辿りて北斗、巡りて七星   作:何もかんもダルい

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「踊る炎、火花散りて」をお読みになっていた方いらっしゃりましたらお久しぶりですわね!

ケツに火が点いてマスター復帰してアトランティス爆走したりディストピアでギャング相手にボッコボコにされたりぶぅちゃんの激甘青春ストーリーに脳ミソ焼かれたりして情緒が阿蘇山とマリアナ海溝往復しておりましたわ。助けてくださいまし()

終章、残念ながら私はレイドにも間に合わずレイド後のストーリーをこの目で見に行くために未だ異聞帯を疾走してる訳なんですけれど、あんなん前半の時点で脳ミソ真っ黒こげになりますわよ。今消し炭になったニューロンの代わりに虹色水晶詰め込んでマスター管理人トレーナー兼任しつつ爆走しておりますわ!

御戯れはここまでに。
これより始まるはどこぞの第四世代ばりに脳を焼かれた男による巡礼の旅路となります。


プロローグ‐見失った北極星

 妹が死んだ。末期のガンだった。

 葬儀はとうに家族葬で終えた。天涯孤独であったから誰も献花には来なかったし、来させなかった。

 

 悔いはない。アイツのためにしてやれることは全部やった。

 

 トレーナーを名乗る人間の中ではまだまだぺーぺーだがそこそこの部類。尽力を認められてチームまで率いて……“次”をどうするか考えていた。

 ……何も、浮かばない。働いて働いて金を稼いで、仕事が終われば勉強して、妹に胸を張れるよう高卒資格を取って……とにかく死に物狂いで駆け抜けた。それ以外何もなかった。

 

 他所の家の娘を使って稼ぎに稼いだ金も、もう要らないだろう。

 妹のためにと高い金を払っていた映画やアニメ、動画のサブスクはすべて解約した。俺はそういうのにまるで興味が無かった。

 

 ふと、街頭の液晶が目に入る。青い芝の上を、夢を載せて駆け抜ける少女たちがいた。

 煌びやかで、何となく苦手で。その中に見知った顔が居たものだから、反射的に顔をそむけてしまった。

 

 どうして俺はこうなのだろう。何故妹はああだったのだろう。理由など無いと分かっていながら、それを考えてしまう。

 

 懐で震える端末。手に取り名前を見れば、相手は割とよく顔を合わせる少女だった。

 

「……よう、ジャーニー」

『生きていますか』

「あァ、ギリギリな」

『良かった、入水自殺でも図るのではと』

 

 開口一番何をと言いたいが、正直脳裏を過ったので否定が出来ない。

 俺の人生は妹のために在った。その要が失われた今、俺に生きる理由は無かったから。

 

「そうしたいのは山々だが、いかんせん楽に死ねない体だからな。いっそポイントネモまで小舟で行きゃいいかね」

『人跡未踏の大航海になりますね』

 

 俺は、人より多少頑丈だった。生半可な事じゃくたばらないから無茶が効いたが、実際にくたばろうと思う段になるとそれが邪魔で仕方ない。

 だが、そうだな。海、海か…… 

 

「おまえに言えば、手配してくれるか」

『申し訳ありませんが、自殺幇助は受け付けておりませんよ』

「そうじゃ……いや、文脈的にそうなるか。シンプルに海に行きたいだけだ」

 

 ――――妹は、ずっと海に行きたがっていたから。

 

「お前が知る中で一番綺麗な海に、連れてってくれ」

 

 

 

 この世の何もかも、どうでも良かった。

 妹さえいてくれればそれでよかった。

 

 アイツが笑ってくれたら、俺も嬉しかった。

 アイツが悲しそうにしていると、胸が張り裂けそうだった。

 アイツの未来が閉じたと悟った時、全てに絶望した。

 

 妹が、最期の力を振り絞って元気な1日を手に入れたのだと……そう理解したとき、俺の人生もまた終わったのだ。

 

 妹さえ生きていれば……自分自身ですら、どうでも良かった。

 

 歪んでいるという自覚はあった。致命的なレベルで捩じれて戻らない心の芯はとうに修正不可能で。

 全てを無くしてしまった今、俺に残されたのは、あまりにも長すぎる余命だった。

 

 

