武装錬金:Q.E   作:まぐろの勇気

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第3話 -守りたいもの- 1

 -1-

 

「ちょっと聞いてよ! 聞いてったらぁー!」

 

 大きな音を立てて扉が開かれる。音の元はケイの一人暮らしのアパートの玄関扉。音を出したのは先日から同僚となったペトラ。

 その服装は以前までの厳かな軍服ではなく、年相応のカジュアルな服装に変わっている。紺色の上着を羽織り、下はショートパンツで脚を大胆に出している。そんなものをいつ買ったのかと聞くと、美雪とショッピングに行って買ったものと、ショートパンツは美雪のおさがりらしい。いつの間にそんなに距離を縮めていたのか。

 そんなペトラの急襲に対して、鍵を掛けずに不用心……という訳ではない。今のところ日本に頼れる相手のいないペトラを心配して、年上で地元民でもあるケイが一肌脱ぎ家の合い鍵を渡しておいたのだ。これでいつでも訪ねてきていい、何でも力を貸す、と。ケイにとってペトラは長年奥歯に詰まっていたモノを取ってくれた恩人に等しい。この程度は何の重荷でも無かった。

 

「だから話を聞いてと言われたら聞くし、問題があるなら解決の助力もする。ただ……」

 

 ペトラは疑問符を頭の上に浮かばせた。

 

「ノックを、しろッ!」

 

 シャワーを浴びて腰にタオルを巻いただけの姿のケイだった。

 

 

 

 -2-

 

 ホムンクルスとの激闘から数週間が経ち、暦は7月に突入した。

 戦いに巻き込まれた美雪も、あの日の出来事はほとんど覚えておらずうやむやにできた。錬金戦団は「秘密を知られたからには…」などという恐ろしい組織ではないが、知らないに越したことは無い。

 戦団から派遣されたペトラが何かの任務を請け負っている筈だが、いまのところ助けは必要無いようでケイは今まで通りの生活を送っていた。今まで通りと言っても、妹を失って自暴自棄になっていたときとは違う。夜を迎える度に自分の無力さを嘆き、眠れずに鍛錬をし、朝日が昇る頃に倒れるように寝て昼前に起きていた、あの頃とは。

 夜に寝て朝に起きる、大学に行って夕方に鍛錬をする。そんな健康的な日々を過ごしている。

 

「本当に大丈夫か? ついていこうか?」

「なんでよ。大学あるんだから行きなさいよ」

 

 16歳のペトラは高校に通う事になった。過去の戦団なら『潜入先』程度にしか考えられていなかったが、戦団解体に向けて団員の社会進出の為に、とりあえず未成年の進学は義務化されていた。ケイの家から山ひとつ越えた先にあるので、近くのホテルに居住を移している。

 そんなペトラの転入初日の日であった。

 

「任せなさい。自分たちの狭い世界しか知らないガキどもに一泡吹かせてやるわ」

「それは本当にしなくていいと思うぞ……」

 

 そして事件は起きた。いや起きなかった。

 

「あっ……ドイ、ツから、きま、した……ペトリャ、……ペ、トラ、です……あっ、カンプフェルト……でしゅ…………です」

「…………」

 

 静かな拍手が教室に鳴った。

 

 

「何でよ!? 外国人の美少女転校生よ!? 一発で恋に落ちるヤツとか、茶化してくるお調子者とか、眼鏡クイってする委員長とか、ひとりもいなかったんだけど!?」

 

 意外と人見知りする性質(たち)だったらしい。いや内弁慶と言った方がいいか。

 誤解の無いように説明を入れると、別にペトラの通う学校が外国人差別が激しいとかいじめがあるとか、そういうわけではない。そこは一般的な学問を履修する”普通科”と、より勉学に特化した”特進科”に分かれている。ペトラが配属されたのは”特進科”、みんな落ちこぼれないように勉強に夢中だった。

 

「というか何で特進なんだ? 俺はあそこの普通科だったけど、別に変なとこじゃないぞ」

「あんたに無くても私にはある。ウチのボスがチャレンジ精神の塊みたいな人だかんね」

 

 ペトラの保護者……戦団員の人は「高い壁こそ超えるべき」の人で、容易な道と困難な道があれば迷わず後者を選ぶ、そんな人だった。

 

「別に強制されてる訳じゃないわよ。重圧はあっても、選んだのは私だもの」

 

 尊敬しているからこそ期待に応えたい。それがペトラの行動原理だ。だからといってツラく無いわけはないが。

 

 

 

 -3-

 

 そこから2日、3日と経った。依然ペトラを取り巻く環境は変わっていない。無視されているわけではない。勉強にもついていけている。だが、どこか受け入れられていない。30人のクラスメイトに対して31人目ではなく、30人+1人の状況が続いている。

 

