武装錬金:Q.E   作:まぐろの勇気

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第2話 -掴んだ力- 3

 顔を上げると、小さな光が集まって人の輪郭を模していた。ケイの手を優しく剥がすと、暖かな両手で包んだ。

 

「……めぐみ、なのか……?」

 

 光は否定も肯定もしなかったが、不思議とケイは確信した。

 そこで気付いた。ここは何も無い、真っ暗な空間だというのに、何故自分自身は見えているのか?

 

「あぁ、そうか……」

 

 ようやく真っ直ぐに視る事ができた。光は、ケイの身体から出ていて照らしていたのだと。

 

「ずっと……一緒にいてくれたんだな」

 

 光がくすっと笑った、気がした。

 

『兄さんの手は、倒れそうになっている人に差し伸べる、優しい手だよ』

 

 そう言った気がした。そう、思えた……。

 

 

 -7-

 

「……れん、きん……」

「はぁ?」

 

 うずくまっていたケイがいつの間にか立ち上がっている。その呟いた言葉をホムンクルスは面倒くさそうに反応した。巨大卵を溜めたまま、上体だけ捻ってケイを見下す。

 

「あのさ~、君もういいよ。飽きちゃった。逃がしてあげるからとっととどっか行っちゃって~。あっ、女の子は置いといてね」

 

 雑にあしらうとホムンクルスは再びペトラに向き直るが、今度はケイの方が言葉を無視した。

 

「そう、れんきん……」

「かぁ~~っ! うざったいなぁ~! 食べられたいなら後でやったげるから、黙っておすわりしてなよ!」

 

 苛立ちを見せるが、まだホムンクルスは気付いていなかった。

 先程までとはまるで違う、ケイの瞳を。

 ゆっくりと、右手を前に突き出す。その手には核鉄が悠然と構えられていた。

 

「そのネタ、もういいって! いい加減に──」

 

 ドクン!!

 大地を揺らす轟音が鳴り響く。木々は揺れ、地の小石がカタカタと踊る。

ドクン!! 

 核鉄の正六角形の形が変わっていく。閉じられた明日を切り拓く"武器"へと。

ドクン!! 

 倒れた態勢のまま、ペトラはケイに向かって叫んだ。

 

「そうよ! 必要なのは掌握! 決意! そして、咆哮!! それこそ──」

武装、錬金ッ!!

 

 核鉄が光を放ち、ケイの周りに漂い収束していく。

 顔を上げ、真っ直ぐに敵を見据える。その瞳にはもう、迷いなど微塵も無かった。

 

「な……なにさなにさ! ポッと出のザコが主役ヅラしてんじゃないよ! そんなに目立ちたきゃ、君から死になよぉ~~!!」

 

 ずっと溜め込んでいた巨大卵弾を、ホムンクルスは垂直に高く飛んでからケイに向けて放った。その大きさは自動車をまるまる飲み込んでしまいそうな、それでいて銃弾のような速度。まさに大砲だった。

 明確な"死"が近付いている筈なのに、ケイの心はひたすら穏やかだった。

 

(皮肉だな……武装錬金は闘争本能を形にしたもの。目を逸らし続けていて起動できるものじゃなかった訳だ……)

 

ドォォォォンッッ──! 

 巨大卵弾が命中し、土煙が上がる。日常の世界では工事現場のビルの倒壊くらいでしか聞けないような音だった。

 放った反動でまだ滞空しているホムンクルスは、自身の冷や汗に気付いていない。

 

「お……驚かせてくれちゃってぇ! あ、あーあ! せっかくの女の子もこれじゃ台無しだよ! この調子じゃ他の錬金の戦士たちもすぐ来ちゃいそうだし、どっか他のとこ行ってそっちで楽しもう……!」

 

 軽口は普段通りだが、どこか上擦った声で早口に(まく)し立てる。

 土煙が晴れていく。せめてぐちゃぐちゃになった死体を見て溜飲を下げたかったホムンクルスだが、しかしその期待は裏切られた。

 

「──これが……俺の武装錬金、か」

 

 そこにあったのは鉄の檻。ケイの両腕から派生した何重もの装甲が展開していた。使用者のケイ自身のみならず、後ろに倒れている美雪にも、破片のひとつすら一切の被害を出していない。

 ケイが防御態勢を解くと、自然に展開していた装甲は腕へと戻っていく。そこでようやく元の形がわかった。

 

籠手(ナックルガード)か……うん、名付けよう。これは──」

 

籠手(ナックルガード)の武装錬金】ヴィブラ ブレーサー!!

