Asyu-on Archive 作:非キヴォトス人のアコード
“それにキミはあの時の…”
「うん、秤アツコだよ」
ここに来てなされた自己紹介と共に今回は始まる。
「先生にも言っておくと、私が私の判断で私が連れてきたいと思ってミカを連れてきた。変に気持ちを拗らせてどうこうとかじゃない」
“そ、そうなんだ”
「んー、アツコー?なんか言ったー?」
「そういうところだよ」
ともかくミカはアツコに流されてここまで来ているものの、自分の意志でアリウススクワッドへ手助けをしようとここにいるのもまた事実である。
それを先生も尊重…しようとしたが、忘れてはならぬ問題が。
“……あ。でも、聴聞会が”
「大丈夫、間に合わせればいいから」
「変なとこで雑だなー…」
そんな歓談を切り裂く銃声…分校派の増援が再びやってくる。
飛来する弾丸の一部がミカに直撃する。
「いたた!」
「あっちだ!『スクワッド』とユニオン派の連合と聞いている!心してかかれ!!」
「ああもう、こうなったら…この9人でカタコンベに突入しますよ!!」
スバルの覚悟を決めた号令がこだまする。
****
「結局ついてきちゃったけど…」
「まあ、大丈夫じゃないかな」
などと呑気な秤アツコである。
陣容はシャーレの先生を筆頭として、アリウス分校「アリウススクワッド」より梯スバル、西空シアン、佃ソウカ。
アリウスユニオン生徒会「Uncoded」より秤アツコ、錠前サオリ、戒野ミサキ、槌永ヒヨリ。
そしてトリニティ生徒会「ティーパーティー」より聖園ミカ。
生徒8名と引率の先生で計9名。知らぬ間に随分大所帯。
「…まだ通路が完全に閉まるまで猶予がある。追手来よる前に急がなかん」
「まだ移動しますよ。先生、ここから先は道が複雑になるのでお気をつけて」
「ここは電波も通じないからな。道に迷うともなれば終わりだ」
「…この先が、アリウス分校臨時自治区です。行きましょう」
長き道のりを行き、ソウカが上の状況を見る。
「……問題ないです!上がってええよ!」
「ここなら警備の手も薄い思ったわ、正解やな」
「ええ、そうですねぇ」
「……はぁ……ぅう…」
“ここが、臨時自治区…”
「とはいえその端でしかないし、自治区なんてのも形だけ。所詮は廃墟群でしかあらへん。メインの土地はもうちょい先や。ま、私たちが向かってるのがバレとるから、そう簡単には近付けんやろ」
「うぅ……く…」
「スバル…?どうかしたか?」
スバルの身体が崩れそうになるのを、サオリが支える。
「大丈夫か…!?…高熱だな、思っていた以上に無理をしていたようだ」
「熱やって…!?」
「…まともに休めてなかったやろしな。負傷しとって、睡眠もまともに取れず、それで疲労も取れず。気力だけで耐えるのも限界だったんやな」
「あら……どうしましょう…」
不意に先生は小瓶を取り出す。
常備薬であった。
「まあ、お薬」
「…持ち歩いてるんですか?」
“もしもの時のためにね”
“胃腸薬に猫のおやつ、チョコバーとかもあるよ”
「ふーん。なんというか、こういうところもらしい感じするね」
「ともかく、ありがとうな……スバル、これ飲み。楽んなるで」
薬を飲み、少々して落ち着いた様子となる。
そうなると必然的にこういう意見も出る。
「スバルの様子もあるから、ちょっと休んで行く方がいいかな?」
“そうだねミカ、少し休もう”
「では、不寝番は私たちでやろう。シアンとソウカも疲れているだろうからな」
「そうだねサッちゃん。先生も少し休んだ方がいいよ、アリウスユニオンの4人に任せておいて」
“うん、ありがとう”
「…世話かけるな」
「あれれ、私も休んでていいの?」
「ミカもあまり慣れてない環境だろうから」
「じゃ、じゃあ、アツコのお言葉に甘えて…」
****
先生、この声が聞こえているだろうか。
まだ夢と現実の狭間で揺蕩う感覚なばかりに、こうして言葉を届けることができているのかもしれない。
だからこそ、今の状況を伝えられる…。
彼女は儀式の果てに、キヴォトスに存在しない『何か』を呼び出そうとしていると推測される。
私はその先を、キヴォトスの終焉を見てしまった。
ベアトリーチェの儀式は、キヴォトスを終焉へと導く切掛足り得る。
そして先生…あなたの命が狙われている。
しかし……私がこれまでに見てきた夢の世界とは、非常に大きな乖離を見せている。
囚われの姫君はアツコではなくマイアであり、アリウスは二分されており、そして特異点のようなゲマトリアが片方に付いた。
ミカも檻から抜け出してはいるようだけれど、暴走してというわけではないようだね。
そして…その特異点的ゲマトリアの彼はどうやら、遠大な準備を終えつつあるらしい。
……蓮、だろうか?…それも巨大な蓮が咲くような、そんな予感がする。
ともかくいずれかのところで、彼は先生と合流を果たすのではないかな。
きっと今、キミはアリウス自治区に向かっているのだろうか。
本音を言えば、危険だからすぐに引き返すべきだと言いたいが…その歩みは止めるべきではないのだろう。
どうか…無事に帰ってきてくれ、そう祈念するばかりだ…。
目を覚ます。その言葉は確かに聞こえていた。
近くにはシアンとソウカがいた。
「あら、先生」
「悪い、起こしたか?なんか夢でも見たか?……まあ、こんな環境じゃ熟睡は難しいか。私たちは慣れとるけど」
“…2人は何をしていたの?”
