次回はイチャラブさせたいです。
冬の名残を全く感じさせない暖かな4月の春暁。
普段なら眠っている時間。眠気に負けそうになる自分に鞭を打つように、握りなれない黒い革製のハンドルをぎゅっと握りなおす。
3年間のトゥインクルシリーズを共に駆け抜け、華々しい成績を残して学園を卒業した我がの愛バ、ステイゴールドは、俺の運転するレンタカーの助手席でスヤスヤと寝息を立てている。
日の出前の薄明にうっすら照らされるその可愛らしい寝顔を見ながら、
俺は数日前のやり取りを思いかえす。
-----⏰
「旅に出る。」
「・・・うん。」
トレセン学園を卒業したステゴ。
彼女を慕うウマ娘達と共に栗東寮の部屋を引き払う手伝いを終え、寮前のベンチで缶コーヒーを片手に一息ついていた夕暮れ時。
両脇に独特なデザインの熊の彫像を抱えながら隣に座ってきたステゴに、そんな言葉をかけられた。
「どこに向かうの?」
「んー・・・そうだな・・・うん。とりあえず北だ。あちこちふらつきながら。」
「・・・そっか。」
ここではないどこか遠い場所を見つめるような目でしばらく宙を見上げた後、
視線をこちら側に向けずにそうつぶやくステゴ。
夕日に照らされる彼女のどこか寂しそうな表情。
ラストランの有マ記念を制した直後、彼女が「長い旅に出る。」と俺に告げた時の表情と重なって、
俺はただ相槌を打つことしかできなかった。
「・・・出発は明後日だからな。」
「え?」
「・・・着いてきてくれるんだろ?」
-----⏰
そんなやり取りを経て、俺たち二人の旅は唐突に始まった。
ステゴの温情で俺を連れ出してくれた旅路だ。
せめて、俺がついていくことでステゴ一人では出来ない旅を。と思い立ち、乗り捨て可能なレンタカーを手配し、夜出の旅路を提案した。
深夜でも車通りの多い首都高をひた走り、東北地方まで続く常磐道へと合流し北へ。北へ。
互いに好きな音楽を掛け合って、様々なPAでコーヒーブレイクしながら。遥か先にある北の大地を目指した。
現在地は茨城県北東の沿岸部。
突っ走ってきた常磐道を降り、海岸線沿いの広々とした一般道を北上している。
(寝顔・・・可愛いなぁ)
他愛もない会話に付き合ってくれていたステゴも3時を回る頃には限界が来たのか、眠りに落ちてしまった。
コンパクトなハッチバック式のレンタカーのため、助手席と運転席の間隔は大きくない。
そんな中、頭を俺の方に向けながら座席にもたれて眠るステゴ。
寝顔の可愛さと、窓側ではなく俺の側に頭を向けて眠ってくれる彼女に思わず顔が緩んでしまう。
(久しぶりだな。この感じ。)
社会人としてトレーナーという天職に没頭することは、俺にとっては全く苦ではない。
だけど、それでも、
溜まりに溜まった有給使っての長期旅行は、学生時代の自由を久しぶりに手にしたかのようで。
しかもすぐ横には想いを寄せる愛バがいて。
徹夜での運転だというのに、睡魔よりも心の高揚が未だに勝っていた。
--
俺は左手でハンドルを握ったまま右手でパワーウィンドウを操作し、少しだけ運転席側の窓を下げた。
潮と砂浜の匂いを乗せた海風が窓から吹き込み、助手席にいる眠り姫の艶やかな髪を揺らす。
「んっ・・」
「あっごめん、起こした?」
「んーっ・・いや、すまんっ・・っあー・・・ねて、しまったぁ・・」
グーっと伸びをしながら、いつもよりやや気だるげな声を出すステゴ。
左手のフィンガーレスグローブから伸びる細くしなやかな指で瞼を擦る様子がこの上なく愛らしい。
「おっ、デイブレイクだなぁ。」
「近くで見せたくてさ、高速降りてみたんだ。」
時刻は5時を少し回った所。
朝日が昇り始める直前の薄明で、少しずつ景色に色が付き始める時間帯だ。
中央のトレセン学園にいるとなかなか見る機会がない海からの日の出をステゴに見せたくて、俺は高速を降りていた。
「流石分かってるな。・・・なぁ、窓、もっと開けてくれよ。」
「うん。」
ステゴの言葉を受けて右手を動かす。
汐風が運転席から助手席側に吹き抜け、彼女の黒絹のような髪をさらさらと靡かせる。
その様子に目を奪われて走行位置が左にモタレそうになるのを、ハンドルを握りなおして嗜めた。
「ふふっ」
「・・どうしたの?」
「いや・・・案外いいもんだなと思ってさ。」
「え?」