 

 両の腕を包む籠手、いわゆる双籠手(もろごて)というヤツだが、左右で分かれているわけではなく背中で繋がっている変わった形をしている。

 これを見て、ホムンクルスは冷静さをわずかに取り戻した。

 

「な、なぁ~んだ~。防御特化の武装錬金なんて怖くも何ともないね! ……でもまぁ、今日のところは見逃してあげようかな……じゃあねっ!」

 

 舐めた捨て台詞を吐くとそのまま距離を取って逃げ出す……つもりだった。実際には、上体は後ろを向いていたが、離れる事はできなかった。

 

「あ、あれ……? 何だろ、身体が……ひ、引き寄せ、られてる!?」

 

 上半身と下半身で別方向に駆けようとした為、転びそうになるのを踏ん張る、なんともマヌケな姿勢でホムンクルスはケイに近付いていった。その顔は驚愕に満ちていた。

 

「な、なん……なんでぇっ!? こ、こんなモブが、ボクちんに歯向かうなぁ!」

「お前はもう……黙れッ」

 

 ケイの籠手に覆われた右腕が振り下ろされ、ホムンクルスの顔に芯を捉えて直撃し(ジャストミート)、振り抜かずにそのまま地面へと叩きつける。金属のバラバラになる音が辺りに響き渡っていく。

 戦いに勝利した瞬間だった。

 

 

 -8-

 

 さすがに疲れたのか、ケイはその場に座り込んだ。その姿を見てペトラは考える必要があった。先程のホムンクルスが何故逃げなかったのか。

(武装錬金の『特性』だ……自身に攻撃してきた相手を逃がさない、”引き寄せる力”……。そして両腕を合わせて装甲を展開していたときはただ頑丈なだけじゃなかった。()()()()()()()()()()()……”物理エネルギーの無効化”……。でも、それって……)

 

 ペトラが素早く頭を回転させて目の前の新たな力を読み解こうとする。戦団に報告する為に、資料があるわけでもないので考えを巡らせなければならない。

 

(人を『護る』力と、ホムンクルスを『逃がさない』力。長年続けてきた修行の成果が実を結んで、異なる2つの特性として目覚めたんだ)

 

 ほとんど動かない身体を無理やり立たせると、倒れているホムンクルスに脚を引きずりながら近付く。

 ポンッ!

 

「ッ!?」

 

 まるでワインのコルクが抜けたときのような音が鳴ったと思うと、倒れているホムンクルスの人間の顔の部分が無くなっていた。急いで辺りを見回すと、10m程離れた位置に見つけた。手乗りサイズの、しかし顔だけは人間の非常に不気味な姿を。

 

「けぇ~~! 最後に笑うのはボクちんなんだよ! 人間を喰って身体を治したら、今度こそ君らを殺してやる! じゃ、そんときまで! バイバ~イ!」

「……ッ! 逃がすか!」

 

 小さい身体で素早く駆けたホムンクルスを目にして、ペトラは右手を前に出す。すると、遠くに投げた筈のベリュシュトラールが手元にひとりでに戻ってきた。

 

「! クソ、そんな事出来たのかよ! でも大丈夫! あの銃は弾切れだったから、リロードする為に1回核鉄に戻す時間が必要だからその前に──」

 

 などと考えている間に、ペトラはシリンダーの部分を撫でると、そこからカシャッ、という音が聞こえ、すぐさま照準を合わせて引き金を引いた。

 距離は離れていたが、ベリュシュトラールの特性”弾道調整”により、威力を捨てて射程を伸ばした。見事、ホムンクルスの脳天を正確に撃ち抜いた。

 

「……がっ……! ……そ、んな……リロードは、簡単に出来ない筈じゃあ……?」

「信じたの? 頭、お花畑? ……シリンダーに触るだけでいいのよ。あんたみたいに人の欠点をあげつらうヤツには効くと思ってたからね。知らなかった? アイドルは(ベリュクト)で輝くのよ」

「ち、く、しょう……()()()は、言ってなかったのに……」

「…………ッ!」

 