(戦団ではひとりでいても大丈夫だったのに……何でだろ。ここでは孤独を感じる)

 

 転機が訪れたのは、転入4日目の昼休みだった。売店で購入したヤキソバパンを教室の自分の席で頬張っていると、目の前に男子生徒が現れた。

 

「きみがカンプフェルトさん? あっ、ここいいかな?」

 

 男は返事を待たずに椅子を引いて着席した。

 ペトラはこのクラスの生徒の顔なら既に覚えている。が、この長い髪をなびかせた男子は見覚えがない。襟の線の色からして3年生、上級生だが妙に馴れ馴れしい。

 

「もううちの学校には慣れたかい? あぁ、僕は生徒会長の宇沢(うざわ)だ。よろしくね♪」

「……よろしく」

 

 人の良い笑顔で右手を差し出してきたが、ペトラはヤキソバパンを両手で持っているので出せなかった。パンを持っているから出せないよ、という意思表示だ。

 数秒待ったが握り返されない空しい右手を引っ込めると、代わりに腋に抱えていた箱を机に置いた。

 

「ドイツからの留学生に寂しい想いをさせては日本人の名折れだと思ってね。どうだろうカンプフェルトさん、文化交流という事で。ルールはわかるかい?」

 

 宇沢という男子が箱から取り出したのは、図書室などで貸し出しているチェス盤だった。まだ出会ってから5分と経っていないが、相手の返答を待たずに駒の用意をする辺りかなり強引な性格なのが窺える。

 

「……まぁ、嗜む程度には……」

「おっ、難しい日本語知ってるね♪」

(う~わ、また宇沢劇場だよ)

 

 教室に入ってきた異分子を、周りの生徒たちが遠巻きに囁いている声が聞こえる。その異分子にはペトラも入っているようだが。

 

(宇沢先輩ってチェスのジュニア選手権でいいとこまでいったんだろ?)

(目立つヤツへこませて自分の話題作りにしたいんだろ。や~らし)

(先生たちの前じゃ品行方正を装ってるのがまた、ね)

 

 かくして急遽昼休みの教室で騒動に巻き込まれたペトラだが、宇沢が黙るのに15分も掛からなかった。

 

「……そ、そんな、バカ、な……」

 

 盤上は圧倒的だった。攻撃的な戦法で、傷付きながらも宇沢の王の駒を囲っている。

 

「ほい、詰み(チェックメイト)。セ~ンパイ♪ とっても手を抜いてくれたみたいですねぇ~♪」

 

 冷や汗をだらだらと流す宇沢に対して、先程までのおとなしさはナリを潜めてペトラは脚を組んでケタケタと笑い声を上げた。

 

「わざと守りの薄いとこを作ってあげたら簡単に引っ掛かってくれちゃって。自分が上手くいってるときは、罠に掛かっていても気付けないものなのね。ご愁傷様~♪」

「こ、こんな事、まぐれだ……! も、もう一度やれば!」

eingebildet.(うぬぼれるな) 自分の実力をまぐれで済ましている内は、私には生涯勝てないわよ。色々と見直してきなさい」

 

 

(や……やっちゃったぁ~~! 教室のど真ん中で、上級生をボコボコにしてしまったぁ~~!)

 

 宇沢を追い返してからすぐ、顔を覆って机に突っ伏す。自身の行いを省みるとあまりにも日常の風景にはそぐわなかった。もういっその事クール&ミステリーなキャラで通そうかなと思い始めていると、

 

「……っね! 面白いんねアンタ♪」

「へっ!?」

 

 さっきまで宇沢が占領していた席に、今度は女子生徒が勢いよく座った。しかしこれは異分子ではない。クラスメイトで本来のこの席の主、確か名前は──

 

倉持(くらもち) 香菜(かな)。香菜呼びだと嬉しいかな。陸上部所属で~っす」

 

 健康的に小麦色に焼けた肌をした彼女は、口々に話していく。しかし宇沢のときと違い、無礼なないがしろにされている感じはまったく無かった。等身大の、それこそ友達との会話といった自然さだ。

 

「ごめんね~。転入初日から興味はあったんだけど、外国人の娘ってどうも緊張しちゃってさー。でも! あのロン毛会長ボコボコにしてくれたのスカッとしたわ~♪」

「ふっ……どういたしまして」

「笑うとかわいーじゃん」

 

 などと軽口を交わしていると、もうひとつの影が近付いてきた。

 

「…………」

「……えっ、何……?」

 

 女子の会話の間に割って入るように男子生徒が無言で、先程の宇沢の焼き直しのようにチェス盤を広げ始めた。こっちのは子供用の、折り畳んで運べるプラスチック製の物だった。

 

「えっと……?」

「宇沢がこの学校では一番チェスが強かった。なのにお前が倒したから、お前はボクと戦う義務がある」

「いや、どういう基準?」

 

