世界をだまして女の子助けたら、女の子になってしまった 作:翌透リナ
アビドス高校本校舎。
全校生徒一名と用務員が一名、砂に埋もれ行くままになっている学校と呼べるのかすら怪しいその場所。
曇天の淀んだ空の下、どこか物々しい空気が流れていた。
その屋上には3の人影があった。長机で作られ、白い布で飾られ、雑多な道具が置かれた、簡易的な寝台に横たえられた少女と、それのそばに二人。
桃色の髪を短くまとめた小柄な少女と、黒い髪を後ろに流した、浅黒い肌の偉丈夫がいた。
「……確認ですけど、本当にやるんですか?」
小柄な少女、小鳥遊ホシノは疑う様子を隠そうともしない様子で眼差しを二人の男に向けた。
「ここまで来たんだ。今更止めますとはいわねぇよ。それに……」
それに偉丈夫、ゲンザブロウが答えた。鍛え抜かれた肉体にはアンダーシャツがぴったりと張り付き、伸縮性があるはずのそれが、それでもなおハジケ飛びそうになっていた。
「あいつは……ユメはここで死ぬべきような悪事を働いていたか? お前や俺が来る前から、たった一人でここを守ろうと立ち上がっていた。……むしろ死ぬべきは原因を作った俺であるべきだったはずだ」
「ゲンさん!」
「あぁいやすまん。……とにかく、ユメは死ぬべきやつじゃなかった。死ぬべきじゃない存在が死んだんだから、その死はおかしい。 なら彼女は復活してしかるべきだ。死んだことそのものがおかしいんだから。そうだろ?」
「……っ」
男ゲンザブロウがホシノを見やる。
どこまでも深い虚無と怒り、そして狂気。梔子ユメが死んでしまって以来、彼の目に宿り続けるそれらを直視できたことはホシノにはなかった。だが、そこから顔すらも背ければすべてが終わってしまうとも感じていた。そういう時は決まって、ゲンザブロウの頭の後ろ側――彼のヘイローを見るようにしていた。
何の変哲もない、自分たちと同じ光輪であるはずが、今のそれは心なしかざわついているようにも見えた。
「クックック……。えぇ、そうでしょう。彼女は死ぬべき存在ではなかった。たとえ世界がかくあるべしと唱えようと、あなたはそれを唯一覆すことができる可能性を持つ」
「『黒服』……!」
屋上に特徴的な笑い声が響く。スーツ姿の人の形を模した黒い塊。ホシノの周りにも、ゲンザブロウの周りにもたびたび出没しているが、名乗りを上げたことは一度もない。ゆえに便宜上黒服と呼んでいる存在った。
「お前がそそのかしていたのか……!」
「やめろホシノ」
「おやおや、私はあくまでも私の仮説を教えたに過ぎませんよ。梔子ユメの持つ神秘と、ゲンザブロウさんが『大人の男性』では本来持ちえないはずの神秘、その強い相関による仮説を」
「だからって、死んだ人間が生き返るなんて!」
「やめろホシノ。やめてくれ」
「ゲンさん!! ……っ!?」
絞りだすような懇願に改めてゲンザブロウのほうを向く。彼は、ホシノの記憶にあるものとは全く一致しない表情を浮かべていて、高校一年生の少女を言葉を奪うには十分だった。いまにも死にそうな人間というのは、きっとこういう表情をするのだろう。ホシノの冷静な部分はそう感じた。
「わかってんだよ……わかってんだよンなことは。だが、可能性があるなら試したい。俺がお前から勝ち取った権利だ。悪いが、一度だけ大人のわがままに付き合っちゃくれねぇか」
「……」
「ふむ。ゲンザブロウさん。ひとつよろしいでしょうか?」
言葉に迷い、二の句が継げない様子のホシノから発言権を奪うように、黒服が口をはさむ。ゲンザブロウは言葉には答えず一睨みするが、黒服は動じた様子もなく続けた。
「あなた方の神秘の原典、そして儀式において、『復活は死者の当然の権利』なのですよ。ゆえに、モノは試しとか、そのような捉え方をされていては十中八九失敗します。『彼女は復活して当然の存在である』。それを請願ではなく、確認し宣言するのがこの儀式の本質です」
「……てめぇ、最後に安全保障か? 蘇生に失敗したらてめぇを殺すって話だったもんなぁ…?」
「えぇ。ですから私も成功を祈っているのですよ。さすがにまだ死にたくはありませんから」
鉄火場を生きた男性特有のドスの聞いた声と殺気に、直接向けられたわけではないのにホシノは死を予感し震えあがった。だが、死にたくない、と言いながらも黒服はどこか軽薄な様子だ。儀式の成功を確信しているのか、あるいは神秘の一端が観測できるのであれば自分の命も軽いと思っているのかもしれない。
