SLEEP COP ―のび太のハードボイルド・アンダーワールド― 作:電機羊
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
…俺はバタフライ効果なんて信用しない。
俺にとって蝶の羽ばたきは、ただの羽ばたきでしかない。
しかし、そんな事件が2113年に起きた。
俺がまだ警察学校にいた頃のことだ。
…それはある1人の男の交通事故から始まった。 それ自体とくに珍しい事ではなかった。自動運転システムの故障や、CO2濃度異常での通信エラーは今でも稀に起こる事だ。 また、不健康な人間やネムを利用しない不眠の人間が自分でクルマを運転しようと思っても、カーアプリケーションが手動モード(運転)を拒否するセキュリティが掛かっており、運転者の判断ミスでの事故は皆無に等しい。
しかし“その日”、それは起きたのだった。
当時は連日このニュースばかりだったことをハッキリと覚えている。
国内警備セキュリティ会社『all-suck』と、AI制御企業『FUJIKO Systems』が同時に高麗朝鮮帝国のサイバー攻撃を受けて、車を含めた様々な機器のセキュリティが機能不全に陥ったのだ。
――そしてある男がネムを使用しない状態で、運転席に座った。
その男は車の運転好きで、その日も自分でハンドルを握った。先のセキュリティ不全により男の車は『手動モード』だったのだ。 そしてネムを服用せずに2日間働き通しだった男は居眠り運転をしてしまい、ハンドルにもたれかかりながら買い物客で賑わう朝3時のショッピングモールに突っ込んだ。
この事故は17人の死者と5人の重軽傷者を出し、モールの1/6程を焼失させた。 男は即死だった。
この痛ましい出来事に、隣国との関係悪化を恐れた政府がall-suckらにサイバー攻撃の隠蔽を命じ、運転者の男が単に車検をスルーした違法改造車で引き起こした事故だとして処理した。
しかし話はこれで終わらなかった。
納得のいかない被害者の家族が、男がネムを服用しなかった証拠を見つけ、それをSNSサービス『Scandal(スキャンダル)』で拡散し始めたのだった。
“ネムさえ飲んでいたらこんな事は起こらなかったんだ”
“家内は死んだんだぞ!男の居眠りのせいで”
“目を瞑っていたんだぞ!”
この声は瞬く間に広がり、それ以後はネムを服用すること――すなわち起き続ける事が健全な社会生活に於いては必然であり、睡眠は悪癖……それ自体が性やエゴの様に克服すべき人間の業(わざわい)という風潮になっていった。
『なぜあなたは未だに眠るのか?』
マスコミや社会は睡眠をとる者を叩き、それらを弱者だと罵る。 社会的制裁はエスカレートしていく。 睡眠ポリスを名乗る市井の人々が、自主警察よろしく個人を監視し行動を正していく社会になっていった。
そして、歴史は動いた。
こういった多くの国民の声をうけ、ある自衛隊幹部(ネム推進強硬派の北条英機自衛官)率いる小隊がクーデターを起こした。
2116年12月26日、彼らは国会議事堂を占拠、数人の死傷者は出したものの、手際よく軍事革命を成功させた。
これが『十二・二六事件』の全容だ。
生ぬるい政府を軍が見限った。 男の事故からたった3年の出来事だ。これをバタフライ効果と言わずに何と言えば良いのか? 1人の交通事故がきっかけで政府が転覆したのだから。
すべての、いや大部分の日本国民は軍統制ではあるが、今までの言い訳がましい政権よりも、いち早く行動に移す新生日本国の誕生を歓迎した。
新政権の統制は手早かった。
まず許可なく睡眠をとる者を罪に、そして改変したネムを水道水に混入させ、大多数の国民に不眠を無料で提供した。 その上で睡眠時間は嗜好品として国の専売特許で秒単位で切売りするものにした。
“夢”と名の付く書物を燃やし、関連のWEBデータは消去した。
思想改造にも積極的だった。 「おやすみなさい」は反体制ワード、発した者には取調べと再教育が待っていた。
もちろん就寝場所を未許可で人に貸し借りしたり、または作ったりなどはテロ行為として極刑にした……。
これが、 日の出る国(The land of the Rising sun) 改め、
日の沈まぬ国(The land of the Unsinkable sun)
“新しい日本国の誕生物語” だ。
そして俺は、 この理想の社会で違法就寝者を取り締まる
法の執行人ーー
悪党共は俺をこう呼ぶ
『SLEEP COP ー睡眠捜査官ー』
…と。
次回、第3章『”Nightmare-ナイトメア-』。
ー“数秒間”の夢と罠ー
(※毎日20時頃 更新予定)