「・・助手席から運転するあんたを見るの。様になってる。」
「・・・それはよかった。」
運転席側に海があってよかった。
突然歯の浮くセリフを貰って顔が赤らむのを、海面からのトワイライトが彼女からは逆光となって俺の表情を隠してくれている。
「・・・ステゴ。ちょっと降りて歩かない?」
「お、いいなぁ・・降りたいっ!」
車内に擽ったい雰囲気が漂い始めたところで、ふと道路上にパーキングの看板を見つけ、そんな提案をしてみるとステゴはすぐに賛同してくれる。
それを受けて俺はハンドルを右に切り、砂浜に面した小さな駐車スペースに車を停めた。
⏰
「ハハっ!・・すごいぞトレーナーっ!早く早くっ!」
「速っ・・・ステゴっ!転ばないようにね!」
駐車スペースから砂浜に降りる階段を、ステゴは勝負服のコートをはためかせながら、駆けていく。
その走りでトゥインクルシリーズを「黄金時代」と言わしてめた彼女。
レースを引退しててもなお衰えを知らない、その強靭な身体能力を改めて実感しながら俺も小走りでその後を追う。
「トレーナーっ!、見ろっ!・・どこまでも広がってるみたいだ!」
波打ち際まで駆け抜けたステゴが、身を翻して俺に手を振りながらそう言う。
左右の視界の遥か先まで続く海岸線。真っ白い絨毯のような砂浜。
彼方遠くの水平線から顔をのぞかせ始めた朝日。
そして、なにより、
「・・・ああ、凄く綺麗だ。」
満面の笑みで振り返り、俺に手招きしてくれるステゴ。
朝日に照らされる愛バの長く艶やかな髪と、潮風に靡く絹糸のような尾毛を見て。
俺は彼女に駆け寄りながら、心のうちを漏らすように小さくそう呟いた。
「いい景色だ。」
「うん。」
都心から遠く離れた海岸線、新年度が始まったばかりの4月平日の明朝。
当然、俺たち以外、誰もいない。
喧騒と人混みに塗れた東京と比べたらまるで別世界に来てしまったかのようだ。
雪原のように真っ白な砂浜と果ての見えない水平線。
そんな異世界に、俺とステゴの二人きりで佇む。心地よく、そして安心する時間だ。
「・・・トレーナーっ!・・来いよっ!冷たくて気持ちいいぞ!」
「えっ!?・・あーあー・・・まあいっか!おーしっ!」
幻想的な眺めにしばらく見とれていると、隣にいたはずのステゴがいつの間にか海面から顔を出した朝日に重なっていた。
黒光りするブーツを脱ぎ捨て、スキニーパンツをひざ下まで捲った彼女が、緩やかな漣に足を打たれている。
これは車に乗る前の後始末が大変になるぞと思いながらも、彼女の笑顔を見てどこか吹っ切れた俺はスニーカーと靴下を砂浜に放り投げながら彼女に駆け寄った。
--
「うわっ冷たっ・・ステゴ、大丈夫?」
「ああ。もう慣れた。」
4月の頭ではまだ海水はヒンヤリと冷たく、とても海水浴。という温度ではなかった。
しかし、しばらく脚を付けていると次第に感覚が慣れてきて、足の裏を撫でる砂の感触が心地よく感じるようになった。
「トレーナー、こっち来て見てみろよ。綺麗な魚がいるぞ」
「えっ?どれどれ?」
ステゴが中腰で水面に手を付けながら俺を呼ぶ。
俺はなるべく波を立たせないように彼女に近づき、屈みこんで海面をのぞき込む。
「ほら。ここだ。」
「んー?・・・冷たっ!?・・もう、何するんだよ・・」
ステゴに言われた場所に目を凝らしていると、突然、海面からぴゅっと小さな水柱があがり、俺の鼻先を濡らす。
俺は驚きながら仰け反り、海面に尻もちをついてしまった。
なにが起こったか分からずステゴの方を見あげる。
彼女は組んだ両手を顔の横に持ってきて、そこから鉄砲式に水を出しながら悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。
「ふっ、ハハっ!・・・悪い悪い。これ使ってくれ。・・っぷ・・っククッ」
「全く・・・ほ、ほら、もう上がろう。風邪ひいちゃうよ。」
差し出された手を掴んで立ち上がり、手渡されたハンカチで顔を拭う、
ステゴはその様子を見て子どものように、はにかみながら笑いをこらえている。
上り切った朝日に燦燦と照らされる彼女の笑顔があまりに綺麗で。思わず見とれてしまった。
俺は赤らんだ顔を見られないように身を翻して海から上がり、すたすたと砂浜を歩き始める。
「トレーナーっ!」
「ん、なあに!?」
背後からステゴの張り上げた声が聞こえてきて振り返る俺。
