くじらぐも 作:タマアリアマナシムナゲアリ
私は、日本ウマ娘トレーニングセンター学園、所謂トレセンのトレーナーだ。
と言っても、未だに担当を持つことができていない新人トレーナーだ。
「ハァ……」
今日もまた、声をかけたウマ娘に断られてしまった。
ちゃんと誘い文句も先輩達に聞いて、良い感じのを言えたはずなのに……。
これで何人目だろう。
既に両手に収まる人数ではない気がする。
成績がない、実績がない、信頼がない。
理由は毎回、ほとんど同じだった。
新人トレーナーという肩書きは、思っていた以上に、ずっしりと重い。
「このままだと、たづなさんに詰められちゃうよ……」
最近、目を付けられている気がする。
出勤時も、退勤時も、必ず同じことを聞かれる。
「担当は、決まりそうですか?」
答えは、いつも曖昧に笑って誤魔化すだけだ。
このまま、担当ができなかったら……考えるだけで身震いが起きる。
「つらいよ〜〜」
誰もいないトレーナー室で、そう弱音を吐きながら、椅子に深く腰を沈めた。
——静かだ。
エアコンの音と、遠くの足音だけ。
今、ここには、自分しかいない。
「あの?」
「ひゃい!?」
肩が大きく跳ねた。
喉の奥から、変な声が漏れる。
完全に油断していた。
誰もいないと、そう思い込んでいたからだ。
「あ、ごめんなさい。驚かせる気はなかったんです」
恐る恐る振り返る。
そこには、ウマ娘が立っていた。
——どこかで、見たことがある気がした。
思い出せるほどではない。
ただ、胸の奥に小さな引っかかりだけが残る。
考える前に、別の事実が意識を占めた。
ウマ娘の方から、話しかけられた。
これが、初めて。
「い、いや。こっ、こっこちらこそっ、ご、ごめんっ、ね」
言葉が、口の中で絡まる。
何を言えばいいのか、頭が追いつかない。
せっかく来てくれたのに、このまま何も言えずに終わるのだけは避けないと!
「大丈夫ですか? 顔が赤いようですけど……」
彼女はそう言って、少しだけ距離を詰めてくる。
「う、うん!大丈夫だよ!元気いっぱい!」
反射的にそう答える。
そのせいか、声が少々上擦った気がする。
「そうですか?う〜ん」
心配そうな表情。
無意識なのか、上半身が前に傾く。
——近い。
そう思ったときには、もう遅かった。
「心配なので、熱があるかだけ確認しますね」
視界に、彼女の顔しか入らなくなる。
息が、かかる。
アー!!
いけない、近い近い近い!これ以上は本当にまずい!
頭が、ぐらりと揺れた。
ピトッ
額に、柔らかい感触。
……あっ、良い匂い。
そう認識したところで、
世界が、ふっと遠のいた。
「熱は……ないようですね。それではトレーナーさん、本題なん……あれ?」
最後に目にしたのは、慌てるウマ娘の姿だった。
+++
眩い光が、薄く開いた網膜に差し込んでくる。
意識の輪郭が、
時間をかけて、少しずつ戻っていく。
最初に浮かんだのは、
——会いに来てくれた、ウマ娘のことだった。
……いや、ウマ娘?
「ハッ!」
勢いよく目を開く。
体は重く、頭もぼんやりしている。
決して、いい目覚めではなかった。
「あっ、もう大丈夫なんですか?」
視線を向けると、
すぐそばに、彼女が座っていた。
膝にはブランケットがかかっている。
どうやら、しばらくの間、ここにいたらしい。
胸が申し訳なさでいっぱいになる。
「うん……。ごめんね、せっかく会いに来てくれたのに、気を失っちゃって……」
「気にしてませんよ」
即答だった。
その優しさが、申し訳なさを加速させる。
「それで、私がトレーナーさんのところを訪れた理由なんですけど……」
「うん……」
我ながら、情けない返事だと思う。
彼女は、すぐには続けなかった。
視線が、少しだけ下に落ちる。
何かを探すように、床を見て――
それから、静かに口を開いた。
「……さっきも、廊下で断られていましたよね」
「え……」
息が詰まった。
見られていた。
いや、それ以上に――覚えられていた。
また顔が赤くなっている気がする。
「何人にも声をかけていて」
そこで一度、言葉が止まる。
「それでも、ちゃんと理由を聞いて……頭を下げていました」
責める調子ではない。
事実を、並べているだけの声だった。
なのに、不思議と胸に刺さる。
「……あれを見て」
一拍。
「逃げない人なんだなって、思ったんです」
視線が戻る。
今度は、逸らさなかった。
まっすぐ、こちらを見ている。
何を言われるのか、分からない。
褒められているのか、試されているのかも。
「だから……」
言葉の後に、間が落ちる。
彼女は、すぐには続けなかった。
息を整えるように、一度だけ瞬きをする。
「……お願いが、あります」
胸の奥が、きゅっと縮む。
「私の」
また、止まる。
「トレーナーになってくれませんか?」
「……え?」
頭の回転が、完全に止まった。
今、なんて言った?
ワタシノトレナーニナッテクレマセンカ?
トレーナー。
なって。
くれませんか。
言葉を、順番に並べ直す。
「あの……」
もしかして。
――私の、担当になりたいってことかな?
…
……
………
考えるより先に、声が出た。
「是非お願いします!!」
タグを見ている人ならわかると思うんですけど、このウマ娘は白いヤツと同世代です。
……ハジケっぷりを書ける自信がないよ……