「どうした、シュウ」
声をかけても反応はない。ただ髪が揺れるだけ。
頭を伏せ、けれど足が、真っ直ぐと進む。
制止の声は届いていない。
向かって行くのは――お化け屋敷。
「ワーカーホリックにでもなったか?」
そんなわけ、と思う。首筋に垂れる汗が考えに同調する。
フラフラと足取り悪く進んでいく。
確実にシュウの意思じゃない。
操られてる?
いや、魔力は感じない。
夢遊病?
……シュウが?
今までそんな傾向なかった。
もしそうだとして、方向が『そこ』というのは、何故なのか。
あぁ、そうだ。
以前、見た人間。
真夜中に移動する人間がいた。
そいつも変な足取りだった。
向かっていたのは、お化け屋敷。
「っ!」
眼球の奥に激痛が走る。
脳裏に浮かぶ映像。
頼りなく棒立ちのシュウが、大きい手に掴まれて『喰われる』。
ああ、これは、未来だ。
「なんかあるんだな」
身支度だけ整え、シュウの後を追う。上手いこと障害物を避けている。確実にお化け屋敷へ向かう。
木や街頭の上から様子を見るが、やはりシュウの周りには何も無い。魔法も感じない。
人間には見えない、魔法使いにも感じ取れない何か?
おそらくの目的地に着く前に目星だけでもつけておきたい。
そう思うのに、俺は既にお化け屋敷の入口にいる。
この場に来てもなにもわからない。
なんだ、シュウは何をされている。
考えろ。
考えろ。
「……揺れている?」
ダラりと垂れる装飾品。
風で吹かれるならまだしも、小刻みに揺れるのは不自然だ。
俺が濡れている訳でもない。
なにかが振動を起こしている?
建物は揺れていない。
軽いものだけが、揺れている。
――振動。超音波。
シュウが入口に足を入れかけた。
その寸前に背部に降り立った。
耳元で。
大きく手を叩いた。
「わぁ!?」
音よりも大きい産声を上げた。
瞬時に振り返り、意志を持った大きな瞳が俺を見上げる。
「え、なになになに!?」
「起きたかよ寝坊助」
「……おはよう?」
眉根をよせ、不快、いや、不可解を目一杯表現している。
はぁ、と一息ついて、襟元を仰いだ。
安心と、冷静さと取り戻す。
力こそ強いが、感覚系や精神操作系には弱いのか。
伏せた瞼の下。この騒動の主を辿る。
シュウが自我を取り戻した時点で俺の存在も察しているだろう。
なにかしてくる様子は無い。
だが、このままノコノコ帰るつもりはない。
どうせ、邪魔したヤツを素直に返すわけもないだろう。
――入口が勝手に開いた。
「シュウ」
「ん?」
「招待されたみたいだぞ」
「およ?」
もうなんの心配もなく元通りなのだろう。
遠くでも見るように手を額に当てる。
扉の先の空間は真っ暗で見えない。
「どうする?」
答えなんて決まってる。
ニヤッと笑った。
「ようやく一緒に遊べるね?」
「今日は休みだからな。存分に遊ぼうや」
「おー!」
気分は遠足。目的地は遊園地。選択するのはお化け屋敷。
一発目にしてはなかなか稀有な選択肢だ。
入口横のランタンを持つ。
火の魔法で消えない炎を宿す。
さて、入ろう……と、その前に。
「シュウ、持っとけ」
「なに?」
「お前、操られたら弱いみたいだし。そこ狙われてもいいようにな」
「むっ、弱いって言ったな」
「現に操られてたしな」
「くっ」
この為に作ったモノではないが、ちょうどいいと思った。
ただ、どうやって使うかだ。
先程の操られた状態では自分で使う頭にはならないだろう。
操られてても使える手筈。
もしくは、操る手段と主犯引き離す。
どんな相手かはわからない。
ただ、シュウになにかをしよう、させようとした。
もしかしたら別に危害を与えるものではないかもしれない。
けれどそれなら操る必要がない。
なにかまともには頼めない事情があったのだろう。
警戒するに越したことはない。
拗ねて悔しそうなシュウを後ろにして、ようやく足を異世界へ踏み入れる。
「……」
「……」
「何度も来るもんじゃないな」
「そうだねぇ」
見慣れた空間だ。
二桁とまではいかずとも片手分は通った場所だ。
ランタンがなくても次の部屋まで行けただろう。
今回は脅かし役もいない。装置も動いていない。
……ただくらいだけの部屋じゃないか。
「扉」
呟くしかやることがない。
せっかくなのでシュウに開いてもらった。
だからといって何も新しいことはなく、二つ目の部屋も見飽きた空間だ。
……と、思ったが。
「あっちに誰かいるな」
気配がする。
それは『非常口』と照らされた扉の向こう側。
シュウも気付いていたのだろう、俺が言う前に視線は向いていた。
どちらから示し合わせるでもなく、そちらへ進む。
真新しい場所の方が楽しそうだ。
重い鉄の塊を押しあける。
無骨な階段が上下に続いている。
気配がするのは下。
だが。
灯りがない故に、行く先はまさに『奈落』。
不定期に鳴り響く音と声。
お化け屋敷というアトラクションより、いっそう不気味さが漂っている。
「この先行ったことあるか?」
「僕がいたのは上だから、下は知らなーい」
「じゃ、ここからが本番だな」
ランタンを本来の役目として、階段を降りる。
カン、カン、と高い音が響く。
だとしても下からの音は消えることは無い。
気配を察していないのか、気にしていないのか。
何度か折り返し、扉らしきものがようやく見えてきた。
『PRIVATE』と書かれた扉。
それは階段の最下層だった。
音も気配も、この扉の奥から。
視線を合わせ、頷く。
扉を開いた瞬間、シュウが勢いよく飛び込む。
俺は踏み込まずに身を潜め、シュウの反応を伺う。
「……あれ、てんちょーさん?」
緊張感のない声だった。
それに呼応して、「おはよう、シュウくん」と聞こえた。
「どうしたの? こんな朝早くにー」
「ちょっとやり残した仕事があってね。そっちの子も、隠れないでいいよ」
気付いてる。
俺は気配を隠すことについては自信がある。
一般人に見つけられるほど腑抜けちゃいない。
つまり、俺以上に戦い慣れてるか、気配を読むことに慣れているか。
すっとぼけて身を隠そうか判断が出る前に「だってー」と声を投げてきた。
アホ。
「……どーも」
「シュウくんのお友達だね」
「そーです。シュウをここに連れてきたの、アンタ?」
「ええ、ちょっと手伝ってほしいことがあったのでね」
随分素直に言うな……。
メガネを掛けた中年。不健康そうな顔色と痩せ型体型。苦労してそうな髪の量。
いかにも一般人です、といった出で立ち。
こんな奴がシュウを操った?
「なーにー?」
警戒心なく、無邪気に聞いている。
小首を傾げるオマケ付きだ。
その挙動で浮かんだ。
――舐められてるのか。
見た目はただの子どもだ。
素直に言っても支障はない。
力で捻り潰せると。
「君の体が欲しい――」
店長の後ろで、山のように盛り上がる影。
「――彼女がそう言っているんだ」