お絵かきしたり文字打ったりしてる傍らでゲームもしてるんですけれど、やっぱりやりたいことが多くて迷うって好いなと思う日々ですの。
それはまぁともかくとして、リンバスをやった後にウマ娘のストーリーを見ると眩しさと暖かさでただの日常すら涙があふれて止まらないバグどうにかなりませんこと??(号泣)
――――お前さんがドリームジャーニーか。ああいや、安心してくれ、スカウトとかじゃない。
――――俺にもお前さんのとこと同じくらいの妹が居るんだ。アイツが何をして欲しいのかイマイチ分からなくてな……客観的な意見が欲しいんだ。
――――だから、少しだけでいい。話を聞いちゃくれないか?
あの日を、不思議なくらいに覚えている。
若白髪が根元まで蝕んで真っ白になった髪を尾のように束ねた、隈の濃い蒼い目の男。軽薄そうに放たれた言葉は、驚くほど私の心にするりと入り込んだ。
――――アイツが俺をどう思おうと、どうでも良いんだ。
――――俺が一方的に、アイツに幸せになって欲しいだけだからさ。だから……余計に分からないんだ。今時の女の子ってのは、どんな物を欲しがるんだ?
タチの悪いコバエかと身構えたのはもはや懐かしい思い出だ。言葉遣いは荒いが、必要であるなら相手が小娘であろうと頭を下げることを厭わない真摯さを備えた男だった。
――――いろんな奴に聞いて回ったんだが、やっぱりお前さんが一番参考になるな。教えてもらった香水、アイツ気に入ってくれたよ。ありがとう。
――――俺は男で、大人で、ついでに言えば無趣味のつまらん奴だからなぁ。どうにもこう、発想が貧弱なんだ。
体は細く、肉や内臓がちゃんとあるのか心配になるほどだった。事あることに見る手は老人のような骨と皮ばかりで、今すぐにでも勝手に折れて死んでしまうのではと心配になる。
そんな有様であるのに背筋は誰よりもまっすぐ伸びていて、二本の脚でしっかりと立っていて。
さながら、それは極寒の雪原で春を待つ樹。薄く細く、いつ折れるとも知れない姿で、しかしあらゆる絶望を耐え忍び続けている、強い命。
――――トレーナーが付いたのか、そりゃあ目出度い!
――――だって、お前さんほど才能があるやつをちゃんと見つけてくれる相手だぞ? きっと良い奴に決まってるさ。
――――え、あいつだったのか……これは参ったな。俺に人を見る目が無いのがバレる。
私のトレーナーさん……待ち望んだあの人。その同僚として学園に来た彼は、見た目と反して人に好かれる性格だった。明るく、穏やかで、気が付けばそっとそこに佇んでいるような、そんな人。
事あるごとに妹が、妹がと言うので、「お兄ちゃん」なんて揶揄と親しみを込めたあだ名がつくような人。妹という話題から縁が繋がりスカウトしたこともあったようだ。
新人の頃はそれなりに苦労したようだが、実績を積んでからは良い兄貴分として頼られていることも多かったように思う。
――――末期のガン、だそうだ。もう治らねぇって。
――――……あの子が、俺の最期の担当かもな。
――――あいつ……お前さんのトレーナーには、黙っててくれるか?
