武装錬金:Q.E   作:まぐろの勇気

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第6話 -任務と契約と約束と- 3

 久坂はずっと見守っていたが、それでも目の前の奇跡が信じられなかった。

 洞窟から現れたのはケイだ。その右腕は、何事も無かったかのように復活している。ケイ自身も存在を実感する為に、拳を開いては閉じ…開いては閉じ、を繰り返す。

 

「に、しても…とんでもないなセンセー。死人も叩き起こせるんちゃう?」

「さすがにそれは無理らしいですよ。『吾輩は綺麗に取り付ける、プラモデル造形師のようなものだ』だそうです」

 

 ケイの口調は明るい。どうやら本当に治ったらしい。

 ノエルの手術は、動き出しこそゆっくりとしたものだったが、その腕は段々と早くなり、止まらなかった。ブッチャーの武装錬金で切られた箇所は、特性により元通りにくっつければ綺麗に戻る。その間にノエルは切断面を縫合していった。治癒力を高める核鉄を、ケイとペトラの、そして久坂のと3枚使ったとはいえ、ノエル以外にはまず不可能な手術だ。

 いくら技術が優れているといっても、それですべてが上手くいくほど医療は単純ではないだろう。しかし、事実ケイはここに立っている。闘争本能を、(みなぎ)らせて。

 

「でも、痛みは残ってるんやろ? センセーの武装錬金はもう外しとるみたいやし」

 

 心配した久坂がケイの身体をチラチラと見渡す。身体の至る所に刺さっていた麻酔代わりの苦無は、もはや跡も残っていない。

 

「どうやら、感覚の鈍化はしばらく残るみたいです。戦いに影響が無いといいですけど」

 

 右手の拳を今度は強く握り込む。傷口が開く事が無さそうなのを確認すると、ケイは息を大きく吸うと、ゆっくりと吐いた。

 

「じゃあ、いってきます」

「ケイッ!!」

 

 洞窟からペトラが飛び出してくる。ケイ程ではないにしろ体力を大きく消費している為、ちょっとした運動でもう息が上がってしまっている。

 ケイの近くまで来るが、何を言っていいのかわからず口をパクパクとさせてしまう。

 

「大丈夫だ。絶対に…勝つさ」

「…じゃあ、これ!」

 

 ペトラの手が勢いよくケイの胸を打つ。その手に握られていたのは核鉄だった。手術の時に借りて、その後返した物を再び渡された。

 

「どうせ私が持ってても起動出来ないし、こっちは治癒に当てて! あと……」

 

 まだ何か言いたそうなペトラが言葉を選んでいる。だが結局上手い言い方が思いつかなかったのか、全部言う事にしたようだ。

 

「その核鉄! ナンバーXIIIなの! 私の誕生日、12月13日と同じでお気に入りだから…絶対、汚さないで返してよね!約束よ!」

「あと、スイーツバイキングもな」

「もち! 奢りなの忘れないでよ!」

 

 奢ると言った事は無かった気がするが……一瞬怪訝な表情を見せたが、すぐに笑顔を見せるケイ。

 その笑顔を見て、感慨に耽る者がいた。久坂だ。

 妹の仇を討つ為に修羅の道を歩んでいた姿。ヴィクター事変が起こり、悲しみのぶつけ所を失い憤る姿を、久坂は見てきた。そのケイが、今は少女の前で笑顔を浮かべている。

 

(それじゃあ…残すは、あとひとつだな)

 

 ケイ、と後ろから声を掛ける。

 

「送ったるわ……その前に、1個聞いてええ?」

「先輩? …はい」

 

 久坂の前に立つケイ。今度は、久坂が息を吸って吐く。何故なら、久坂の極秘任務(シークレットミッション)の最終段階なのだから。

 

「ケイ、お前は……『Q.大きいおっぱいと小さいおっぱい、どっちが嬉しい?』」

「えっ……」

「は?」

 

 ケイは呆気に取られ、ペトラは蔑んだ目を向けている。そして発言した側の久坂は何故か右手を前に出しお辞儀をしている。青春ドラマなどで見る、肯定の場合は手を握り返してもらうつもりなのだろうか。