ホムンクルスの身体が砂粒のように消滅していく。醜き怪物の末路だった。

 

 

 -9-

 

 ホムンクルスとの激闘から数日後、ケイは実家に顔を出していた。

 アポ無しで行った為に母親からは「アンタは本当に連絡不精なんだから」などと小言をグチグチと言われたが、完全にその通りなので素直に聞いた。

 

「めぐみに……線香、あげていいか?」

 

 目的はそれだった。

 ケイは、4年間妹の仏壇に線香をあげた事は一度も無かった。葬儀には参列したが、茫然自失としていて何も覚えていない。

 母親は深くは何も聞かず、「当たり前でしょ。家族なんだから」と言って家事に戻っていった。

 

「遅くなって……本当に、遅くなってすまない」

 

 仏壇に飾ってある妹の写真をみつめる。中学校の入学式のときに撮った写真だ。輝く、良い笑顔だった。

 

「俺は、前に進む……けど。お前を忘れる事は、……できそうにない。だから、ずっと引き摺らせてくれ。お前の兄でいさせてくれれば……俺はきっと、大丈夫だから」

 

 情けなくも、妹の写真を真っ直ぐに見据えた。

 ケイはもう折れない。曲げない。挫けない。

 用事を済ませて家を出ようとすると、母親に呼び止められた。

 

「これ、お父さんがめぐちゃんから預かってたんだって。あんたがめぐちゃんに会いに来たら渡そう、って」

 

 小さな包み紙だった。近所のデパートのものだ。中身は、

 

「……ヘアピン?」

「あ~、アンタ昔は前髪長かったもんね、目つき悪いのに。隠すよりは出した方がまだ親しみがあるって事かぁ」

 

 大学に入って美雪に言われるまでは、確かに留め具が必要な髪だった。

 

「でも、そうか…一緒に行くか」

「うわ、なんかチャラい」

 

 言いたい放題の母親は無視してアパートに戻った。

 日常に戻るかと思ったが、そんな事は無かった。アパートの前で軍服を着たドイツ人の女が腕を組んで仁王立ちしていた。

 

Hi.(よっ) 任務の続投が決まったから、まだしばらくこの街にいることになったわ。それと……」

 

 核鉄の治癒力により、すっかり全快している笑顔のペトラは、右手を差し出してきた。

 

「改めて、()()敢宮(かんのみや)。よろしくね♪」

「あぁ。これからは、俺がみんなを護らせてもらう。よろしく」

 

 固い握手を交わす。そこでようやくペトラは気付いたようで、げぇ~~、という顔をした。

 

「ヘアピン男子ぃ~? 需要あんのソレぇ~?」

 

 先日のホムンクルスみたいな口調になっているぞ、とケイは思ったが、鬼のように怒りだしそうだったので胸に秘めておく事にした。

 

 

 -10-

 

 街から数キロ離れた山奥のさらに先、上空からでも見降ろさなければ気付かない処に穴があった。

 その穴は巨大な怪物の口のようでもあり、野生の熊でさえ避けていた。

 

「ちょい……冗談キツイわぁホント……」

 

 穴の中は深く、深く深く潜っていくと、開けた空間に出る。そこの突き出した岩盤を死角とし、身を隠して状況を監視している男の姿があった。

 男の名は久坂(くさか) 刃壱(じんいち)。錬金戦団の一員で、ケイの先輩に当たる人物。そして戦団では諜報活動を主にこなしていた。

 そんな久坂の前に信じ難い光景が広がっていた。

 

「オォォーーーッッ!!」

 

 開けた空間に、所狭しと躍動する影がいくつもある。そのすべてが、額にツノや口に牙、手には長い爪や背中に翼がある異形の姿、ホムンクルスだ。

 

「ロゴス! ロゴス・リカン! 我らが指導者!!」

「指導者はよしてくれ。我らの間に上下は無い。いままで通り、代表(ロゴス)でいい」

 

 多くのホムンクルスたちがいる場より、一段高い円形のステージがあった。そこに数人の姿があり、そのうちのひとりが前に出てくる。

 

「さぁ、儀式(セレモニー)の始まりだ。みんな楽しもう」

 

 戦いは終わってなどいない。ようやく始まったのだ。

 

 

 ―つづく

 

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