いつか魔王と勇者になる、その日まで。   作:彩白 莱灯

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和製の鬼は次代の魔王となる。

 

 ―― あなたに殺されることで、私はあなたの一部になれる。

 

 

 そう囁いた女は、瞳同士が接しそうなほどの距離にいる相手を最期の時まで見つめていた。

 喰われんばかりに見られていた男は、女から奪った身体の一部や服を手に、燃え上がる屋敷の中に土まみれの足で踏み入る。

 火を踏み、足は黒く変色した。

 踏みしめるごとに黒く、黒く。

 それはより強固な(モノ)となり、いつしか熱は感じず、爪は鋭く尖っていた。

 それこそ、人間のモノではないように。

 

 

「裁縫道具……どこだっけ」

 

 

 記憶を手掛かりに家探し、火が降ってこようと、天井が崩れようと、お構いなしだ。

 ただただ煙が邪魔に思う限りで、けれど視界は手に取るようにわかる。

 息苦しさはなく、喉の焼ける熱さもなく、むしろ空腹を感じるばかり。

 欲求を片隅においやった末、目当てのものを探し当てた男は無遠慮に座り込んだ。

 針と糸を不器用に繋ぎ、自身の腕を引きちぎり、強奪品の一つとを繋ぐ。

 

 

 裁縫なんてしたことがない、と物語る様な歪な縫い目。

 他人の腕と繋いだ男の身体は素直にそれを受け入れ――飲み込んでいる。

 髪の束と自身のザンバラな髪を結び付け。

 窪んだ眼窩に適したものを入れ込み。

 変色した皮膚を引きちぎっては別の皮膚を張り付け。

 最後は細やかな装飾の、柔らかな色合いをした女ものの着物を纏った。

 自身の身体が、他人の身体か。

 そんな些細なことは屋敷とともに燃え果てた。

 

 

 やることを終えた男・しゅうは、再度土を踏む。

 先程までいた、女を殺した場所。

 当然、女は見るも無残な姿でそこにいた。

 男に嵌った眼は、夜の影に刺されながらただただ見つめ、そして、手を伸ばす。

 

 

「大好きだったよ、姉上。――いただきます」

 

 

 身体を引きちぎり、一口よりも大きい肢体にかぶりつく。

 表情を一つも変えず、ただただ作業の様に咀嚼。

 ごくりと飲み込んで、次を口に含む。

 口周りが赤く汚れようと、拭わず、舐めとらず。

 無心で。

 

 

「っ! ァ……が……!!?」

 

 

 途端、額を押さえた。

 内側から食い破られるかのような、皮膚を突き破らんとする激痛。

 ミチミチと蠢き、頭蓋骨が引っ張られる、頭を締め付ける痛みに声が出ない。

 息さえもままならず、唾液だけが玉となって地面に落ちる。

 

 

 それは変体で変様。

 人間であるはずのしゅうに、透けた角が伸びる。

 赤い血管が脈打つ様は何と異様なことか。

 

 

 鬼の誕生。

 それは世界に歪みを作った。

 どこかの世界と呼応して、体力を奪われたしゅうは強い光に包まれた。

 

 

 

 ――  

 

 

 

「みんな踏ん張れ!! もう少しだ!!!」

 

 

 一人の若い男の声が周囲に木霊する。

 答えた声は四つ。

 女のそれが一つ、別の男が三つだ。

 計五人は、今まさに大一番を迎えていた。

 この世界に蔓延る魔物、その親玉である魔王を討とうとしているのだ。

 

 

 さながら剣士。

 魔法使いが二人。

 武闘家。

 狙撃者。

 全員傷だらけで、いつ倒れてもおかしくはない。

 特に剣士は最前線であるためか、怪我が人一倍深い。踏み込んだ足元にはすぐに血が溜まっている。

 

 

「勇者様! 下がってください! お怪我が……」

「大丈夫だヘレナ。これで片を付ける!」

 

 

