時間が過ぎるのはあっという間だ。この春、主任に昇格したばかりの俺は、ここ1ヶ月はずっと忙しかった。今日は久しぶりの休みで、気晴らしにショッピングモールに来ている。色々な店を見て回っているが、何か買おうか迷っているところだ。
「新作の春物です〜。試着いかがでしょうか〜?」
ショップ店員の女性が呼びかけをしている。そう言えば、最近服を買っていなかった。男女問わずに服を売っているようだから、立ち寄ってみるかな。
「新作の春物です〜。試着いかがでしょうか〜?」
「とりあえず見て回るから、後で試着しますよ。」
「かしこまりました〜。ごゆっくりどうぞ〜。」
正直、店員に話しかけられるのは苦手だが、試着はしておきたからありがたい。平日はスーツばかりなので、ラフな感じの服が欲しいな。そう思ってパーカーやロンTを見ていく。しかし、なかなか気に入った服が見つからない。色、柄、全体的な雰囲気、どれを見てもいまいちピンと来ない。そんな時…
「こちらとかいかがですか〜?」
そう言って店員が持ってきたのは、薄ピンクの可愛らしいワンピースだった。
「え?これ女性の服ですよね??」
「あら、あまり好みではないですかね〜。」
「当然ですよ!!女性の服なんて着る訳ないじゃないですか!」
「ではこちらの服とかいかがですか〜?」
そう言って持ってきたのは、シンプルな白のワイシャツだった。
「んん〜、まあこれならいいですけどねえ。」
「では、試着してみましょうか〜。」
「そうしてみます。」
そう言って試着のカーテンを閉めた。ワイシャツは仕事で毎日着ているから、休みの日くらいはボタンの無い服を着たいと思ったが、自分の普段のイメージがワイシャツばかりなため、なんとなくこれでも良いかと思った。袖に腕を通し、ボタンを閉めていく。なんか、胸の辺りが窮屈な感じがした。
ここ最近は忙しく、飯をしっかり食べることができない時もあり、太ったとは考えにくい。店員が少しサイズを小さいのを持ってきたかもな。後で、ワンサイズ上のものを持ってきてもらおう。そう思って、試着室のカーテンを開けた。
「こんな感じになりました。」
「やっぱりお似合いです〜!」
「ワイシャツはいつも着ているので。少し胸の辺りがキツいので、ワンサイズ大きいものがいいのですが。」
「そんなことないですよ〜。身体のラインとフィットして、良い感じですよ〜。」
「そうですか?まあ、そう言ってもらえるなら良いんですけど。」
「とんでもないです〜。では、そちらのブラウスとこちら合わせてみてはいかがですか〜?」
ブラウスって女性ものの言い方じゃなかったか?まあワイシャツのことを指しているんだろうな。そう思って自分を納得させた。そして、店員が手に持っていたのは黒のスキニーパンツだった。
「きっとお似合いだと思いますよ〜。」
「わかりました、試着してみます。」
「ごゆっくりどうぞ〜。」
そう言って再びカーテンを閉めた。スキニーパンツだから、すごくピチッとしている。足やお尻のラインがくっきりと出てしまう。ちょっと恥ずかしく思える。特に太ももからお尻かけてが強調されてしまう。その恥ずかしさのあまり、気づかないうちに内股になっていた。完全に無意識であったが、特に気にすることなく、試着室のカーテンを開けた。
「こ、こんな感じになりましたあ…」
「とってもお似合いですよ!お客様はスタイルが良いのでボディラインが滑らかで、美しいですよ!」
「そ、そうですかね。嬉しいです…」
「こちら2点はまとめて買われるとお得ですが、あちらも合わせると更に良いですよ!」
「わかりました、お願いします。」
そう言うと、店員は何かを取りに行った。試着室に残されたから、仕方なく鏡を見る。最近は忙しくて、あまりご飯を食べていなくて少し痩せたかな?自分の時間を作れていなかったし、友達とカフェに行ったりもしていなくて、久しぶりの買い物に私の心は踊るような気持ちだった。
…あれ?私?いやいや、俺か、俺だよ。なんで自分のことを女性みたいに私って思ったんだろう。やっぱり疲れが溜まってるなー。
鏡に写った自分の姿を見て、確かにスタイルはいいのかもしれないが、何か違和感を覚える。さっきより髪が伸びた?あと胸が膨らんだような?でも、もともとからこんな感じだったような気もする。そう思っていたら店員さんが戻ってきた。
「こちらのパンプスはいかがですか〜?今来ているお洋服と合わせるととても良い感じになりますよ〜。」
「え?これ女性用ですよね!?さっきも同じようなことありましたけど、どう言うつもりなんですか!?」
「気に触ったのなら申し訳ございません〜。でもお客様とっても綺麗なスタイルですので、きっとお似合いになると思うんです〜。こちらもセット価格にさせていただきますので〜。一度、一度だけでも良いのでいかがでしょうか〜?」
店員さんに乗せられ、褒められ、似合うかもって嬉しく思えた。それにセット価格にしてくれるからとってもお得じゃん!でも、自分自身の身体にあまり自信を持っていないため、迷いが出る。優柔不断だなー、私。
「そ、そんな綺麗なスタイルだなんて…私、胸があまり大きくないし、顔も普通だし、身長も決して高い方ではないから、自信なくて…」
「お客様、それがアナタの武器になるんですよ。ボディラインを気にせず服を選ぶことができますし、メイクを覚えればより一層可愛くなれます!身長に関しては、このパンプスを履いていただければ、少し目線を高くすることができます。」
「そっか、このパンプスは踵が少し高くなっているんだ。私、履いてみます!」
こうして、店員さんに背中を押されてパンプスを履いた。ほんの数センチ高くなっただけだけど、ほんの少し自信が出てきた気がする。それに今後はメイクを覚えてもっと可愛くなりたい!そう思えた。
───ふと、足を見るとスポーツブランドのロゴが入ったくつ下を履いていた。あれ?私こんなくつ下履いてたってけ?…いや違う!!私、いや俺は男だ!さっきまで男だったはずだ!!おかしい!この試着室に入ってから、だんだん記憶や思考が女性に変わっていったし、女性物の服を気にせずに着ていた!!これは一体??あの店員を問い詰めてやる!!
