背後の土壁がぐにゃりと歪む。
遠近し、
そうして整えられて、現れたのは格子の扉。
触れるまでもなく開かれた。
「『眠らずの美女』がお待ちです」
妖精はそれだけ言い残して消えた。
奥へ入ったところで、扉が閉まる音がした。
鉄格子がまた歪んで土壁になるところを見届ける。
そして振り向いて、松明に照らされた出店を目の前にした。
「今日も賑わってるねぇ」
陽気な声が今にも駆けていってしまいそうな雰囲気を持っている。
裏市には表では出回りにくい、出回らない、出回ってはいけないものが当然のように置かれている。
それこそ骨だったり、標本だったり、臓器だったり生き物だったり。
倫理的な問題で並べられないからこそここに並ぶ。
俺のような死体や肉片を集める人間にとっては宝の山でもある。
法外な場所だから値段も法外。
金策には苦労するが、それもひとつの楽しみになりつつある。
今回は俺も売り物を持っている訳だが、先にオババの所へ行かなければ。
鍵を下から摘んで、本来の持ち手である広い面を見る。
すると、オババのいる方角が浮かび上がってくる。
「あっち」
「うーい」
顔を向ければ軽い足取りで先陣を切る。
客をひらりと軽やかに避けて突き進んでいく。
見失わないように追いかけて、時々方向を示す。
入り組んだ先でたどり着いたのは暖簾で仕切られた部屋。
入口のサイドには、またもや妖精。
「『眠らずの美女』が、中でお待ちです」
暖簾が煽られ、背後から風が押してくる。
流れるように潜ると、怪しい紫の松明に照らされた、黒いローブのばば……『美女』。
「オババ来たよー!」
「やかぁしわクソガキが!!!」
「わははっ! うるさーい!」
両手を上げて抱きつきに行ったかと思いきや、身の丈より長い杖で距離を取られるシュウ。
それはいつもの挨拶なので意に介さず、むしろ杖の下に頭を突っ込んで頭突きしている。
どちらも声が大きくうるさい。
ローブの下には顔と同じサイズのお団子髪。
落ちそうな餅にも見える両頬。
手動でしか持ち上がらないたるんだ瞼。
なぜその色になるのかわからない緑色の唇……そこからでる罵詈雑言というアンバランスさがシュウのお気に入りポイントらしい。
シュウはオババの周りをまるで猫が臭いを付けるように徘徊し、オババに煙たがられる。
毎回、オババのフードの下を捲って爆笑し、ほっぺたを突っつき癒され、満足するとオババの後ろのテレビを見るためにごろ寝する。
やりたい放題過ぎる。
「相変わらず死にそうにないな」
「地獄の奴らにとってもワタシャ高嶺の花ってことさね」
「
「花より団子な奴ならこっちこそお断りさ」
どこまでも自意識過剰だ。
オババは裏市の住人。
出入りしている訳ではなく、市に住んでいる。
裏市は魔法空間で作られた場所で治外法権でもある。
そんな場所で生き抜いてきたのはシンプルに強い、もしくは古き知恵ありきだろう。
「さぁ、何を聞きたいんだい。さっさとしな」
――元情報屋の古き知恵は、迂闊に手を出すと火傷する。矛であり盾でもある。
「エルフの動向と、今日はモノを売りに来た」
「ほぉ。じゃあまず
荷物の中からひょうたんを三つ。
それぞれのひょうたんからオーガの身体、スケルトンの骨、そして氷漬けの吸血鬼の核であるコウモリを出す。
どれも鮮度はよい。
「ふむ。オーガとスケルトンは適当に店に出してやるよ。だが、コイツは丁度いい。高値で買う奴を知ってるよ」
「いつも通り情報も欲しいんだが」
「そういう交渉は自分でしな。じゃないと
「別にそいつじゃなくても……」
「アンタはあの子と知り合っておいた方がいい。エルフ関連に詳しい子だよ」
身体が反応してしまう。
オババを睨みつけるが、飄々と棒付き飴を舐め始めた。
「……エルフってわけじゃないんだな?」
「エルフと繋がりのある、遊郭の子だよ」
「遊郭……それ場所はエルフと関係あるのか?」
「そうさね。その子はアンタの聞きたかったエルフの動向にも詳しい。敵じゃないのは確かだよ」
無言。
さて、どうするか。
エルフに近しい存在ということなら近づかないに越したことはない。
相手がどうであれ、人間の、もとい俺たちの味方ではない可能性もあるからだ。
特にシュウには敵意を抱いてもおかしくはない。
だが、オババは会ってみろと言う。
俺たちの事情を全てとは言わずとも承知している奴が、だ。
オババはエルフよりも俺たちの立場でいてくれている。
顔を立てる必要はないんだ。
ただ、俺が行きたいか、情報が欲しいか、シュウをどうしたいか。
それだけのこと。
「……行って、そいつは何を教えてくれるんだ?」
ダメもとで聞いてみた。
それすらもはぐらかされるようなら引いていた。
遊郭には行くかもしれないが、そいつと会おうとはしない。
自分で調べてからにするつもりだった。
だが、オババはそれすらも見抜いていたのかもしれない。
緑色の唇が小さく動いた。
――エルフが管理する『機関』に動きがあった。
「……わかった。相手の名前は?」
―― ♣️