 剣士は両手剣を空に掲げる。

 横並びの厚く黒い雲の一点から光が射し、それを中心に渦を巻く。

 渦は大きくなり、一点が大きくなり、光の柱は大きく降り注がれる。

 射した光は掲げられた剣に向かい、反射することはなく、刃に吸い込まれていく。

 刃自身の発光が強く、強くなり、そこで動き出したのは魔王だった。

 

 

「ウゴォォォォオオオオオオォォォッ!!!」

 

 

 大地も空気も空も揺れ動かすほどの咆哮。

 同時に現れる、大小の魔物たち。

 

 

「召喚魔法だ! 手あたり次第出しよったな」

「きっと向こうもほとんど魔力が尽きているはずだ! 全員、勇者様を守るぞ!!」

 

 

 一人の老いた魔法使いと、武闘家と狙撃手が方々に散って魔物を蹴散らしていく。

 紅一点であるもう一人の魔法使いは、勇者の背後に回り、サポートの魔法を唱えた。

 

 

「お願い……! みんなを、勇者様を守りたいの……っ!」

 

 

 必死に、誰かに祈る声を上げる魔法使い・ヘレナ。

 勇者に込められた特別な視線を見つめる、魔物とともに召喚されたソレ(・・)

 

 

「ここ……どこ?」

 

 

 光に包まれた男の口周りは赤く染まっていた。

 結ばれた髪。

 左右の違う瞳。

 継ぎ接ぎの肌。

 そして片方の額から生えた角。

 人から鬼へとなったばかりの『しゅう』は、見覚えのない光景に唖然とするしかなかった。

 

 

 着物を着ているものはいない。

 むしろ江戸よりも過去のように布を巻いた様な格好の人外。

 逆に、鎧よりも頑丈そうな、西洋を思わせる艶やかな防具と、裾の広がった軽やかな衣服。

 和製のしゅうの知識にはほとんどない景色。

 ただわかるのは、人間と人外が争っていることだけ。

 

 

 しゅうは力の入らない体に鞭を打ち、物陰に隠れた。

 雷や水が意のままに飛び交い、いずれは火矢が降ってくるのではないかと恐怖と同時に期待した。

 見覚えのあるものが欲しかった。

 

 

「……ぁ」

 

 

 それは人だった。

 だが、見たくはない人だった。

 しゅうの腹が脈を打つ。

 はち切れるのではないかと、食い破られるのではないかと恐怖し、冷や汗を落としながら両手を腹に重ねた。

 声を嚙み殺し、脳裏に焼き付いた姿をただただ睨みつける。

 

 

 そんなことを傍らに、戦いは続けられている。

 勇者と呼ばれた剣士は魔力を込め続ける。

 周囲は必死に抗い戦い続ける。

 魔王は肉壁が多く存在するうちに姿を眩まそうと、牛のような蹄を強く蹴った。

 

 

「逃がさない!」

 

 

 ヘレナは自身より大きな杖を横倒しに、魔王へ向けた。

 そして伸びる光は魔王を捕らえ、縛り付ける。

 身を焼く光から逃れようと身体を捩る魔王。

 何度も何度も声を張り上げるが、それは叶わなかった。

 

 

「――これで終わりだ」

 

 

 勇者の剣が魔王の身体を貫いた。

 光の如く素早い動きに、残された力なんてほとんどなかった魔王は避けきれなかった。

 震えるほどに張り上げていた声は、次第にか細く消え、身体さえも塵となってそよ風に払われていった。

 

 

 魔王によって召喚された魔物たちも動きを止め、泥の様に形を失くす。

 それは、勝敗を示すには十分だった。

 その場に立っている者たちが、勝者となった。

 

 

 この時のために頑張っていたのだろうが、にわかには信じられないその状況に、その場の者たちは呆然とした。

 静寂は、嵐の前の静けさか。

 一人冷静な魔法使いが、周囲の索敵をする。

 

 

「……なにも(・・・)おらん(・・・)

 

 