 香菜が代わりにツッコんでくれたところで、昼休み終了のチャイムが鳴った。

 

 

 

 -4-

 

天兎(あまと) 聡志(さとし)。中学一緒だったけど、まぁちょっと変なヤツだよ」

 

 その日の放課後、ペトラは香菜に頼んで校内を案内してもらった。担任の教師がクラス委員の女子生徒に頼もうとしていたが、確実に気まずくなる事が目に見えていたので丁重に断った。そこで香菜に頼み、陸上の部活が始まるまでという条件で了承してもらった。

 

「ちょっと変って……どんな感じに?」

 

 香菜は語る。

 何かに負けると、執拗に再戦を挑み続ける。特段才能があるわけでも無いから、ただひたすらに練習を繰り返して勝つまでやる。それが聡志という男子だった。

 

「それは……メンドクサイわね」

「まっ、悪いヤツじゃないんだけどね~。ところでさ……」

「?」

 

 歩みを止めて香菜が振り返る。周りには部活の準備をしている生徒以外に、ほとんど残っていなかった。

 

「案内する場所、偏ってない?」

 

 ペトラが頼んだ場所は、保健室、体育倉庫、屋上、校舎裏……。呆れて声も出ない。

 

「だって……イベント発生場所だもんね!」

 

 めげないペトラの事を理解し始めてきて、香菜は苦笑混じりに案内を続ける。しかし保健室はともかく、体育倉庫はバスケ部とバレー部が使用していて、屋上は鍵が施錠されていて立ち入り禁止。目的の半分も達成できていない!

 

「そ、そんな……」

「屋上、ちょっと前までは普通に開放されてたらしいんだけど、フェンスが老朽化でもろくなっちゃってるらしくて、工事が終わるまでは立ち入り禁止なんだって。しょーがないしょーがない」

 

 工事が終わったら一緒に行こうよ、と言われて答えに窮してしまった。この学校には任務の為に潜入しているだけ。終わればすぐに出ていく未来が待っている。なので、

 

「……うん、そうね」

 

 これしかなかった。

 

「……と、最後はここで〜す。本日はお付き合いいただき、ありがとございまーす♪」

 

 校舎裏に着き、香菜は観光ツアーのガイドのように丁寧に手を振っておどける。つられてペトラもケラケラと笑いながら拍手をした。

 校舎裏は……当たり前だが何も無い。ペトラの期待していた愛の告白現場も、たむろしている不良も、未知との遭遇で生活が一変してしまった生徒もいなかった。……さすがに期待が重すぎる。

 

「まぁー、せっかく来たし? 告白でもしとく? おしゃべり始めて1日目だけど♪」

「あはは♪ それは魅力的な提案だけど……そろそろタイムリミットかも」

 

 深刻そうに言ったが、何のことはなくそろそろ香菜の部活の時間だ。こちらの都合で案内を頼んでおいて、叱られたりなどしたらたまったものではない。

 

「うわマジだ! ごっめんね〜。また明日!!」

 

 漫画だったら足元がぐるぐるになって見えなくなる表現で描かれそうな程に爆走して、すぐに後ろ姿も見えなくなった。ペトラは小さく手を振る事しかできなかった。

 

「また明日~…。良い子だな……友達。くっ、くふふ……友達、だぁ~♪」

 

 ひとりになってから、ペトラは手で顔を覆った。きっといまは人に見せられない顔をしている。心があったかくなって、表面上を取り繕う事もできないほど緩んでしまう。このまま踊りだしたくなる。

 

「はぁーっ……で? とってもイイ気分の私の邪魔をするアンタは何なワケ?」

 

 気合いを入れる、というより切り替える為に、顔を軽くぺちぺちと叩く。青春を謳歌する女子高生の顔が一転して、戦士のものへと変貌する。

 花壇すらない校舎裏だが、木々は多くあった。その中の一本から男が姿を現した。これといって特徴の無い細身の男だ。もっとも、教師にも見えなく制服を着ていない時点で不法侵入者なのは確定だが。

 

「ど、どうしてわかったんだ? お、おれ、気配は……完全に消してたハズなの、に……」

「はぁ~ん? さてはアンタ、頭脳がマヌケなタイプ? たしかに気配はわからなかったけど……」

 

 まるでサスペンスドラマで探偵が犯人を言い当てる名場面のように、ペトラは右手の人差し指を男に突き立てた。

 

「尻尾を出したわね。……物理的に! さっきから尻尾だけ見えてんのよ! いいからとっとと本性出しなさい、クソホムンクルスっ!」

「う……うけけけけけ!!」

 

 男の全身が一瞬で変化していく。緑色の体躯に長い尻尾と、そして長い舌。間違いなく動物型ホムンクルス!

 

「カメレオンか! 武装錬金ッ!」

 

 

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