階段の途中、扉がなかったのは部屋がなかったから。
正しく言えば、扉を必要としなかったから。
最下層の部屋の天井は高い。
打ち上げ花火でもできるんじゃないかと見上げられる程だ。
想像の花火と同じぐらいの高さに、今まさに登っていく影がある。
「……スケルトン」
死んだ生き物から残った骨に魔力が宿った魔物。
特別魔力が濃い所でないと骨の腐敗が早いから、一般的には生息しないはず。
この辺りも人の出入りが多いだけで、特別パワースポットというわけではない。
なぜこんなところに。
「でかー……」
呆然と見上げるシュウにも違和感を覚える。
シュウのような奴はでかいものを見つけると能天気にはしゃぐ性質があったと思ったが。
「シュウ」
「なぁに?」
「調子悪いか」
こちらを向かない。
スケルトンの方をただ見つめている。
それを、見つめる。
「……圧が強いなぁ」
「いつからだ」
「んー、起きた時? 目が覚めてからなんかぐわんぐわんしてるんだよね」
眩暈か。平衡感覚が乱れている。
シュウを操ったのが超音波とかそういう類ならその症状にも納得がいく。
スケルトンはそんな攻撃はしない。
骨だけの肉弾戦だ。
ただ、こういう魔物は人海戦術をしてくる。
そして前の国でも言われていた『異変』。
でかすぎるスケルトンは、まさに『異変』だ。
しかも街中で仕事を持っているなんて。
となると、店長の方にも話を聞きたいところだが。
「さあ、お食べ、エリーゼ」
そんな時間はないらしい。
店長はスケルトンに声をかけると、呼応したようにでかすぎる腕を振るう。
掃き掃除でもするように横薙ぎに。
幸いにも動きは速くない。
俺もシュウも跳躍で回避し、何もない壁に張り付く。
「こいつも言葉を理解してやがるのか」
また、『異変』。
言葉を理解する魔物は珍しいはずだった。
国を跨いで二連続なんて普通じゃありえない。
そして、店長という人間らしき奴の指示に従っているのも、普通じゃない。
『異変』か、それとも。
夕飯で使った蛇。
その骨を鋭くしたものを投げた。
「!?」
店長は躱すことはなく、受けた。
針ほどの太さしかない。
ただの骨で、特別な武器じゃない。
けれど、太さに見合わない拳ほどの穴が、店長の肩をくり抜いていた。
穴の奥で蠢く黒いナニか。
そして繋がった。
「店長。アンタも人間じゃないんだな」
「不意打ちはやめてくれよ。僕は目が悪いんだ。小さすぎると反応できないよ」
眼鏡を上げた。
瞬間、散らばる体。
バタバタと羽音を立て、スケルトンの肩に移動する。
体と服を組み替えた奴は、人間のようでいて違う生き物へ変貌した。
「吸血鬼ね」
吸血鬼ならば確かに知能が高い。
人間の言葉も理解するだろう。
随分珍しいラインをひいてしまったようだ。
「驚かないか。随分肝が据わっているんだね」
「まあな。魔物退治は日常茶飯事だ」
「それは怖い。さっさと仕留めよう。なぁ、エリーゼ」
吠えるように動くスケルトン。
床の陰から虫のように湧いてくる、小ぶりな骨。
あれが本来のスケルトンだ。
こんな場所に、こんなにも。
「なんか、あの骨」
「どうした」
シュウがぶら下がりながら、一つの骨を注視する。
「この前見た人に似てるなぁ」
見てみたが、どの骨を誰と思っているのかさっぱりわからない。
シュウの動物的勘か。
「ほら、この前歩いてた人。あっちは写真で見た子ども」
明確に指し、そして辿った記憶。
一度、ただ数秒、気配を感じて見つけた人間。
それを似てるという。
逆に信憑性があるかもな。
ほとんど顔を合わせていないのに感じるものがあったということ。
そしてそれが本当だとしたら。
「客を食い物にしてたのか」
文字通り。
吸血鬼は下衆な笑い声をあげる。
スケルトンは顎の骨を奏でる。
「それがどうした。ただの食物連鎖だ。人間が家畜を食らうように、我らも人間を食らうだけ。ただ、エリーゼはグルメなのでね。気に入った人間しか食べないんだよ。まあそこが可愛らしいのだがな」
「まあ、別に不思議なことじゃないな。んで? シュウはそのお嬢さんのお眼鏡にかなったってわけ?」
「ああ、そうだ。彼には不思議な魅力があるようだね。僕も食べたいよ。大丈夫。食べた後はここでまたしっかり働いてもらうから」
動きが遅いのは通常通り。
けれどやはり人海戦術。
足場の悪い天井にいつまで貼りついていられるか。
「先輩たちが歓迎会したいそうだぞ」
「んー……」
……やはり、調子が悪そうだ。
シュウに戦わせるのはやめるべきか。
不穏な空気がまとわりついてくる。
早々に終わらせようと壁についた両足を踏みしめた。
「――……った」
「シュウ!!!」
シュウの身体が落ちていく。
自由に、素直に、無抵抗に。
足へ込められた力は方向を変え、シュウの身体を捕まえようと向かっていく。
手を伸ばした。
手を掴んだ――はずだった。
「部外者にはご退場願おう」
腹に拳をねじ込まれ、息ができない。
俺の身体こそが吸血鬼に捕らわれ、シュウと引き離される。
掴み損なった手は、骨の海に紛れてわからない。
声が出ない。
目が霞む。
連れ去られた先はお化け屋敷の二部屋目。
放り出され、全身を強打した。
「かはっ、はっ、ぁ……!」
床に蹲りたくなるが、ここは敵地。
なんとか四つん這いになり、周辺を見渡す。
しかし目の前は暗闇。
コウモリの身体の真っ黒な吸血鬼は、多方から声を発してくる。
「やれやれ、君はエリーゼの好みでは無いらしい。しょうがないから私の小腹満たしにしてあげよう」
口の端から垂れる胃液を拭い、呼吸を整える。
冷静になれと言い聞かせ、俺の持つ知識を呼び起こす。
コウモリ《スピーカー》が何体いようが、吸血鬼の本体は一つ。
急所があるはずだ。
身体を小刻みにしつつも、大事な箇所は守るだろう。
気配をさぐれ。
得意だろう。
それ一つで、猛獣だらけの森を生き抜いてきたのだろう。
真夜中も眠らず、息を殺し、先手を取るために、生き抜くために磨いてきたんだろう。
「…………っ」
自分への発破は、なんて無力だろう。
「多すぎ」
察しただけで大小100体超。
この中のおそらく一体が持つ急所を狙わなければならない。
魔法を使えば一掃できるが、建物が崩れる。
崩れると下階にいるシュウがどうなってしまうかわからない。
死ぬことは無いだろう。
だが、弱ったシュウを見てしまえば、そう易々と取れる手段じゃない。
……ならば。
「即刻、