「――――ハッ、何だ。生で見てみりゃただの水たまりだな」

「……」

 

 傍らに居るのはジャーニー。死ぬ気は無いと聞いてはいたが、突発的にやらかされては困ると監視役を買って出たらしい。

 

「……本当に、何もねぇな。無駄に広いだけだ」

 

 革靴のまま足を塩水に漬ける。巻き込まれた砂が鬱陶しいだけだった。

 

 何も感じられなかった。何も想えなかった。

 妹は、こんな塩辛いだけの水槽に何を想ったのだろう。

 

 不感症の気はあったが、ここまでくるといよいよ笑えない。

 何も分からないのだ。こんなものの何が良かったのか。

 妹が生きていることだけが要だったから、妹への共感すら何処かへ置き去りにしてしまったらしい。

 

「気は済んだ。帰る」

「……宿泊はよろしいので?」

「ビジネスホテルも旅館も寮も変わらん。それに、居るだけ無駄だ」

 

 妹は海が見える旅館に泊まりたがっていた。

 俺にとってはどうでも良かった。

 

 

 稼いだ金を小出しにすれば、それほど贅沢は出来ないが一生食っていくくらいは出来るだろう。そのくらいの貯蓄が俺にはあった。

 

 ……いや、作ってもらった(・・・・・・・)と言うべきか。俺の担当達が頗る優秀だったお陰で、俺も御相伴に預かれただけ。

 鼻にかける気も、卑下する気もない。それが事実だ。強いて言うなら俺とあいつらは相性が良かったんだろう。

 

 無駄に乗り心地のいい新幹線の座席で考えるのはその程度のこと。安上がりなバスでも構わんと言ったのだが、ジャーニーに押し切られた。不感症だが他人に出してもらった金をドブに捨てるほど腐っちゃいない。

 

 道中に言葉はない。

 俺とジャーニーの関係は、互いに大切に想う妹がいたというだけの話。その一点で繋がりがあっただけ。

 それ以上もそれ以下もない。

 

 俺とジャーニーは違う。

 ジャーニーは妹の事を最大限考え、時には叱る。良き家族であろうとすることに暇が無い。

 俺はただ妹に生きていてくれと願うばかりだった。何もしてやれなかった。何も知らなかった。

 血が繋がっているだけの、他人だったのだ。

 

「ジャーニー」

「何でしょう」

「妹ってのは……どういうことをして欲しがるもんなんだ」

「……と、言いますと」

「……何だろうな。自分でも分からん。忘れてくれ」

 

 何が聞きたかったのか、自分でも分からない。

 どうにか答えが欲しかったのはそんなもので、そしてその明瞭な回答ができる問いですらなかった。

 

 

 気が付けば、寮の前に居た。ジャーニーが付き添ってくれたらしいが、何故か記憶がない。どうでも良すぎて記録することすらやめてしまったのだろうか。

 

「トレーナーさん」

「何だ」

「……また明日」

 

 言葉少なにそう言うジャーニーの背を見送った。遠方によくジャーニーがつるんでいるメンツが見えたから、帰りを俺が心配する道理もないだろう。

 

「また明日……か」

 

 明日。そうだ。明日だ。

 俺の人生はまだ続いている。果たす責任がまだ残っている。

 

 ……鼓舞しようとしても、胸の高鳴りは起きない。夜明けが来ることへの期待も、無い。

 ふと自分の足跡を振り返ろうとしても、ほとんどが曖昧だ。何か思い出に残るようなことをした覚えが無い。自分を取り巻くすべてに対して、現実味が薄れていく。

 俺は学校に通っていたのだろうか。どんな仕事をしていたのだったろうか。トレーナーになるための最終面接、俺は何を答えたのだったか。

 同期は誰だっただろうか。友人は……居たのだろうか。

 

 俺の担当は(・・・・・)誰だっただろうか(・・・・・・・・)

 自分が関わってきた人間の顔を、はっきり見た覚えがまるでなかった。

 

 ――――俺は、いったいどうやって生きてきたのだろうか。

 

 

 

 

 これが夢だと、一瞬で気づいた。

 

 ゴミ袋だらけの廊下。包装の転がるリビング。埃で煤けた部屋。

 隣の部屋から聞こえる雑音を振り払うように妹を抱き締め、真っ暗な部屋で2人眠る。

 