なからゲンザブロウの圧から逃げるように、悪辣な研究バカに強い口調で噛みつきに行ったホシノを横目に、ゲンザブロウは改めて簡易寝台に横たえられた少女に向き直る。
梔子ユメ。ゲンザブロウの過ちにより死の運命へと誘われてしまった少女。
その亡骸は、死から二週間余り経つというのに、その体は腐敗することなく、死臭が立ち上がることもない。
また化粧やエンバーミングを施したわけでもないのに、血色がよくみずみずしい。
ヘイローこそ失われていたが、それ以外は時が止まったと形容したほうが正しいと感じるくらいだった。
『外の世界』において身近に死があったゲンザブロウからすれば、ユメの身体は死を経験した身体だとは到底思えない。
ゆえに。彼は思う。
これからやることは、朝が来たのに寝ている寝坊助を起こすような当たり前のことであり。寝ている布団を引っぺがすのがちょっと大変なだけだ。
太陽が東から上るのに合わせて世界が再起動するように。
子供がやがて成長し大人になっていくように。
この場で梔子ユメがすこし長い眠りから目覚めるのは、そういう日々繰り返される当たり前の一端でしかないのだ。
ゲンザブロウの口が自然と言葉を紡ぎはじめた。
「おや、始まったようですよ」
ホシノと舌戦を繰り広げていた黒服が切り上げ、ゲンザブロウのほうを向く。
何かを唱えだしたのを確認したが、キヴォトスの言語とは異なっているどころか、『外の世界』の知識をもってしても音の羅列にしか聞こえない。
当然、ゲンザブロウが以前から仕入れていた知識とも思えない。
その様子はまさに死の国の存在と死の国の言葉で対話しているようで、さすがの黒服も息をのんだ。
ーー彼女は罪を犯していない
ーー彼女は人を殺していない
ーー彼女は盗んでいない
ーー彼女は不正な秤を用いていない
ーー彼女は神々を欺いていない
ーー彼女は……
四十あまりの、誰も聞き取ることのできない否定の代弁が、淀むことなく続く。
周辺に置かれていた雑多な道具から光が立ち上る。
13の光球が胸元のあたりに集まり、円形に並び回転していた。
ーー彼女はオシリスである
ーー彼女の肢体は切り離されない
ーー彼女の神秘は縫合される
ーー彼女は再び立ち上がる
ーー彼女は昨日であり、今日であり、明日である
ーー彼女の口は開かれ
ーー彼女の舌は解き放たれ
ーー彼女の心臓は彼女の元にあり
ーー彼女は再び語るものとなる
彼女を再構築する言葉が唱えられる。
光球の輝きはさらに増し、回転も速くなっていく。
同席しているホシノの目には、もう光の輪(ヘイロー)にしか見えなかった
「ゲンさん……?」
だんだんと語気が激しくなり、唱える速度も上がっていく様子に不安を覚えたホシノが横から覗き見る。
唱える文言の荒々しさに反し、ここ最近どころか、出会って以来見たことがないほどに穏やかな―それこそそこに母性すら見出せるような表情をしていた。ホシノは総毛だって距離をとり、様子をうかがったことを後悔した。
ーー我はイシスである
ーー我はカーをつなぐ
ーー我は彼女の神秘をつなぐ
ーー我は神話を再演する
ーー我は生者にあらず
ーーしかして死者にもあらず
ーー我はすべてを帰すものである
ゲンザブロウのヘイローから光球が生まれ、ユメの胸元に形成された光の輪を穿った。
「わっ!」
「ほぅ…!」
その瞬間、あふれ出した閃光が世界を覆った。
◇◇◇◇
閃光が収まった時、曇天だった空は雲一つない様子であった。
一瞬のことだったのか、それともそれなりに時間がたったのか。儀式はどうなったのか。
ホシノにも、黒服にも判断がつかなかった。
「うぅん……」
沈黙を切り裂いたのは寝台からの声だった。はじかれるようにそちらを向いたホシノが見たのは、上体を起こして大きく伸びをする先輩の姿。
「あ、ホシノちゃんおはよ~。そっちの人は……?」
「クックック……私のことはお構いなく。今は先に気にすることがあるのではありませんか?」
「え?あぁそうだ……私、砂漠で遭難して……それで倒れて……」
その後のことをユメは思い出そうとした。
夢のようにひどくぼんやりしていたが、恐ろしく冷たく重たい場所にいたところを、誰かに温かいところまで引き上げてもらったような感覚を覚えていた。
