武装錬金:Q.E   作:まぐろの勇気

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第2話 -掴んだ力- 1

 初めて人を殴ったのは小学5年生の頃。相手は隣りのクラスの名前も知らない男子で、理由は確か……めぐみのスカートをめくったんだったと思う。特段狙ったワケでもなく、たまたま廊下ですれ違っただけ。だが涙目になっためぐみを見て、拳を振るのを止められなかった。

 当然職員室に連れて行かれて説教を受けたが、まったく後悔は無かった。むしろ誇らしくさえあった。

 小一時間の小言を受けて解放されると、職員室の前でめぐみが座っていた。こっちに気付くと駆け寄り、俺の右手を両の手で包むと額に当てて泣き出した。

 

 あの涙の意味が、俺にはまだわからない──―。

 

 

 -1-

 

 目を覚ますと、意識はハッキリとしていたが酷い頭痛を感じる。いまが夜なのか朝なのかもわからぬまま洗面所に行き、思い切り頭から冷水を被った。頭痛の対処法としては間違っているのだろうが、いまはこうしたい気分だった。

 視線を上げると鏡に映る男と目が合う。それは過去に生きる男。それは毒だと知ってなお、過去に縋る男。追憶という名の銃口が、俺に向けられていた。その引き金を引くのは、俺自身。

 

「……酷いツラだな……」

 

 寝室に戻ってカーテンを開けると、強烈な朝日が差し込んだ。驚いた。朝だった。

 時間の確認をしようと携帯電話を探すが見つからない。机の上や玄関前、果ては冷蔵庫の中や電子レンジまで開けたがどこにもない。

 

「というか……家に帰ってから置いた記憶が無いな……」

 

 昨日の記憶を呼び起こす。大学の中では持っていた。考えられるのはその先の、ホムンクルスとの戦いだ。どうやらそのときのドサクサで落としたらしい。今からあの廃墟まで行って捜索するのは……かなり面倒だ。

 どうするかと考えていると、扉を強く叩く音に思考を中断させられた。

 

「起きてるー? っていうか起きなさーい!」

 

 近所迷惑を気にしているのか、声量は小さく、しかし刺し貫く声が響く。

 声の主の事を思えば、待たせるのは携帯電話の捜索以上に面倒な事になると判断した。

 

「ハイ……」

Guten Morgen(おはよう).  何だ。ちゃんと起きてるじゃん」

 

 予想通り、扉を開けた目の前にはペトラの姿があった。

 なぜ家を知っているのか、とか、声量を小さくするなら扉を叩く音も気を付けなければ意味が無い、などと色々と思う事はあったが、それよりまずは、

 

「すまない……いま何時だ?」

「6時01分よ。良い朝ね」

 

 軍隊式なのは服装だけでなく、起床時間もだったらしい。

 

 

 -2-

 

 朝型の生活に慣れていないケイだったが追い返すワケにもいかず、いまは2人でランニングをしていた。家から徒歩3分の位置にある土手が、近所の人たちのランニングコースになっている為それに便乗させてもらう事にした。

 

「健全な精神は……ふっ、ふっ……健全な肉体に、宿るから、ねっ……!」

 

 ペトラはラフなスポーツウェアを着ている。同じようにランニングをしているおじいさんや、犬の散歩をしている中年女性が度々振り返る。やはり目立っていた。

 

「家の近くにこんな素敵なコースがあるんだから、活用しないともったいないと思わない?」

「思わない」

「そっ」

 

 そのまま30分ほど走っていると、我慢できなくなりケイから口を開いた。

 

「……なぁ。何か用事があったんじゃないのか?」

 

 そう声を掛けると、ペトラは土手の真ん中でゆっくりと歩みを止める。腕を組み「う~ん……」と考え込み始めた。

 1人で走る気にもなれないのでケイも足を止めていると、ふとペトラの耳元に目がいった。

 

「昨日と違うピアスなんだな。深い青が似合ってる」

「え? ……あぁ、うん」

 

 まさに鳩が豆鉄砲をくらうという表現そのままにペトラはきょとんとしている。自身の耳たぶを触り、少し気恥ずかしそうにしているようにも見える。

 

「……そういうトコはちゃんと見てるのね。まぁ……ありがと」

 

 昨日の美雪へのデリカシーに欠いた発言を気にしているのだろう。しかしケイの目敏さには理由があった。

 

「実家にいた頃、妹のな、モーニングチェックがあったんだ」

「モー……なに?」

「朝起きて居間に行くと、妹がこっちをジッと見てくる事がある。そういうときは要注意だ。『何かいつもと違うところがあるとき』なんだ。爪の色だとか髪の先をくるくるさせただとか……。それを10秒以内に答えないと烈火の如く怒る。どうも、同じクラスの男子に「うちの兄でも気付くよ?」とか言う為らしいが」

 

 それで身に着いた観察眼だな、と付け加えた。言葉は愚痴でしかなかったが、軽快な話し方だった。

 

「ふぅん。あんたよりずっと仲良くなれそう。妹さんはいまどこに?」

 

 一転してケイの表情が重苦しくなる。心なしか天気まで曇ってきたようだ。

 