だから、その仮面が剥がれた姿を見た時、私自身驚くほどに動揺したのをよく覚えている。
これまでの全てが演技だったのかと思うほどに消沈した彼を慰めるには、何をもってしても到底足らなくて。むしろ、愛するオルとトレーナーさんがいる以上、何を言おうと苦しめてしまうばかりで。
――――お前がドリームジャーニーか
――――取材対応だの、代わりにしてくれたんだろ。助かった
――――じゃあな。後は自分で何とかするから何もしなくていいぞ
記憶を失った彼はまるで別人だった。冷淡で、薄情。これまでの言葉は全て噓だったのではないかという思考が過って、自分で自分を張り倒したくなった。理屈としては理解できていても、直面するとこうも心が抉られるのかと嫌な学びを得てしまった。
妹の死という最も忘れたかったであろうモノだけを取り残して、それ以外が欠け落ちてしまっている。“妹を愛していた”という結果だけが残されて、その過程が白紙の彼方へと置き去りにされた。
あの男が一体何をしたのだ、どうして彼がと柄にもなくぶつける先のない憤りが湧いて出てきたのは、少々絆され過ぎだろうか。
――――妹ってのは……どういうことをして欲しがるもんなんだ。
記憶を失う直前の、最後の問い。
妹が、オルが何をして欲しがるのかなら私は幾らでも答えられる。けれど、今あの人に答えを与えてしまったら、そこで終わってしまう気がした。
少しでも得心出来るものがあれば、そのまま会いに
疑われてはいなかっただろうか。あの人はあれで聡いところがある。かつて僅かな違和を元に捻挫を言い当てられた時など戦慄したものだ。
今の彼はさながら執行猶予を与えられた囚人。解決出来ないのであればそのまま終わりへと連行されてしまう常世への渡り廊下を幻視する。
見つけなくてはいけない。彼が生きるに能う理由を。
妹を愛する家族。そのただ一点だけのか細い繋がりであったとしても、この縁を手放すべきではないと感じている私がいる。
不義理だ、と叫ぶ心の裡を今だけは押し込めて。家族になりえぬ他人のために、少しばかりの時間を使うとしよう。
それもまた、旅路だろうから。
◇
当て所もなく彷徨う。
休職中の職員が職場、それも女子校をうろついていいのかと良心が咎めてくるが、しかし逆にやりたい事、やるべき事というものがまるで思いつかない。チームのメンバーに話を聞こうにも、今は全員授業中だ。まさかそれを中断させてまで引っ張って来るなんて横暴はできない。
残された記憶は妹の死に顔と、箱に収まった遺骨だけ。大事だったということは覚えていても、それすら他人事のように繋がらない。
なぜ自分がトレーナーなんてやっているのか。どうして7人もの大所帯を指導しようなんて思い立ったのか、その全てが不明のままだ。
時間だけは無駄にある。莫迦な事をしているとは思うが、一つずつ手ずから辿ろうとするのも悪くなかろうと、校舎を散策しているに至る。
校内は授業中なので立ち入らず、あくまで外の施設に留める。
芝生の匂い。正面入り口の立派な並木。これ見よがしに放置してある洞の開いた切り株。そのどれもに既視感ばかりが蓄積されていく。感慨に浸る度に、どうしようもなく切なくなる。
大切にしていたアルバムをまとめて焼却炉に放り込んでしまったような心の穴。ヴィルシーナに暴言を吐いてしまったあの日とはまた違う致命的な古傷が痛む。
最後に辿り着いた練習用のレーンで、切なさは極点に達した。
時間帯の関係か誰も居ないそこは、ひたすらにアオが満ちる空間だった。
芝生が生え揃い、空は雲一つない快晴で、刻まれたレーンの足跡は人生を捧げた証明。
鳴り響いたチャイムの音は、悲しくなるほど色鮮やかで。共鳴するような椅子と床の擦れる音と足音が、学び舎の時間を再び動かし始める。
「もう昼になってたか」
一言呟くだけ呟いて、芝の斜面に座り込む。自分の事を聞きに行くという当初の予定すら忘れて、今はただ置き去りにされた時間の中に浸っていたかった。
「……ちゃん、お……ゃん」
耳を通り抜ける声に肩を揺さぶられて、意識が浮上する。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。暖かい時分とはいえ油断にも程がある。そんなことだからヒシアマゾンにも……
ぷつん、と。引き揚げそびれた記憶が再び沈没する。
短い期間で何度も味わった喪失に近い感覚と共に、意識の焦点は声の主へと向けられる。
「やっと起きたね、お兄ちゃん」
慈愛に満ちた薄紫色の瞳が此方を射抜いていた。お兄ちゃん、という呼び方に違和を覚えた瞬間、脳裏を突き刺す骨箱の姿。俺の妹は死んでいるはずで、であればこいつは誰だ。
その不審を悟ってか、寂しそうな顔で少女は手を離した。
「名前、まだ覚えてる?」
「知らん」
「じゃあ、改めて。カレンチャン、貴方の担当の一人だったカワイイウマ娘」
カワイイ、と付け足された一言は、ふざけているようにしか思えずとも字面以上の自負や想いが見え透いていて。何だそれはと茶化す気には到底なれなかった。
「そいつは俺がやれと言ったのか」