 大きくはない声。

 けれど、静まったその場では十分すぎるほどに響き、その場の全員の鼓膜を震わせた。

 

 

「かった……?」

「かっ、たのか?」

 

 

 続けて放たれる震えた声。

 一人は体を震わし、一人は膝から崩れる。

 そして、立ち竦んでいた勇者は両手で握られた剣を空に掲げ、声を振り絞る。

 

 

「俺たちの、勝ちだ」

 

 

 空から光の柱が降り注ぐ。

 勇者に、魔法使いに、全員に。

 歓喜のあまり、誰かが周囲を気にせず雄叫びを上げ、また誰かが安堵の脱力から所かまわず尻もちをつく。

 陰の立役者であるヘレナも、同様だった。

 しかしその視線の先で、勇者が崩れ落ちた。

 

 

「勇者様っ!!?」

 

 

 再度、緊張感に包まれる。

 

 

 誰よりも早くヘレナが駆け寄ると、眼を閉じた勇者の周囲は血が溜まっていた。

 ボロボロの鎧ごと抱きかかえると、ぐちゃと水音が混ざる。

 勇者の全身は血で汚れていた。

 どれほどの、いつからの出血か。

 戦いがどのくらいの時間を要したか、定かではない。

 けれど大怪我を負っていたのはわかっていた。だからわかる。

 ――勇者は、危険な状況だと。

 

 

「ヘレナ! 治癒魔法を!」

「はい!」

「ボルドとテナは応援を呼んでこい! 儂は周囲の安全を確認する!」

「わかった!」

「待ってろよ、あんちゃん!」

 

 

 老いた魔法使いが早急に対処をし、各自が散る。

 ヘレナのなけなしの魔力で行われる治癒魔法は弱弱しい光を放つ。

 照らされる、勇者の顔と傷。

 ヘレナの心は痛み、顔が歪む。

 

 

「勇者様……っ」

 

 

 心音がヘレナの耳を支配する。

 戦っている時よりも苦しい表情で、両手を掲げ続ける。

 消えそうなほどの魔法は、まるで二人の命のようだった。

 固く目を閉じる。願わずにはいられなかった。

 なぜなら、勇者は――

 

 

「ヘレナ、大丈夫だ」

「っ」

 

 

 鼓動によって犯されていたヘレナに、一滴の音が落ちた。

 

 

「ゆうしゃ、さまっ」

「少し、疲れただけだ。大丈夫」

「よかった……よかったです……」

 

 

 勇者の手は、優しくヘレナの頬に触れる。

 寄り添うように顔を傾ける。

 頬を伝って涙が流れ、そして勇者へ降り注ぐ。

 

 

「ヘレナ」

「はい」

「名前を呼んで」

「……アルスさま」

「うん」

「アルスさま」

「うん」

「アルス、さま」

「うん」

「……がんばりましたね」

「約束のためだからね」

「っ」

「覚えてるよね?」

「……はい」

「結婚、してくれるよね?」

「……はい」

「よかった。頑張った甲斐があった」

「もう……」

「大好きな世界を守れてよかった。大好きだよ、ヘレナ」

「……私も、大好きです、アルス様」

 

 

 頬に添えられた手に手を重ね、見つめ合う二人は平和を噛みしめる。

 他者の邪魔を許さぬ空気の、少し外。

 血走る目で見つめる、部外者(・・・)

 

 

「少し休んでください。皆が応援を呼んでくれています」

「ああ、じゃあ、そうさせてもらおうかな」

 

 

 重ねた手を握り、胸元へ下ろした。

 すぐに伏せられた瞼と、規則正しい吐息。

 鎧越しの胸が上下に動く。

 緊張と焦りから硬かったヘレナの表情(かお)はすっかり和らいでいた。

 

 そこに、影が射す。

 

 

「――え」

 

 

 索敵では何もないと言っていた。

 では、ヘレナの、眠った勇者の前にいるこの男はなんだ。

 額から控えめに主張する角が、人間ではないことを語っている。

 