「スバルさんの様子を見てました。解熱剤が効いたらしくて、もう熱はありません。今は眠ってます」
「いつまでも休んどるわけにはいかんけどな。…まだ追手は来とらんし、30分もしたら出よか」
“30分か…”
「おん。なんか必要なもんあるか?」
“良かったら、昔のアリウスやみんなの話を聞かせてほしい”
“みんなのことをより知りたいから”
「えっとぉ…」
平常時は冷静そうなソウカでさえ、語るに困るという顔で言い淀む。
「…なんというか、突飛な話ではあるで?……まあ時間も余っとるし、私が分かる範囲なら話そか」
****
─ステルス某がキヴォトスへ訪れるよりも前の話。
アリウスは発端さえ忘れられるほどに、長きにわたる内戦があった。
互いで二分しあい、消費される弾薬。
その内戦を終息させたのは、他でもないかの『保護者』。
「私たちは幼かったのもあって、内戦のことも『マダム』のことも、何ひとつ知らんかった。ただ、漠然とそうなんやな、と受け止めるだけやった」
『保護者』は自身がアリウスの新たな生徒会長であり、主人であり、支配者であると宣った。
そうして『保護者』がアリウス自治区の頂点に立ち、少女たちを教育し、制御し、その奴隷そのものの生涯を意義深い人生の形だと信じ込ませ、その痛みが勤勉という美徳の証であると思わせることに成功した。
Vanitas vanitatum, Et omnia vanitas.
この言葉は少女たちがこの世に生を受け、その生命を維持するために自己否定を繰り返すという反生命的なトリックを仕込ませる、都合の良いスローガン。
このトリックを使い、『保護者』は自覚のない奴隷、アリウスの少女たちへの抑圧と搾取で栄華を極めた。
「だけどな、『マダム』にとって予期せぬ事態が起こる。それが『ステルス』……サオリたちが『師匠』と呼ぶ大人の登場や」
そのくだりについては「アリウスの少女よ、私に続きたまえ」の章を参照されたい。
「その人が現れてからサオリさんたち…旧アリウススクワッドの面々は、別人のようになっていかれました」
「そんな変わっていったサオリたちは、そのまま『ステルス』に付き従って…『マダム』を打ち倒したんや」
“……!!”
「まあ、そういう表情になりますよねぇ」
「言ったろ?突飛な話やって。ただ、こっからは聞こえのいい話ちゃうと思う」
そうだ、問題はここから。
何故再びアリウスは二分するに至ったのか。
まず、ステルス某と旧アリウススクワッド…現在でいうUncoded─非コード人─の在り方に賛同する生徒たちが現れた。
その身を虚無の水に浸すばかりの人生から抜け出したいと、奥底で願っていたものたち。
そうしてステルス某という新たな主人、嚮導し協働する者に付いて行きたいと本来の人格を目覚めさせ始めた。
しかし、その在り方を忌避する者たちの方が多数派であった。
そこにステルスが『保護者』を、キヴォトスの外へ送り出せなかった失態が尾を引く。
「『マダム』が生きとることが分かったんや。そうして『ステルス』について行かんと決めたうちの一部が見つけ出して、再び自分たちの主人として奉った」
“……”
「…難しい顔してはりますね」
「言ったやろ、聞こえのいい話とちゃうって」
“ごめんね。…マイアについて教えてもらえる?”
“マイアはどうして『皇女』って呼ばれてるの?”
「皇女がどうしてそう呼ばれとるか、ですか…そうやねぇ、臨時自治区が出来てすぐからそう呼ばれとったと思いますけど…」
「皇女は……マイアは、ただのアリウスの一生徒でしかなかったんよ」
これは以前の回でも話題に出た通りだ。
自治区を統治していた、かつてのアリウス生徒会長の血族である秤アツコの代わりを『保護者』は求めた。
その代理の供物として選ばれたのが立木マイアである。
「マイアはよくスバルについて回っとった。やから、分校派の中では最も実力のあるスバルを縛り付けるのにもちょうどよかった…今となっちゃ、そう考えるのが自然やね」
「特別な存在と思わせるために皇女と呼ぶように言われとったんかもなぁ。そうして私とシアンさんも合わせて、現在のアリウススクワッドになったわけです」
「ま、結果的に私たちは任務も果たせんかったし、皇女は約束通り『生贄』として捕まってまったけど。……それに、私たちは元々ターゲットだった『シャーレ』の先生と一緒に、裏切り者として臨時自治区に戻っとるし──本当に笑えん話や」
「面白い話をしていますね」
スバルの復帰である。