「ううん。私の誇り」
「そうか。悪い」
端的に否定されたそれを前に、自分の質問の愚かさを悟った。気にしないと彼女は言うが、それを口にした俺自身の心臓が不可視の衝撃を受けていたから。またしても、閉ざされた扉の奥から咎める声が響いていた。
「隣、座ってもいい?」
「ああ」
後ろ手でスカートを抑えて芝生に腰を下ろすカレンチャン。そのままスマートフォンを取り出して自撮りを一枚。写真を確認して、すぐさまSNSへと投稿していた。
「お兄ちゃん、今病気で療養してることになってるんだよ。心配する声も多かったから、安心させてあげたいなって」
「世話をかける」
「気にしてないからだいじょーぶ。……記憶は、やっぱり戻らないかな」
言うべきか否かを迷って、視線を向ける。表情や仕草に計算されたものを感じるが、宿す感情だけは紛れもない本物だった。
”言ってやってくれ”
今なら何も心配はいらないと、扉の向こうから聞こえた。
「忘れたというより、沈んだと言った方が適切かもしれん。ふとした時に何かが頭に浮かびかけることがある」
「じゃあ、このカワイイカレンチャンを見て浮かぶ感想は!?」
「…………なにか、合言葉か決まり文句でもあったのか?」
「そこはカワイイでいいの」
まったくもう、なんて大仰な身振りで拗ねたように顔を背けているが、声に僅かに宿った憂いだけは聞き逃せなかった。
掴み続けろと、やはり声が響くから。
「昔っからこの調子だったみたいだな」
「思い出したの?」
「いや。俺の中の……何といえば良いんだろうな。忘れた俺自身が、そう言ってる気がする」
「……そっか」
優しく笑って、けれど寂しそうで。かつての俺は、随分と自分の担当達を大切にしていたのだなと、それだけで察することが出来た。
しばらく無人のレーンを眺めて、吹き抜ける風に身を任せる。そうして暖かな日差しに照らされるたびに、胸の裡に空いた大きな風穴の虚しさに負けそうになる。失ったものがあまりにも大きすぎると痛みだけが訴えてくる。
切ないのだ。目の前の少女が、こんなにも寂しそうな眼をしていることが。
何かしてやれないかと、気ばかりが逸って何をすればいいのかがまるで分からない。過去の俺であれば分かったはずのことが、どうしても思い出すことが出来ない。
誰が言ったか、絶望することが出来るのは希望を知っているからだと。であるのなら、この胸に空いたあまりにも大きな洞は、俺が大切にし続けていたことの証明なのだろうか。
「昔の俺は、お前の事をなんて呼んでたんだ」
「カレン、って。他の子は……本人の口からの方がいいかな。体調は大丈夫?」
「ああ……放課後、集めてもらえるか」
「うん! 皆喜ぶよ。お兄ちゃん、ここ半年くらいずっと元気なかったから」
そうなのか、と言いかけた言葉をどうにか止める。あの日のヴィルシーナの様子からしても、俺の憔悴具合はかなりのものだったようだから。
そして、カレンは今、間違いなく言葉を飲み込んだ。
半年。骨箱の記憶から察するに、俺の妹が何らかの病で余命を宣告され、最期を迎えるまでの時間といったところか。薄情な気もするが、記憶が消えたせいで他人事のようにその事実を受け止めている自分が居る。
――――それでいい。時間は目の前にある。
隣にいる少女に時間を使ってやれと。そう言われた。
けれど何を言うべきか迷って、どうするべきか分からなくなる。今の俺にとって彼女は初対面に近い。どういう話題を切り出すべきかさっぱり分からない。
暫く悩んで、ふと脳裏に浮かんだのはルームで読み返した資料の一文。曰く、ウマ娘にとって走ることは一種のコミュニケーションであると。
思い出さなくていいというのなら、もう一度積み重ねればいいと結論を出した。幸いにして俺はまだトレーナーを名乗っても良いようだし、カレンは俺の担当だったらしい。ならば、一番手っ取り早く、かつ共通する話題と言えば走りに集約されるだろう。
もう一度、何度でも。積み重ねていけばいい。
それでいいんだろと声を掛けると、過去の俺が笑ったような気がした。
「カレン、午後は時間あるか」
「自主練だから大丈夫だけど……どうしたの、お兄ちゃん?」
「お前の走りが見たい」
それまで僅かに曇っていた瞳がぱっと晴れた。思わず跳ねた自身の尾を、握るように彼女は抑え付ける。正解だったらしい、と冷徹な部分が分析するのを押し込めるように、言葉を続ける。
「何も覚えちゃいないが、
「……私でいいの?」
「どういう意味だ?」
「だから、今のお兄ちゃんが初めて見る走りがカレンでいいの、って」
「かつての俺は、見た順番を優劣に加えるような狭量だったのか?」
全てを一斉に取り戻そうとしても、必ず取りこぼす。全員の走りを一斉に見たところで、今の俺では何も思えないだろう。
だが、一人一人を見ていくのならきっと違うはずだと思う。本当に全てを拾いたいのなら、欠片を一つずつ拾い集めなければならない。
「お前が最初でいい。見せてくれるか、お前の
「――――うん!」
纏っていた“カワイイ”を貫くような、爛漫とした笑みがそこにあった。