暗闇の中で蠢く気配を大まかに把握。
両手の人差し指には螺旋状に風を纏わせる。
コウモリの一匹一匹を指刺せば、羽には穴が空く。
突いた個体は床に落ちて芋虫のように這うだけの存在。
感覚、条件反射。
考える余地は要らない。
間合いを詰めながらキリのように串刺すだけ。
甲高い鳴き声が重なっていた。
一分経つかどうかの時、気配が二分した。
次の部屋へ進む個体。
最初の部屋へ戻る個体。
下の階へ戻る個体。
敵対を辞め、逃亡を図るつもりだろう。
暗闇に慣れた目は既に空間を把握している。
「逃がすと思うか?」
問うた瞬間、明かりがついた。
コウモリかスケルトンが操作したのだろう。
慣れてしまった目が光を拒絶する。
そして一斉にかけ出す個体。
その内の一匹に、指先の螺旋状の風を投げつけた。
「ギッ!」
残った二つの個体も倒れた。
仕留めた個体にそれだけのダメージが入り、伝播したということ。
つまり、当たりだ。
「な、ぜ」
牙の隙間から血を垂らし、通じる言葉を話す。
逃げられる心配がなければ悠々と近寄って、しゃがみこんで、見下す。
「大事なもんは、一番最初に動かしたいよな」
少しばかり、スタートダッシュに誤差があった。
いや、誤差が出るだろうと予想した。
だから、視界を封じられたことでまた反射に頼ることにした。
それが俺には幸運だった。
風の魔法で、要《かなめ》のコウモリを球体の檻に拘束する。
名品、美術品、工芸品のように大事に、ちょっとだけ掲げながら、語りかける。
「俺もさぁ、アンタらみたいに血肉を集めてんだぁ」
コウモリが身体を震わせた。
「なんか……俺は生物学者になりたいってことになってさ。学者になりたい訳じゃないんだが、でも実の所はとある生物の進化の過程を調べてる。進化を知るには現状を知らないといけない。進化の可能性を知るには他の生物の進化を知るといいと思ってな。人間も、魔物も、色々集めてんだ。……吸血鬼は不老なんだってな。それは生き物の進化で、体の進化と老化を止めてるってことだよな。……ああ、いいな、知りたいなぁ」
一気に話したので唾液が溜まった。
ゴクリと飲み干した。
想像した。
こいつから、どんなことがわかるだろう。
アイツについて、もっと知れる。
「お前らにシュウは渡さない」
――アイツは誰にも渡さない。
「っ、と。こんなことしてる場合じゃない」
水属性の派生でコウモリを氷漬けにし、投げ捨てた。
一目散に地下への階段へ駆ける。
構造がわかっているからこそ可能な階段の飛び降り。
最初はぐるぐると目が回りそうだったが、踊り場に飛び降りてしまえば実質ショートカット。
何回、十何回繰り返し、扉を開けた。
「シュウ!!」
――いた。
骨の海の中で佇んでいる。
微かに動いて、俺の方を見ている。
見ている、はず。
視線があっているはずなのに、俺を見ていないようだ。
両腕を垂らしたまま。
……既視感があった。
ああ、そうだ。
これからおこる未来を察して、骨を踏み潰した。
「シュウ!!!」
手を伸ばした。
今度こそうかもうと、必死だった。
けれど俺よりももっと大きい手が天から伸びて、攫っていった。
されるがままシュウは宙へ吊られ、そして……――喰われた。
スケルトンはゴクリと飲み込んで、骨の内側の黒い袋のような場所を揺らした。
一呑みだ。咀嚼はなかった。
それは普段なら安心材料。
噛み砕かれてはいない。身体は残っている。
そう思えるのに。
あんな。
あんなに調子の悪い、俺を認識しているのか分からないシュウに、安心感なんてものはない。
頭から血の気が引いた。
気持ち悪い。頭が痛い。
どうする。
――……「どうする」……?
そう思った瞬間。
床を押さえるだけだった足は、今度は蹴り飛ばしていた。
向かう先にあるのは、敵。
「誰にもやらねぇって言ってんだよ!!!」
エリーゼに近づくほどに多くなる砕けた骨の絨毯。
両足に風を纏わせて、邪魔なそれを吹き飛ばす。
平らな床が現れ、音を立てて靴を打ち付ける。
「火魔法《アル》!!」
風を辿るようにして足を這う炎。
床を蹴り飛ばすと共に、炎は床を焦がす。
その勢いが加速剤になり、建造物を思わせる高さまでたどり着くのは瞬きの速さだ。
腕にも炎を纏わせ、頬骨をぶん殴る。
「っ!!!!!」
声はなく、ただなんとも言い難い音を上げる。
「うわっ!?」
骨が砕けて破片が飛び散る。
どういうわけか、その破片は落ちることはなく俺を襲ってきた。
細かく鋭い。
両腕で顔と頭部を守ったから、服も四肢の皮膚も裂けてしまった。
ふと感じる、指先の違和感。
「毒……?」
痺れ毒だ。
骨のくせに。
骨だけだから表情はない。
なのに見上げた先のスケルトンは、下衆な笑みを浮かべているように見える。
被害妄想か。
とにかく即効性の毒だ。
さっさと片をつけないと、俺も危ない。
「腹を殴ったらシュウにダメージが行く可能性がある」
スケルトンの内部の黒い袋は、内臓の役割だろうと予想する。
まだシュウは無事だ。
それは確定した事実。
シュウはこんなところでは死なない。
まだ『魔王』になっていないから。
そして吸収もされていない。
されてれば、スケルトンの骨が治るはずだから。
――それが聖女の能力で、聖女を吸収している《・・・・》シュウの能力だから。
大振りな腕が天から降ってくる。
痺れる身体を強引に動かすと、想定よりも移動が出来ず衝撃波を受けた。
「いっ!!?」
飛ばされた先には骨の残骸。
背中に何かが刺さった。
「くそ……!」
瞬時な痺れはない。
多分床掃除した時の、兵隊スケルトンの骨だ。
少し手を伸ばせば攻撃出来るエリーゼは、手負いの俺を捕まえようとしてくる。
「うわっ」
距離を取ろうと重い体を動かした、はずだった。
誰の骨かわからないが、俺の足首を掴んでいた。
視線がそれたその一瞬で、エリーゼの手は目と鼻の先に伸びていた。
――そのまま止まっていた。