第1話
とある洞窟。
テーマパークの国を出て、近くの森林に逃げ込んだ。
早朝だったことが幸いして、誰ともすれ違うことはなかった。
寝床にシュウを運んで荷物を整理し、召喚魔法で移動手段を確保。
そして現在、一日経った後の夕刻に至る。
俺の麻痺毒は即効性に特化していたようで、寝床に着いた時にはもうほとんど消失していた。
シュウの毒も二日もあれば消えるだろう。
安全地帯を確保しつつ、食料調達。
国内にいる時に買い足しておいたが、現地調達できる時はそうしている。
非常時にないと困るし。
……ただ、今回はシュウの快気祝いみたいなことをしてもいいかと思っている。
運良く実っていた果実を手に、洞窟へ戻る。
呼吸は落ち着いたがまだ意識は戻らない。
薄らと滲む汗。
血の気のない顔。
まだ食べれるほどじゃない。
「明日にするか」
採ってきた果物を一つ食べる。
ちょうどいい頃合いだ。
「食べないともったいないぞ」
頭の近くに食材を置いて、さっさと寝ることにした。
―― ♣
……。
ガサガサと音がする。
「っ!?」
寝ぼけてしまって反応が遅れた。
飛び上がって距離をとる。
洞窟の外に飛び出して、音の正体を見つめた。
「
頬袋いっぱいに詰め込んだ食い意地の権化、
服が肩からずり落ちた。
同時に瞼も落ちて、張り詰めた気が地面に吸い寄せられる。
格好の悪い体勢で地面に伏す。
たとえどんな格好でも、そうせざるを得ない脱力感だった。
「よかった」
不意に出た言葉は地面に吸われていく。
シュウは意にも介さず頬張り続けているようだ。
胸の中の空気を吐きだして、体を起こした。
「俺の分は?」
「!? え、っと、あ、これまだ口付けてないよ!」
「いいよ、食え」
「……いいの?」
「お前が食うだろうと置いておいたし。また採りに行ける」
「じゃあ食べる!」
基より期待してない、腹もすいてない。意地悪く聞いただけ。
死にかけた奴が生き生きと食に没頭している。
それだけで色々といっぱいだ。
枕元で食っているから、寝起き早々に食べ始めたのだろう。
回復が思ったより早かったみたいだ。
隣に座って、頬杖を着きながら何となく眺める。
「……なに?」
「いいや、なんでも」
訝しげな目で見られた。
拒否されなかったから見続けるが、どことなく食べにくそうだ。
なんともない、ただ食べているだけの姿がこんなにも落ち着くのは。
ほどほどに見納めたところで、腰を浮かして座り直す。
横壁に背中を付けて楽に過ごす。
「ごちそうさまでした!」
初めと同じで、終わりにも両の手を叩く。
そしてそのまま寝転がった。
「はーお腹いっぱい!」
「調子は?」
「ちょーっとダルいぐらいかな?」
「目眩はもうないのか?」
両足を振り上げ、勢いで立ち上がる。
腰を捻り、腕を回し、飛び上がる。
「平気!」
元気いっぱいだった。
ふむ、と納得。
そして次に確認するのは、記憶。
「何があったか覚えてるか?」
キョトンとして、目線を上にあげる。
もちろん、洞窟の天井を見ているわけではない。
記憶の想起でよくある挙動だ。
「お化け屋敷に入って下に降りたのは覚えてるよ。目が霞んでてよく分かんなかったけど、てんちょーさんと、白いのと黒いのがいたと思う」
店長が黒いのと同一とは判断できなかったか。
そして恐らく、もうその辺で意識は朦朧としていた。
その時はわからなかったが、本能的に受け答えしていたのかもしれない。
子どもは体調不良を隠すというか、体調不良でも気付かないというか。
そんな感じだったのだろう。
「その白いのと黒いのは回収した」
「あ、そーなんだ。おめでと」
「どうも」
「そろそろ溜まってきた?」
「そうだな」
「じゃあオババの所行く?」
「察しがいいな」
「えへへ」
どことなく上機嫌なシュウが、洞窟の外へ駆けて行く。
シュウの言った通り、今度の目的地は『オババ』の所。
休息も兼ねてちょうどいい場所だ。
シュウも好きな国――『湯の国』。
―― ♣
「着いたー!」
洞窟を出て数日。
のんびりゆっくりと徒歩移動の後、たどり着いた『湯の国』。
旅の疲れを癒すことを目的にされた国で、世界の各地にある。
全て『湯の国』と銘打っているが、湯の種類はそれぞれ違う。
来る度に新鮮な風呂に出会える。
シュウは湯を巡って朝から夜まで帰ってこなくなる。
「くっさぁ! 楽しみだなぁ!」
鼻が曲がりそうな匂いがこの国に入る前から漂っていた。
それがいいのだと言うように、相反するような言葉と、抑えきれない高揚感を全面に出していく。
小走りで見失いそうになる大きめな子どもの襟首を掴む。
「先に予定立ててから」
「えー。僕温泉行ってちゃダメ?」
「湯に浸かってる間に連れ出してもいいのか?」
「うーーん、だめぇ」
テンション、微減。
今度は俺の後ろを着いてくる。
他の湯の国でも贔屓している宿に向かい、慣れた流れで一部屋予約。
温和なタレ目の受付から鍵を貰い、紙を差し出す。
「『眠らずの美女はどこにいる?』」
眉がピクリと動いた。
今度は刺すような視線を投げてくる。
「『まだ刻《とき》ではない』」
「『十を超えても迎えに行きたい』」
「……『ならば、二度の湯浴みの後に、またここへ』」
「どーも」
チャリ、と二つ目の鍵を受け取って、受付とは会釈で終えた。
階段を登って鍵に書かれた部屋へ。
荷物と腰を下ろし、久しぶりの室内を満喫する。
「あーーー床だーーー」
「相変わらず変な合言葉だね」
「な。ちょっと恥ずかしい」
「『眠らずの美女』だって」
「ただの不眠症ババアだろ」
聞かれたら殺される。
わかってても言ってしまう、シワくちゃな顔を思い出すと、同時に背後に『美女』と浮かんでしまうからタチが悪い。
笑いと悪寒が込み上げる。
「……やめよう。とりあえず、今後の予定を立てる」