でかすぎる手から伸びる指の隙間から、様子のおかしいエリーゼが見える。
「……! ……!?」
ガチガチと歯を合わせ、音を立てる。
まるで怯えているように、震えているかのような挙動。
顔の震えは手にまで伝播する。
徐々に俺から離れていく。
俺もさらに距離を取って、様子を伺う。
震える両手は頭を、顔を、喉を、胸を握ろうとする。
骨の奥の袋が微かに蠢いている。
「……シュウ……?」
袋が内から突かれるように張り、破れる。
底から油のように照った黒い液体が流れ出る。
粘りなのか、とろみなのか、異様に流れるのが遅い。
そして臭い。
俺の胃液も込み上げてきそうだ。
浸みる目を閉じないよう必死に見つめ続け、そして、出てきた。
「シュウ!」
強引に、かつぞんざいに広げられたそこから、黒く染められたシュウの姿が見えた。
だが、やはり様子がおかしい。
「……酔ったか!」
奥歯が軋む。
魔物の一部を食ったのか、もしくは内部に入ったことで、魔力に当てられたか。
オーガの時のように別人格が出てきているだろう。
伏した顔のシュウが、肩を震わせる。
「ふ、ふふ……、ふふふ、あはははは!」
明らかだった。
シュウが取り込んだ『聖女』が出てきている。
袋を掴んでは引きちぎり、口に運んでいる。
その動作を繰り返す度にエリーゼは歯音を鳴らす。
生きたまま内臓を千切られる痛みはさすがに例えようがないし、想像もしたくない。
口元を黒く汚し、けれど輝く瞳と透明な角がシュウを鮮やかに彩る。
食べるのに夢中なうちにどうにかしないといけない。
魔力を食い荒らし、より手がつけられなくなる前に。
足を掴んでいた骨は力なくひっくり返っていた。
痺れる体にムチを打ち、棒立ち状態のエリーゼの足元に駆ける。
シュウの真下に位置して、目を細めた。
「……あった」
腰紐に引っ掛けてる。
それがわかればあとは飛び跳ねるだけ。
足に風を纏わせ、両膝を曲げ、跳躍する。
シュウの高さを通り過ぎる。
その時にスった、俺が渡した毒。
跳躍の最高地点から、自然落下。
俺の存在に気付いたシュウが俺を見上げる。
「――キョー、カ」
「胃薬飲んどけ、大食らい」
俺の名を呼んで開かれた口を手で覆う。
シュウを抱き抱えながら、ともに降りながら。
着地した時にはもう飲み込んでいた。
信用度が高すぎる。
ちょっとは警戒しろと言った方がいいか。
胸の中の息を吐き出す。
これで終わりではない。
ここからもまだ大変なんだ。
麻痺毒を食らって動き回った。
肩を上げるのも、歩くのも不便さを感じてきた。
抱きしめているシュウをなるべくゆっくり座らせる。
「う……ぐ……」
苦しそうに呻く。
当然だ。蛇の毒を飲ませたんだから。
顔は青白く、息は荒く、冷や汗が浮いている。
瞼を開けていることもできないようだ。
だが、これでいい。
『魔』を使うものにとって、魔力は生命維持に重要なものだ。
魔法使いと魔物は、魔力の有無が生命維持に直結する。
使い切れば最悪死ぬし、魔力があれば傷の治りが早くなる。
普段、シュウは自分で魔力を取り入れる手段が『食事』しかない。
けれど中《・》にいる聖女は、自身を治そうと魔力を消費している。
だからシュウは大食らいなんだ。
そして今、シュウは命の危機に瀕している。
聖女《からだ》は得た魔力を治療に専念させる。
治るまでは大人しくしているはず。
治るころには魔力をほぼ使いきっているだろうから、主導権はシュウが取り返していることだろう。
それまでの辛抱だ。
「待ってろよ。最後の片付けしてくるから」
比較的、残骸の少ない場所に寝かせる。
息も絶え絶えなのは、スケルトンの方もだ。
内部を食いちぎられ、臭い流動体に自らを沈めている。
「お前らはいい標本だ」
人型の構造がわかるいい素材だ。
吸血鬼と比べたら違いがあるだろうか。
コウモリ型で拘束したが、さてどう調べるか。
俺が調べるには機材も場所も、頭も足りない。
ならば頼るしかない。
ひょうたん型の魔法収納にスケルトンを込めた。
上階に行ったら吸血鬼も別の収納に収めることを頭にメモする。
シュウを方に担ぎ、ぎこちない風の魔法で移動を補助する。
扉を開けて、振り向いた。
人の骨。
ここに楽しむために来ていた人間たちだろう。
子どもの骨もあった。
大人は親でもあっただろう。
子を誘拐し、親に探しにこさせ、殺す。
効率よく集めていたんだろうな。
バイト募集も、希望者の周辺状況を確認した上で、連絡がつかなくなっても大丈夫なやつか判断していたのだろうか。
エリーゼがシュウを欲しがった理由は定かではないが、俺とシュウには身内はいないから、行動に移しやすかったのはあるだろう。
――ここにきたばっかりに。
同情ではない。
いつ誰が事故に遭うかなんてわからないもんで、防ぎようのないことだってある。
理不尽なくじ引きを引いてしまっただけ。
同時期に同じような標的がいたら、もしかしたらそちらを優先して楽しく帰れたかもしれないな。
シュウを支える腕と逆の手を、部屋の中へ向ける。
「土魔法《アム》」
底から湧き出てくる土。
天井まで詰めて、埋めて、蓋をした。
登りきったらもう一度埋めてしまおう。
発見を希望するやつがいるかもしれないが、死人に口なし、ワガママ言われたところで聞こえない。
コウモリの氷を拾った。
一つ目の部屋を通り、受付と会計を出て、アトラクションを去った。
荷物を回収したら、早々にこの国を出よう。
次はしっかり休める国に行こう。
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