 うとうととし始めた頃、玄関の鉄扉が閉じる音を聞いた。

 

 それから……そうだ。

 

 俺の家族は妹しかいなかった。

 

 お腹が空いたという悲しそうな顔が嫌で、料理を覚えた。

 勉強が分からないと苦しそうな顔をしていたから、人一倍勉強をして教えた。

 お金が無いと苛められたと泣いていたから、働く量を増やした。

 

 ある日、妹は倒れた。

 担いで病院に駆け込んで、末期のガンだったと知らされた。

 

 大丈夫。

 大丈夫。

 大丈夫。

 

 きっと、きっと大丈夫だから。

 おまえは俺と違って優しいから、悪いモノまで連れてきちまったんだな。そんな奴とは縁を切って良いんだ。金が必要なら俺が何とかするから。だからどうか、どうか……

 

 どうか、どうか、どうかどうかどうかどうかどうか――――

 

「俺から(こいつ)まで取り上げるなよ……!」

 

 

 ふっと、世界が途絶える。意識が現実に戻ってきた。

 

 周囲を見渡せば見覚えがあるような無いような部屋で、俺は机に突っ伏して寝ていたらしい。

 なぜかかっちりとしたスーツを着込んでいて、胸には蹄鉄の意匠が入ったバッジが付いている。

 眼前には開きっぱなしのパソコンがあり、色々と資料やスケジュール、メールが開かれている。

 

 そこまで認識して、自分が誰だったのかをどうにか思い出した。

 

「トレーナー? 入るわよ」

 

 ノックの音。間髪入れず開く扉。

 青みがかって艶のある黒髪。特徴的な前髪の白い菱形と、錨のマークの耳飾り。

 

 誰だっただろうか。

 

「……酷い顔ね。隈も凄くて、やつれてる」

 

 何も言えない。掛ける言葉が見当たらない。お前は誰だと言えばいいのに、肩を掴んでそれを引き留める自分が居る。“それだけは言うな”と。

 ……分からない。この少女は誰だ? 何故勝手知ったるとばかりに触れてくる?

 

「妹さん、亡くなったって聞いたの……ごめんなさい、何もしてあげられなかった」

「構わん。もとより家族葬だ、他人の入る余地なんざない」

 

 事実を告げただけなのに、泣きそうな顔をする少女。

 何かと2番に縁があって、そのくせ女王様みたいに気位が高くて面倒だった気がする。 

 

「俺のことは良い。もう門限も近いだろう、早く帰れ」

「貴方が帰ったら帰ります」

「まだやることがある」

「明日でもいいはずです」

 

 押し問答。やけに頑固だった覚えがある。焦る癖に非効率で、見ていられなくて声を掛けた……ような、気がする。

 曖昧だ。あらゆる記憶が繋がらない。半端に覚えている夢を思い出そうとするかのように覚束ない。

 

「そんな顔をしている人を放っておけるはずないでしょう」

「俺に構うな」

 

 いやに構ってくるその声が、手が、温度が鬱陶しくて。なにかを思い出してしまいそうになって、跳ね除けた。

 

 俺の傷に触れるな。お前が居ると泣きそうになるんだよ。傷に障る、痛いんだ。だからもう何処かへ行けよ、関わるな。

 

「――――ッ!」

「いッッ!?」

 

 直後、足に走る鈍痛。ローファーを履いたその細い足が脛を蹴り上げたのだと分かって、浮かんできたのは怒りと困惑だった。

 

「何しやがるテメェ!」

「構うに決まってるでしょう! そんな今にも死んでしまいそうな、ゾンビみたいな顔をして机に齧りついて!」

「俺が死んだってお前にゃ関係ねぇだろうが! 第一――――」

 

 やめろと叫ぶ、心の裡。開いた傷が膿を吐き出すような激痛に苛まれて、その言葉を無視した。

 

「――――お前の事なんて(・・・・・・・)一つも知らねぇよ(・・・・・・・・)!」

「――――ぁ」

「誰だお前は! さっきから訳も分からず余計な事ばかりしやがって! 癇癪起こしに来たんなら余所へ行け!!」

 