 まったくもって意味がわからなかった。これから命を懸けた戦いに挑もうというときに、文脈を無視した下ネタを言い出したのだ。

 

「……いや意味わかりませんよ。どうして急に…? 大体、身体的特徴で女性を見定めるのも失礼ですよ」

 

 すぐに返したケイの答えは教本通り。本音がどうであれ、年頃の女子であるペトラの前な事もあり、当たり障りの無いモノであった。

 いまだお辞儀の姿勢のままの久坂に頭を上げてもらう為、ケイは一歩近付いた。

 

「ただ……」

「?」

「『どっちが()()()か?』と問われたら、『A.大きい方』と言わなければ、嘘になりますね」

「──ッ!!」

 

 久坂の肩が揺れる。前に出していた右手が、ケイの手により強く握られたからだ。ペトラの視線はすさまじく痛くなっている。

 バッと顔を上げた久坂の目の前には、少し照れ臭そうに笑う、あの日の陰気な少年がいた。時刻は深夜に差し掛かりそうだというのに、月の光がスポットライト代わりとなっていた。

 

「──武装錬金!」

 

 次の瞬間、ケイは突然の浮遊感を覚える。目の前の景色が一瞬で変わり、頬を撫でる風の冷たさもより強くなっていた。

 

ィィヤッッッタァァァ~~~!!

 

 久坂の叫ぶような笑い声が響く。この時間に町中であれば近所迷惑となったであろうが、ここは山奥、それも()()だった。久坂のロジスティック イリュージョンで、手を握っていたケイを伴って瞬間移動していた。

 

「……高い」

「ケイ!」

 

 再び軍用(コンバット)ナイフが投げられ移動する。4本一組の、2本目だ。

 様々な体験をしてきたケイだが、流石にスカイダイビングの経験は無い。しかもパラシュートも無いのだ。だが、それでも汗一つかいていない。

 手を繋いだまま、久坂が顔をこちらに向けてくる。

 

「お前は、もう大丈夫や! 妹ちゃんの為やない! お前自身の未来の為に、掴み取ってこいや!」

 

 3本目が投げられ、また景色が変わる。もう、驚いたりはしない。

 繋いでいない方の手で握りこぶしを作り、ケイの前に差し出す。依然、重力に従って2人の身体は落下しているし、風が強く叩きつけてくるのだが、少しも恐怖を感じる事はなかった。

 

勝利をッ!

はいっ!

 

 4本目の移動の後、頼もしかった指導者の手は離れた。すぐにその胡散臭くも、優しい姿は跡形も無く消える。

 落下しながら下を見る。

 

「……そこか」

 

()()()()()

 

 

 -7-

 

 この町は栄えているとはお世辞にも言えないが、日付が変わる時間になると寝静まってしまうという訳でも無い。しかしそれは中心地の話で、こんな山の麓では明かり1つ無い。唯一の光源は、音も無く激しい自己主張をする満月だ。迷子を帰路に導くように、煌々(こうこう)と在り続けている。

 しかしそこで照らされているのは、決して純真無垢な子供などでは無かった。

 

「…あぁ~~! できねぇ~~、我慢ッ!! い、ま、す、ぐ…喰ぃてぇぇ!!」

 

 その者たちの瞳にキラキラとした輝きは無く、代わりに宿しているのは腐り切った淀みそのものだ。そして1人2人ではない。

 

「何でかなぁ~? 今までは全然食指が動かなかったのに、急~に衝動が出ちゃったんだよなぁ~」

「わっかるぅー! アタシもアタシも! 砂漠を歩き続けた後に見つけたオアシスっていうかー!」

「早く喰いてぇ、喰いてぇなのよ!」

 

 1人が下劣な言葉を発すると、周りも乗っかって騒がしくなる。いずれも大いなる獣(ト・メガ・セリオン)に所属する、ホムンクルスたちだ。逸る気持ちとは対照的に、足取りはゆっくりだった。彼らは主であるリカンからただ一言命令を受けていた。「存分にやれ」とだけ。

 