「妹は……4年前に」

「……そう」

 

 そこまで聞いて、ペトラは再び前を向いた。それ以上聞かずともケイの表情と雰囲気で察してしまった。

 だからこの話題をそれ以上は踏み込んでこないと思っていたからか、ケイは何を言われたか一瞬わからなかった。

 

「妹さん、うらやましいわ」

「……あっ……?」

 

 全身の血が沸騰するような熱を覚える。燃え滾る何かを自身の内に感じ、この感情に委ねてしまってもいいような気持ちに囚われる。

 

「それは、どういう──!」

「私ね、家族がいないの」

 

 あまりにもペトラの口調が軽かったので、またもや理解に時間が掛かった。

 何も言えずに、ケイはペトラの背中を見ながら聞きに徹した。

 

「赤ん坊の頃に、ホムンクルスに家族みんな殺されちゃったんだって。戦団の人が拾ってくれて、そのまま育ててくれた。だからかなぁ~、私にとって戦いって『復讐』とか『使命感』じゃなくて『仕事』なのよ」

 

 戦団に所属する戦士は、ホムンクルスに家族や大事な人を奪われた人が多い。復讐や、同じ境遇の人を増やさない為に戦う人もいる。それが動力源となっている。

 

「『ヴィクター事変』の後、戦団が解体に向かっていくとき気付いたんだよね。私って何も無い。カラッポだ、って。核鉄が無くなったら何も残らなかった」

 

 そう言ってペトラはケイに振り向く。泣いているのかと思ったが、違う。その表情は取り繕う必要もない笑顔だった。

 

「実はね……丸眼鏡には内緒なんだけど、私日本に来るの今回が初めてじゃないのよ」

 

 丸眼鏡……とは、久坂の事だろう。わかってしまった手前、何も言えない。

 

「戦団解体前の残処理で来てたんだけど……なんとなく、見掛けた人だかりにふらっと立ち寄ったの。そしたら──―」

 

 わぁっ!と、歓声が轟いた。

 アイドルの路上ライブだった。高校生くらいの女の子3人組。とくに目を引いたのがセンターの娘。栗色の長い髪に少し太い眉毛。スタイルは良いが、歌もダンスもそこまで上手くはなかった。そして最前列で応援してた男が、昔の不良漫画に出てくるような突っ張った髪型で、鼻の下を地面に突きそうなほど伸ばしていた。

 

 

 一旦息を整えてから、真っ直ぐに視線をぶつけてきた。思わずケイは激情も忘れて後ずさりしてしまう。

 

「楽しそうだった! 全力で”今”を生きてるって感じ! 間違いなくあの瞬間、世界で一番輝いていた! 私もあぁなりたい……。誰かの心に深く刻まれる、強烈な輝き(シュトラール)に……!」

 

 まるで舞台上の役者のように、ペトラは片手を天に掲げ、太陽を掴むように握り込んだ。それは先程のケイとは別種の、とてつもない激情だった。

 

「だから、いなくなった後もそんなに想ってもらえてる妹さんが、ちょっとうらやましい。あんたの心の、奥の奥の、そのまた奥に刻まれてるんだから」

「……(のこ)された方は、ツラいだけだ」

 

 ケイは、ペトラをまっすぐ見る事が出来なかった。

 しかし俯く事しかできないケイに差し出されたモノがあった。

 

「そうね、ごめん。……だから、ね。()()は受け取ってよ」

「!!」

 

 それは闘争が形を成したモノ。六角形の、前に進む為の武器。”核鉄”!

 

「なん、で……?」

「丸眼鏡から預かってたの。予備だけど、もし必要だと思ったら好きに使っていいって」

 

 自信は無かった。一度も起動出来ず、仲間の輝きに目も潰されてしまう。こんな自分には……。

 しかし、受け取った。受け取ったのだ。

 

 

 -3-

 

 午前8時頃、結局一時間程ランニングをした2人はケイの家まで戻ってきた。汗をかいたペトラがシャワーを浴びたいと言ったからだ。タオルだけ借りると、何の警戒も無く脱衣所へと入っていく。一人暮らしの男の家で。

 

(戦団暮らしでそういうところが疎いのか……?)

 

 ペトラがシャワーから戻れば今日の任務の方針の話になるだろう。それまでに雑事を済ませておこうと、タオルで汗を拭き、バナナを口に入れる。床に散らばった衣類を拾い上げ洗濯籠に放り込んでおく。

 と、そこで作業が中断された。電話の音だ。しかし同じ無機質な音でも別の音……家に備え付きの電話だ。

 

「ハイ」

〔あっ、ようやく出た~。お母さんだけど〕

 

 瞬間、硬直した。

 返事が無くとも受話器の向こう側からは声が続く。

 

〔あんたね~。携帯見なさいよ~。お母さん何回も連絡したんだから! なにか事故に合ったんじゃないかって心配するじゃない!〕

「……携帯は、いま……手元に無くて……」

〔えぇ? 携帯電話を携帯してなくてどうするのよ~。あんたは昔から〕

「授業……!」

 