 瞬間。ぞぶりと、自分の心臓に刃を突き立てたような気がした。致死の傷を自分に刻み込んだことを直感した。

 

「……ひ、どい」

「……」

「なんで……なんで、そんなこと、いうの…………」

 

 呆然として数歩下がった後、少女の瞳から堰を切って溢れ出す大粒の雨。そのまま床にへたり込んで、めそめそと泣き始めてしまった。

 訳が分からない。何がそんなに癇に障ったのかさっぱり理解できない。お前は俺の言葉に何をそこまで影響されているんだと困惑してしまう。

 

 年下の少女を泣かせたという胸糞悪さのままに椅子に体重を掛け、頭を抱え項垂れる。

 暫くすると、少女から予想だにしない一言が飛び出した。

 

「…………だっこ」

「はぁ?」

「担当のこと、なかせたんだから……うめあわせ、して」

 

 担当。担当と言ったか。

 俺の担当は眼前の少女だったのか? 分からない。思い出せない。頭の重要な部分に鍵が掛けられてしまったような心地だ。

 

 あぁ、だけど。鍵を掛けられた扉の向こうから、自分の顔によく似た誰かが叫んでいた。

 よくも泣かせたな、と。

 

「……それで泣き止むんだな」

「……」

「……………………はぁ~~~~~~~~……」

 

 言われるがままに抱き締める。そうしろとどこか遠くから怒鳴りつける声がした。

 間髪入れず両手が首に回り、しっかりとしがみつかれてしまった。萎れた耳で此方の顔面を何度も叩き、艶のある尾を鞭のように振り回して腰に当ててくる。耳元でしゃくり上げる声と鼻水を啜る音が響いて、途中に何かを堪えるような呻きが混じる。

 

 床に座らせたままというのが何となくダメな気がして、どうにか持ち上げて備え付けのソファへ連れていく。気は済んだだろうと手を放し、首に巻き付いた腕も引き剥がしたのだが…………

 

「~~~~~~ッ」

「おま、オイ待て」

 

 ウマ娘に力では勝てない。無理やりソファに座らされ、そのまま膝の上に座られてへばり付かれてしまった。

 

 それから数十分。その名前も知らないウマ娘が泣き疲れて眠ってしまうまで、俺はそのままの姿勢を強いられる羽目になった。

 

 

 

 

「健忘症、ッすか」

「心因性だろうね。治るかは……正直、君次第だ」

 

 翌日。明らかに様子が可笑しいと心配する同僚――――だったらしい――――から病院に連行されての診断結果は精神に起因する記憶障害だった。

 

 思い出そうとしても思い出せない。紐づく何かがあれば朧げに想起することはできるが……それが実際に見聞きしてきた記憶だということが繋がらない。人生全てが胡蝶の夢のようで、その中で妹の死の瞬間だけが鮮明に残されている。

 

『まぁ……何だ。今まで死ぬほど頑張ってたし、少しくらい甘えても罰は当たらねぇって』

 

 チームを率いていたという同僚の証言は嘘ではないらしく、俺のスマートフォンには見覚えのないグループチャットがあった。

 

『状況は最悪だろうが、タイミングとしては最良だった。私からはそうとしか言えん』

 

 先輩を名乗った女性トレーナーはきっぱりと言い切った。

 俺のチームはひとまず全員が戦線を走り切ったらしい。実感は無いが、記録を調べて照合すれば戦績はあっさりと符合した。

 

『休職ッ! 実績を鑑みても妥当だろう!』

 

 理事長を名乗った女性はそう言った。

 結果を出して報奨を拒んだのはお前だと、休みを押し付けられた。

 

 何一つ思い出せない。

 記憶は焼け野原のようで、言い知れない虚空への郷愁だけが胸を締め付けてくる。明け渡された時間を呆然と過ごすことしかできず、気が付けば休むことも忘れて仕事場だったのだろうチーム用ミーティングルームに顔を出していた。

 

 これから、何をすればいいのだろうか。

 仕事用のパソコンを開いて再設定されたパスワードを打ち込めば、真っ先に目に入ったのはトレーナー全体への連絡。

 VRウマレーターとやらの不調による一時的な使用禁止、施設内の電気の消し忘れへの注意喚起、電気系統点検のための計画停電。忘れないように手帳へメモをして懐へ仕舞う。

 同僚曰く、俺はデジタルでの日程管理を嫌い紙に書くことが多かったらしい。神経質で機械の持ち運びや充電などの管理が異常なほど気に障ってとにかく嫌いだったのだとか。

 