「お前らさぁ~、どういう人間が喰いたい? オレは何と言っても若い女だね! ハリもツヤもあってぷるぷるしてんだぜ! コラーゲンだよコラーゲン~!」

「アタシは断然、筋肉質な男ね♡鍛えた身体や骨をバキバキッ! と砕くのがたまらなく快感なのよぉ~♡」

「オデは子供がイイなぁ。指を1本1本手折って、心地良い泣き声をBGMにしたいなぁ」

「ぼ、ぼくは老婆! 生きながら血をチューチュー吸って、ミイラにしたい!」

「「「「…………」」」」

((((キモいな、こいつら…まともじゃねぇや……))))

 

 やいのやいのと盛り上がっていると、群れの中から人影が一歩を踏み出して現れた。大いなる獣(ト・メガ・セリオン)の代表、リカンだ。その姿を確認すると、軽口を叩き合っていたホムンクルスたちは軍隊のように一斉に姿勢を正した。

 

「その欲望をいますぐ抑えろ。欲望のままに獲物に飛びつけば、肝心な獲物は怯えて逃げ出してしまうだろう。獲物はじっくりと追い詰めてこそ、最後の絶望を味わえるのだからな」

 

 屹立している仲間たちの間を抜け、リカンは先頭へと立つ。すると、ついに眼前に入ってきた。バスの停留所が。

 

「くっ……くく、ふふ……っ」

 

 リカンは(わら)う。停留所といっても、まだ山道の入り口で、しかもこの時間だ。近くには人間の気配は全く無い。しかし痕跡に辿り着いた。ここから近くの民家まで線が引かれているようなものだ。そこを辿って行けば、簡単にごちそうにありつける。

 

「…さぁ、静かにゆくぞ」

 

 リカンが離れていった事で、ようやくこの場の緊張感が解けた。品性下劣なホムンクルスたちはわざとらしく脱力した。

 

「ふぅ~っ。なぁんで代表(ロゴス)はあんなに慎重なんかね? 人間如きがオレたちに敵うワケないってのに!」

「洩れを嫌ってんでしょぉ~。完璧主義者ってヤツね」

 

 口々に言っていくが、心なしか声量は絞っている。まるでイタズラがバレて怒られるのを怖がっている子供だ。

 すると、後ろから遅れて少女がとてとてと走ってくる。体幹が弱いのか、バランスを崩して右へ左へと振り子のようになっている。

 

「ふへっ、ふへ…い、一緒にゴールしようね、じゃ、ないんスか……?」

 

 他のホムンクルスたちが異形の姿のままの中で1人少女の姿をしている、獣人型の最後の1人ユーソキアだ。歩幅が狭く、運動神経も悪いようで、とっとと置いて行かれてしまった。

 

「うぅ、喜びがない~ッス……ん?」

 

 脚を止めて肩で息をするユーソキアが何の気なしに空を見上げると、元気に動く星を見つけた。そしてそれは、次第に大きくなっていく。

 

「んン?」

 

 よく見ようと目を細めていると、周りのホムンクルスもユーソキアの様子を見て同じ様に見上げた。一見すると天体観測のグループのようで微笑ましい。

 

「何だ? 鳥か?」

「違うわよ。飛行機でしょ」

「いやぁ、流れ星だぁ」

「ゆ、UFOじゃない??」

 

 それはここに向かって落ちてくる。

 それの正体に最初にユーソキアが、そして数瞬遅れてホムンクルスたちが気付いた。

 それの脅威に、この場にいる全員の鼓動が早くなる。

 

「違うッ! 錬金の戦士だァッ!!」

 

ドオォォォォォンッ……

 約千メートルの高さから勢いよく落ちてきたそれは、すさまじい土埃を舞わせる。巻き込まれた数体のホムンクルスたちの身体が、千切れたまま再生されずに消滅していく。

 

「………っ!」

 

 異常に気付きリカンが戻ってきた。それと同時に強い風が吹き、土埃をさらっていく。

 

「やはり…貴様か」

 

 地面に伏せていた両腕を上げ、顔を前に向ける。その眼は、確実にリカンを捉えている。

 

「決着の時だ…ホムンクルス!」

 

 自分でも驚くほどに、声は冷静だった。必ず勝って帰る。自分にはもう、帰りを待ってくれている大切な人たちがいる。

 ケイの最後の戦いが、始まる──。

 

 

 ―つづく

 

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