朝日と彼女の姿が重なって、どこか神々しさを感じてしまう。
「この旅をっ!・・あんたと出来てよかったっ!」
「っ!・・・ああっ!俺もっ!」
その言葉で、ずっと心の隅に掛かっていた雲が晴れる。
彼女は本当は一人の旅路を望んでいたんじゃないか。俺への情けで仕方なく連れ出してくれたんじゃないか。と。
それと同時に、少しだけ後悔した。
ステゴがどんな表情で今の言葉をくれたのか。逆光でよく見えない。
(・・これから、見ればいいか。たくさん。)
--⏰
「はいこれ。・・・さっきはごめんな。運転頼んだぞ。」
「ん、ありがとう。」
靴やズボンに着いた砂を落とし合い、駐車場に隣接した洗い場で脚を洗って車に乗る。
走り出してすぐ、ステゴが缶コーヒーを助手席と運転席の間のドリンクホルダーに置いてくれた。
俺が代えのズボンをキャリーケースから引っ張りだしている間に、近くの自販機まで買いに行ってきてくれたようだ。
「そういえば今日の宿、予約取っといたぞ。福島県いわき市の温泉旅館だ。」
「温泉かぁ・・最高だね。ありがとう。」
ステゴが挙げてくれた場所は、温泉を利用したプールリハビリテーション施設として有名な場所だ。
最近はトレセン学園に比較的近いゆこま温泉郷に活気が戻り、中央のウマ娘がソコを使用する頻度は減っている。
それでも地方レースのための遠征後、心身を癒すためには打ってつけの場所として今でも重宝されている温泉街だ。
「夜は懐石を出してくれるそうだ。あんた、苦手な食べ物なかったよな?」
「うん。なんでも来いだよ。」
ステゴがスマホを見ながら宿の説明をしてくれる。
彩り豊かな料理を、浴衣姿の彼女と囲む光景を思い浮かべるだけで頬が緩んでしまう。
「温泉神社なんてのも近くにあるみたいだ。ここも行ってみよう」
「うんうん。」
「あと、部屋は一部屋でいいよな?」
「うんうん・・・はっ?一部屋!?」
「そう。あんたと私で一部屋。・・ほら、前前。左にヨレてるぞ」
流れるような会話の中で突如投下された爆弾。
俺が泡を食いながらステゴの方を向くと、彼女は顎で前方を差しながらそんなことを言う。
俺は慌てて前を向きながらハンドルを握り直し、車の走行位置を嗜めた。
「・・・流石に同室はまずいんじゃない?」
「そうか?同じテントで夜を明かしたこともあるじゃないか。」
「そうっ・・だけど」
心配した俺に、ステゴはあっけらかんとした声でそう言う。
俺は何も言い返せず。彼女もそれ以降何も言わず。沈黙が車内を支配する。
「・・・私はあんたとゆっくり話したいだけだ。くっつけた布団の上で、微睡ながら。どっちかが眠りに落ちるまで。」
静寂をやぶるように、ステゴは助手席の窓辺に肘を付き、窓の外に顔を向けたままそんな事を言う。
先ほどとは違う落ち着きと包容力に満ちた柔らかい声音。
しかし、窓から吹き込む風によって揺れる艶やかな黒髪の隙間から垣間見る彼女の頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
「・・・あんたが嫌ならもう一部屋とるけど?」
「・・・ううん、大丈夫。」
そう返事瞬間に胸に立ち上る後悔。
なにが「大丈夫」だ。ステゴは俺との時間を少しでも長くしようとしてくれたのに。
俺だって、ステゴと同じ部屋で夜を過ごせるなんて、この上なく嬉しい。
少しだけ、理性が持つかが心配ではあるが。
「・・・ステゴ。」
「ん?」
「ありがとう。いい夜にしてみせるよ。」
「っ!・・ああ。私こそだ。・・・にしても、似合わない台詞だな。」
「ふふ、確かにね。」
咄嗟にひねり出した言葉は、我ながら自分にはミスマッチだ。
だけど、ステゴの厚意に対して何か言わずにはいられなった。
ステゴにも、一瞬目を丸くされた後で突っ込まれてしまった。
(あれ?)
擽ったい雰囲気に耐え兼ねてステゴに勝手もらったコーヒーに手を伸ばそうとしたが、寸前で彼女に掠め取られてしまった。
やっぱり自分で飲みたくなってしまったのだろうか。
「・・はいよ。」
「ああ、ありがとう。」
ステゴは缶コーヒーのプルタブを開けて俺に手渡してくれた。ハンドルを握っている俺を気遣っての行為だろう。
小さくても彼女の心遣いが嬉しい。
この心地よくもどこかむず痒い雰囲気は、しばらく続きそうだ。