 長くなりそうなのを感じて、すかさず口を挟む。なぜか浴室のペトラを気にして声を少し抑えてしまった。

 

「……大学の講義の時間、あるから……用件が、無いなら……」

 

 ケイは両親が苦手だった。嫌いな訳ではない。利発な父と活発な母。よくできた親だと思う。

 しかし、めぐみが発見されても取り乱したりせず、淡々と葬儀の準備を進めていたのがケイには冷徹に見えた。それ以降、家を出てからは帰っていない。

 内容は大したことではなかった。夏休みには帰れるのか、年末はどうなんだ、彼女はできたのか、無駄遣いはしていないか、など。平日の朝からのエネルギー量ではない。

 話がさらに長くなりそうだったので適当に切り上げて電話を切ると、そのタイミングで浴室のドアが開いた。

 

「出たぞ~。なんかあった?」

 

 乱した心を落ち着かせ、なるべくいつも通りに振る舞う。思えば昨日からペースが乱されっぱなしだ。

 

「大丈夫だ。これからの方針を話そう。……それと」

 

 頭に疑問符を浮かばせるペトラに、ゆっくりと、しかし確実に言った。

 

「服を着ろ!」

 

 タオルだけは巻いていた。

 

 

 -4-

 

 方針自体はすぐに決まった。『こちらから奇襲してぶっ倒す』だ。

 ケイが携帯電話を無くしたので共に行動する事になり、とりあえず大学に来ていた。

 

「美雪には伝えておきたいが……ホムンクルスが今頃誰かを襲ってるかもしれない。こんなことしている場合じゃあ……」

 

 向けられた疑問に、ペトラはわざとらしく指を振って「チッチッ」と言った。

 

「それは大丈夫よ。私にはこれがあるから」

 

 懐から取り出す。よく見なくともわかる、核鉄だ。

 武装錬金には使用者の闘争本能から武器となる機能とは別にもうひとつ、『特性』というものがある。それが武装錬金をただの兵器から未来へと繋ぐ可能性に変える。

 

「私の武装錬金ベリュシュトラールの特性は”弾道の調整”と”特殊弾の配合”」

「弾道と……特殊弾?」

 

 前者は昨日見たものだ。撃ち出された弾があらぬ軌道を描いてホムンクルスを貫いていた。しかし後者は聞きなれないものだった。

 

「ホムンクルス共の身体を吹っ飛ばす以外の効果のある弾ね。あらかじめ作っとく必要はあるんだけど。昨日のヤツにぶち込んでやったのは()()。『マーキング弾』」

 

 どこから出したのか、掌を握り込んだと思うとそこから一発の弾丸を取り出した。

 

「コレが撃ち込まれたヤツの位置を、私は24時間把握する事が出来る。安心して、ヤツは昨日のとこを少し登った山奥から動いてない」

 

 それが確かなら方針通りに奇襲ができる。ペトラは自身の特性を組み込んでいた。

 

「だからまずは昨日と同じく山を登って行って──―」

「お~い、ケイく~ん」

 

 話を遮る朗らかな声が通る。大学構内から美雪がこちらに手を振りながらやってくるのが見えた。ん? とペトラは疑問符を飛ばす。

 

「連絡取って無いのよね? 何でここがわかったの?」

「……アイツはなぜかいつも俺のいる場所を嗅ぎ付けるんだ。講義の無い日にたまたま立ち寄って出会った事もある……」

 

 盗聴とかされてるんではと本気で疑った事もある。軽いホラーだった。

 あまり一緒にいてまた仲を突っ込まれても面倒なので、ペトラは先に山に向かった。ケイは挨拶を済ませると携帯電話の事を伝えて、今日も用事があるから一緒にはいられないと、今度は昨日の反省を活かして丁寧に言った。

 

「……」

「? 何だ?」

「ペトラちゃん……」

「ど、どうした?」

 

 名前は昨日会ったときに紹介している。やはり朝から一緒にいた事を探られているのだろうか。痛くない腹を探られて釈然としない気持ちになる。

 

「あの娘……大事にしてあげてね。ケイくんにとって大切なものを得られる筈だから」

 

 妙な事を言ってきた。美雪は錬金戦団の事もホムンクルスも知らない筈だ。

 

「どういう事だ? 俺は占い師と付き合っていたのか?」

「占いじゃありません。わたしは知っているんです♪」

 

 理屈じゃないんだな、という事だけはわかった。

 

 

 闇の中でドブのように濁った声が喧しく響く。思わず耳を塞ぎたくなるが、その声は脳髄まで染み渡ってきそうだ。

「か~え~る~の~う~た~が~」「か~え~る~の~う~た~が~」

「き~こ~え~て~」「~こ~え~て~」

「く~」「く~」「る~」「ぅ~」「「よ~」」

 

「あ~、テステス……んっんー! ……ミ・ユ・キ! ミユキ! ……美雪! ……えひひっ!」」

 

 

 携帯電話の着信音が鳴る。表示される名前は、さっき会ったばかりの恋人の名前。

 

「……ケイくん? 電話、失くしちゃったんじゃあ……?」

 

 闇の食指が蠢く……。

 

 

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