ大暴投!? ハッズレェ~~! ざこじゃん、ざぁこぉ!!」
耳障りなホムンクルスの声が耳をつんざくが、ペトラは不敵な笑みを浮かべたまま崩していない。
「なぁにを余裕面しちゃってん…うぎゃっ!?」
大きな金属音が辺りに響く。悲鳴とも合わせて、間違いなくホムンクルスに弾丸が命中したのだろう。
「弾丸だって武装錬金なのよ~? ちょっと考えれば操作できるって気付かないかしらぁ~?? だっさッ♪」
反撃がくるかと思い構え直すが、数秒待っても変化は訪れなかった。そのうち1分もせずに漂っていた不気味な圧は消え、鳥や虫の気配も戻ってきていた。
「……逃げた、のか?」
「はぁ…はぁ…クソぉ! なんだよアイツ! 女の子のクセにさぁ!」
草むらを跳ねる影は毒づいた。撃ち抜かれたのは片脚だったが、かすっただけという事もありすでに治りかけていた。むしろ屈辱のダメージの方が大きかった。
「ボクちんによくもこんな…! …そうだ、パパちんが言ってたな…えひっ! 女の子のお肉は柔らかいって…! どんなだろ…! あぁでもすぐに食べちゃもったいないよね! えひひっ! まずは脚を潰して! 次に手! だるまさんにしてからゆっくりぺろぺろするんだぁ~♪えひひひひひひっっ!!」
草むらを抜けて沈みかけた夕日に一瞬、姿が照らされる。
そのホムンクルスの姿はオタマジャクシ型。手足は生えているが蛙にはなっていない不気味な半端さ。その腹の部分に人間の頭部が付いている。下卑た笑みを隠そうともせず浅ましい精神性を露わにしている。
ホムンクルスの名は
辺りを探索したが成果は無かった。被害も出ていない事を幸いとして切り上げたときには、すでに日が落ちていた。
山道を下りその日の最終バスに何とか滑り込み、ペトラの泊まる予定のホテルがある停留所に着いた頃には完全に夜も更け、他に乗客もいなかった。
明日から再びホムンクルスの捜索の為、よろしくと降りゆく背中にケイは声を掛けたが、ずっと黙っていたペトラはそこで振り返った。
「……? どうした?」
「ねぇ。改めて、今度は質問させて。…準戦士だとは思わなかった」
一瞬質問の意図がわからず答えられずにいると、ペトラは思いの外真剣な面持ちで聞いてきた。
それはケイの核だった。
「ホムンクルスの攻撃…それも飛び道具を察知するなんて普通ムリよ。それこそ歴戦の戦士や、戦士長クラスじゃないと。なのに……貴方はどうして戦士じゃないの?」
すぐに答える事はできなかった。難しい問いでは無いし、複雑な背景がある訳でも無い。しかしこれは……やはり、ただ答え辛かっただけだ。
「……特訓…してたんだ。ずっと……ずっと」
しょうがなく作り笑いを見せた。しかし上手くできた気がしない。
「…ただ……核鉄、が……。特訓、ずっと、してたんだけどな……」
もしかしたら声を上げずに
「俺は……核鉄を起動させる事が、出来なかったんだ。ただの、一度も……」
それが答え。これ以上無い程の、単純な真実。
ペトラの右手が動いたが、何をしようと思ったのか自分でもわからず、仕方なくそのまま下ろした。
錬金術の力とは、簡単にみんなを幸せにしない。
孤独な夜が更けていく…。
―つづく