第1話
死ぬかと思った。
ただでさえ距離のある道すがら、女装を嫌がるシュウに命を狙われ続けた。
その度に飯を出して間を保ち、シュウが寝ている時に寝た。
シュウは俺を殺せる――それがわかった数日間だった。
目を細めながらも確認できた、特徴的な魔物の装飾が施された門。
それは一説によると、ガーゴイルと呼ばれる守り神だそうで。
この国に災いが起こる時、耳障りな声を発しながら空を埋め尽くすという。
つまり、この魔物の装飾はこの国ならではで、至る所で拝めるだろうということ。
そんな木造建築の国の入口を前にする頃には心身が疲れ切っていた。
せっかく湯浴みで癒されたのに……。
「僕はまだ納得してないんだけど」
膨れ面のシュウが、離れたところで仁王立ちしている。
動かんぞという強い意志を感じる。
命を狙われないだけマシな反応だ。
小さく息を吐いて、国を背にする。
「もう一度説明するぞ。お前の為なんだ、シュウ」
遊郭の国では女が男を誘惑してくる。
だから当然、接触が多い。
男である限り女は無遠慮に腕を絡ませてくるだろう。
そうなれば、女嫌いのシュウは問答無用で手を上げるだろう。
その場に女がいた形跡を残さないかもしれない。
それは結果としてはまだ良いが、それが何人で、どのタイミングでそうされるか。
だから、シュウのためにも、何も知らない女たちのためにも、シュウは女の姿でいた方が接触は少ない。
男からの勧誘があるかもしれいが、それは俺が対応できる。
「おじいちゃんじゃダメなの?」
「お前じゃ元気すぎるし、女が絡んでくる可能性は捨てきれない」
「そもそも入りたくないんだけど、そんな国」
「美味い飯があるぞ」
「……買ってきて」
「子どもか」
「ぐ、ぬ」
「……大事なことなんだ、シュウが魔王になるのに」
視界に足元が映る。
オババが言っていた『機関』についての情報は、魔王を目指すうえでは重要なものになる。
聖女は勇者一行の中に絶対に必要な存在。
その聖女はエルフの中から選ばれる。
選定は公表されておらず、勇者の自覚を持った者がエルフの国へ出向くと、同行者として提示されるのだ。
シュウの中にいる聖女もエルフだ。
長命なエルフだからこそ、シュウの中で生き続けられるとも言う。
「……わかったよ」
反射的に顔が上がった。
外界に意識が引き戻された。
考え込んでいたのがもしかしたら落ち込んでいるように見えたのかもしれない。
シュウは気まずそうに、申し訳なさそうな顔をして、こちらの様子を伺っている。
「女装は嫌なことには変わらないけど……僕が嫌がることをそこまで推すってことは、それだけの理由があるんだもんね……」
歩み寄ってきて、目の前でとまった。
フードに隠れた頭部がゆっくり持ち上がって、紫色の神秘的な瞳が光に当たる。
「僕に、できるかな?」
……。
「天職だと思う」
―― ✦︎
「おにいさーん! こっちおいでよー!」
「キャーやだー!」
「ちょっとこの人は私の客だよ! 下層の女は引っ込んでな!」
高い声が入り混じる。
けれど時々豪快な笑い声が聞こえ、男女比が如実にも感じる。
人を掻き分けながら、一つの店に入っていった。
「っしゃい、いい子揃ってるよ」
「すみませんね、ちょっと紹介したい子がいるんすわ」
「ああ、そっちかい。そんなら間に合ってるよ」
「まあまあそう言わずに。直ぐにとは言わんので、顔だけ見てってくださいや。ユウ、来な」
そうして名前を呼ぶと、後ろからフードを下ろした女装したシュウが横に並ぶ。
「ほぉ、これはまた」
「なかなかの上玉でしょう。額の傷が治り次第、売り込んでいこうと思いまして。今日はお披露目とご挨拶ですわ」
「いやいや、この子は売れますよ。是非うちに――」
「うちのメンツもあるんで、傷をしっかり治してからにさせてくだせぇ。完璧な状態でお渡ししたいんすわ」
「そ、そうか……なら連絡先を」
「こちらに。どうぞよろしくお願いします」
衣服を翻し、一つ頭を下げたシュウを連れて店を出る。
「これで全部回ったから、一度宿に戻ろう」
無言で頷いたのを見て、歩き出す。
シュウははぐれないようにと俺の服の裾を掴む。
すれ違う人間を、女物の服を着たシュウが歩きやすいようになるべく真っ直ぐ突き進む。
大通りから離れれば嘘のように閑散としている。
不用心にも宿に受付はいない。
自己管理と言われた鍵で、部屋に入――
「ぬぁーーーーー」
った瞬間、叫びながら倒れ込んだ女装男子。
簀巻きにでもされているかのようにゴロゴロ転がって、部屋の隅で壁に話しかける。
「女物歩きにくい……スカスカする……臭い……」
「低めのヒールだ、時機に慣れる。スカートの下にズボンを履きたければ見繕ってくる。匂いはしょうがない」
「んがあぁぁぁあーーー!」
「……何が食べたい?」
「あんかけ豆腐」
「わかった、作るよ」
調理器具と材料一式を取り出す。
安くボロいが部屋に調理場が付いた宿だから、シュウのご機嫌取りのための料理ができる。
買い込んでいた材料は惜しみなく使う。
手早く作って、壁に語りかけるシュウの近くに置いた。
「食べながらでいいから話がしたいんだが」
じろりとこちらを見てから、気怠げに振り向いた。
あんかけ豆腐の匂いを嗅ぐと、瞳に映る光が増えた。
起き上がってあぐらをかき、息を吹いて冷ましながら豆腐をつつく。
「はぁ……うま……」
「おかわりあるぞ」
「食べる。話って?」
餡を啜りながら上目遣いで尋ねてくる。
聞く気はあるらしい。
「俺がここで会いたいオババの紹介相手が、この遊郭の最高権力者なんだ」
「ふーん?」
「役職は『花魁』、女。一見はお断りの店にいる」
「すぐに会える訳じゃないってことだよね」
「そうだ。だが、俺たちは客じゃない」
「……忍び込むってこと?」
「その方が早く話が終わる。シュウも女装を終えられるし」
「それは有難いけど、どうやるの?」
「挨拶回りでいった店の一つがそれだ。シュウを紹介したら好感触だったから、シュウを雇ってもらおうと思う」
「女の中に僕を放り込んでどうするの? 全員殺せってこと?」
「いいや、そうじゃない。シュウには従業員として働いてもらいたいんだ」