SLEEP COP ―のび太のハードボイルド・アンダーワールド―   作:電機羊

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第1章:『Get-Up -ゲロッパ-』。

……いつからだったかな。

夢を見なくなったのは。

 

「東8番街のピザ屋のあるテナントビルの5階だ」

 

仲間からの無線が入った。

 

テロ組織『SLEEP-TIGHT』の幹部、

『Nightmare(ナイトメア)』を追って数ヶ月。

 

東京都マンハッタン区の安宿に奴がいるらしい。

今夜ここで、お前を捕まえてやる。

 

今でこそナイトメアは組織の上級クラスだが、

元々は東京のアンダーカツシカ区の出で、

月に数回、今では希少な“畳-buton”という草を編んだ板の上で、

数時間寝て過ごすのが唯一の趣味という変わった男だった。

 

そして現在では、本物の畳-butonがあるのは、

ここマンハッタンの、またこの一角だけ。

 

「……とうとう追い詰めたな」

 

俺は店の奥へ入った。

 

ーー情報通りだ。

 

 俺の『Zzレーダー』が半径5m以内にレム睡眠を引き起こしている奴を捉えている。

間違いない。奴は今、このドアの向こうで眠っている。

 

あとはこのドアの向こうに入って、

 

『Get-Up!! ― ゲロッパ!!』

 

と叫ぶだけだ。

 James Brown の曲で使われていた言葉だ。起きろ!より迫力があって俺は気に入っている。

 

 

一度深呼吸をした。

ゆっくりと息を吐く。

 

…ハァ。

 

この緊張感が俺に昔を思い出させる。

 

あの頃はもう大人なっていたが

……いいだろ?どうせ奴もいま夢を観ているのだから。

 

 

* * * * * * *

 

市民A「いや、面倒なんですよ。何でリセットするのに布に包まって目を閉じてじっとしてなくちゃいけないんですか? 半日もですよ」

 

市民B「1日でも早く大学の奨学金を返済してしまいたいです。愛用して寝ないで働いてもう2年になります。非常に重宝してます」

 

市民C「夜中にしっかり仕事ができ、日中に家族との時間が持てました」

 

市民D「ウェイトリフティング日本新記録が出せました!! 全てコイツの、ネムのお陰です!!」

 

…そう、2118年頃から聞き始めた声だ。

 

世の中に情報が溢れ、多くの法則が解明され、豊かになった時、人々は多くの事にチャレンジし始めた。 なにかを極めたい人、幅広く活動したい人。金を稼ぎたい人。誰もがみんな睡眠時間を削ってエネルギッシュに活動していたこの時代…

 

だが、時が経つにつれて国民の多くに睡眠障害や睡眠不足が生じ、生産性の低下や事故、社会の全体的な消極性が蔓延した。 これでは国が立ち行かなくなる。

 

こうして多額の研究費をかけて開発されたのが、

ーー瞬間活性睡眠薬『Xem(ネム)』だ。

 

ネムは革命的な薬剤だった。

身体や頭が睡眠を欲した時に、深呼吸する様に口から噴霧状のネムを吸い込むだけで、約10秒後には8時間寝た後と同じ状態になる。

 

はじめは処方箋が必要だったが、やがて薬局で普通に買えるようになり、その後時代の流れとともにスーパーやコンビニで卵と同じ値段で売られるようになった。

 

当初不安視されていた副作用の類いは研究データとして現れなかった。ーーだから急速に世界中に広まって行った。

…もっとも。

約1世紀前に世界中で始まった5Gデータ通信サービスも当初は安全が謳われていたが、2031年のミレニアル世代大量突然死を以って終了し、現在まで続くCO2データ通信に置き変わった。 それは21世紀の悲しい歴史として記憶されている。

そういう一抹の不安を残しつつも、もう後戻りはできない。 …そうなのだ、長期的な調査が済まないまま、日本発の大革命は世界を席巻した。

 

そして、現在。

 

ー世界が認めた、文字通り24時間動き続ける社会。

 

進歩し続ける科学。これまでにない早さで貧困は縮小し、富は広がった。なぜならこれまでの倍のスピードで物事が進むのだ。

 

会社員は16時間勤務、アルバイトは8時間労働2社掛け持ち。 学校は13時間目まで。しかし別に嫌というわけではない。これが今は普通なのだ。

 

朝の3時に郵便がやって来て、幼稚園のお迎えは朝4時まで。 地方銀行ですら朝6時まで開いている。

 

観光業からは何泊という概念が無くなり、“沖縄4日” 、“富良野5日” などの表記になり、ホテルからは寝室が消え、それは一般家庭も同じだった。

 

まさに世紀の大革命だった。テレビやインターネットどころではない。蒸気機関の発明と肩を並べる、いやもしかするとそれ以上かもしれない進化だった。ついに人類は"不眠"を勝ち得たのだった。

 

ーー心臓の鼓動が速くなった。

 

今振り返っても、俺にはそれが社会そのものが『意 思』を持って行ったかのような劇的で『異様』な変化だったからだ。

 

ふと手元に目をやる。

…Zzレーダーは奴がまだ夢の中だと示している。

やれやれ、我々の宿敵さまは俺に"あの事"さえ思い出させようとしてくれているらしい。

 

ーそうなのだ。これはまだほんの序章に過ぎないのだ。

 




第2章「The Coup -十二・二六事件-」。
     ーたったひとつの羽ばたきー
(※毎日20時頃 更新予定)


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