 

「ま、も……」

「ねぇ、なんでいるの?」

「へ」

 

 

 理解し得ない状況に、へレナは腑抜けた声しか出なかった。

 お構いなしに、しゅうは一方的に語り掛ける。

 

 

「ねぇ、姉上。貴方は僕が殺したはずだよね」

「あね、うえ? ころ……し」

「僕が食べたはずだよ。だって、ほら、口の周りは貴方の汚い血で未だに汚れてる。臭くて臭くてたまらないよ」

「……な、え?」

「ああ、もしかして、影武者だったのかな? 全く、姉上のやることはえげつないなぁ」

「っ!」

 

 

 魔力を練った。

 けれどもはや使い果たしたカスでしかない魔法は、ヘレナの杖から放たれることはなくその場で塵となった。

 ヘレナの顔は絶望に染まる。

 守らなければ、と、本能で思った。

 覆い被さろうと顔を伏せる。

 阻止するつもりはなかったが、しゅうの継ぎ接ぎの皮膚による腕は、ヘレナの愛らしい柔肌の顔を握る。

 

 

「ぐむっ」

「今度こそ、ね」

 

 

 ――いただきます。

 

 

 ヘレナの耳に届いた言葉だった。

 頭から食い破り、芳醇なみそと血液が所かまわず下品に零れ落ちる。

 それは、勇者がいたとしても、構われない。

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 

 ひと一人を食べ、けれどしゅうの腹は次を欲する。

 足元に横たわる男が目に入る。

 

 

「……ァ」

 

 

 しゅうの瞳は、黒く濁り、渦を巻き、勇者を捕らえる。

 

 

「ゆうしゃさま」

 

 

 両膝をつき、両手で胸元の手を取る。

 口に寄せ、まるで祈る様に構える。

 

 

「だいすきです」

 

 

 ヘレナに触れたその手から、しゅうは牙を立てる。

 引きちぎり、噛み砕き、時々空気が漏れだす。

 二人を食しても満たされたわけではない。

 だが、ぼやけてはっきりしていなかった脳と意識が、どうしてかクリアになっていた。

 血まみれのその場に胡坐をかき、乱暴に口元を拭い、遠い景色を見つめる。

 

 

「この世界はラングラシア。勇者が魔法使いたちを連れて、魔王を討ちに来た。そして達した。仲間は応援を呼び、そして一人は中間索敵。なぜか僕は認識されていない。そもそ消えなかった僕は、召喚された魔物たちとは異質な存在? ともかく、仲間を食らった僕をそのままにしておくわけはないよね」

 

 

 手をつきながら、重くも軽くもない体で立ち上がる。

 不意に伸びた手は額の角に触れる。

 触れれば違和感を感じるものの、別段不都合も、不快さもない。

 しゅうは軽く撫でながら、流れで髪を梳く。

 周囲を見渡して、一息つく。

 

 

「よし、逃げよう」

 

 

 動きは早かった。

 なぜか記憶に残っている、仲間が去って行った方向。

 そちらとは逆方向に足を進める。

 

 

 仲間が戻ってきた時、その場に残していったとは信じられない状況だった。

 二人がその場にいないのが救いか、血だまりと細かい肉片があることが絶望か。

 そんなこと、しゅうの知るところではない。

 

 

 遠く離れた地で、しゅうは川遊びに興じながら考えた。

 

 

「なぜだろう。僕はこの世界が大好きだ。大好きで大好きで、大切にしたい。大切なものは、僕のものにしたい。僕のものにして、隔離して、大事に大事に愛したい」

 

 

 ちゃぱちゃぱと足元の水を蹴る。

 魚が跳ね、それさえも愛おしく感じる。

 朗らかな笑顔を浮かべながら、しゅうは両手を広げ、空を抱きしめんとする。

 

 

「この世界が欲しい。愛おしいこの世界が。だから僕は、この世界を手に入れることとしよう」

 

 

 ―― 魔王になろう。

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