確かに俺は優柔不断なところはあるけど、仕事では主任に昇格し、上司や部下に頼られ、大きなプロジェクトを任された。今が一番輝いている時なんだ!
それまでの人生はパッとしないものだった。小中学生の頃は、あまり目立つ方ではなかった。クラスの隅で読書したり、多い方ではないけど友達とアニメの話をしたり、それなり勉強はしてたから、順位は悪くなかった。それでも目立つことは避けて来た。クラスの決め事も誰かが決めてくれたことに従って、いつも脇役。とても地味な存在。メガネに三つ編みが似合う、控えめな女の子、それが私。
そんな自分を変えたいと思って高校ではコンタクトレンズにして、色んな人に話しかけてみた。でも、あまり人と関わってこなかったから、オドオドして、結果的に変な人で終わっちゃたんだよね。優柔不断だから、いつもどうしようかなって迷って。自分を変えるどころか、方向性を見失っていたなー。今思うと、すごく恥ずかしい。
もう一度変わりたいって思って、腰まであった髪を大学では思い切って肩までの長さに切ったんだった。それからボランティアやバイトをして、自分に自信をつける練習をしていった。この経験が就活に活かせて今の会社に入れたことはよく覚えている。一年目時の先輩が、あなたは輝くものがある、きっと活躍できるって言ってくれてすごく嬉しかった!その先輩は、3つ上で背が高くて、私が失敗してもフォローしてくれた。
そんな先輩が、好きだった。好きになった後すぐに、先輩には結婚を約束した彼女さんがいることがわかった。初めての恋愛で初めての失恋を経験した。すごく悔しかったし、悲しかった。家に帰って枕に顔を埋めて泣いてたっけ。その後先輩は部署を異動して、関わることがなくなっちゃった。けど、先輩の仕事を引き継ぐことはできた。今はあの先輩の仕事の続きを頑張っている。あの時以上の大きなプロジェクトにすることができた。
本当、時間が過ぎるのはあっという間だなー。三つ編みでメガネだった女の子は、今ではレディーススーツを着た、ボブヘアのOLになっているのだから。
「お客様どうされましたか〜?ぼーっとされてますけれど?」
「あ!すみません!少し昔を思い出してました。」
「そうなんですね〜。そう言えば、ソックスも新しいのをご用意しました〜。」
そう言って薄ピンク色のソックスを用意してくれた。小さいリボンのついたかわいいソックスだった。
「ありがとうございます。かわいいソックスですね。」
「どういたしまして〜。先ほどのソックスはお客様には似合いません。こちらの方がお似合いです。」
「嬉しいです。」
「買い物は以上でよろしいですか〜?」
「あ、あの!さっきの薄ピンクのワンピースも気になります。」
「かしこまりました!少々お待ちください!」
店員さんにお願いをして、さっきのワンピースも試着してみることにした。少し自信がついた私なら、着てもいいんじゃないかなって思った。なんでさっきは断ったんだろう?なんで私が男って思ったんだろう?ずっと女の子なのに。そう言えば、昔読んだ本に男の人が女性に変わってく話があったなー。
「お待たせしました〜。先ほどのワンピースでごさいます〜。」
「ありがとうございます!早速試着します!」
「ごゆっくりどうぞ〜。」
素早く着ている服を脱ぎ、ワンピースに着替える。薄ピンクのブラの中に、控えめだけど確かにある胸を意識しながら着ていく。ワンピースを着た自分の姿は、とても可愛く思えた。いつもとは変わらない自分だけど、これからも頑張る自分へのご褒美と決意のために買おうと思った。
「とてもお似合いですよ〜。」
「ありがとうございます。このワンピースも買います。」
「お買い上げありがとうございます。ではレジまでお願いします〜。折角なら、そのワンピース着たままで行きますか?」
「いいんですか!?ありがとうございます!」
「とんでもないです〜。お客様に喜んでいただけたら、それが何よりです。では、レジまでお願いします〜。」
「わかりました。お願いします。」
試着した服をそのまま着ていっていいんだ!!すごく嬉しい!!
とても幸せな気持ちになった。そのまま、さっき着た服も持ってレジに行った。ワンピースを合わせた値段は結構高くなっちゃったけど、いい買い物ができた!!明日からも頑張らなきゃ!
その決意を胸に、私は店を後にした。
───後方では、あの女性店員がニヤリと笑っている。そして、近くを通りかかった別の男に声をかけていた。
「新作の春物です〜。試着いかがでしょうか〜?」