「ゆ、ユメ先輩!!!!」
「わっ!ほ、ホシノちゃん!? え、なんでそんなに抱き着くの!?」
「ユメ先輩! ユメ先輩!!!」
「ちょ、いた……苦し……力つよ……」
「クックック……!あぁ流石だ…さすがは特記事項たちだ……!」
ホシノはもはや言葉が出てこなかった。ただ、強く抱きしめることと、大切な先輩の名前を呼ぶことしかできなかった。
黒服はその様子をみてか、あるいは神秘の持つ可能性の発露を見てか。誰でもわかるぐらいには満足げな空気を放ちながら、後方で腕組しながらうなずいていた。おそよ彼の顔に相当する部分は、黒い塊に白い亀裂が走っている程度で表情はうかがえないはずなのに、である。よほど満足したのだろう。
「……ハッ! おいホシノ!黒服! 儀式はどうなった!?」
気絶していたらしい、儀式の遂行者が目を覚まし、同行者たちに声をかける。
まるで女性のような甲高い声だった。違和感に気づいたらしい声の主も、一気に困惑へと転げ落ちていった。
「え?? なに、え? なんか声が俺じゃないんだけど?? え??」
そちらを見た反応は三者三様だった。
ユメは驚いて目を見開き
ホシノは困惑を浮かべながらも警戒を隠そうとせずに姿勢を落とし
黒服は興味深そうにソレをみた
「つーかなんかお前らデカくね…? ホシノはお前いつ俺と同じ背丈になったよ」
「……お前は誰? お前みたいなやつは、知り合いにいない」
「は? なんでお前そんな、出会ったときみたいな野良猫みたいな目をしてんだよ。冗談きついぞ…? 俺だよ。俺」
「ホシノさん。急に銃を向けないだけマシですが、そんな詰問では混乱を深めるばかりですよ」
「おまえ黙ってろ!」
「ホシノちゃん……私もそう思うよ。まずはちゃんと話を聞いてあげよう?」
「ユメ先輩まで……わかりました。わかりましたよ。はい」
ソレは困惑するばかりである、ユメが死ぬまではアビドス高校の借金を何とかするために東奔西走し、死んだあとは蘇生をめぐってガチバトルしてギリ判定勝ちをもぎ取った中である。今更他人行儀にふるまわれても困惑しきりである。
「いや、お前ら何言ってんだよ?? 俺は―――あれ?」
そこで改めて名乗ろうとすると、ソレは違和感に気づく。
自分の名前が思い出せない。
「……やっべ、痴呆入ったか?? 名前が思い出せねぇ、ホシノ、俺の名前なんだっけ」
「わかるわけないですよ……」
「いやいや、アビドス高校に仕事してた『大人の男』なんて俺だけだろ??何言ってんだよ??」
「「「……」」」
三人は一斉にだまった。いきなりあんまりな対応をされて、それどころじゃなかったからと目を背けていた仮説がソレの脳裏をよぎった。
「な、なぁホシノ? 俺の見た目、いまどうなってんだ??」
「さすがにスマホ出すくらいは許しますから、確認してみてください」
一番こちらを警戒している存在からスマホを出す許可が下りたソレは、ひとまず鏡替わりの自撮りモードで状態を確認する。
「……な、なんじゃこりゃぁぁぁぁ!?!?!?!?!」
そこに映っていたのは、ソレの記憶にある己の姿――浅黒くガタイのいい大人の男ではなく
こぢんまりとした黒髪褐色の少女だった。
世界をだまして死んだユメを蘇らせた話。
作中で語らす気がないのでここに書くと、
ザオ●ク的な仮死状態を蘇生するとか、上位存在のもとにいる魂の帰還を願うとか、そんな感じのアレではなく
古代エジプトの『死者はいずれ現世に還ってくる』という信仰を利用して
神秘『罪のない魂なんだから生き返って当然だろ? ほら、俺らの神話にもそういう話あるじゃん! ヘーキヘーキ』
世界『アッハイ……ドウゾ……』
ってな具合に常識改変で押し通した感じ。ゆえに世界をだましたわけであり、人間のクセに神をも超えるような所業をしたからいろいろ跳ね返ってきたわけですな。
提案したのはそれなりに神秘の解釈に通じた黒服。なんでか保有していた『外の知識』にあった復活神話を再現できないか面白半分に提案したら出来ちゃってホックホク。
……マッチポンプ?まさかそんな()
<TSの容姿について>
儀式前
北●の拳のケン●ロウ級。筋骨隆々のパリトンボイス
儀式後
小鳥遊ホシノ(1年時)の2Pカラー。声帯も同じ。
一応続くネタは考えているが書き溜めはない