 他人事のようだが、気持ちは分かる。自分の端末を開けば真っ先に目に入るのが時間ではなく充電残量だったから。

 

 ふと、スマートフォンがポケットで振動してアイコンを浮上させた。相手の名はドリームジャーニー。取材やら何やらで対処出来るところはしておいたという話だった。

 記憶が消える直前の事を朧げにだが覚えている。気安い風に電話を掛けてきたところからして、俺は彼女を相手にそれなりに信頼できる関係を築いていたのだろう。

 

「ありがたいこったな」

 

 迷惑ばかり掛けると詫びたら、過去の礼だと返ってきた。何をしたかはやはりうまく思い出せないが、多分妹がいる繋がりで何かしたのだろう。

 

 そして、悩みは一巡する。

 休暇だ。休暇とは、何をするべきなのだろうか。

 仕事は一通り覚え直した。まだマニュアル通りの動きしかできないが、身体が覚えている気配があるので多少のアドリブはうまく行くだろう。だが、だからと言ってまさか休みの間に仕事に没頭するわけにもいかない。

 そんなことをすれば、またぞろアドマイヤベガに……

 

「……?」

 

 何故、そこでウマ娘の名前が出てきたのだろうか。普通は同僚とか、或いは医務室の人員とか、そういう手合いのはずだろう。

 

 忘れてしまう前の俺が、一瞬だけ声を掛けてきたような気がする。

 あのウマ娘――後から調べてヴィルシーナという名前であることを知った――の時もそうだった。過去の俺は、どうも今の俺が思う以上に世話焼きな性格で、そして随分好かれる性格だったらしい。

 

 今の俺を、過去の俺が率いていたチームは受け入れるのだろうか。

 これが休みに行うべき事に当てはまるかは分からないが、失った思い出を引き出そうともう一度資料を通じて過去を振り返る。

 

 ヒシアマゾン。

 アドマイヤベガ。

 ジャングルポケット。

 スティルインラブ。

 アストンマーチャン。

 カレンチャン。

 ヴィルシーナ。

 

 皆それぞれが大きな功績を残している。自分が此処に居ること自体に現実味が無いが、そこに輪をかけて実感が湧かない。

 

 過去の俺は彼女達を誇りに思っていたのだろうか、デスクを漁れば分厚くなったスクラップブックが何冊も見つかった。

 だが、漁れば漁るほど分からなくなる。そこにあるのは過去に刻んだ蹄跡のみ。俺という個人がいったい何を残したのかが大きく欠けている。

 

 邪推というには確信に近いものがある。過去の俺は自分が載っている記事を敢えて避けてきたのだ。切り抜かれた記事も所々が不自然に欠けている辺り、かなり徹底して自己を漂白していたと考えていい。

 

 曰く、推理には3つを問う必要があるのだという。

 

 何故(Why)やったのか。

 誰が(Who)やったのか。

 どうやって(How)やったのか。

 

 今で言えば、誰が、どうやっては関係ないだろう。重要なのは“何故”だ。

 何故過去の俺は自分を消すような真似をしていたのか。自分がどんな人間だったのかが朧気である以上、それを探る一番の方法は……

 

「俺と接した時間が長い奴に聞く、か」

 

 元同僚に聞いて回っても意味は無いだろう。担当同士がぶつかればライバルとなることなど容易に想像できるし、社交辞令で猫を被っていた可能性も大いにある。

 では年下かつ教え子である7人に対し素で接していたのだろうかと聞かれると、自信はない。今の俺ですら上辺を取り繕って話すだろうから、過去の俺は猶更だと推測するのは容易い。

 

 だが、それを差し置いて。今も尚心の奥底、鍵を掛けられ鎖で閉ざされた扉の向こうから、“そちらへ行け”と指を指されているような気がするから。

 もう一度会って、話を聞かなければと思う自分がいるから。

 

「……探しに行くか」

 

 巡礼に赴く旅人のような心持で、ミーティングルームを後にした。

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